15話:これだけ戦って腕一本も直せませんの!?
「レタリア、ラボへ来て頂戴」
既に慣れてしまったいつもの『呼び出し』
「……分かりましたわ」
レタリアはミレアに呼び出され、「シンセ・フィブラ」のラボへ向かっていた。
ラボの自動ドアが開くと同時に、視界に飛び込んできたのは、ハンガーに吊るされた「それ」だった。
「……っ、これは?」
レタリアは絶句した。
そこに掛かっていたのは、これまでミレアから支給されていた味気ない、肌に張り付くだけのパイロットスーツではなかった。
深みのあるダークパープルを基調とし、各所に細やかな金のラインが走る。
肩周りから腰にかけては、特殊な軽量繊維で仕立てられたフリルのような意匠が施され、それはまるで――彼女がかつていた世界で纏っていた、公爵令嬢のドレスのシルエットを再現しているかのようだった。
「完成です! レタリアさん専用パイロットスーツ、『ノーブル・ロータス』!」
傍に立っていたソラが両手を挙げて高らかに叫ぶ。
そして、目の下にクマを作りながらも、達成感に満ちた顔でVサインを作る。
「……ソラ様。わたくし、以前も言いましたけれど、これは『アーデンの中』で着るものですのよ? このような装飾、機動の邪魔になるだけではありませんの?」
レタリアは怪訝な顔を崩さない。実用性を重んじるこの世界の理屈に、ようやく慣れてきた彼女なりの危惧だった。だが、ソラは自信たっぷりに胸を張る。
「ふふーん、甘いですわ! ……あ、レタリアさんの口調がうつっちゃった。このフリル、ただの飾りじゃないんです。
高密度な衝撃吸収材と、トレースモード時の身体的負荷を分散させる放熱フィンを兼ねているんですよ。
見た目はドレス、中身は最新鋭のサイバーウェア! これなら、あの凄まじいG(重力加速度)からも、あなたの体を守れるはずです!」
「……機能的にも、優れているということですの?」
「もちろんです! あなたを一番美しく、一番強く見せるために設計したんですから!」
ソラの言葉に、レタリアは毒気を抜かれた。
促されるまま、パーテーションの裏で袖を通す。
驚くほどに軽い。そして、肌に触れる感覚が驚くほど滑らかだ。
着替えを終え、全身鏡の前に立ったレタリアは、思わず自分の姿に見惚れた。
「……まあ。……まあ、まあまあ! そうですわね、このくらい気品がなければ、高貴なわたくしには相応しくありませんわ!」
腰に手を当て、いつもの高笑いを上げる。
それは、異世界に放り出されて以来、彼女が初めて手に入れた「自分を象徴する装い」だった。
その姿を見て笑うソラ、ミレアもホッとした表情をしている。
「でしょでしょ! あ、それとね、レタリアさん。もう一つプレゼントがあるんです」
ソラがニヤリと笑い、隣の格納庫へと繋がるシャッターを開放した。
そこには、愛機『アーデン』が鎮座していた。
しかし、その姿もまた変貌を遂げていた。
これまでの錆びついた無骨な鋼鉄の色は消え、レタリアのスーツと同じダークパープルに、高貴な輝きを放つ金のラインが所々を彩っている。
「整備班の連中がね、『あのお嬢様が乗るなら、もっとマシなツラにしねえとな!』って張り切っちゃって。ミレアちゃんも、表面装甲の特殊塗装なら性能に影響ないからって許可してくれたんですよ」
様子を見ていたミレアが、珍しくバツが悪そうに視線を逸らした。
「……まあ、あなたが気に入るかどうかは分からない、彼らの悪ふざけだったとしても許して……」
「皆様……」
レタリアは、塗装の仕上がりをまじまじと見つめた。
無骨だった機械人形が、今や彼女の騎士のように神々しい。
紫の装甲に身を包んだ令嬢と、同じ色を纏う巨大な鋼鉄。
「この子こそが、わたくしの鎧であり、騎士ですわ!」
ここに、二つ名――「暴走令嬢」が本格的に誕生した。
◆◆◆
セルディア居住区一角
ホログラムの看板の前にレタリア、そして先日レタリアと一戦交えたメリーが立っていた。
メリーは元フリーランサー、レタリアへのイロハを教えにきていたのだ。
「ここにフリーランサーのお仕事が載っているの」
「なんとなく読めるような読めないような……」
レタリアは文字を完全に把握していない。
MTIは発声パターン・声帯振動・体温・発汗・口の動き・既知言語データベースなどから推定して翻訳するため、
レタリアの言葉であっても橋渡しはできる、ただし、音声に限る。
「大丈夫よ」
メリーはそう言ってレタリアのブレスレットのホログラムを投影させ、その一部を指さす。
そこをレタリアが指でなぞると、『野良レイダー掃討……作戦領域……』と声が聞こえてきた。
「いろんな人たちがいるの、分からないときはMTIとブレスレットの機能を一緒に使いなさい」
「わ、わかりましたわ……」
レタリアは未知の世界の仕組みを覚える努力が必要だと悟った。
「じゃあ、この依頼にしましょう、依頼主は……自警団よ」
◆◆◆
「……というわけで、これがこのステーションにおける『お仕事』の流れよ」
自警団のブリーフィング・ルーム。
引き続きメリーが、ホログラムパネルを操作しながら、丁寧に説明を加えていた。
「私たちは基本的に自警団員だけど、フリーの協力者であるあなたには『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』としてのライセンスが発行されているわ。
依頼を達成すれば、その難易度に応じて報酬が支払われる。そこから機体の整備費や燃料代を引いたものが、あなたの取り分よ」
「ほう……。つまり、働けば働くほど、わたくしの懐が潤うということですわね?」
「理屈の上ではね。でも、無茶をして機体を大破させれば、報酬よりも修理費の方が高くつくこともあるわ。……まあ、あなたには無縁な話かもしれないけれど」
メリーは苦笑いしながら、パネルに表示された一つの依頼を指し示した。
「肩慣らしにはちょうどいいわ。近隣宙域に漂流している不法投棄マキナの回収任務よ。中には自爆装置が生きているものや、自動防衛システムが作動している個体もある。
それを無力化して、回収船まで運搬するのが仕事」
「不法投棄……ゴミ拾いですの? このわたくしに?」
「ただのゴミ拾いじゃないわ。ならず者が罠を張っていることもある。立派な戦闘任務よ」
レタリアは新しいスーツの感触を確かめるように肩を回し、不敵に微笑んだ。
「よろしいでしょう。わたくしの初仕事、華々しく飾って差し上げますわ!」
宇宙空間へ躍り出たアーデンの機動は、以前よりもさらに滑らかだった。
ソラの言った通り、新しいスーツはトレースモード時の「機体との一体感」を劇的に向上させていた。
「右前方、三……いえ、五機。単調な動きですわ」
デブリの影から現れたのは、ボロボロに錆びついた旧式の無人警備機だった。
レタリアは通信回線を開くこともなく、最短距離で突っ込む。
「そこですわ!」
アーデンの拳が、無人機の動力部を正確に貫く。
爆発の光が宇宙に咲くが、レタリアはそれを避けるまでもなく、次の標的へと背を向けた。
文字通り、あっさりとした片付けだった。
「ふん、手応えがありませんわね。ですが、勝手に動く壊れた機械人形なんて……ゴーレムよりもまるでアンデッドですわ」
一時間足らずで全ての目標を無力化したレタリアは、悠々とセルディアへと帰還した。
格納庫に降り立ち、ハッチを開ける。
待ち構えていたのは、ミレアとメリー、そしてなぜかワクワクした顔のソラだった。
「お疲れ様、レタリア。初仕事にしては上出来ね。報酬が振り込まれたわよ。ブレスレットを見て」
ミレアに促され、レタリアは左手首の端末をタップした。
【報酬入金:12,000クレジット】
表示された数字を見つめ、レタリアは小首を傾げた。
「……いちまんにせん? これは、多いのですか? 少ないのですか?」
レタリアはこの世界に来て、この世界における数字の基礎はすでに学んでいたので、かろうじて額を読むことはできた。
「えーと、そうね」
メリーが顎に手を当てる。
「一般的な市民の一ヶ月の食費がだいたい三千から四千クレジット。だから、一回の出撃でこれだけ稼げれば、贅沢をしなければ一ヶ月は問題なく暮らせる額ね」
「まあ! そんなに! わたくし、たったこれだけの時間で一ヶ月分以上の生活費を稼いでしまいましたの!?」
レタリアの目が輝く。やはり、わたくしは天才ですわ!と高笑いする彼女に、メリーは少しだけ言いづらそうに付け加えた。
「……ただし。マキナの腕の関節を一つ交換するだけで3万クレジットは飛ぶわよ。
ちょっとでも傷をつけたら、すぐになくなるわよ」
「な……っ!? そんなものなのですの!? これだけ戦って、腕一本も直せませんの!?」
異世界のシビアな経済事情に、レタリアは愕然とした。
一ヶ月遊んで暮らせる額が、鋼鉄の巨人の前では端金に過ぎない。
「……まあ、だからこその『データ取り』協力なんだけどね」
ミレアは淡々と、しかしどこか楽しそうに端末を叩く。
実は、今回のアーデンの改修費や、ソラの作った特注スーツの製作費だけで、数百、数千万クレジットという天文学的な予算が動いている。
それをレタリアが知れば、おそらくショックで卒倒するか、あるいは「もっとよこしなさい!」と暴れ出すかのどちらかだろう。
「レタリアさん、大丈夫! もっと稼げる大きい依頼を私が取ってきますから! その代わり、もっといろんなポーズでデータを……」
「それは結構ですわよ、ソラ様!」
呆れ顔のレタリア。
しかし、その手首で光る「12,000」という数字は、彼女がこの世界で自らの力で勝ち取った、初めての「対価」だった。
「……ふん。ならば、もっと稼いで差し上げますわ。この世界の王になれるくらいには、ね!」
高笑いと共に、紫の令嬢は歩き出す。
その背中を見送りながら、ミレアはボソリと呟いた。
「……王様になる前に、まずは次の整備費を稼いでもらわないとね」
異世界の令嬢による「お仕事」は、まだ始まったばかりである。




