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騎士様の素顔  作者: 夜星ゆき
第1章 出会い編
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第4話 きみと僕

 あのお方からの招集を受け、急いで王宮のいつもの部屋に転移する。

「おお、ソフィア。遅かったね」

 転移した瞬間。私の姿を見るや否や、あのお方はすぐに大きな木製の、いかにも高級な椅子から立ち上がり、私のほうに歩み寄ってきた。


 相変わらずわざとらしいな……。私が来ることなんて魔力探知で分かっていたでしょうに……。


 とはいえ、声色からは全く分からないが、彼の魔力にほんの少しだけ心配の色が見える。

 先ほどの、アレクシアが動揺したときの魔力の揺れも微々たるものだったけれど、それよりもわずかな揺れで、乱れというのも適切ではないくらいだ。

 その非常にわずかな揺れに気がつくのは、長い付き合いである私くらいだろう。


 ……自分で戦場に送り込んだくせに。


 思わずため息がこぼれてしまうけれど、貴族令嬢として、ひっそりと隠しておく。

「こんばんは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 笑顔を浮かべつつも、言葉にはわざとトゲを持たせた。

「『きみと僕の仲』じゃないか、いつものくだけた話し方でいいよ」

 きらきらと輝く笑顔でそう言ったのは、このライト王国の第一王子、アルフレッド・ライトだ。


 私のトゲは全然刺さらなかったみたいだ。

 呆れもするけれど、今はそんな場合ではないので、言葉にはしないでおく。

 というか、きっと私の不満も伝わっているだろう。

 実際は不満というほどのものではないのだけど、彼にはそれさえも見透かされていそうで、気恥ずかしくもありちょっと嬉しくもある。


 それから、先ほどの『きみと僕の仲』うんぬんというのは、「妨害魔法をかけたよ」という合図だ。

 このお方の妨害魔法を破れるものなどがこの世界に存在するのなら、本気でお目にかかりたい。

 つまりは、この部屋にいる者以外に、この会話を聞かれることはないということだ。

 それは私が不敬なことをしてしまっても裁かれることはないということでもあるし、今からの会話は他言無用だということでもある。

「では、お言葉に甘えて」

 私は気を引き締めて返事をする。

「うんうん」

 殿下は嬉しそうに頷く。


 ……何故嬉しそうなの……? 


「まあ座ってよ」

 殿下はにこにことソファに座るよう促し、私が座ったのを確認して、その前に置かれたテーブルにティーカップを置いてくれる。

 カチャン、という音が小気味良い。

「紅茶? 淹れてくれたの? ありがとう」

 手に取れば、優しい匂いが鼻をくすぐる。

「ソフィアのためならお安いご用さ」

 バチッと音がしそうな、綺麗なウインクをお返しされた。


 うーん、映えるなぁ……絵にして額縁に入れて飾りたいくらいだわ。

 

「アレクシアもどうぞ」

 私がぼーっとしている間に、殿下はアレクシアにも紅茶を用意した。

 殿下の有無を言わさぬ笑顔に、アレクシアは、

「…………ありがたき幸せに存じます」

 と、差し出されたティーカップを渋々受け取った。

 アレクシアは、昔は『侍女の身分で王子殿下にお茶をいれていただくなどおこがましいことでございます』と抵抗していたけれど、殿下はアレクシアが受け取るまでずーっとティーカップを持って立っていたので、王子を立たせておくわけにもいかず、アレクシアが折れたのだ。

 殿下は自分の分のティーカップもテーブルに置いて、私の向かいのソファに座った。

 アレクシアはティーカップを持ったまま、私の少し後ろに立っている。

「アレクシアも座ったらいいのに」

 そんなアレクシアを見て、殿下が声をかけた。

「いえ、わたくしはこちらで」

 もちろん、侍女が王族と同じ席につくなどふつうはあり得ない。


 私も別に座ってくれていいのに。


 何度も見た一連のやりとりを眺めながら、紅茶を口に含む。


 なんだか和むなぁ……。


「相変わらずつれないね」

 殿下は肩をすくめて私のほうを見る。

 いや、殿下が気安すぎるんだと思うけど。アレクシアは正しい、というか部外者が今の状況を見たら、確実に怒られる。失神する人もいそうなくらいだ。アレクシアは誇り高き侍女だから、基本的に礼儀を欠くようなことはしない。

 ……基本的には。



「落ち着いたかい?」



 殿下の声に、はっと我に返る。


 今、どのくらいたった……?


「安心して、ソフィア。そんなに時間は経っていないよ。ふむ、五分くらいかな」

 殿下は少し考えるそぶりを見せながら、にこりと微笑みかけてくれる。


 こ、このひとは……。


「……ありがとう、と言っておくべきかな……」

「そうだね。それが僕も嬉しいね」

 殿下は満足そうににこにこと笑っている。


 完全にしてやられたわ……。

 殿下は、さきほど淹れてくれた紅茶に、自分の魔力をちょっとだけ混ぜていたのだ。私が少しの間動けなくなって、休めるように魔法を組んで。


 ……すごく、くやしい。


 私だって貴族だ。紅茶に魔力が込められていないかくらいは、幼い頃から無意識に調べる。

 調べたのに、気がつかなかった。

 それは殿下の魔法の腕前がすばらしいことを証明するとともに、私の魔力が殿下の魔力より劣っている可能性も示してしまう。自分より高密度の魔力、つまりレベルの高い魔力は、上手く感知できないことがあるのだ。

 確かに、私はついさきほど目覚めてすばやく身支度を済ませ、そのまま転移してきた。気を張っていたし、気が休まる暇なんてなかったけれど。

 それでも、魔法使いとして、魔法に関して気を抜く瞬間など、ない。


「くやしそうだね。でも、僕より劣っているなんて思わないでくれるかい? 僕はちょっと工夫しただけだからね」

 殿下はこちらを見透かしたように、不敵に笑う。

「……わかっています。その工夫、もとい魔法の応用方法を殿下より先に思いつけなかったのがくやしいのです」

 あくまでも堂々と、答える。

「……ふふ、建設的だね。良い向上心だ」

 私が、真の意味でこの人に勝てるときは来るのだろうか。


 今は無理でも、いつかきっと。


「もう大丈夫」

 くやしいが、今はおかげで頭が冴えている。あの紅茶には脳の働きをよくする魔法まで入っていたのか……?

 もとはと言えば殿下が戦場に送り込んだから疲れているんだ。

 すうっと息を吸い込み、少しの不満を込めて、でも冷静に言葉を放つ。

「この前の魔物討伐、どういうつもりなの?」

「どうって?」

 殿下は飄々と、完璧な王子様スマイルを崩さずに答える。

「単身で最前線に送り込むなんて。危うく生きて帰れないところだったよ」

 実際には転移魔法陣を組んであるので、帰れないことは無いのだけれど。

「ははっ、あの程度で負けるような鍛え方はしてないでしょ? 魔法使いさん」

 私の言葉を、殿下が豪快に笑い飛ばす。

「……そりゃあ、死なないように戦うのが魔法使いだと、誰かさんに教わったからね」

 軽い挑発には、軽い挑発でお応えしよう。

 ちょっと悔しいけど、事実は事実だ。

「ふふ」

 殿下が思わずと言ったように笑みをこぼす。

「何よ」

 拗ねたように聞けば、殿下は柔らかく微笑んだ。

「いやね、嬉しくて」

 その笑顔があまりにも綺麗で、少し見とれてしまう。

「……嬉しい?」

 毒気を抜かれた私が尋ねれば、柔らかい口調で、殿下は答えてくれた。

「ただ幸せになってくれれば良かったのに、こんなに立派に育ってくれて」

 まるで、宝物を見るような、愛しい、大切なものを見つめるような、そんな目。

「……」

 そんな目で、そんな風に嬉しそうに言われたら、何も言えなくなってしまう。

 殿下を見つめて黙り込んだ私に、王子はにこにこと笑っている。


 うまく丸め込まれた感じがするな……。


「でも心配だったんだからね……ソフィアの身に何かあったらと……」

 そう言った殿下は、さっきまでのきらきらスマイルはどこへやら、少し両眉が下がった、困ったような、心配を全面に出した表情をしている。


 ええ……? さきほど『あの程度じゃ負けないでしょ』みたいな発言をした人と同一人物……? 

 全く悪びれる様子なかったのに……。


「誰がひとりで送り込んだんだったかな~」

 少し意地悪をしたくなったので、嫌味な言い方をしてみる。

「だからあのひとを……」

 そこまで言ったところで、殿下は黙ってしまう。そして、いつもの笑顔を浮かべた。殿下がごまかすときに浮かべる、『いつもの笑顔』だ。

「……そのお顔は好きじゃない」

「え?」

 殿下の驚いた表情を見て、はっと我に返る。

「えっ? ご、ごめんなさい、何でもないの」

 思わず口をついて出てしまった。

 良くない、傷つけたくない人まで傷つけてしまうわ。

「そうかい」

 殿下はふわりと微笑んだ。

 少しだけ、少しだけ悲しそうな顔をしているのを、私は見逃さなかった。

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