初詣
年も暮れ、いよいよ新年を迎えようとしていた。
私は勇斗くんと、そして杉野くんと近くの神社へ初詣に来ていた。
「新年まであと10分くらいだね。」
参拝の列に並んで、杉野くんが鳥居を見上げる。
鳥居の外まで列ができているので、新年が明けても参拝できるまで時間がかかりそうだ。境内は参拝に並ぶ人以外にも、お焚き上げをを囲む人や、甘酒を準備する人たちで賑わいを見せている。
「あと2週間ちょっとかあ。早いねえ。」
新年が明ければ、すぐにセンター試験だ。私がしみじみと呟くと、杉野くんも「ラストスパートだね。」と頷く。
異世界から戻って来て、私が勉強した時間はまだ半年にも満たない。杉野くんと違って、私は明らかに勉強時間が足りていない。正直、どこまで行けるか不安なところはあるけれど。弱音を吐くと協力してくれた勇斗くんに申し訳ないので、ぐっと言葉を飲み込んだ。頑張るしかないのだ。
「時間ないんなら、一人で近所のに行けばよかったのに。」
勇斗くんは、初詣に杉野くんが一緒なのが気に入らないらしい。むすっとして参拝の列の先を見据えている。
確かに、杉野君は一駅離れたところに住んでいるので近所に他にも神社がありそうだ。一駅移動して来てもらった手間を考えると申し訳ない。
「杉野くん、わざわざこっちまで来てくれてありがとう。」
私は杉野くんを見上げて言った。
「いいんだ。鈴木さんと一緒に合格祈願したかったから。」
杉野くんは穏やかな笑みを返してくれる。
初詣に誘ってくれた時も、それに勇斗くんが一緒に行くと名乗りをあげた時も、まるでわかっていたかのように穏やかに頷いてくれた。
その時も勇斗くんが何か失礼なことを言わないか心配になって、本当に一緒に行ってもいいか伺いを立てたけれど、「いいんだ、もう交渉はしてあるから。むしろオレのがお邪魔する立場だからね。」とにこにこしていた。
交渉は何かよくわからなかったけど、お邪魔なんてとんでもない。共に戦う受験戦士だというのに。
「勇斗くん、参拝の仕方覚えてる?」
「覚えてないけどあそこに書いてある」
「ほんとだ。オレ覚えてないから助かるなー」
「あ!杉野くん、お参りしたらおみくじ引こうね」
「いいねー。新年一発目の運試しだ。大吉が出たらヤマが一つ当たる、と」
「末吉が出たらマークシート一個ずつずらす、ね」
「えええ、勇斗くん不吉なこと言わないでよ。しかもどうして凶じゃなくて末吉でそんな恐ろしいことが起きるの」
他愛もない会話をしながら、ゆっくりと新年を迎えていく。
穏やかな時間と空間が境内を包んでいる。
暖かそうなお焚き上げに目をやると、火の粉が暗い空へ吸い込まれるように舞い上がって、綺麗だ。
「あ、0時なるね」
杉野くんが時間を確認して言った。
少しの間が空いた後、そこかしこで新年のお祝いの声が聞こえてきた。
私たちもお互いに「あけましておめでとう」を言い合う。
お詣りも終えて混み合う列から抜け出すと、早速おみくじを引くことにした。
「ん~。中吉かあ。」
「いいじゃん!学業はどう?」
「うん、まあいいかも。鈴木さんはどうだった?」
杉野くんのおみくじはなかなか良いことが書いてあった。頑張ってきた分、神様も大丈夫だよーと杉野くんに言っているにちがいない。
私もいそいそとおみくじを開いた。
末吉だった。
「…………………。」
「何だったの?」
「……ゆ、勇斗くん?」
「なに?」
「どどどどうしてくれるの?末吉だよ?わああ、マークシート一個ずらして書いちゃうよおお!」
「いや、あれすみれさんには無効だから大丈夫」
「えっ オレだけってこと?相変わらず弟くん厳しいなー…」
「言ったからには言霊が宿るんだよ……勇斗くん……これから毎日夢に出るかも…」
がっくりうなだれる私の手から、勇斗くんは「見せて」とおみくじを取って読む。
「……別に悪いこと書いてないけど」
「末といっても吉だからね~」
「でもでもギリギリの吉だよ…それに勇斗くんがさっき変なこと言うから……」
ぶつぶつ不満を言う私に苦笑しながら、杉野くんが勇斗くんの手にあるおみくじを取る。そしておみくじがたくさん括り付けられている木を指して、
「良くないおみくじは結べばいいんだよね?」
と、仏様のような笑顔を見せる。
「す、杉野くん……!」
思わず笑顔で「お願いします!」と即答する。
それを面白くなさそうに見ているのは勇斗くんだ。
「ねえ。俺が持ってたんだけど。俺がやる」
「こういうのって高い方がいいんじゃないの?」
杉野くんの言葉に、私はこくこくと頷く。それなら是非高めでお願いします!
「弟くんよりオレのが高く結べるよ」
勇斗くんの背を眺めながら、杉野くんは笑みを浮かべて言う。
あああ、杉野くん。勇斗くんはまだ成長途中だから、あまりイジめないであげてほしい。
「……馬鹿と何とかは高いところが好きだよね」
ぼそりと呟いて、勇斗くんはプイと離れてしまう。
勇斗くん。お姉さんは「馬鹿」の方を「何とか」でぼかしてほしかったなあ…。と思っても、機嫌を損ねたらしい勇斗くんは聞く耳を持たないだろう。
私は杉野くんに向き直った。もう、高い場所におみくじは結ばれるところだった。ああ、勇斗くんの言う通りにはならないように気をつけなくちゃ。
「鈴木さん、この辺でいい?」
「うん!かなり高いね、ありがとう!」
「どういたしまして。ただの運試しだからね~。本番にはもう忘れてそうだよね」
「うん、そうかも……」
結び終わって勇斗くんの側へ行くと、「ん」と手を差し出された。
「なに?勇斗くん」
「あげる」
手に載せられたのは、おみくじだった。
開くと、なんと大吉だ。
「俺のだけど。あげる」
「えっ、いいの?大吉だよ!?」
「俺は受験しないから」
「わああ、ありがとう勇斗くん~!」
大吉を引き当てるとは、流石の勇斗くんだ。ただ、勇斗くんの引いたおみくじで効果があるのかはわからないけど、大吉引いてそれをあげようなんて言う、その優しさが嬉しかった。
「肌身はなさず持ってよ」
「そうしたら効果あるかな」
「あるに決まってるじゃん」
真顔で言う勇斗くんは真剣その物だ。
「うわー。弟くんそれはズルい」
杉野くんが、口を尖らせている。
「それはこっちのセリフなんだけど?成長期の中学生に身体的要素で勝って嬉しい?」
「あ、やっぱりそれね」
杉野くんに対しては、一瞬で険のある表情に戻る勇斗くんだ。
甘酒を飲んで、私たちは撤収することにした。
杉野くんとは、駅でお別れする。
甘酒のおかげでぽかぽかになった身体で、私と勇斗くんは家路を歩いていた。
勇斗くんは早速、クリスマスに私があげた手袋を着けている。
「勇斗くん、それあったかい?」
「うん」
返事のあと、一拍置いて勇斗くんは私の手を握った。
「あったかいよ」
「ふふ、勇斗くん。私も手袋してるよ?」
また勇斗くんからは「うん」、と返ってくる。手はつながれたまま。しばらく二人でそうして歩いた。
見上げると、澄んだ空にオリオン座が輝いている。
こんな深夜に空を見る機会ってあまりなかったけれど、冬って星が綺麗だ。ダイヤモンドが散りばめられているみたい。
「すみれさん」
勇斗くんが私を呼ぶ。
顔を向けると、勇斗くんは前方を見つめたままだ。
「もうどこにも行かないよね」
「?」
「行かないでよ」
苦しそうな勇斗くんの声に、私は握る手を強くして、「大丈夫だよ」と答えた。