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「シェリシア様、殿下とのご婚約おめでとうございます!本当に喜ばしい限りですわ!」
……は?と淑女にあるまじき反応を返してしまいそうになった。
今私は月に一度の顔見知りのご令嬢方とお茶会をしている。単なる情報収集の場でどの令嬢がお兄様を狙っているだとか、どの令嬢がお兄様に色仕掛けをしただとか、時にはメイドや女騎士の名前まで出てくる殆どお兄様に関しての情報集めの場だ。
それなのに開口一番、侯爵令嬢の顔見知りがそう言うものだから思わず呆気に取られてしまった。
「……今何と?」
張り付けるように笑みを浮かべて問うと、今度は今勢力のある伯爵家の令嬢が満面の笑みで続けた。
「今一番の話題の的ですわ。私もきちんと見ましたのよ?お二人が微笑んでダンスをなさっているところを。もうキュンとしてしまいましたわ」
……冗談もほどほどになさい、と一喝してしまいたいほど意識が遠くなったのを感じた。
まさか危惧していたことがこんな形で起こってしまうなんて。何それ。本当何ですのそれ!?お兄様を差し置いて何で殿下ですの!?お兄様とそんな噂になるのなら喜んで飛び跳ねよう。寧ろ噂を広める操作をしてもいい程だ。
しかし殿下となんてありえませんわ!!
「あくまで噂ですわ!私、お兄様一筋ですもの」
ここは即否定しなければ!と笑みの圧を加えながら言うと、盛り上がっていた令嬢方は口をつぐんだ。
「それに私よりもコレット様の方が殿下にはお似合いだと思いますわ。きっとその美しいお顔で好きと言われればどの殿方も夢中になってしまいますわ。お兄様は別ですけれどね」
一番顔見知りの中で身分が高い侯爵令嬢のコレットを持ち上げてみれば、満更でもなさそうにコレットは頬を染めた。周りは戸惑いながらも、「そうですわ」と私に合わせて同調している。
そう、この勢いよ。
「私にこの国の王妃だなんて務まりませんもの。お兄様の隣にいることを支えてくださる殿方と結婚し、お兄様の繁栄を願うことが私の喜び。王宮でこの国のために身を尽くすことは確かに喜ばしいことではありますが、お兄様には敵いませんわ」
不敬発言ぎりぎりを走っていることは自覚している。だがそれだけ焦っているのだ。ここに集まる令嬢方が、実は夜会で流れる噂を操作している。だからここでコレットにその気にさせてしまえば、まだコレットの噂は流さないにしても私の噂を流すことはやめるに違いありませんわ。
何としても私にはお兄様だけと信じていただかないと。
噂は社交界には必要不可欠のものとなる。もし冤罪であっても、不正や不敬などの噂が流れてしまえば大きな打撃を受けてしまう。もしこのまま私と殿下の婚約を結んですらいないのに、もちろん発表すらしていないのに噂が定着してしまうと後に引けなくなるのだ。
そう、本当に婚約のレールが噂で作られてしまう。
全力で回避致しませんと。
ここまで熱心にうわさを否定する私に困惑を浮かべている顔見知り達は、そこまで言うならと考えを改めてくださったらしい。
「……そうですわ、この前アンリ様に_____」
そして私は笑顔で周りを威圧し、コレットは赤くなった頬に手を添え、周りは視線を右往左往していると言う可笑しな状況を変えるべく、いつも通りのお兄様の噂の流れへと誰かが無理矢理修正したのだ。
そうやって、私にとってかなり衝撃で、これからの対策を考える必要を知ったお茶会が終わっていった。