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71話:な、何をお仰いますのミレア!

 レタリアは、突然降って湧いたミレアの発言を脳内で処理することが、どうしても出来なかった。


 思考回路は完全にショートし、言葉よりも先に、両手がわたわたと不自然に空中を泳ぐ。普段の身のこなしなどどこへやら、完全にパニックに陥っていた。


「い、妹……!? な、何をお仰いますのミレア! わたくしは気高きアーデニアム公爵家の長女ですわよ!? それに、何よりもわたくしには……ルティルという、実の妹がおりますのよ!?」


 支離滅裂な言い訳を口走るレタリアの様子を、ミレアは怒るでも呆れるでもなく、ただ優しく見守っていた。そして、あまりの取り乱しっぷりに耐えかねたように、くすっと笑う。


「ふふっ。別に本当に血の繋がった妹になれって訳じゃないわよ。私の『戸籍』に、あなたを妹として入れようっていう手続きの話」


「こせき……?」


 聞き慣れない単語をオウム返しにしたところで、レタリアはようやく忙しない手の動きをピタリと止めた。じっとミレアの顔を凝視し、おずおずと問いかける。


「それは……どういうことですの? わたくしとあなたが家族になる、とか……その、いわゆる『姉妹の契り』を交わす……とか、そういう……」


 そこまで言って、レタリアは自分の言葉の気恥ずかしさに気づいたのか、じわじわと頬を赤らめた。


「家族になるのは、まあ、間違ってはいないわね。姉妹の契りというのはちょっと私にはよくわからないけれど……」


 身も蓋もないミレアの言い方にレタリアが少し拗ねたような顔をすると、ミレアは少し表情を引き締め、真剣な声音で理由を説明し始めた。


「レタリア、あなたは現状、この世界における立場が『難民』と同じものなのよ。要するに、公的な身分が証明されていない、非常に不安定な立場にいるの。あなたの元の世界で例えるなら……そうね、どこの国にも属していない『根無し草の旅人』と言えばいいのかしら」


 ミレアの例えが正しいかどうかはレタリアには分からなかったが、彼女が言わんとすることは痛いほど伝わってきた。

 自分がこの世界において、以前のようなアーデニアム公爵令嬢という「輝かしい身分」にないことなど、最初から百も承知だった。けれど、自警団の皆と当たり前のように過ごすうちに失念しかけていたのだ。自分の立場が、思った以上に低く、脆いものであるという現実を。


「私はこれでも、シンセ・フィブラ社支部の研究主任を務めているわ。この街での発言権だって、決して悪くはない。もしこれから先、あなたの身に何か面倒な問題が起きたとしても……私の正式な『身内』として登録しておけば、法的な庇護を与えられるし、最悪の事態からも守り通せるかもしれないわ」


 それにね、とミレアは少し声音を和らげ、悪戯っぽく微笑んでみせる。


「私が貴女を個人的にサポートするって決めたのだから、身内にしておいた方が、私の『私財』をあなたのために注ぎ込む理由にもなるのよ。私の給料、自分で言うのもなんだけどかなり良いのよね。でも、お金の使い道がないから、口座に溜まっていく一方だったの。だからちょうどいいわ」


 あっけらかんと言ってのけたミレアに対し、レタリアは完全にぽかんとした表情で行き着いた。


 暫くの静寂……。

 窓を叩く人工雨の音だけが、やけに大きく聞こえた。


 レタリアの沈黙をどう受け取ったのか、ミレアは少しだけ視線を落とし、ぽつりと付け足した。


「……という事なの。まあ、急な話だし、無理強いはしないわ。もし断られたとしても、私は特にあなたに対して態度を変えたりしないし。その、返事はいつでも――」


「わかりましたわ」


 ミレアが「いつでもいい」と言いかけたその言葉を、レタリアは遮るように、しかし驚くほどまっすぐな声で言い切った。


「ミレア。わたくし、あなたの妹になりますわ」


 その早すぎる決断に、今度はミレアの方が、少しだけ驚いたように目を丸くする番だった。

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