31話:おーっほっほ!わたくし、宣伝(ぷろもーしょん)も完璧ですわ!
「……10万クレジット、ですの?」
セルディア管理局、シンセ・フィブラのミレアのオフィス。提示されたホログラムの数字を見て、レタリア・アーデニアムは思わず口元を覆った。
フリーランサーとしての仕事で得られる報酬の数倍。それが、たった数時間の「撮影」で手に入るという。
「ええ。会社の上層部が、わが社の技術力を誇示するために『若く、美しく、そして特機を駆る謎のフリーランサー』を起用したいんですって」
ミレア・イチノセは、少し苦い表情でコーヒーを啜った。
コーヒーが苦かったからではない。
彼女の本音は、正反対だった。レタリアをフリーランスという曖昧な立場に置いたのは、軍や連合国家の政治的介入から彼女を遠ざけ守るためだ。
ここで顔が売れすぎれば、ハイエナのような諜報員や軍のスカウトが押し寄せてくる。
「……ミレア。お顔が怖いですわよ? 10万クレジットもあれば、マキナの予備パーツも、ステシアさんに教えていただいたあの美味しいスイーツも、一生分買えるのではないかしら?」
「買えないわよ。あんな高級スイーツ、一生分食べたら糖尿病になるわ」
ミレアは深いため息をつき、身を乗り出してレタリアの目をじっと見つめた。
「いい、レタリア。撮影班には余計なことは言わないこと、いいわね?」
「分かっておりますわ。ミレアは心配性ですわね。わたくしの完璧な淑女の振る舞いを見れば、皆、畏れ多くてそれ以上は聞けなくなりますわ!」
(それが一番怖いのよ……)
ミレアは頭を抱えた。
◆
撮影は、セルディアでも最大級の全天候型トレーニングセンターで行われた。
集まった撮影スタッフたちは、現れたレタリアを見て一様に息を呑んだ。
「……おい、マジかよ。コスプレか何かかと思ってたが……」
「あの姿勢、あの歩き方……。CGじゃないのか?」
撮影用のライトを浴びるレタリアは、特注のパイロットスーツ(レタリアの要望により、随所にフリルとリボンがあしらわれた、戦闘用とは程遠い代物)を纏い、宣伝用に用意されたマキナ『ルード(販促用モデル)』の前に立った。
「……少し光が眩しすぎますわ」
最初は、無数のカメラレンズを向けられ、少しばかり顔を赤くして扇をバタつかせていたレタリアだった。しかし、撮影監督が叫んだ。
「素晴らしい! その『見下すような視線』! 最高ですレタリアさん! 次は機体に乗る動作を!」
「え……ええ、よろしいですわ。見ていなさいな」
レタリアがルードのタラップを駆け上がる。
頑丈ではある、だがレタリアは決して体を動かすのが得意ではない、しかし立ち振る舞いの基礎を身に着けた彼女の動きは軽かった。
彼女のPR用マキナに乗り込む動作は撮影班に優雅に映った。
「……おい、今の見たか?まるで映画の俳優みたいだ」
「いや、これは徹底的に叩き込まれた『本物』の所作だ……!」
撮影班のボルテージは最高潮に達した。彼らは知らない。それがかつて、社交界という名の戦場で、秒単位の視線の動きまで教育された「公爵令嬢」の基礎教養であることを。
「次は、ルードの起動デモンストレーションだ! トレースモード、オン!」
監督の指示に、レタリアが応じる。
ルードが静かに、しかし力強く駆動音を鳴らし、立ち上がった。レタリアの腕の動きに合わせ、マキナの腕も動く。
「おーっほっほ! どうですの? 鉄の塊でも、わたくしが導けばこれほど優雅に動きますのよ!」
モニターを見ていたスタッフたちが、興奮で震えながらキーボードを叩く。
「トレースモードを使いこなしているってのは本当だったのか」
「良い宣伝になる、トレースモードでここまで動けることは軍以外へのアピールにもなる」
すっかり上機嫌になったレタリアは、次々と注文に応えていった。
当初の羞恥心はどこへやら、今ではカメラに向かってウィンクまで飛ばす余裕ぶりである。
◆
撮影の様子を、少し離れた観覧スペースから眺めている一団があった。
「わあ……レタリアさん、本当にお姫様みたい」
ステシアが目を輝かせて拍手を送る。
「有名人になっちゃうわね。今のうちにサイン、もらっておこうかしら? 将来、すごい値打ちがつくかも」
メリーが冗談めかして笑う。
「……おいおい、悪目立ちしなきゃいいがな」
イーサンは眉をひそめ、隣で腕を組むグレインを見た。
「グレイン。あのお嬢さん、どんどん目立ってないか? 管理局にもばっちり見られてるぞ」
「……分かっている」
グレインの表情は硬かった。隣に立つミレアも同様だ。
二人はレタリアが「無邪気に」ポーズを決めるたびに、それが軍事的な評価に変換されていく恐怖を感じていた。
「ミレア、あの映像が連合の広報に乗れば、必ず『中の人間』を探りに来る勢力が出る。……俺たちの手に負えなくなるぞ」
「ええ。上層部には、彼女の機体の出力データは『宣伝用の特殊仕様』だと偽装して報告するわ。……彼女への介入をこれ以上許さないための、新しい障壁を考えなきゃね」
その時、撮影を終えたシンセ・フィブラ宣伝課の責任者が、ホクホク顔でミレアのもとへやってきた。
「イチノセ博士! 素晴らしい! 彼女、最高ですよ! ぜひ、今後のシンセ・フィブラのメイン広告塔として専属契約を――」
食い気味に、ミレアが冷ややかな笑みを浮かべた。
「……いえ、残念ながら。彼女はあくまで『フリーランス』の協力者。プライベートを何より重んじる私人ですので。今回はあくまで特別な機会ということで……ご理解いただけますわね?」
レタリアの口調がうつったような、慇懃無礼な断り文句。
責任者は「またまた、そんな勿体ぶらなくても……」と食い下がろうとしたが
「また、機会がありましたら私を通して頂けたらと思います。
同じ社ですが、彼女はセルディア支部に個人的に協力して頂いてるという部分がありますので……」
「……な、なるほど、そういうことでしたら、また是非にでも……」
宣伝課が去っていくのを横目に、撮影を終えたレタリアが意気揚々と戻ってきた。
「ミレア! 見ましたの? わたくしの完璧な演技! 撮影班の方々、最後には涙を流して感動していましたわよ!」
「はいはい、お疲れ様。……少し調子に乗りすぎよ」
ミレアはレタリアの頭にぽんと手を置いた。
レタリアは不満げに頬を膨らませたが、その視線の先で、ステシアやメリーが大きく手を振っているのを見つけ、すぐにまた「おーっほっほ!」と高笑いしながら駆け寄っていった。
「全く、あの子は……」
ミレアは呆れたように肩をすくめる。
「……まあ、いいんじゃないか。あんなに楽しそうなんだ」
グレインが、わずかに口角を上げた。
嵐の予感は確かにそこにある。
けれど、今はまだ。
無邪気に笑う少女を守りたいと思っているのだ。




