一緒に泣くから(9)
戦争を管理運営している組織が解体、再編、統合され、地域連盟が消滅した。より娯楽性を高めた見世物を目指して規則が整備され、魔導器の性能や重量などに厳しい制約が課される代わりに、事実上、全ての戦争にその使用が解禁された。
その激しい戦闘に耐える競技施設が世界中の地下に建設され、戦争の規模は縮小化の一途を辿った。かつては数千人の戦士が入り乱れる戦争もそれほど珍しくなかったのに、今では様々な仕掛けが施された競技場を十数人の戦士が駆けずり回るだけとなった。戦争というよりは小さな局地戦であった。
戦士は極端に選抜され、以前のように、希望者がいるだけ参戦を許可するようなことはなくなった。それまで人口の推移は横ばいであったが、緩やかな増加傾向に転じた。かつて戦場だった場所は農園に変わり、大量に食物が生産されるようになった。
世界は変わらず豊かであり、飢餓はなく、紛争もなく、誰もが幸せに暮らしている。
そう、大人たちは信じている。
かつて存在した大規模な戦争は、一部の営利主義者たちが造り出した暴力的で悪趣味な見世物だと批判され、一方で、文明がより高度な段階に進む為の過渡期には、よくあることだとされた。
僕が戦士を引退してから一五年経ち、ケイス修練所は潰れたが、僕はその実績を評価されて別の訓練学校に拾われた。あるとき、生ける伝説の戦士として、地下競技場に参戦してみないかと打診された。
「どうです、悪い話ではないでしょう……、あ、わたくし、ユランと申します」
髪を青く染めた若い管理運営の職員ユランが、力説する。僕が訓練生への講義を終え、講義室から出てくるなり、いきなり話し始めたのだ。
「あなたなら十分にやっていけますよ。腕だって、鈍ってないみたいじゃないですか」
「そうかな?」
「皆、待ち構えてますよ。いつあのレンドが参戦してくるんだろうって。ああ、出場資格はちゃんとあるんですよ? 組織が再編されましたからね、あなたはきっとこの時代でも英雄になれる。いや、きっとじゃない、絶対になれる!」
僕は頷き、乗り気なフリをしていた。でも、最終的には言ってやった。
「あんなのに参戦するのは、若い奴らだけで十分だよ。もう、死ぬのが怖くて仕方がない」
「でも、あなたはあの狂ったような戦場に出続け、澄ました顔で生き抜いてみせたじゃないですか。映像を全て見ましたよ――ええ、わたくしはあなたに魅了されてました。今でもあなたの活躍は語り草なんですから!」
「それは嬉しいな。でも、あれは奇跡だ。偶然だ。自分はたまたま生き残れただけ。この平穏な世界にあって、わざわざあんな危険な場所に飛び込もうとする奴らの気が知れないね……」
ユランはそこで、不気味な笑みを浮かべる。
「……レンドさん、実はそう言うだろうと思って、事前に準備してきたんですよ。ほうぼうに手を回しましてね、特別な試合を……」
「もういい」
躰が重い。
命を引き摺って歩いている。毎日が苦しい。
ユランを振り切り、訓練学校の自分の部屋に入った。
戻れるものなら戻ってみたい。
だが、きっとその先にあるのは絶望だ。
それに、僕はもう子供ではない。大人だ。
部屋の扉を叩く者がいた。
また、あの職員だろうか。
しつこい男だ。戦術がどうのこうの、魔導器の相性がどうのこうの、そんな言葉でしか戦争を語れない男の話なんか聞きたくなかった。
「父上?」
僕はその声を聞いて、硬直した。
何かが弾ける音がした。
娘の名前を思い出そうとした。
しかし、思い出せなかった。
「父上、●●●です、入ってもよろしいですか?」
「ああ……」
僕は頷き、入ってきた娘の顔を凝視した。
「父上、戦争に復帰なさるとの話を聞きましたが、本当ですか」
「……嘘だな」
「え、あ、そうですか……。複数の方から聞き及んだので、てっきり事実かと……。それでですね、あの、父上」
「何だ」
「私は戦士となるべくこの学校に通っています。父上は入学を快く許可してくださいました。ですから、構わないと思うのですが……」
「うん?」
「来月、私は戦争に参加することに決まりました。一四歳での参戦は特例だそうです」
娘は笑顔だった。僕はその表情を無意識に、目に焼き付けようとした。
僕は沸々と怒りが湧き起こってきて――娘の肩に手を置いた。
「了承したのか? いつ打診があった?」
「あ、いえ、その……、いけませんでしたか?」
「お前じゃ無理だ。実力が追いついていない。才能がないとは言わない。だが早過ぎる」
「で、でも、父上は私くらいの歳には……」
「時代が違う。まぐれなんか起こらない。今の戦争は、あの頃とは全く違うんだ」
「わ、私は。それでも、自分の力を試してみたいのです」
「駄目だ」
「父上……。許してくださるとばかり……」
「まだ駄目だ、絶対に初陣で死ぬ。絶対に……」
僕は娘を抱き締めた。ほんの一瞬だけ。そして、部屋から出て廊下を見渡した。
「ユラン。どこだ!」
僕は走った。講師の誰かと談笑しているユランを見つけると、僕は叫んだ。
「お前か?」
ユランは唖然としていた。
「な、何がです、ああ、もしかして、聞きましたか?」
「娘を巻き込んだのか」
「巻き込んだって……。彼女が希望したことですよ。何年も前から応募してきてたんですよ、彼女。年齢制限で無理だって何度も言ってるのに」
「だが、許可した」
「そりゃあ、優秀な成績と聞いておりましたから、特例でね」
「……娘を巻き込むな。このレンドが参戦すれば、それでいいんだろう?」
ユランはくすくすと笑った。
「何か勘違いされてるようですね。別に、娘さんをダシに、あなたを戦場に引き摺り出そうなんてことは考えてませんよ。ですが、企画というやつでしてね」
「企画?」
「戦士としてはまだ発展途上の娘を守る、老いた英雄。集客力があると思いませんか。おっと、老いた英雄というのは言い過ぎでしたかね、あなたはまるで二十代のように若々しい。鍛錬の賜物かな?」
「娘を守れ、ということか?」
「●●●さんの参戦は既に決まってるんです。だから、あとはあなたが参戦するかどうか。でもわたくしの意見を言えば……」
「気安く口にするな」
「へ?」
「娘の名を、気安く口にするな!」
拳でユランの顎を撃ち抜いた。ひ弱な職員は紙切れのように宙を舞い、床に倒れた。近くにいた生徒たちが悲鳴を上げた。
「父上」
背後に娘が立っていた。僕は振り返り、そして、小さく笑った。
「私、父上に迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません、つい浮かれて、浅はかな……。私のような未熟者が、特例なんて認められるわけがないのに……」
「もういい」
僕は娘を抱き締めた。その頭を撫でてやった。そして、僕の躰の中に存在する愛情というやつを確かめた。
戦場に還る。
その事実は、存外、僕の心に何の影響も与えなかった。
この平穏な世界にあって、僕はかけがえのないものを得たのだと思う。
これが大人の欺瞞であっても、僕はこうして娘の体温を感じるだけで、満足している。
戦場に赴いても、娘の命をこうして感じられるのなら、そう悪くはない。
むしろ、これが、僕がこの頃望んでいた全てじゃないか。
そう思える程度には、覚悟を決めていた。
「母さんと同じ匂いがするな」
僕が言うと、娘はちょっとだけ恥ずかしそうに俯いた。
「父上、私、さっき浮かれてたって言いましたけど、違うんです」
「なに?」
「この頃、どうしようもなく、寂しいんです。このままでいいのかなって、思うんです。ううん、言葉にすると、何だか違うけれど……」
「分かった。父さんも同じだ。だから、もう言わなくていい」
やっぱり、僕の娘だ。
僕と同じ。だから、寂しさは消えないかもしれないけれど、少なくとも孤独ではない。
それを、戦場で証明しよう。
二人で。
死ぬまで。




