第3話 手紙
「それで、どうしてソフィア様は意識を失い、強制送還の魔方陣によって転移していらっしゃたのですか?」
とりあえず一時的に怒りを静めてくれたらしいアレクシアに、少しほっとする。
アレクシアが本気で怒ると怖い。というか手がつけられない。
アレクシアが冷静になってくれたのは良いのだけれど……。
そ、その質問は答えづらい……。
「あ、あの、ね、笑わないでほしいのだけれど……」
アレクシアがこくりと頷いたのを確認し、言葉を続ける。
「魔力譲渡してもらって、眠くなっちゃっただけなのよ……」
うう、恥ずかしい。
「え……魔力譲渡?」
驚くアレクシアをよそに、恥ずかしい私はどうでも良いことを言っておく。
「そうそう、魔力を譲渡されると、まれに眠くなることがあるって聞いたことがあるわ。なぜだったかは忘れてしまったけれど……」
そういえばなぜなんだろう。眠くなるなんて、使い方によっては強力な攻撃魔法になる。
……研究が必要ね。
「そ、そんなことができるのは、王宮所属の魔法使いでもほとんどいないでしょう……? 私も修行中の身、魔力譲渡が使える人なんて、ソフィア様以外に聞いたことなど……」
アレクシアの指摘を受け、私は顎に手を当て、さらに思考を研ぎ澄ませていく。
「そうなんだよねぇ……。私の知り合いで王宮勤めしてる魔法使いはたくさんいるけど、みんな魔力譲渡は修行中だし。憧れの魔法だから、そんなの使える人がいたら超有名になってると思うんだけどなぁ……。しかも格好は騎士だし、本職は魔法使いじゃないと思うんだよね……。そんな人にお礼も言えず、迷惑をかけてしまったのは申し訳ないな……。お礼もお詫びもしたいし、あのすさまじい魔法についていろいろお聞きしたいし、せめて名前だけでも聞いておくべきだったな……」
「ソフィア様、お言葉が乱れております」
「え?」
驚いて顔を上げると、真面目な顔をしたアレクシアがこっちを見ていた。
「え、ほんと? 気をつけるね!」
気づかないうちに言葉遣いが乱れてしまったようだ。
辺境伯爵家といえども、私は貴族令嬢だ。
変な言葉遣いをしていては、キャルロット家の名に傷がついてしまう。
「今もです」
アレクシアにすごく真面目な顔で指摘された。
「ええ? む、無意識なんだけど……大丈夫かな……」
不安がる私に、アレクシアが、はぁ、とため息をついた。
「集中するとお言葉が乱れるその癖は、幼い頃からお変わりになりませんね」
アレクシアが浮かべていたのは、幼い頃から一緒に育ってきた、姉のような優しい笑顔だ。
「えへへ……」
アレクシア、優しい。
「……まぁ、ソフィア様は外でそのようなミスをなさったことはございませんからね。大丈夫だとは思いますが、お気をつけくださいませ」
「うん、ありがとうね、アレクシア」
キャルロット家の名に傷をつけないようにしなくちゃね。
優しくて優秀な侍女がいてくれて、私は幸せ者だ。
「あぁ、そういうこと」
アレクシアと会話しながらもフル回転させていた脳が、アレクシアが転移陣の話をした理由を見つけた。
私は重症の怪我人を治療したことで、魔力切れ寸前だった。
とはいえ、あのときにできる最大速度で魔力回復を行っていたから、魔力が完全に底をつくことはありえない。
意識を手放してはしまったけれど、一度発動した魔法は私が解除するか魔力切れにならない限りは問題なく発動し続ける。
だから、重傷の怪我人が完全治癒しているのは当然なのだが、私が魔法治療を施していない軽症の怪我人たちも完全治癒しているのは、なぜか。
「私が転移した後に、王宮所属の魔法使いのうちの誰かが来たのかもしれない、か……」
つぶやいた私をみて、アレクシアが少しだけにやりと笑った。
「わたくしも同じ考えにございました」
アレクシアが同意を示したことに安堵す――
「……ん?ございま《《した》》?」
過去形?
今はそう思っていないということ?
「はい」
アレクシアには、私の心の中まで読まれているような気がする。
もちろん、そんな魔法はないけれど。
……今度試してみるか。
「ソフィア様、危険なことはおやめくださいまし」
「え!? いやいやまさか! な、なにもしないよ?」
アレクシアはエスパーなの!?
怖すぎる……!!
「ソフィア様、お言葉が……まぁ、今はそれどころではないですね」
あ、あぶない……アレクシアのお説教が始まりそうだったよ、助かった。
アレクシアのお説教はとにかく長い。本当に長い。正直寝てしまうくらいに。
だから心底回避したい。
「そ、それで? どうして私が転移した後に、王宮所属の魔法使いが来たわけじゃないって思うの?」
気を取り直して尋ねれば、アレクシアも真面目に答えてくれる。
「はい。王宮所属の魔法使いであれば、魔法治療という高度な魔法の用い方ができる時点で有名になっており、身分を隠す必要はございません。王族に認められなければ魔法治療は行えないはずですから。ですので、私も初めは王宮所属の魔法使いのうちの誰かが魔法治療を行ったのかと思っておりましたが、それにしては……」
「あの方が『ある方』と濁すのが変、と……」
別にそんなに含みをもたせた言い方をしなくても良いはずだものね。
「左様でございます。ソフィア様もめぼしい方にお会いしていないとなると……」
理解を促すようなアレクシアの視線に、言葉を継ぐ。
「誰か、隠れた魔法使いがいるかもってことね……しかもかなり優秀な」
そして、あの方はその存在を知っている……。
「はい、その可能性は否定できないかと」
アレクシアがしっかりと頷いた。
そうなると、一番怪しいのは――
「それで、ソフィア様。ソフィア様に魔力譲渡をした方は、どのようなお方だったのですか?」
アレクシアがにらんでいるのも同じ人、か。
「さぁ……、黒い甲冑を着た男の人だったわ。私も魔力切れ寸前で、とてもお名前を聞いている余裕はなかったもの……」
見た目の特徴も分からないし、やっぱり何か聞いておくべきだったな。
少し反省していると、アレクシアの表情が驚きのものに変わる。
「そ、そんなに危険な任務だったのですか……? やはりあのクソガキ、一度締めておくべきか……」
まずい。ついにあの人ですらなく、クソガキ呼ばわりし始めてしまった。
「その場合、ボコボコになるのはあの方のほうだからね? あの方なぜかアレクシアには抵抗しないから。私の治癒魔法でも傷が残ってしまうわ」
「え? 治しませんよ?」
「こわいこわい」
真顔で言われると冗談に聞こえない。
いや、きっと冗談じゃないな……。
「ソフィア様、今回こそはあの方に多額の報酬を要求してよろしいかと」
ずいっと迫ってこられて、苦笑いを浮かべる。
「あはは……文句くらいは言いに行こうかしら」
そうじゃないと、アレクシアが物理攻撃をしかねない気がする、うん。
「と、とにかくね! すごい魔法の使い手であることは間違いないのよ。アレクシアや私に……いや、あの方にも匹敵するほどかもしれない」
アレクシアのまとう空気が一瞬にして鋭いものに変わった。
「左様でございましたか……。では、あの方に確かめる必要がありそうですね」
そうなのだ。そんなにすごい魔法の使い手なのに、世間、とくに私に知られていないのがおかしい。
完全治癒をあの方の知り得ないところで行ったなら大問題だし、もしあの方が知っているのなら、なぜ隠しているのだろうか。
「そうなの。だから、会えるように手はずを整えてくれないかしら」
会って、確認しなくては。
そして、できればその魔法が使える騎士様にお目にかかりたい。魔法の話がしたい。
「その必要はございません。すでに、こちらに……」
一枚の手紙を渡される。
転送魔法で飛ばされた手紙のようだ。
一応裏返して封筒の裏をみるが、差出人の名前はない。
と言っても、転送魔法を使える人なんて、私の知る限り、私やアレクシアを含めて3人だ。
私は封を開け、手紙を取り出しさっと内容に目を通す。
『ソフィア
昨日の任務、お疲れ様。
きみに愛の言葉を書き綴りたいところだけれど、どうも状況が良くない。
急ぎ王宮に来てほしい。
人払いはしておくから、いつでも転移してくれて構わない。
いつもの部屋で待っているよ。』
「今回は手間が省けて助かったけれど、だいぶ大変な状況のようね……」
「はい。先に目を通させていただき、同じように感じましたので、すでに用意は調えております。目を覚まされたばかりですが……」
「大丈夫。ありがとう。すぐに支度をお願い」
「かしこまりました」
アレクシアに身支度を整えてもらいながら、ざわざわとする自分の魔力を感じ、嫌な胸騒ぎがしているのだった。




