第16話 魔法の師
ルイ様にエスコートしてもらって、〈客間〉に移動した。
〈客間〉には、奥に殿下が座る椅子と大きな机があり、その手前にあるテーブルを囲むように、ソファが向かい合っている。
この部屋は殿下が座るところが上座で、向かい合うソファの入り口からの距離は同じだから、前回みたいにならなくて良かったなと思いながら、ソファに腰掛けた。
ルイ様が席に着いたのを確認して、私は魔法を使ってお茶が入ったティーカップを出す。
「どうぞ。お口に合うと良いのですが……」
空中に現れたふたつのティーカップは、緩やかにテーブルの上に、カチャリと音を立てて着地した。
「これは……」
ルイ様は驚きながらも、美しい所作でティーカップを手に取り、口をつけた。
「本当にすごいですね……。魔法でお茶を……しかも一瞬で……」
「すごいだなんて。とんでもありません」
小さい頃からやっているから慣れているだけだろう。きっとルイ様もコツさえつかめばできるようになると思う。
「いいえ。お茶を淹れるなんて、とても繊細な魔法のコントロールが必要です。誰にでもできることでは無いと思います」
思った以上に褒めてもらえて、何だか落ち着かない気持ちになる。
「いえ……、殿下もできると思いますよ」
そう言うと、ルイ様はなぜか複雑そうな顔をした。
「お、お口に合いませんでしたか……?」
恐る恐る尋ねると、彼はすぐに首を振って、否定の意を示してくれた。
「温かくて、おいしいです」
あまりにも嬉しそうに微笑むお姿が、本当に綺麗で、頬が熱くなった。
「そ、それは良かったです」
「ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ……」
あ、あまりにもまぶしくて直視できないわ……!
ルイ様がまぶしくて、胸が痛くて、私は何も言えなくなってしまった。
「……」
「……」
しばらくの間沈黙が続き、緊張で乾く喉を潤しているうちに、ティーカップが空になってしまった。
もう一度お茶を淹れようかと魔法を発動しようとしたとき、ルイ様が口を開いた。
「……あの」
「は、はい!」
驚いて声が裏返ってしまったかもしれない。恥ずかしい。
「……申し訳ありません」
「え?」
急に紡がれた謝罪の言葉に、私は首をかしげる。
「急に声をかけてしまいましたから、驚かせてしまいましたよね」
まあ確かに驚きはしたけれど、それは急に声をかけられたからというより、ルイ様の変装が素晴らしかったからだ。
「先日ご挨拶しましたし、声をかけないのも失礼かと思い……」
確かに、貴族社会では、知り合いに声をかけなかったと分かれば、その人とは関わりたくないという意思表示だと捉えられたりして、失礼に当たることもある。
そういう意味でも、挨拶は大事だ。
「ですが、この姿で私だと認識していただけるかは、確信が持てなくて」
本当に素晴らしいものね、この変装。
魔法が扱える者でも、見破れる人は少ないだろう。
「お詫びなど必要ありません。ルイ様の魔力は前回お会いしたときに解析――ええと、ちょっと工夫して覚えさせていただきましたので、どのような格好をなさっていても認識できます」
ルイ様は驚いたようにこちらをまじまじと見ている。
何か変なことを言ったかな。
「……聞きたいことが増えてしまいました」
ルイ様はおかしそうに、クスッと笑った。
あの階段で見た、かわいらしい笑顔だ。
か、かわいらしいは失礼かもしれない……!
失礼だったらごめんなさいと心の中で謝罪しておく。
申し訳ない気持ちになりながら、気になったことを聞いてみた。
「その、聞きたいことというのは何でしょうか? 私に答えられることであれば、お答えします」
先程も聞きたいことがあると仰っていた気がするし、何だろう。
「そうですね、色々あるのですが……」
ルイ様はあごに手を当てて、何と質問するか考えているようだった。
「魔法はどなたに教わったのですか?」
「殿下です。あとは――」
おっと、危ない。
ルイ様は、殿下が私に任務を与えていることは知っているけれど、それ以上は知らないんだった。
「内緒です」
話せないことに申し訳なさを感じながら、
「ごめんなさい」
と微笑みを向ける。
「大丈夫です」
ルイ様は顔を赤くしながら、目を逸らしてしまった。
気に障ったのかな……?
申し訳ないけど、話せないのは仕方がない。
仕方がないとはいえ、ルイ様に目を逸らされたのがとてもつらくて、胸が痛む。
「ルイ様は、どなたに教わったのですか?」
話題を変えようと、今度は私が質問してみる。
「アル――殿下に、教わりました。あの方は本当にすごい方ですね」
ルイ様はそう言って、悲しげに微笑んだ。
殿下に……。
殿下、本当に底が知れないわ。
改めて殿下はすごいなと尊敬の念を抱くと同時に、胸の痛みが強くなった気がした。なぜだろうと考える間もなく、口が勝手に動いていた。
「殿下とは親しいのですね」
自分でも驚くくらい、冷たい声音だった。
「そう、ですね……。幼なじみ、といったようなものです」
ルイ様は驚きつつも、答えてくれる。
「そう、ですか……」
この、もやもやとした気持ちは何だろう。
ルイ様と殿下が親しいことはとても喜ばしいことなのに、心の底では喜べない自分がいた。
よく分からないもやもやに、気持ちが重くなって、視線が下がってしまう。
「……」
そんな私を見てか、少しためらったあと、ルイ様はおずおずと口を開いた。
「あの……ソフィア様と、殿下は、どのようなご関係なのでしょうか」
「……え?」
「し、失礼でしょうか。お答えしたくなければ大丈夫ですので」
「いえ、大丈夫です」
この流れでどうしてそのことを聞いてくるのか分からなかったけれど、私と殿下の関係性について、考えを巡らせてみる。
どのような関係、か。
「そうですね……。私にとっては魔法の師、といった感じでしょうか」
素直に思ったことを話せば、ルイ様は安堵したように息をついた。
私も殿下とは幼なじみみたいなものだけど、ルイ様に会ったことがないのは不思議だな。
殿下から任務を与えられているのも同じみたいだし……あ。
ふと、魔物討伐のときのルイ様を思い出して、聞いてみたくなった。
「あの……。失礼でしたら、お答えいただかなくて大丈夫なのですが」
ルイ様は不思議そうに、次の言葉を待ってくれている。
「ルイ様はあのとき、なぜ黒い甲冑を着ていらっしゃったのですか? ルイ様ほどの魔法の使い手であれば、魔法防御で十分だと思います。わざわざ重い甲冑を着ていらっしゃるのには、何か理由があるのですか?」
「それは……」
ルイ様は、ばつが悪そうな表情をしている。
あまり触れられたくないことだったんだろうか。
私は黙ってルイ様の言葉を待つ。
「自分で言うのは、気が引けるのですが……」
「その、見た目のせいでして……」
「見た目……?」
「はい。ええと、以前、前線で戦っていた際、私が戦っている様子に、その、注目してしまって」
私は黙って頷く。
「…………倒れてしまった人が、いまして」
えーと、つまり。
「ルイ様の美しさに、気絶してしまった、と……?」
「そ、そう聞いています」
なんと。そんなことあるんだ……?
「それは、その人がたまたま体調不良だったとかでは……」
「いえ……。それが、一度や二度ではないのです。何度も、何十人も倒れてしまって。ぼうっとするあまり、魔物に襲われて怪我を負った者もおります」
ええ……。なんて恐ろしい美貌なんだ。
「それで、顔を隠すために……?」
「……はい」
「それは……大変ですね」
生まれ持ったお顔が綺麗すぎて、必要の無い甲冑を着なくてはいけないなんて、大変に決まっている。
何とかできないのだろうか。
解決策はないものかと思案していると、少し気になったことがあって、尋ねてみる。
「殿下は何と……?」
「『どうにかしてあげたいけれど、僕がいつも近くにいてあげられないからな……。妨害魔法を教えるのはかなり時間がかかるし……ごめんね』と……」
ふむ、やはり妨害魔法を応用すればいけるのだな。
「それで普段から変装を……」
「はい。変装をして前線に出たこともあるのですが、効果がなく……」
うん、かっこいいもん。
困った顔で笑うルイ様は、変装しているけれど、美しさもかっこよさも健在だ。
私は何とはなしに、考えたことをそのまま口にした。
「では、妨害魔法を覚えるのが良さそうですね」
「はい……。え?」




