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いつだって


 結局、勇斗くんの悩みは聞けなかったけれど、お姉さんたちのことが関係していたのかもしれない。あれから誰かと夕飯を食べに出ることもなくなったようだ。危ない背伸びがなくなって安心したけれども、目下の課題は私の料理スキルの向上。育ち盛りな勇斗くんに、おいしいものを食べさせてあげたいという姉心である。


 その日は、予備校の帰りに本屋に寄って、料理本を探すことにした。

 予備校の扉から出て歩いていると、後ろから声をかけられる。


「鈴木さん、もう帰るの?」


 振り返ると、最近予備校で知り合った杉野くんだ。高2の学習を途中までしか履修していない私にも、わかりやすく教えてくれる親切なナイスガイだ。「教えるのも勉強になるから」と言ってくれる彼に、つい甘えて教わりに行ってしまううちに、よく話すようになった。

 杉野くん、なんて呼んでいるけれど、彼は19歳だから、私からしたら年上の存在なんだけど、私は二十歳ということになっているので砕けた感じで呼ぶようにしている。何か変な感じだ。


「今日は本屋に行こうと思って」

「オレも本屋に行きたかったから、一緒に行こうよ」


 参考書?と聞かれて、首を振る。こんな時期にちゃらちゃらしていると思われるんじゃないかと、料理本だということはさらっと言い出せない。


「オススメの参考書があるから教えようか?」


 杉野くんは、深く突っ込んでこなかった。縁のあるメガネの奥で、人当たりがよさそうに微笑んでいる。ありがたい、と思いながら、最近取り組んだ参考書について情報交換をする。そして会話は予備校教師の人柄や教え方へと移っていく。

 ああ、こんな何でもないような、年相応な会話ができるようになるとは。これがつい先日まで居た異世界だと、やれ無表情魔法使いにもっと近くに来いと魔物の群れの真正面に引っ張られ、魔物の血を浴び異臭に耐える、やれちびっ子格闘士から少佐の筋肉の素晴らしさについてマシンガントークされる………キャッチボールのある会話なんて一日に数えるほどの日々………から解放されて、本当に良かった。

 嫌な記憶に蓋をして、私は杉野くんとの会話を全力で楽しんだ。もしかしたら、傍から見たら楽しそうなカップルにでも見えたかもしれない。


 本屋では、結局レジで料理本を持っているのを杉野くんに見られて、今度手料理食べさせてよ、なんてからかわれながらも、無事に目的を達成できた。


「そうだ、今度さっき言った参考書持って来ようか?」

「いいの!?ありがとう!すごく助かります!」

「お互いさまだよ。それじゃ、また。」

「うん!気をつけてね~」


 駅の近くで杉野くんと別れた。参考書の約束も取り付けて、お礼は用意したほうがいいかしら、なんて浮かれ気味に歩いた。

 勇斗くんのために本屋に寄ったのに、自分の都合がうまくいってウキウキしていたのが、悪かったのかもしれない。人混みを避けつつ歩いていると、何故か目の前に勇斗くんがいた。

 人を避けて歩いていただけなのに、まるで私がそこを通ることがわかっていたかのように、目の前に立っている。

 びっくりした私が名前を呼ぶ前に、彼は不機嫌オーラ全開で口を開いた。


「さっきのアイツ、だれ?」


 まるでまだそこに杉野くんがいるみたいに、駅の方面を鋭い目で見やっている。私も思わずそちらに目をやるが、もちろん杉野くんの姿なんてもう見えない。勇斗くんは、私と彼が一緒に歩いていたときからこちらに気がついていたのか。…何だかとても不機嫌なのが、気になる。


「勇斗くん、いつから見てたの?声かけてくれれば良かったのに」

「本屋に歩いていくところ」


 そんな前から!?勇斗くんはいつから探偵に転身したんだろう。全然気づかなかった。


「予備校の友達だよ。本屋に用事があったから一緒に行ったの」

「友達?」

「う、うん。」


 勇斗くんの目が鋭い。何だろう。確かに異世界から戻って来てからは、友達らしい友達と過ごした時間がないから珍しく感じているのかもしれない。でも、私が友達と居たらそんなに変なのかなあ。

 勇斗くんの不機嫌オーラにたじたじしてしまっている私に、勇斗くんは息を吐き出してから視線を合わせた。

 

「何か言われたんじゃないの?」

「何かって?」

「…付き合って、とか」


 突然の勇斗くんの言葉に、私は思わず噴き出した。人にガキだなんだ言うわりに、発想が飛躍しすぎでは!

 …言わないけれど。


「ないない!今日は、たまたまだよ。」

「じゃあ、本屋なら俺と一緒に行ってよ」

「?勇斗くんも何か欲しい物あったの?」

「………うん」

「わかった。じゃあ、次行くときは声かけるね。」

「…何買ったの」

「え?ふふふ~帰ってからのお楽しみ!」


 にこにこして言うと、勇斗くんの険のある表情が和らいだ。小さな天使のような顔が、パァっと明るく光が射したみたいに。やっぱり勇斗くんには穏やかな表情が似合うね。


「今日の夕飯なに?」

「おいしいもの!」


 さっき立ち読みした感じで、冷蔵庫にある物で作れそうなものがある。手順を思い起こしながら、いかに勇斗くんにスピーディに夕飯を提供するか考えていた。だから、勇斗くんが小さく呟いた言葉は私にまで届かなかった。


「すみねえちゃんと食べる飯は、いつだってうまいよ」




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