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きみが殺して(2)

 ノミ屋の取り立てが厳しくなっている。先日も、賭博の負け分を払い切れず、オミドに立て替えてもらった。


 オミドは金についてうるさくなかったが、これは貸しだ、と言うのを忘れなかった。負債が増えれば僕は見捨てられるのだろう。暗殺者が仕向けられるのならともかく、きっと、何らかの小難しい法律を適用して、戦士の資格を失わせる。それは恐らく僕の本格的な破滅を意味する。しかし実際、そうなってみたら、案外上手くやっていけそうな気はしている。だが、それだからこそ恐ろしい。戦うことを辞めた僕など、もはや僕ではない。想像もしたくない。


 新しい武器を持つことは許されなかった。賭博の負けで迷惑をかけた影響だ。あれほど大事にしていた習慣も、あっさり覆すことができた。サンデロという英雄が使っていた剣の贋作を、かれこれ五戦以上使っている。刀身から黒い炎を生み出すらしいが、魔導器解禁戦は滅多にないので、その真価を見るのはまだ先の話のことだろう。


 アーリオ郊外の宿泊施設で、僕は寝台に寝そべって時が過ぎるのを待っていた。もう、僕は生ける屍のような状態だった。戦場に立てば、一応戦う。けれどそれ以外のことはしない。ときどき記者を名乗る男や女が、赤いローブの男に監視されながら、僕に何事か質問を投げかけてくることがあったけれど、どのような質問があり、どのような答えをしたのか、全く覚えていなかった。ひたすら僕の関心の外にあることを訊ねてくることが一種の奇跡のように思えて、そちらのほうが面白かった。僕が少しでも愛想笑いをすると、機嫌が直ったと勘違いして、くだらなくて失礼極まりない質問を投げかけてくる。なので途中から愛想笑いもやめた。そういう無分別な人間の影響でどんどん世界から笑顔が少なくなっているような気がする。……なんて。


「隊長様……」


 箱入りが僕の仮の名前を呼ぶ。部屋の外からではなく、部屋の中の寝台の傍から。


 僕はいつの間にか眠っていたようだ。夢の中でさえ鬱屈とした思考を余儀なくされるのかと思うと、堪らなく自分が情けなかった。


 僕は箱入りを見上げた。彼女は心配そうに僕を見守っている。


「ああ、おはよう……。いつからいたの?」


「もう黄昏時です。隊長様、最近は寝てばかりですね」


「やることがないから……。外も出歩けないし」


「そうですね。隊長様は英雄ですから」


 僕はその言葉を否定したかった、けれど彼女の認識を改めたところで、世界は変わらない。僕自身の認識を変えるのならともかく。


「そう思われるのは面倒だね。でも、観戦者はきっと、僕が死ぬ瞬間を一番見たいだろうね」


「……そうでしょうか?」


「そうして新たな英雄が現れるのを待っているさ。僕には分かる。興業的にも僕は不要になってきているはずだ。借金だって増えているし……」


「どうして、わざと負けるのですか? 以前はどれだけ孤立しようとも、降伏宣言などしませんでしたのに」


「戦うのが嫌いなんだ。野蛮だろう、金の為に争うのは」


「でも……」


「ずっと前からそうしてきたのに、今更何を言ってるの? って言いたいんだろう。でも、違うんだ。僕が欲しいのは、全然違うんだ。ただ、純粋に戦いたいんだ。そこに余計なものを持ち込みたくないんだ。戦うときは、相手には、僕だけを見て欲しい。それだけなんだ」


「隊長様、私には分かりかねますが、その……、お金のことでしたら、私が何とかできますよ?」


「やめてくれよ、自分が情けなくなる。きみには迷惑はかけられない」


「でも、私はお金だけは沢山……」


「やめてくれって言ってるだろ」


 僕は少し声を荒げて言った。箱入りは押し黙った。


「ごめん」


 しばらくして、僕は言った。


「たぶん、きみの為に戦うと決めたなら、僕は死ぬまで戦い続けるだろう。でも僕は自分をそこまで追い詰めたくないんだ。ぎりぎりなんだ、今の仕事をこなすのが。これ以上何か増えたら、僕は僕でなくなってしまう」


「分かりました、もう差し出がましいことは申しません。すみませんでした」


「きみは悪くない。それに、こんなことはもうじき終わるかも」


「どういう意味ですか」


「最近、負け続きだから、部隊長を降ろされるかもしれない。そうなったら、降伏の宣言は別の人間が行うことになる。勝ち負けは、僕の働きに関係なくなる」


「ああ……。なるほど、そうですね。余計なものを背負わされることはなくなりますね」


「そうだね」


 僕はしかしこれが慰めにもならないことを知っていた。ただ、金の問題は改善するかもしれない。僕はこのまま腐っていくのだろう。もし箱入りのように話せる人間がいなければ、僕はとっくに戦士をやめていたかもしれない。そして全く違った人生を歩んでいたかもしれない。


 想像するだけでうんざりする。だからいつも、その想像は中途半端なところで終わる。


「ねえ、きみは家に帰らなくてもいいの」


 僕はふと訊ねた。箱入りはきょとんとしていた。


「大丈夫ですよ。急にどうしたんですか」


「気になったんだ」


「もう一年近くあなたの傍にいるのに、聞いてくれたのは初めてですね」


 少し非難するような声だった。


「ごめん……、でも、考えてみたら不思議だったから」


「これまで、私のことを考えたことがなかったということですか?」


「いや、毎日考えている。考え過ぎていて、きみがどうしてここにいるのか、という根本的な問題を見落としていた」


「私、旅行中に行方不明になったことになっているんです」


 箱入りは小さく笑う。


「リドちゃんが協力してくれたんですよ。あの子とは同じ学校で、いつも仲良しでした。世話好きで、私なんかよりずっとお金持ちで、行動力があって……」


「じゃあ、親御さんは心配しているよね」


「はい」


「お金はどうやって確保してるの?」


「持ち出した分は、もうすぐ底を尽きます。いざとなったら、帰るしかありませんね」


 僕はその言葉の意味をよくよく考えてみた。さっきはお金をたくさん持っていると言っていたではないか。矛盾していないか。いや、きっと、それが彼女の現状を端的に表しているのだろう。


「一度帰ったら、もう僕たちは二度と会えないんじゃないかな」


「そうですね……。親は許さないと思います」


 箱入りは試すように僕を見ている。


 いや、僕がそう錯覚しているだけかもしれない。


 それでも、そう思ってしまったのだから、もう認識は覆らない。


「結婚しようか」


「え?」


「嫌ならいいけど」


「い、嫌じゃないです!」


「金は僕が稼ぐよ……、もうわざと負けたりしない」


「でも……」


「なに?」


「私……、お邪魔じゃありませんか?」


「いや。きみがいなくなったことを考えると、ぞっとする。だから、どこにも行かないで」


 箱入りは頷いた。そして僕は、彼女の名前をまだ知らない自分に呆れた。


 ああ、そうだ。僕は彼女の名前を知らない。もちろんそれを彼女は知っている。


 彼女の名前を知りたい。でも、どうしても聞き取れない。どうしてだろう、どうして僕は彼女の名前を拒絶するのだろう?


「抱き締めてください」


 箱入りは言った。


「それくらい、できますよね?」


「うん……」


 僕はぎこちない手で彼女に触れた。僕は今幸せなのだろうか。想像したことのない形と感触だった。普通の人は、この幸せを想像し、予期するのだろう、と僕は今更ながら気付いた。


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