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67話:わたくしも、この時を待っていましたわよ

 ひとつの画面に映し出される、模擬宇宙の終わり。

 『セルディア』の一角にある自警団専用の訓練施設は、今日も訓練に励む若手たちの熱気と、シミュレーターの駆動音に満ちていた。

 広大なルームの特等席には、戦況をリアルタイムで投影するホログラム映像が浮かび、その周囲に配されたソファや椅子では、出番を待つ団員たちが思い思いの姿勢で喉を潤している。


「やったー!ラジェルさんに勝ちましたー!」


 シミュレーターのハッチが開き、嬉しそうな声を響かせてステシアが飛び出してきた。対照的に、隣の筐体から這い出てきたのは、黒髪黒目のオールバックを乱暴に掻きむしる男、ラジェルだ。


「くっそー、こいつ、腕上げたな……」


 僅差での敗北。悔しさを隠そうともしない先輩に向け、ソファで足を組んでいた薄茶のロングヘアの女性――ヘルタが、涼しげな青い細目をさらに細めてニヤリと笑った。


「ラジェル先輩だっさー」

「うっせー、次はお前がやってこい!」


 噛みつくようなラジェルの言葉に、ヘルタは「はーい」と伸びやかな声を返してシミュレーターへと向かう。筐体の前で鉢合わせると、元気いっぱいのステシアが拳を握った。


「ヘルタ、容赦はしないよ!」

「こっちこそ、ラジェル先輩みたいなザコいところは見せないよ」


 軽口を叩き合う同期ふたりの戦いが始まると、ホログラム映像は再び激しい光条を放ち始めた。


 そんな喧騒を、少し離れた席から優雅に眺めるレタリア。その隣の椅子には、珍しく副隊長格のイーサンが腰を下ろしていた。カジュアルな服にもすっかり慣れた令嬢に、彼は穏やかな視線を向ける。


「この後お相手してくださるのでしょう?」


 レタリアが不敵に微笑みかけると、イーサンは肩をすくめて笑った。


「ああ、精いっぱいやらせてもらうさ。だが――以前のアーデンのデータで良いのか?」


 アーデンが近くシンセ・フィブラ本社製の特殊なパーツで大改修されることは、隊長のグレイン、そしてイーサンやメリーといった自警団の幹部陣には既に共有されていた。現在のアーデンの機体データは、いわば「アップデート前」の古いものになる。


「構いませんわ。次にあの子がどれほど強くなるか、わたくし自身にもまだ分かりませんもの。それに――」


 レタリアはふんぞり返り、自慢のダークパープルの髪を指先で弾いた。


「この状態であなたに勝てば、わたくしは名実ともにセルディアで『最強』ですわ!」

「はは、違いない。君にはその言葉を言う権利があるよ」


 イーサンは微笑みながらもレタリアを肯定するように話す。レストフルを打倒した彼女の功績は、すでに自警団にとっても伝説的な領域なのだ。


 そのころ、ホログラムの戦いは早くも決着を迎えていた。ステシアの機体がヘルタの装甲を撃ち抜いたアナウンスが響き渡る。


「やったー!」


 さっきと全く同じ喜びっぷりで万歳をするステシア。対するヘルタは、シミュレーターから顔を出して顔を真っ赤にしていた。


「あの時よそ見しちゃったから……!」

「大丈夫だよヘルタ、それがなくてもわたしが!華麗に!勝利してたから!」


 ふん、と胸を張って煽り返すステシアの姿に、ソファ側からはドッと笑いが起きた。


「紙一重だったよなー」

「そうだなぁ」


 先ほどバカにされたラジェルが嬉しそうに笑う横で、アランドの言葉にレッタがジュースを飲みながらのんびりと応じる。

 騒がしくも温かい、守るべきセルディアの日常。レタリアはその光景を心地よく見つめながら、次なる模擬戦に向けて、自身の『最強』を証明するための気合を静かに胸に灯すのだった。

 

 ◆

 

 ひとつの画面に映し出される模擬宇宙が切り替わり、いよいよ、本日の目玉となる対戦カードがホログラム映像として中央に投影された。

 『セルディア』の暴走令嬢としてその名を轟かせ、あの『レストフル』すら撃破したレタリア・アーデニアム。対するは、入院中のグレインに代わって自警団を支える、トップの実力を持つと評される、イーサン・ブロー。


「おいラジェル、アランド。どっちが勝つと思う? 俺はお嬢様に今日の夕食のデザートを賭けてやるよ」

 レッタが手元のジュースを揺らしながら、ニヤニヤと周囲に水を向けた。


「俺は曹長だな。お嬢様がつええことは認めるけど、さすがにイーサンさんには勝てねえよ。あの人の予測射撃は化け物だ」

 ラジェルが黒髪のオールバックを叩きながら断言すれば、アランドも「俺もイーサンさんだなぁ。あの安定感は崩せないって」と頷く。


「私はレタリアさんが勝つと思います!」

 そこへ、先ほど勝利したばかりのステシアが元気な声で割って入った。


「あたしもレタリアさんかなー。なんかこう、戦い方が圧倒的にかっこいいじゃん?」

 ヘルタも薄茶のロングヘアをなびかせ、青く細い目を輝かせてレタリアに一票を投じる。それを皮切りに、周囲の団員たちも各々に予想を口にして盛り上がり始めた。


 そんな外の喧騒を、外部通信越しに聞いていたレタリアは、シミュレーターのシートに深く腰掛けながら、不敵な笑みを浮かべていた。

 今日の彼女は、いつもの仰々しいドレス姿ではない。動きやすさを重視した、ショートパンツにタイトなカットソーというカジュアルな私服姿だ。ダークパープルの髪をポニーテールにまとめ、準備は万全だった。


「ふふ、随分と盛り上がっていますわね。わたくしも、この時を待っていましたわよ、イーサン様」

「はは、書類仕事で鈍った体を動かすにはちょうどいい。お嬢さん、お手柔らかに頼むよ」


 イーサンの穏やかながらも芯のある声が応じると同時に、カウントダウンが終了し、仮想空間が展開された。

 選択されたステージは、ほぼ障害物のない、開けた宙域。遮蔽物となる岩礁も極めて少ない、純粋な操縦技術と技量がぶつかり合う戦場だ。


「――始めますわよ!」


 レタリアの叫びと共に、紫紺の機体『アーデン』が爆発的な加速で飛び出した。

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