日野中野城の戦い①
6月6日
朝から城内は活気に包まれている。意気揚々と夜襲組が還って来た為だ。
「夜襲組のために湯を振る舞うのじゃ。ガンガン湯を焚け!」
女手も借りて湯を沸かし、盥に注いでいく。足を洗って返り血を流すために必要なのだ。
「しかしお主等……臭いノウ!」
上野田主計助が湯を運びながら顔を顰めた。
「ガハハ、大蒜をしこたま喰ったからな。お蔭で力も漲っとるわい!」
殊更口を大きく開けて、悪臭をまき散らしながら無精ひげの岡清長が胸を張る。
大蒜は昨今の禅寺では“忍辱”とも言われているが、これを穿り返して火にくべた物を食すると、精力が増強し、夜更かしも気にならなくなる。何よりも、夜襲時は目が利かなくなるので、臭いで敵味方が判別出来るのがありがたい。
「町野、結解、岡、儀俄の各隊は本日休んでおく様に。それと他に手の空いた者達は、今のうちに敵方の弔いをしておくのじゃ」
「ですが殿、そんな事をしていると明智が来た時に使える者が居なくなりますぞ!」
赤座隼人が目を剥いて抗論する。
穴を掘って遺体を埋めるのは存外、体力を使う。それも数百ともなれば中々のものである。しかしながらそのまま野晒しにしておくのも見苦しい。それに明智方に、こちらの意図を酌ませる事が出来るやも知れぬ。
「頼む隼人。気の滅入る作業だが、ぜひやって貰いたいのじゃ。指揮はお主にまかせる」
拝み倒されて、不満が口から出かかったものの、モゴモゴしながら赤座隼人が城の外の整備に赴く。そうだ、隼人。お主の働きは夜襲組にも劣らぬ功績ぞ。
二の丸から小倉殿の知らせを受けて、向かった先で驚く光景を見た。
土田御前とお養の方、並びに稲葉殿が鉛を溶かして弾造りをしているではないか。
「お、お止め下され! お手前方は織田家の客分…ましてや上様の掛け替えのない家族ではありませぬか。その様な作業……」
言いかけて言葉に詰まる。戦の支度に下賤も高貴も無い。ただ、寄せ手を凌げなければ負けて殺される……それだけの話なのだ。だったら、自分に出来ることをしよう……そう、土田御前の眼差しが告げていた。
そこへ滅多に笑わないお養の方の笑みがこぼれた。
「ふふふ、そうなれば私は客分でもない、蒲生家の親族です。御前様も言っておられる通り、我々はもう匿われるだけの人生は嫌なのですよ、左兵衛大夫様」
確かに……お養の方は息子の嫁の母という事になる。それより何より、今までずっと能面のように自分の感情を押し殺していたお養の方の、本当の表情が拝めてドギマギしてしまった自分を、心中で叱り飛ばす。
「フシャシャイエー!」
頷いた土田御前が、昔こうして、尾張で戦の手伝いをしたと言い足している。
「ガハハ、蒲生殿! そもそもこれは貴方の戦いではないのですぞ。我等織田家と明智の根性比べじゃわい!」
俵飯を頬張りながら稲葉殿も応じる。豪快な物言いとは裏腹に、弾の鞣しは繊細で、綺麗な円を描いている。これは……よく真っ直ぐ飛びそうだ。
「あなた一人で気負う事などないのですよ。古今戦に女子が出てはいけないという法もありますまい」
「ガッチャバイガッチャバイ!」
「女子と侮ってはならぬぞ、蒲生殿。特に我等は母でもある。蒲生殿も悔しかったら子供の一人でも捻り出してみい、ガハハ!」
火縄銃というのは、実は物量がモノをいう。いかな名手が居ろうとも、豊富な玉薬と弾丸が無ければ弾幕は築けない。
流石は織田家の女房達。それにいち早く気づいたのであろう。こうして弾を補充してくれるだけで、どれだけ心強い事であろうか。
なので、もう何も言わぬ。言えぬ。ただ、黙って深く一礼すると、昼食の用意が出来ているか、台所の様子を見に行くことにした。




