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16話:仕方ありませんわね。今回だけですわよ?

「いい、レタリア。今日は一人での行動を許可するけれど、絶対に面倒事は起こさないこと。いい子にしているのよ」


 ……


「わたくしを誰だと思っていますの! そんな子供に言い聞かせるような口振り、失礼しちゃいますわ!」


 今朝のミレアとのやり取りを思い出し、レタリアは居住区『セルディア』のメインストリートを歩きながら、ふん、と鼻を鳴らした。


 初仕事を完璧に(本人談)こなし、自警団からも認められた事で、ようやく「監視付き」の身分から、ある程度の自由行動が許されるようになったのだ。


 隣に騒がしいステシアも、無機質なミレアもいない。

 ダークパープルの髪を揺らし、レタリアは気ままに街を探索し始めた。


 ふと足を止めたのは、街の至る所にあるホログラムの掲示板だった。先日、メリーから教わったフリーランサー向けの依頼表が流れている。

 『害獣ラバワームの駆除』『デブリ帯の測量補助』……。

 流れていく文字を眺めながら、レタリアは手首のブレスレット――もとい、端末をそっとなぞる。


「……12000、でしたわね」


 昨日の報酬額。この世界の価値基準では、一回のお仕事でそれだけ稼げれば十分なはずだ。しかし、アーデンの維持費を考えれば、道は果てしなく遠い。

 レタリアは少しだけ複雑な溜息をつき、再び歩き出した。


 人工的な光に照らされた公園。土の匂いこそしないが、計算された風が吹き、瑞々しい緑が揺れている。

 ベンチに腰を下ろし、穏やかな時間を満喫する。魔法のない、全てが作られたこの世界。こうして静かに過ごしていると、案外悪くないようにも思えてくるから不思議なものだ。


 そんな彼女の平穏を破る声がした。


「……おや、あなたはあの時の美しいお嬢さんじゃないですか!」


 聞き覚えのある、調子のいい声。

 顔を上げると、そこには以前ステシアと歩いていた時に声をかけてきた、あの男が立っていた。


「……あなた、以前も声をかけてきましたわね。ええと、たしか『もでる』という……」


「覚えていてくれましたか! 光栄だなぁ。いやぁ、今日改めて見ても、やっぱり素晴らしい。その髪、その瞳……君なら絶対に人気が出る。どうです、モデルをやりませんか?」


 『美しい』という言葉は、小さいころには良く言われたものだ。こちらの世界ではまた言われることが増えた。

 ……意味合いが違う言葉として使われてる気がすることも多いけれど。

 だから、素直に外見を褒められるのは、悪い気はしない。


(……とはいえ、ただで頷くほど、わたくしも甘くありませんわよ)


 レタリアは不敵な笑みを浮かべ、男を値踏みするように見つめた。

 今の彼女は知っている。この世界では、何かを提供すれば、それに見合う『報酬』が発生するということを。


「その『もでる』とやらを引き受けるとして……一つ伺いたいですわ。あなたはわたくしに、12000クレジット払えますかしら?」


「…………えっ?」


 男が目を見開いて固まった。

 昨日の報酬額を引き合いに出したレタリアの言葉に、彼は額の汗を拭いながら、愛想笑いを浮かべる。


「あー……いや、その。流石に新人さんの最初のギャラとしては、ちょっと……。あはは、また今度、条件が合えば……ね!」


 男は這う這うの体で去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、レタリアは扇子を持つような仕草で口元を隠し、ふふん、と鼻を鳴らした。


「当然ですわ。このわたくしは安くありませんわよ!」


 ◆◆◆


 その日の午後


「レタリアさーん! お願いです! 一度だけでいいから、あのドレス、見せてください!」


 非番だというステシアに拝み倒され、レタリアは渋々、自室のクローゼットの奥に仕舞い込んでいた「例の服」を引っ張り出した。


「あの時の言葉、本気だったのね……」


 この世界に落ちてきた時、最初に纏っていた豪華絢爛なドレス。


 機械の油と宇宙服の素材に囲まれた生活の中で、それはどこか浮世離れした輝きを放っている。


「……仕方ありませんわね。今回だけですわよ?」


 着替えを終え、レタリアが姿を現すと、ステシアは「ひゃああああ!」と悲鳴に近い歓声を上げた。


「すごーい! やっぱり本物は迫力が違います! かわいい! きれい! 本当にお姫様みたいです!」

「お姫様ではありませんわよ!ですが、わたくしに相応しい高貴さでしょう!」


 ステシアの屈託のない称賛に、レタリアの気分は最高潮に達していた。

 そこに、いつの間にか部屋の隅に立っていた人影が動いた。


「……ほ、本当……素晴らしい意匠……。生地の重なり、刺繍の密度……最高……」

「ひっ!? そ、ソラ様!? いつからそこに!」


 水色とピンクの髪を揺らし、目を皿のようにしてドレスを観察するソラの姿があった。どうやら噂を聞きつけて、デザイナーの魂が疼いたらしい。


「あ、ソラさん! はじめまして! 自警団のステシア・リニンです!」

「あ……は、はじめまして……ミレアちゃんの同僚の、ソラです……。レタリアさんのスーツ作ったり、しました」


 おどおどと挨拶するソラに、ステシアは満面の笑みで応じる。初対面の二人は、レタリアという共通の「鑑賞対象」を前に、すぐに意気投合したようだった。


「ねえソラさん、見てくださいよこのドレス! ……ブラング団とかいう海賊がこの格好を『コスプレ女』なんて言って馬鹿にしてたなんて信じられませんよね。この可愛さがわからないなんて」


「同感です……。でもステシアさん、『コスプレ』は悪い意味じゃないですよ。自分の好きな衣装を着こなして、そのキャラになりきる……それは一つの、尊い文化なんです」


「あ、そうですよね! レタリアさん、似合いすぎてて本物の令嬢にしか見えませんもん! あいつらの言い方が悪かっただけで、この美しさは無敵です!」


 二人がかりで褒め称えられ、レタリアは少しだけ気恥ずかしくなり、視線を落とした。


(……コスプレ。なりきる、文化、ですの……?)


 かつて、自分をその衣装に着せられているだけの無能と呼び、嘲笑った者たち。

 けれど、この世界の彼女たちは、純粋に「似合っている」と、その装い自体を認めてくれている。


 ふと、レタリアの脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。

 ルティル。聖女と称えられ、誰からも愛された、自分とは正反対の妹。


 『お姉様、私……お姉様ともっと仲良くなりたいんです』


 かつてルティルが差し出してきた手。

 当時の自分は、それを哀れみだと思っていた。あるいは、自分を貶めるための優越感からくる演技だと信じて疑わなかった。

 けれど……。


(……もし、今のあの方たちが言うように、ただ純粋な気持ちだったとしたら……)


 コスプレという言葉の裏にある「好きだから着る」「なりきることを楽しむ」という純粋な情熱。

 ルティルの向けた言葉も、実は裏などなく、ただ言葉通りの意味だったのではないか。

 ほんの一瞬、そんな考えが胸をよぎる。


「レタリアさん? どうしたんですか、急に黙り込んじゃって」

「……なんでもありませんわ。それよりステシアさん、いつまで見つめていますの。そろそろ脱いでもよろしいかしら?」

「ええー! もっと見てたいです! ソラさん、写真撮りましょうよ!」

「はい!次に作る服の参考にもさせてください……!」


「ちょっと! 勝手に盛り上がらないでくださいまし!」


 騒がしい二人を追い払いながら、レタリアは鏡に映る自分を見つめた。

 ドレスを纏う自分。パイロットスーツを纏う自分。

 どちらが本当の自分なのかは、まだわからない。


 けれど、この世界で出会った「変な方々」の声は、かつての閉ざされた世界では聞こえなかった何かを、彼女の心に届けていた。

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