未来、勘違いした男に迫られる。達樹、20歳の誕生日で皆で飲み会
今日は達樹の20歳の誕生日だ。 居酒屋でお酒デビューを果たすのだ。
因みにわたしたちは去年お酒デビューした。結果は、わたしがカクテル一杯で顔が真っ赤になって、美穂子は三杯が限界。
強志と百合は予想通りの枠。
虎太郎が意外とザルだった。
達樹はどうかなぁ。大人ぶってビールとか頼んだら笑っちゃうかも。
ひとりで歩いてるのにくす、と笑いそうになって慌てて指輪で口元を抑えた。
酔っぱらってもいいようにホットパンツともこもこの上着を着て、キャンパスを早足で歩いていると。
「未来」
男と、それから取り巻きの女子たちがわたしの行く手を遮った。
「横下先輩、呼び捨てにするのはやめて欲しいです。それに、名前じゃなく苗字で呼んで欲しいんですけど」
上級生でミスターコンテストでぶっちぎりの一位を取った男、横下なんとか(名前忘れた)だ。
なれなれしく呼びかけてきた男に半ばうんざりしながら言う。
「君が僕を好きな事は分かっているんだから、いい加減素直になったらどうだ?」
「だーもう、またそれか、うっとうしい! 好きじゃないっていってるだろ!! それにわたし、結婚してますから!」
そう、なぜかこの人は、わたしが横下先輩に惚れていると信じ切っていて、入学してからというものこうして何度もからんでくるんだ。
「君の本音は分かっているといっているだろう?」
肩を抱こうとした腕をさっと避ける。
「どうして未来ちゃんは横下クンをそこまで嫌がるの? 横下クン優しいし超イケメンだし、断るの勿体無いのに」
「そうだよ。素直になって一度付き合ってみればいいのに」
とりまきの女の子たちがなぜか応援してくる。いや、そこまで言うなら貴方たちが付き合えばいいんじゃない!?
「未来」
聞き覚えのある声に顔を向ける。
「虎太郎」
虎太郎が大股にこちらに向かってきていた。
「え、虎太郎!? モデルのコタロー!?」
「嘘、超カッコいい………!!!」
「オーラが全然違うじゃん! 未来ちゃんの友達だったの!?」
確かに虎太郎と比べると、横下先輩は単なる一般人…というかへのへのもへじになっちゃうな。大学に通いながらも、海外のモデルショーにまで出てるぐらいなんだから。
「わざわざ迎えに来てくれたの? ありがとう」
「百合さんから大至急中に入れって言われて…すぐ見つけられて良かったよ」
虎太郎から放たれる一般人とははるかに違うオーラのようなものに充てられて、横下先輩が一歩下がる。
「未来、この人は?」
「ああ、気にしないでいいよ。単なる知人の先輩」
「な、ぐ」
先輩は何か言おうとしたが、言葉を飲み込むことしか出来なかった。
「良く似合ってるね」
「ん?」
「強志君が送った指輪。未来にピッタリだ」
「そうかな、へへ、ありがとう」
「それに…僕が送ったネックレスもまだ付けてくれてるんだね」
「うん。これも気にいってるからね。もう体の一部って感じだし」
「こ、コタローからもらったネックレス…」
「というわけで、結婚してるって納得してくれましたよね? もう二度と付きまとわないで」
「………………」
男は片手をあげたまま何も言えずに硬直してしまった。
「行こうか、未来」
「え」
虎太郎が左手をわたしに差し出した。これって、手を繋ぐってことだよね?
虎太郎、海外に行くようになって変わったなぁ。スキンシップが苦手じゃなくなってる。ハグとか平気でやっちゃってるんだろうな。想像つかないや。
強志ほどの強さは無く、柔らかくひかれて歩き出す。
待ち合わせ場所までは虎太郎の会社の社長さんに車で送ってもらった。
「それじゃ、終ったら迎えにきてあげるからね。未来ちゃん、虎太郎をよろしく」
「は、はい」
「ありがとうございました」
車が通りに消えるまで何となく目で追ってしまった。
「あ、来た来た、未来せんぱーい! 虎太郎さーん!」
「達樹…」
達樹は百均で売ってそうな『今日の主役』のタスキをかけていた。
いくら飲み屋街だと言っても恥ずかしくないんだろうか。
「遅かったな。後一分遅かったら帰っていたところだ」
完全に他人のふりをしている百合が切れ長の目を細めて嫌そうに言った。
「帰るなんてダメだよ。今日は達樹君の20歳のバースデーなんだから」
美穂子が楽しそうにクスクス笑ってる。
「遅くなったか?」
「強志!」
最後に到着した強志にポフンと抱きついてしまう。高校生の頃よりずっとたくましくなった体に。
「じゃあ早速入りましょ!」
達樹が要望したのはチェーン店でもある居酒屋だった。
虎太郎が奢りでホテルラウンジでもいいと言ってくれたんだけど、居酒屋でわいわいするのが達樹のあこがれだったらしい。
座敷席に通され、それぞれドリンクを注文する。
達樹は予想通りというか「ナマチューで!」と注文して笑ってしまった。
「最初っからビールとか飲めるのかぁ?」
「あ、未来先輩バカにしてますね。ビールぐらい飲めますよ多分」
「カルアミルクからにしておけばいいのに」
と、虎太郎がアドバイスだろうが聞きようによってはバカにしているような事をぽつりと漏らす。
「わたしはピーチフィズで」
「私はカシスオレンジをお願いします」
「ハイボールを頼む」
「虎太郎もビールでいいか?」
「うん」
「生中を二つ追加でお願いします」
「つまみはどうする?」
タブレットをそれぞれ覗く。
「まずはサラダ欲しいよね。それからチーズ系も」
「サラダ何にしよー。男子チームどのサラダがいい?」
「好きに選んでいいよ」「ああ」
「エビとアボカドのサラダ一択っす。つか居酒屋でサラダ頼む意味も分かんねえけど」
「女の子と飲みに行くならサラダは必要だよー。覚えておきなさい」
「え、はーい。わかりました」
なんだかんだ話していると飲み物がそろった。
「じゃあ……達樹の20歳誕生日を祝して! カンパーイ!」
「乾杯」
わたしの号令で、かちゃん、とグラスを合わせる。
「うげ、にげぇ!?」
「だから言ったろービールからは無謀だって」
「こ、このくらい平気っすから。でも先輩の一口飲ませてください」
「いいぞー。ほら」
「あ、のみやす。完全にピーチジュースですね」
「あ、こら!」
止める暇もなく、わたしが頼んだピーチフィズを全部飲んでしまった。
そして勢いでビールも飲む。
そんな無茶な飲み方をしていたら、絶対つぶれるのに。
「そういえば、達樹君は大学に行かずに虎太郎君のマネージャーになったんだね」
「そうっす! ウチ貧乏だからはなから大学は諦めてて、就職するつもりだったんですけど、巴さんが拾ってくれて」
「達樹君は今までツイッターやインスタの運用で実績を積んできたからね。僕も気心の知れてる達樹君だったら助かるし」
「この人超我儘なんすよー。まじ仕事中の姿を動画にとって送ってやりてえぐらい」
「それはやめて欲しい」
虎太郎がジョッキを置いてうつむく。仕事が仕事だし、ナーバスになるのもしょうがないんだろうな。
「うー、やっぱり一杯が限界かもー!」
新しく頼んだピーチフィズを飲むと、顔が赤くなるのが分かった。隣、通路側に座っている強志にもたれかかってしまう。
「あまり無理すんなよ」
「でももう少し飲みたいよー。一人だけ一杯なんて寂しい…」
カルアミルクを頼もうかなぁ。強志にもたれかかったままタブレットを操作していると。
「つ、強志」
「ああ。お前らもここだったのか」
8人ぐらいの女子と男子の混合グループがわたしたちの席の横で足を止めていた。
「そ、その超かわいい子……」
強志に寄りかかっているわたしを指さしてくる。
「あぁ、オレの嫁だ」
「まじで!? マジでお前結婚してたの!?」
「うそ、本当に!?」
「今更何言ってんだ。結婚指輪してるだろうが」
「普通にファッションだと思ってたよ! つか、マジで超可愛い…!」
いつか聞いたようなセリフが飛び交う。
「あーうー、いつも強志がお世話になっております。嫁の未来といいます」
強志に寄りかかりながら頭を下げる。
そんなわたしの頭を強志がぽんっと撫でてくれた。
「そ、そうか、、、そっかぁ…」
なぜか女子も男子も呆然とした感じで店員さんに案内された席へ進んでいく。
「なんか反応おかしくない? わたし、変かな?」
バックから鏡を出して自分の顔を確認する。頬が赤くなって目が潤んでいる自分の顔が写る。
もっとしゃきっとしなきゃいけなかったかな。
「よっと」
強志から離れると、逆隣の美穂子の方に倒れこんで、膝枕の体勢になってしまった。
「美穂子フカフカでやらかーい」
「ふふふ、未来には負けるけどね」
「席替えを要求する!」
ダン、と百合がグラスを机に叩きつけた。
「ダメだよ。百合さんは酔ってふわふわしてる未来や美穂子さんにセクハラするから」
ばし! と百合が虎太郎の頭をたたいた。
二杯目のカルアミルクを飲んでいると、ふわふわと意識が揺れる。妙に楽しくなって意味もないのにニコニコ笑ってしまう。
「あっ…!」
太ももをくすぐられて変な声が出てしまった。
百合が靴を脱いで私の内またを足でくすぐってきてた。
「ゆりい…!!」
変な声を出した恥ずかしさを百合にぶつける。
「そういう事するから未来の隣に座れないんだよ百合ちゃん」
「やべえ、たちそうになった」
「達樹君!」
達樹が前かがみになってジョッキに残ってたビールを飲み干す。
強志が百合の頭にげんこつを落とす。かなり軽めだったけど。
「女性に暴力をふるうとは……出るところに出てやろうか?」
「その前に百合ちゃんが未来に出るところに出られればいいんだよ」
美穂子にじっとりと睨まれて百合がそっぽ向いた。
二杯目も無くなるころにはそんなことも忘れてお酒とおつまみ、それと久しぶりにそろった皆との会話を楽しむ。
「未来は本当にいい酒だな」
強志がふ、と笑ってわたしを覗き込んできた。
「美味しいからねー」と、答えたのは覚えているが、その先は記憶が途切れ途切れになった。
「ん」
冷たい風に頬を撫でられ目が覚める。
「起きたか」
わたしは強志に抱っこされていた。
虎太郎は完全に潰れている達樹を背負っていた。
「まったく、自分が飲める酒量ぐらい把握しておけ。達樹はともかく、未来」
百合に注意されてしまった。
「ご、ごみぇん…」
し、舌が回らない。
「下手に大学の飲み会に参加するなよ。美穂子は私が送って帰ろう。強志と未来は」
「僕が送り届けるよ」
「悪いな」
「ふふ」
「どうした、未来」
「ううん、何でもない」
初めて皆と仲良くなったときは、一緒にお酒を飲める年になるまで一緒にいれるなんて思ってもなかった。
もっともっと大人になっても一緒にいれるんだろうな。
それが嬉しくて、涙が一粒落ちた。