05 コクハク -瑞穂と靖也-
純白のウエディングドレス。
それを着ているのは瑞穂だった。
結婚式当日のこと。
「よくお似合いですよ」
そう褒める靖也に、瑞穂は「ありがと」そう言って微笑む。
華やかな結婚式前のワンシーン。
けど二人とも、内心は穏やかでない。
今日で、2人は別々の道を行くことになる。
それは、至極当たり前のことだけど。
その現実が、唯辛い。
「では、美坂様をお呼びしてきます」
「―――待って・・・!」
そう言って部屋を出ようとする靖也の服の袖を、瑞穂は咄嗟に掴んでしまっていた。
一瞬、靖也は驚いたような表情になる。
「もう少し・・・一緒にいて」
その声は、彼女らしくなく、震え、掠れた声だった。
靖也は何も言わずに部屋に残った。
離れたく、ない。
これが、別れを惜しむ兄弟で、唯の兄妹愛だったらどんなによかったか。
そうしたら、こんなに苦しむことも無かったのに。
沈黙が空間を支配する。
その沈黙を破ったのは瑞穂だった。
「―――したくない」
「え?」
「結婚なんて――したくない」
言ってからしまったと思ったが、もう止められなかった。閉じ込めていた思いが溢れ出す。
「お嬢様、そういうことを無闇に言ってはいけませんよ」
「靖也はいいの!?私が結婚しても」
「美坂様は旦那様がお決めになったお嬢様のお相手ですよ。お嬢様だって―――」
「私は嫌なの!あんな人、大嫌い!」
その言葉に靖也は目を見開いたが、一瞬のことで直ぐにもとの表情に戻ったので瑞穂はそれに気付かない。
「お嬢様、今になって我侭を言わないでください」
言い聞かせるようにそう言った。
感情的になっている瑞穂と違い、靖也はあくまで冷静だった。まだ忘れてはいない。
自分が執事なのだということを。
「私は、靖也のことが大好きなのに!」
感情に任せて吐き出したその一言で、今まで保たれていたバランスが崩れ去った。
絶対、胸の奥で留めておこうと思っていたものが、ついに出てきてしまった。
もう、戻れない。瑞穂は覚悟を決めた。
一方靖也は、いつもなら「冗談はやめてください」とでも言うのに、らしくもなく、その場で固まってしまっている。
―――コンコン
「瑞穂、支度は終わったかい?」
美坂だった。
靖也の手を、瑞穂は無理やり引っ張って窓から部屋を抜け出す。
さっきの一言で、靖也の中でも何かが崩れ去っていた。
◆ ◆ ◆
「何を考えているんですか、貴女は!?」
もう、部屋からだいぶ離れ、走るのを止めた時だった。
二人は、昔よく遊んでいた湖の側まで来ていた。
いきなり靖也に怒鳴られ、瑞穂は声を失う。
今までずっと一緒だったけど、靖也がこんな風に自分に言ってくるのは初めてのことだった。
「折角俺が自分の気持ちを隠して、今までやってきたっていうのに!
貴女の考えなしの一言のせいで台無しです」
「考えなしって・・・!」
「考えなしですよ。部屋を抜け出して。そうするつもりですか!?」
人の努力を無駄にして。ったく、どうしてくれるんだ。
――自分の気持ち?
――人の努力?
「・・・あれ?え・・・?」
瑞穂が違和感に気付く。
「待って、もしかして靖也・・・」
「もしかしなくてもそうですよ。俺は、瑞穂が好きです」
「うそ・・・」
「こんな時に嘘ついてどうするんですか」
瑞穂がその場にへたり込む。
「何してるんですか」
「だって・・・気が抜けて・・・・・・」
「しっかりして下さい。こんな状況にしたのは瑞穂なんだから」
「わ、わかってる」
「俺たちが両思いだったのは一先ずおいといて」
これからどうするかが問題ですね。
私は両思いだったことのほうが問題だよ・・・。
瑞穂はまだ、気付いていない。
靖也の呼び方が、「瑞穂様」から「瑞穂」に変わったことに。
今までの行動がいきなり大胆すぎて
―――もう瑞穂の頭はついていけてなかった。




