第15話 図書館
心地よい朝日がカーテンを揺らし、差し込んできた光のまぶしさに目を開ける。
「……」
「おはようございます、ソフィア様」
「おはよう、アレクシア……」
気を失ったせいか、久しぶりに深く眠れた気がする。眠気はあるけれど、少し身体が軽くなっている。
「はあ……」
ついため息が漏れてしまう。
身体とは裏腹に、気分は落ち込んでいた。
「……お疲れですか? ソフィア様」
「うん……まあね……」
アレクシアへの返事もそこそに、私は昨日あったことを思い出す。
昨日は、ルイ様にご挨拶をして、殿下のはからいで魔法について聞けるはずだったのに、私がルイ様の美しさに気を失ってしまったんだよね。
本当に惜しいことをしたなあ……。ルイ様に魔法のことを聞けるチャンスだったのに……。
それにしても私、よくルイ様の前で意識なくすな……。
最初の魔物討伐のときも、魔力譲渡してもらって意識をなくしてしまったし。
……そういえばそのときも、もしかして今回も、私、ルイ様にお姫様抱っこされちゃった……!?
あああ恥ずかしい! ルイ様に合わせる顔が無い!
顔に熱が集まっていくのを感じながら、でもやっぱり魔法のことが気になってしまう。
「次はいつお目にかかれるかな……」
「……ソフィア様」
「ん?」
アレクシアの目が、何か言いたげにこちらを見ている。
「本日は任務はございません」
「……え?」
うーんと、話が見えないな。ルイ様にいつ会えるかと、私の任務がないことに関係ある? 今日は任務がないから会えないって意味かな……?
「それにしても、任務が無いなんて何ヶ月ぶりかしら」
「殿下が『ゆっくり休んでね』と仰せです」
「ええ? あの鬼上司が?」
私が疲れているのを分かっていて、私の健康状態を完璧に把握したうえで倒れないぎりぎりで働かせる、あの鬼上司が?
「はい。さすがに階段を落ちかけたことと、ルイ様の前で倒れたことを考慮して、休ませるべきだと、やっと、お考えになったようです」
「はは……」
まあ、階段も倒れたのも、どちらかというとただのドジなのだけれど……。
「いつも任務に学業、お仕事と休む暇もないほどなのですから、たまにはごゆっくりされては?」
「……うん、そうね。そうさせてもらう」
めったにないお休みだ。殿下はともかく、アレクシアにはいつも心配してもらっているし、今日はゆっくりさせてもらおう。
「……図書館にでも行こうかしら」
「かしこまりました。私は同行できませんが、何かありましたらすぐにお呼びください」
アレクシアは普段から何かと色々なところに行っているけど、アレクシアがやりたいことならそれが一番だと思って好きにしてもらっている。
それが仕事なのかお出かけなのかは、私にも分からない。
たまにお花を買って帰ってきてくれることもあるし、そういう日は息抜きのお出かけなんじゃないかな、とは思っている。
「わかったわ。というか、アレクシアのほうが働き過ぎじゃない? ちゃんと休めてる?」
これからは殿下の任務も増えるし、アレクシアの負担がどんどん増えていて心配だ。
「ご心配には及びません。万が一不可能な量の仕事をいただいた場合、ご提案させていただきますので」
うん、やっぱりアレクシア、殿下に当たり強くない?
「それがいいわ。何かあったら私に言ってね」
「ありがとうございます」
「うん、じゃあ支度をお願い」
「かしこまりました」
アレクシアに出かける支度をしてもらいながら、図書館で何をしようか考え始めた。
「うーん……」
私はアレクシアと別れたあと、魔物や魔法について調べるために、王宮の図書館に来ていた。
もちろん家や町の図書館、王宮の図書館にあった魔法関連の本には全て目を通している。
とはいえ、魔物の活性化について何かヒントがないか、もう一度注意深く読み直してみようと思ったのだ。
以前読んだときより、私の経験も知識も格段に増えている。
今の私が読むからこそ見えてくるものもあるかもしれない。
不確定な可能性にかけるくらいしかできることがない現状に歯がゆさを感じながら、本を探していく。
手当たり次第に読むしかないかな。
いくつか本を取り出し、近くのテーブルにつく。
うーん、魔物が大量発生することはまれにあるけれど、やっぱり活性化なんてのっていないな……。
何冊か読んだあたりで行き詰まってしまって、もうひとつの目的のための本を探してみることにした。
もうひとつの目的というのは、ルイ様の魔法についてだ。
ルイ様本人にどのように魔法を使っていらっしゃるのか聞けなかったし、自分で調べるしかないと思ったのだ。
ええと、この辺かな……?
右手の人差し指をあごに添えて、上の方の棚を見ながら、どの本が良さそうか眺めていると、ふと不思議な気配を感じて振り返った。
……?
何だろう、知っている魔力なのに、知らない格好をしている、みたいな感覚……。
周囲を見回してみるけど、見知った顔はいない。
でも、この魔力は……。
「……上のほうの本をご所望でしたら、お取りしますよ」
「……!」
やっぱり、ルイ様……!
すっと歩み寄ってきてくれたルイ様は、昨日と違って眼鏡をかけていて、一つに結んでいた長い黒髪は結べないほど短くなっており、瞳の色も金色から綺麗な海のような青に変わっている。
完璧な変装だわ……。
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
「いえ……、ありがとうございます。どれにしようか迷っていただけなので、大丈夫です」
彼も素性を隠していると殿下が仰っていたし、おそらくソフィア・キャルロットと交流を持っていることを知られては良くないだろう。
知らない人のフリをしておく。
『ルイ様……でいらっしゃいますよね、こんにちは』
彼は少し驚いた顔をした。すぐに優しく微笑んでくれる。
『……驚きました。この変装を見破られたのは初めてです』
そうなんだ。まあ完璧な変装だもの。王子は分かるだろうけど、アレクシアはどうかな。
『失礼。ご挨拶が遅れました。ソフィア様、こんにちは』
彼は律儀に挨拶を返してくれる。
たったそれだけのことなのに、なぜかとても嬉しかった。
『ルイ様はどうしてこちらに?』
『私はこの図書館の本の管理や整備などを任されている者の、手伝いをしているんです』
『まあ、そうだったんですね。では、よくこちらにいらっしゃるのですか?』
『はい。任務があると難しいですが、一週間に一度くらいは来るようにしています』
そうだったんだ。
もしかして、アレクシア、これを読んでいたんじゃ……?
ルイ様がこの図書館に定期的に来ているなら、今日会える可能性は十分にある。
何て頭脳の持ち主なんだ……。あとでアレクシアにお礼の品を買っていこう。
『あの……、もしお時間があれば、魔法についてお話を聞かせていただけませんか?』
『……ぜひ。私もおうかがいしたいことがあります』
承諾の返事をいただけて、嬉しくなる。
ルイ様が私に聞きたいこと? 何だろう?
不思議に思っていると、ルイ様が少し周りを見回して、私に向き直った。
『ここでは目立ちますので、アル──アルフレッド王子殿下に〈客間〉を借りられないか聞いてみます』
『あ、ありがとうございます』
スマートな対応に驚いてしまう。
〈客間〉は、魔法学校にある〈応接室〉と同じような空間で、王宮で殿下と任務の話をするときに使っている場所だ。
ルイ様は、殿下に魔法通信で聞いてくれているみたいだ。
ルイ様、魔法通信も使えるのね……。使えない魔法なんてあるのかな?
騎士である彼が高度な魔法を使いこなしていることのすごさを感じながら、本を眺めて待っていると、ルイ様が左手を差し出してくれる。
「あちらに魔法関連の本がございます。ご案内いたします」
「はい……ありがとうございます」
瞳の色も、髪型も、昨日見たルイ様とは違っているのに、私に向けてくれた微笑みが同じで、綺麗で。
トクンと、心臓が鳴った。




