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 ぼんやりと意識が浮かび上がる。


「…………」


 目を開けると、見慣れた天井があった。ここ、先生の研究室だ。どうやら、いつも私が勝手に使っている古いソファに寝かされているらしい。身体を起こそうとして、ずるりと何かが胸元から落ちた。


「……あ」


 先生のローブだ。毛布代わりにかけてくれたらしい。意外と優しい。なんて思ったのも束の間。


「う……気持ち悪っ……」


 身体を起こした途端、強烈な吐き気に襲われた。頭も重い。身体にもまったく力が入らない。これはきっと魔力切れっていうやつだ。さっきの呪い返しで、思っていた以上に魔力を持っていかれたらしい。


「起きたか」


 声のしたほうを見ると、先生が机からこちらを見ていた。


「午後の授業は、体調不良で休むと伝えてある」

「……午後の授業?」


 一瞬、何のことかわからなかったがすぐに思い出した。そうだ、私。お昼休みに食堂でご飯を食べている途中、指に痛みを感じて、そのまま飛び出してきたんだった。


「……私、どのくらい寝てました?」

「二時間ほどだ」

「そんなに……」

「これを飲め」

「なんですか、これ」

「魔力回復用の滋養強壮薬だ。私の特製だ。ありがたく思え」


 ありがたく思える見た目をしていない。ガラスのコップいっぱいに入っているのは、どろどろとした緑色の液体だ。試しに傾けてみても、中身はなかなか動かない。


「これ、本当に飲み物ですか?飲んでも大丈夫なやつ?」

「私を誰だと思っている」

「…………薬草学の先生」

「なら黙って飲め」


 圧がすごい。嫌だ。ものすごく飲みたくない。でも、先生がじっとこちらを見ている。覚悟を決めて、コップに口をつける。


「…………っ!」


 苦い。青臭い。なんか酸っぱい。おまけに、どろどろしていて喉にまとわりつく。


「くっそまずっっっ!」

「エヴァンス」

「まずい!」

「年頃の令嬢が『くそ』などと言うな」

「だってまずいんだもん!」

「効能に味は関係ない」

「ありますよ! 飲む側には大問題ですよ!」


 何これ。昨日の珈琲といい、この人の味覚はどうなっているんだ。


「いいから全部飲め」

「無理です。これ以上は――」

「いいから飲め」

「え、ちょ、先生――」


 言い終わる前に顎を掴まれ、コップを口元に押し当てられた。そのまま、ぐいっと傾けられる。


「んんっ!?」


 どろりとした液体が、一気に口の中へ流れ込んできた。苦い。まずい。青臭い。飲み込んでも、次から次へと入ってくる。


「んんんんん……!」


 顔を背けようとしても、後頭部を支えられていて逃げられない。無理。これ無理。さっきの呪術より、こっちのほうが身体に悪くない?


「あと少しだ。飲め」

「んんんんん!!」


 ようやくコップが空になり、解放された。


「――っは! おぇえええっ!!」

「吐くな!」

「無理ですって!!」

「飲み込め!」

「もう飲み込みましたよ! 身体が勝手に出そうとしてるんです!」

「耐えろ」


 口元を押さえ、ソファの上で丸くなる。気持ち悪い。呪術のせいなのか、薬のせいなのか、もうわからない。


「……先生、なんで目を覚ましたら拷問されてるんですか?私」

「治療だ」

「嘘だぁ……」


 こんな治療があってたまるか。けれど悔しいことに、さっきまで空っぽだった身体には、少しずつ魔力が戻り始めていた。それがちょっと腹立たしい。そうしているうちに、また眠気がやってきた。重くなったまぶたに逆らえず、私はそのまま目を閉じた。



 ♢♢♢



 窓の外は、いつの間にか夕暮れに染まっていた。昼間は青かった空も、今は薄い紫色に変わっている。遠くの雲には、沈みかけた太陽の赤がわずかに残っていた。授業もそろそろ終わる頃だ。私もようやく、一人で歩けるくらいまで回復していた。


「今日はもう寮に戻ります」

「そうしろ。寄り道せずに帰れ」

「わかってますよ」


 まだ身体は少し重い。今日はさすがに、大人しく部屋に戻って休もう。先生のローブを返し、鞄を肩にかけて研究室を出た。


 廊下を歩いていると、窓の外からカァ、カァ、とカラスの鳴き声が聞こえてきた。


 またカラスだ。


 そういえば最近、この辺りでよく鳴いている気がする。窓の外へ目を向ける。紫色の空を、黒い影が一羽横切っていった。私はそれをなんとなく目で追ってから、再び歩き出す。


 廊下の角を曲がったところで、前から来た人とぶつかってしまった。

「わっ」

「おっと」


 からん、と乾いた音を立てて、箒が床に落ちた。


「すみません!」


 慌ててしゃがみ込み、落ちた箒を拾って用務員さんに渡そうとする。そのとき、ふと男の右手に目が留まった。白い包帯が巻かれている。


「あ……。怪我している手にぶつかりませんでしたか?」

「ん? ああ、これか」


 男は包帯の巻かれた右手を見て、なんでもないことのように笑った。


「大丈夫だよ。カラスを追い払おうとしたら、突かれてしまってね」

「カラスに?」

「ああ。最近、この辺りによくいるだろう? 掃除の邪魔になるから追い払おうとしたんだが、逆にやられてしまったよ」

「それは災難でしたね……」


 男は左手で箒を受け取った。この人のことは、廊下や中庭を掃除しているところを何度か見かけたことがある。そういえば、さっきもカラスが飛んでいた。あんなに包帯を巻くなんて、よほど強く突かれたらしい。


「お大事にしてください」


 そう伝えて、私はその場をあとにした。カラスに突かれたのか。もし噂通りの子供くらいの大きさのカラスがいて襲われたとしたら、ひとたまりもないだろう。


「……怖っ」


 想像して、ぶるりと身体が震えた。今度からカラスを見かけても絶対に近づかないようにしよう。そんなことを考えながら、私は寮へと向かった。


ストックがなくなったので次の更新までお時間いただきます。

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