第31話 家族
「……ソフィー?」
ルイ様がなぜか怒りのこもった目でお兄様を見ていて、私はおろおろとしてしまう。
ど、どうしたんだろう、ルイ様。
助けを求めるようにお兄様を見ると、お兄様は嬉しそうに目を細めていて、何だか楽しそうだ。
「ふふ、嫉妬かい?」
え? 嫉妬?
いやいや、そんなわけ――
「そうだが、何か?」
そうなの!? る、ルイ様が……!?
ルイ様が真顔で言ってのけるので、冗談でしょうと一蹴することもできない。
ルイ様のような爽やかな人でも嫉妬するんだという驚きと、私に関することで嫉妬してくれた嬉しさとで、落ち着かない気持ちになる。
「ふふ、ルーってソフィーのこと大好きだよね」
「当たり前だろう」
ルイ様はイライラしているようで、ぶっきらぼうに答える。
当たり前なんだ!?
そんな、お兄様の前で堂々と……! って、ルイ様は殿下が私のお兄様って知らないんだった。
ルイ様の言葉に赤面していた私は、はたと気づいて青ざめる。
お兄様って知らないってことは、『殿下』が私を愛称で呼んだから、変な誤解を招いているんじゃ……?
「はは! 俺、ソフィアのことは大好き。でもルイのことも大好きだよ」
「アルフレッド、はぐらかすな。人の婚約者を愛称で呼ぶなんて、どういうつもりだと聞いている」
殿下、火に油を注ぐようなことばかり言って……!
あわわ、そろそろルイ様が本気で怒りそうだよ……!
ルイ様が暴走したら、いくらお兄様でも無傷では済まないだろう。
私の心配をよそに、お兄様は普段通りにあごに手をあてて、のんびりと答える。
「どういうつもりも何も……。僕たちはそういう間柄だということさ」
「……納得できる理由が無ければ、いくらアルでも許さない」
や、やばい、一触即発だよ……!
ど、どうしよう。どうしたら……。
あわあわと行き場の無い手を泳がせているとお兄様がとんでもないことを言ってくれた。
「ソフィアも僕のことを愛称で呼んでいるよ?」
「アルおに……殿下!?」
何を言うのこの人は!?
今お兄様のせいでさらに事態がややこしくなったことに気づいてないの!?
「ソフィア、様……?」
名前を呼ばれて、ルイ様のほうを見ると、ルイ様はショックを受けたような顔で、呆然と私を見つめていた。
「……あ」
しまった。お兄様がとんでもないことを言うから、思わず愛称で呼んでしまった。
これでは、私と殿下の関係が親密なものだと証明しているようなものだ。
「ちちち違います! ルイ様! 信じてください!」
我に返った私は、今にも泣きそうな顔をしているルイ様にぐっと寄って、必死に否定する。
あああそんな顔しないで……!
「ソフィア様……はい、あの、貴女を疑うことなどないのですが、その……。私は、貴女が望むのであれば、ええと、第二の夫を……。いや、やっぱり無理です、許容できそうにありません。いやそもそも、俺が第二の……?」
「違います!!」
ルイ様も何てことを言うの!?
確かに一妻多夫制をとっている家も大昔はあったらしいけれど、今はメジャーじゃないのに!!
疑うことはないとか言ったくせに、信じてくれないルイ様に、悔しくて私はさらに距離を詰める。
「全然信じてないですよね!? 第二の夫など必要ありません! 私の夫は一生ルイ様おひとりだけです! これでも信じていただけないんですか!?」
涙目になりながら訴えると、ルイ様が真っ赤になりながら、身体をのけぞらせた。
「あ、あの。わ、分かりました、これからは、本当に貴女を信じます。で、ですから少し離れていただけると……」
「……何でですか?」
目を合わせてくれないルイ様に、嫌われてしまったのかと思って、理由をたずねる。
「え、ええと、それは……」
言い淀むルイ様に、本当に嫌われてしまったのかもしれないと思えてしまって、油断すると涙がこぼれてしまいそうだった。
ルイ様はちらりと私を見て、慌てて両手を振った。
「いえあの、泣かないでください……! あの、貴女に近づきすぎると、愛らしすぎて心臓が持たないといいますか……」
「……え?」
驚いてルイ様との距離を見れば、気づけばルイ様と鼻先が触れあいそうなくらい接近していた。
私はバッと身体をのけぞらせて、勢いよく頭を下げた。
「し、失礼しました!」
「い、いえ、大丈夫です。というか、心臓はとまるかもしれませんが、貴女から近づいていただけるのは、嬉しいというか、幸せというか……」
「心臓とまったら駄目ですよ!?」
ルイ様にはこの先ずっと一緒にいてもらうんだから……!
ルイ様の心臓が止まってしまう想像をしてしまって、涙目になりながらも抗議する。
「ああ、そんな貴女も愛らしい……」
ルイ様は私を眺めて恍惚とつぶやいた。
「――!?」
る、ルイ様!? 甘すぎませんか……!?
私はルイ様の甘すぎる言葉に、視線に耐えきれなくて、真っ赤になりながら顔を逸らす。
視線の先にいたお兄様と、ばっちりと目が合ってしまった。
「驚いた、ここまでぞっこんとはね」
お兄様は、楽しそうに、嬉しそうにクスクスと笑っている。
ひいいい、お兄様に見られてた……!
恥ずかしすぎる……!
「……アル、俺はまだ――」
「殿下! 誤解を解いてください!!」
恥ずかしくてどうにかなりそうだったけれど、ルイ様がまた暴走し始めそうだったので、元はと言えば原因である殿下に助けを求めた。
私と殿下が兄妹であることは言えないし……どうしたらいいの!?
「ふむ、ソフィーを泣かせるのは僕も不本意だから、そろそろネタばらしといこうか」
お兄様がどうするつもりかは見当もつかないけれど、何か良い案があるのかと思って任せることにする。
「ソフィー、別にただ本当のことを言うだけだよ?」
え……? 本当のことって……。
「……よろしいのですか?」
私たちが兄妹であることは、家族しか知らない、国家機密だ。
そんなことを、家族以外の人に気軽に言うことは……あ。
「うん。家族になるんだろう?」
……そっか。
殿下がさっき認めてくれたから、私とルイ様は……。
「ねえ、ルイ?」
殿下がルイ様に視線を送ると、まだお兄様のことを睨んでいるルイ様は、低い声で答える。
「ソフィア様と、な」
「ううん。そうだけど、そうじゃないよ」
「……?」
ルイ様は、意味が分からないといった顔で、不快そうに顔を歪めている。
「僕とも家族になるよ」
「は……?」
さらに混乱するルイ様を見ているお兄様は、とても楽しそうだ。
「殿下……」
呆れがにじんだ声で呼びかければ、お兄様はいたずらっぽく笑った。
「ごめんごめん。ちゃんと話すよ」
ルイ様は私たちの様子を眺めて、首をかしげている。
「ルイ、ずっと黙っていたんだけれどね」
お兄様はルイ様とは対照的に、にこにこと話し始める。
「あ、これ、国家機密だから」
「はあ……? そんなノリで話して良いのか……?」
確かに、お兄様の言い方は軽すぎる。
けれど、お兄様は迷わず首を縦に振った。
「うん。家族になるからね」
「だから、何を言って――」
お兄様は、混乱で眉をひそめるルイ様の言葉を遮った。
「俺はね、ソフィアのお兄様、なんだよ。たったひとりの、ね」
そう言ったお兄様に、見惚れるほど綺麗なウインクをされてしまった。
ああもう、かっこいいんだから……。
一瞬お兄様に見惚れてしまった私は、すぐに大切なルイ様に向き直る。
国家機密だから仕方がないとはいえ、ルイ様に隠していたことが申し訳なくて、頭を下げる。
「隠していてごめんなさい、ルイ様」
「いえ、貴女が謝ることなど、何も……。……え? アルと、ソフィア様が、兄妹……?」
呆然としていたルイ様は、私に謝られたことで我に返ったようだった。
こくりと頷けば、ルイ様はしばらく無言で、喜んだり、悲しんだり、落胆したり、百面相をしたあと、ハッと何かに気づいて青ざめた。
「まさか、ソフィア様は、王族……?」
「はい。まあ、そうなりますね」
一応今は辺境伯令嬢として生きているので、正確には王族ではないのだけれど、王族の血を引いていることは確かだ。
はっきりと肯定の意を示せば、ルイ様はぽかんとして。
「そんな……はは……」
驚きのあまり目を白黒とさせて、ソファにばたりと倒れ込んだ。




