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32話:わたくしをただの『お嬢様』だと思っていると、大火傷をしますわよ?

 セルディア自警団の訓練施設内にある、シミュレーター観戦室内。

 そこは、無骨な金属の壁に囲まれた空間でありながら、非番の団員たちが集まる憩いの場でもあった。


「……ふむ。この『栄養満点じゅーす』、見た目は少し不気味ですけれど、お味は悪くないですわね」


 レタリア・アーデニアムは、特等席のような位置にあるクッションチェアに深々と腰掛け、ストローを咥えていた。手元のカップの中には、ミレアから「栄養不足解消」として手渡された、毒々しいほどに鮮やかな緑色の液体が揺れている。

 最近のレタリアは、この居住区での生活にすっかり馴染んでいた。周囲には同じように飲み物片手にモニターを眺める自警団員たちが数人いて、時折レタリアに「お嬢、それは美味いか?」などと気さくに声をかけてくる。


「ええ。身体の芯から魔力……いえ、活力が湧いてくる気がしますわ。皆様もいかがかしら?」


「いや、俺たちはいいよ。それは博士の特別製だろ?」


 団員たちが苦笑いする。彼らにとって、高飛車だがどこか抜けたところのあるこの少女は、愉快な仲間の一人になりつつあった。


 レタリアの視線の先、巨大なメインモニターには、仮想空間で繰り広げられるマキナ同士の模擬戦が映し出されていた。


『ステシア! 焦りすぎよ、落ち着いて!』

『は、はい! メリーさん!』


 現在行われているのは、二対二のチーム対抗戦。

 一方は、後方支援のプロであるメリーの『ブレイカーライン』と、懸命に食らいつくステシアの『フロード』のコンビ。

 対するは、堅実な立ち回りで定評のあるレッタの『バリス』と、高い機動力を誇るアランドの『エノメイル』のコンビだ。


 レタリアがジュースを飲み干し、真剣な眼差しで画面を見つめる。

 モニターの中では、ステシアのフロードがフォトンライフルを連射していた。標的はレッタのバリスだ。しかし、レッタは最小限の動きでそれを回避し、あるいは物理シールドを絶妙な角度で傾けて弾き飛ばす。


『当たって……!』


 ステシアの焦りが動きに出た瞬間を、アランドは見逃さなかった。

 レッタの背後から飛び出したエノメイルが、肩部のリニアキャノンを放つ。


『甘いぜ、ステシア!』

『あ……っ!?』


 直撃こそ免れたものの、爆風に煽られたフロードの左腕が機能停止の赤色表示に変わった。


「わあ……!」

「アランドの野郎、容赦ねえな!」


 室内の自警団員たちが沸き立つ。レタリアもまた、身を乗り出すようにして画面を凝視していた。

 自分以外の人々が、限られた機体性能の中でいかに工夫し、連携して戦うか。それは、圧倒的な直感とアーデンの性能で無双してきた彼女にとって、新鮮な驚きに満ちた光景だった。


『メリーさん、ごめんなさい!』

『いいから、もうちょい持ちこたえなさいな! 派手に行くわよ!』


 メリーのブレイカーラインが、その名の通り戦線を打ち破るべく動いた。

 全身のハッチが開き、無数のマイクロミサイルが一帯を埋め尽くす。弾幕の雨がレッタのバリスを包み込んだ。レッタは盾を犠牲にして防御を試みるが、ミサイルの波状攻撃は防ぎきれない。


『ここまでか……。アランド、後は頼む!』


 レッタの機体が撃破判定を受け、モニターから消える。

 しかし、その爆煙の中からアランドのエノメイルが突撃した。そこに、左腕を失いながらもステシアのフロードが肉薄する。


『隙ありです!』

『な、やらせるか!』


 至近距離で交差するフォトンライフルの光と、キャノンの咆哮。

 結果は、ダブルノックアウト。ステシアとアランドの機体が同時に火花を散らし、戦場に残ったのは、後方で悠然とスナイパーライフルを構えるメリーだけとなった。


「……凄かったですわ」


 レタリアがパチパチと拍手をおくる。

 戦闘を終えた四人がシミュレーターから出てきた。


「いやあ、姐さんは流石だな。ステシアはまだまだだが……」


 レッタの言葉に、ステシアが悔しそうに唇を噛む。


「うう……。もっと練習します……!」


「いいじゃないの。これでもお嬢様レタリアには、避けられちゃったのよね」


 メリーが笑いながら視線を送ってくる。レタリアは、急に話を振られてキョトンとした。


「……わたくしですの? あのような無骨な攻撃、淑女として避けるのは当然のことですわ」


 いつもの高飛車な台詞に、室内はどっと笑いに包まれた。

 そんな賑やかさの中で、レタリアはふと室内を見渡し、大切なことを思い出したように声を上げた。


「そういえば……今日はイーサン様はいらっしゃいませんの?」


 レタリアは覚えていた。前回の訓練で決着をつけられなかった実力者の事を。


「ああ、曹長なら今日はたまの休みだって、街の向こうの方へ出かけていったぜ」


 アランドが答える。それを聞いて、レタリアは目に見えてがっくりと肩を落とした。


「そうなのですか、わたくし、せっかくだからこの際決着をつけてやろうと思っていましたのに……」


 悔しがるレタリア。その様子を見ていた団員たちから声が上がる。


「残念だったなお嬢、曹長が居るときに頼めばいいさ」


「まあ、そうしてあげても宜しくてよ」


 何故か高飛車な返事をするレタリア。


「イーサンがいないのは残念だが――代わりに俺が相手をしようか」


 その声に、場が一瞬で静まり返った。

 現れたのは、自警団隊長、グレインだった。


「たい、隊長!? 隊長が直々にやるんですか?」


 レッタたちが驚愕の声を上げる。


「ああ。この機会に一度、直にこの目で見てみたいと思っていたんだ」


 グレインはレタリアに向き合い、挑戦的に笑みを向けた。


「どうかな、レタリア・アーデニアム。自警団隊長の腕前、試してみる気はあるかい?」


 レタリアは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、優雅に一礼した。


「……宜しくてよ。騎士団の団長ともあろうお方がお相手を望まれるのでしたら、わたくしとしても望むところですわ。……わたくしをただの『お嬢様』だと思っていると、大火傷をしますわよ?」


「ああ、承知しているよ」


 レタリアとグレイン。

 自警団の最高クラスの戦力と、暴走令嬢。

 室内にいた全員が、これからの対戦への期待に息を呑んだ。


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