12話:まあ、わたくしにかかればこんなもんですわ!
宇宙の静寂を切り裂くようなカタパルトの射出衝撃。その余韻がまだ、レタリア・アーデニアムの華奢な身体の芯に残っていた。
居住区『セルディア』の格納庫、『アーデン』の足元に降り立った彼女は、自身の長いダークパープルの髪を優雅にかき上げ、待ち構えていた技術者へと歩み寄った。
「お帰りなさい、レタリア。データの回収は終わったわ」
作業用足場の上で、ミレア・イチノセが端末の画面から目を離さずに声をかけてくる。
彼女の周囲には、初陣で暴れまわったアーデンの機体各所から送信された膨大なログが、ホログラムとなって浮遊していた。
「ご苦労様。良いデータだったわ。……で、体はどう? トレースモードの反動は相変わらず強いと思うけれど」
ミレアがようやく視線を落とし、レタリアを観察するように見つめる。
レタリアは一瞬、機体が激しく回避運動を行うたびに座席へ叩きつけられた衝撃を思い出し、苦い顔をする。
今の彼女が纏っているのは、ミレアから渡された薄手のスーツだ。
身体のラインを強調するそれは、慣れないレタリアにとって気恥ずかしい代物だったが、確かにドレスよりはかなり負荷は小さかった。
「……ふん、前よりはマシでしたわ。少しばかり、あちこち痛かったですけれど」
レタリアは努めて平然を装い、ツンとあごを引いて見せた。
『アーデン』に施された特殊な細工、極端に強化された加速や旋回は、普通の人間であれば「マニュアル操作であったとしても」失神しかねない負担を強いるものだ。
それを『トレースモード』で「少し痛い」で済ませてしまう彼女の頑強さは、この世界の基準からすれば十分に異常だった。
「そう。まあ、あなたにかかればこんなもんよね」
ミレアも最早この非常識に慣れつつあった。
だが、その言葉は今のレタリアにとって、最高級の賛辞として響いた。
元の世界では「役立たず」と蔑まれ、誰もその価値を認めようとしなかった自分の力が、ここでは「当然の結果」として受け入れられている。
レタリアは満足げに鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張った。
「当然です! まあ、わたくしにかかればこんなもんですわ!」
高笑いでも上げんばかりの勢いで言い放ったレタリアだったが、ミレアはふっと端末を閉じると、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに光らせた。
「……ところで、武器。……使わなかったでしょ」
その一言に、レタリアの誇らしげな表情がピシリと凍りついた。
「……え、えー……それは、その……」
「フォトンライフルにフォトンセイバー。最新鋭のものを積んでおいたはずなんだけど。ログを見る限り、一度も抜剣すらされていないわ。
代わりに記録されていたのは、アーデンの拳と脚部による、質量打撃の山……」
ミレアが淡々と指摘を重ねるたびに、レタリアの身体は見る間に小さくなっていく。
「うるせーですわよー!と叫びながら、敵機の頭部を文字通り粉砕していたわね。……想定はしていたわ、でも私の苦労も分かる?」
「だ、だって仕方がありませんわ! あんな棒切れや鉄の塊、どうやって使えばいいのか分かりませんでしたのよ! それよりも、直接叩き潰したほうが早いですわ!」
逆ギレに近い抗弁をするレタリアに、ミレアは深いため息をついた。
「……まあ良いわ、そのうち使えるようになりなさい」
呆れた様子のミレアだったが、すぐに気持ちを切り替える。
ミレアはレタリアのスーツ姿を上から下まで、値踏みするように眺めた。
視線に気づいたレタリアはいつものだ、と思ったがどうしても恥ずかしく頬を染める。
(今の汎用品じゃ、彼女のポテンシャルを支えきれないわね……。もっと筋肉の動きを補助して、耐G性能を極限まで高めた専用のスーツを用意してもいいかもしれないわ)
そんな内心の構想を口に出すことはせず、ミレアは「もう行っていいわよ」と手で追い払うような仕草をした。
「全く、いつもぞんざいですわね!」
レタリアはぷりぷりと怒りながら、格納庫を後にした。その背中を見送りながら、ミレアはモニターに映るアーデンの損傷箇所――特に拳の装甲の歪みを見て、小さく口角を上げた。
◆◆◆
自室に戻ったレタリアは、この世界の機能美に満ちたソファに身体を預けた。
元の世界のソファに比べたら簡素なデザイン、しかし座り心地は恐ろしいほど良いものだった。
窓の外には、広大な宇宙ステーションの内部構造と、その向こう側に広がる漆黒の星海が見える。
かつて自分がいた、緑豊かなアーデニアムの領地とは正反対の景色だ。
彼女は手首のブレスレット型端末を操作し、ホログラムのニュース画面を空中に投影させた。
『――続いてのニュースです。昨日のレイダー掃討作戦について、自警団隊長グレインに話を伺いました』
画面が切り替わり、見覚えのある生真面目そうな青年が映し出される。セルディア自警団隊長、グレインだ。
彼はカメラを真っ直ぐに見据え、少しだけ硬い表情で口を開いた。
『此度の作戦において、我々自警団は民間協力者の支援を受け、レイダー勢力の壊滅に成功しました。
当該協力者とコンタクトを取ることに成功しており、善意のもと我々に力を貸してくださっております。
今後も民間の依頼に応じる形で活動される予定と伺っており、連携を取っていく所存です。
我々もセルディア居住区の安全のため、引き続き尽力してまいります』
インタビューが終わり、キャスターが称賛の言葉を述べる中で、レタリアは「ふっ」と小さく吹き出した。
「……似合わないですわね、あの男」
レタリアは、以前のことを思い出していた。
食堂で私の音声を聞いた時のグレインの吹き出した顔、少しだけいい気味だった。
「……ふふっ」
レタリアはもう一度笑うと、ニュースを消した。
誰かに必要とされ、誰かの役に立ち、そして自分を貶めた世界を見返すのではなく、自分自身の力で新しい居場所を築いている。
その実感が、彼女の歪んでいたプライドを、少しずつ高潔なものへと書き換えていた。
そんな時、部屋のインターホンが鳴る。
この不思議な音は来客のベルだ。
「あら、どなたかしら?」
レタリアは扉の前に立ち、開ける。
ボタン操作による開け方の説明を受けたが、良くわからないので「自動ドア」というシステムに頼り切りだ。
ドアの先には金髪のショートヘアを揺らした少女の顔があった。
「レタリアさーん! お疲れ様です!」
ステシア・リニンだ。先日、居住区を案内してくれた元気すぎる自警団員である。
「……あら、どうされました?」
ステシアは人懐っこい笑顔をレタリアに見せた。
「あはは、すみません! あの、明日、自警団の定期訓練があるんですけど、レタリアさんも参加しませんか?」
「……訓練、ですの?」
レタリアが首を傾げると、ステシアは身乗り出すようにして続けた。
「はい! シミュレーターを使った模擬戦です! 一緒にやりませんか?」
しみゅれーたー。レタリアがアーデンをもっと使いこなすために何度も使用しているものだ。
現実ではない不思議な空間でマキナに乗る機械。
身体をぶつけなくていいから助かる、実戦とは全然違うのが困りものだけど。
これはミレアがうるさく言っていた「武器」の使い方を試すには丁度いいかもしれない。
「……そうですわね。ちょうど、わたくしの実力を見せつける機会を探していたところですの」
レタリアは口角を吊り上げ、高慢な令嬢の顔を作った。
「良いでしょう。お相手してさしあげますわ。わたくしの華麗な操縦に、腰を抜かさないように気をつけることですわね」
「やったぁ! ありがとうございます! 暴走令嬢を相手に戦ってみたかったんですよね!」
ステシアの屈託のない笑顔から飛び出す暴走令嬢の言葉。
自警団の中で何だか流行り出しているとか……
暴走令嬢……これわたくしの事褒めてないのでは……?とレタリアは気づき始めていた。
去っていくステシアを見送った後、レタリアは無意識に自分の右手を握りしめた。
「模擬戦、ですわね……。ふふ、楽しみになってきましたわ」
◆◆◆
レタリアの住む居住区が活気に満ちている一方で、その喧騒から遠く離れた宙域には、死した鋼鉄の墓場が漂っていた。
かつてブラング団が拠点としていた廃工場。
ブラング団が住み着くより前から既に廃墟だったそこは今や音一つない真空の静寂に包まれている。
錆びついた金属の床、崩れかけた壁、そして無惨に引きちぎられた配線が、ここが放棄されてから長い時間が経過していることを物語っていた。
その暗闇を、数筋のサーチライトが切り裂く。
セルディア自警団の調査チームだ。その先頭には、隊長のグレインが立っていた。
「……使えるものは、何もないですね」
部下の一人が、通信越しに落胆したような声を漏らす。
調査が第一名目だったが、何か有用な物資がある事も期待されていたのだ。
「……そうだな」
グレインは短く答え、ライトを壁際へと向けた。
そこには、頭部を失い、片腕を根元から引きちぎられたマキナの残骸が転がっていた。
「……エスカド社の機体、『クラフィド』ですね。やはり、ここは昔に倒産したエスカドの秘密工場だったんでしょうか」
部下が近づき、機体番号を読み取ろうとする。
エスカド社。かつてマキナ開発の最前線に立ちながら、ある時期を境に忽然と表舞台から消えた伝説的な企業だ。
レタリアが乗る『アーデン』も、この『クラフィド』をベースにしている。
グレインは無言でその残骸を見つめていた。
単なる偶然か、あるいは運命か。
レタリアという規格外の存在が、この古い機体と共に現れたことに、彼は言葉にできない胸騒ぎを感じていた。
ライトの光が、床の隙間に反射して小さな火花を散らした。
「ん……?」
グレインは膝をつき、手袋をはめた指先でその光を拾い上げた。
それは、酷く汚れ、一部が煤けて変色した一枚のデータチップだった。
もはや読めるかどうかも分からない、骨董品のような代物だ。
普通ならゴミとして見捨てられるようなものだが、グレインはそれをじっと見つめた後、誰にも見られないようにポケットの奥へと仕舞い込んだ。
その時、ヘルメット内に緊迫した通信が入った。
『隊長、こちら解析班。廃工場の移動軌跡の計算が終わりました』
「……報告しろ」
グレインの低い声が、真空の通信に響く。
『……驚くべき結果です。この廃工場、その航路を逆算したところ……数十年前まで、観測不可能なほどの超大規模な磁気嵐に包まれていた「リデス宙域」から、長い時間をかけて漂流してきたものだと思われます』
リデス宙域。
その名を聞いた瞬間、グレインの表情が凍りついた。
そこは、この星系における最大の禁忌であり、失われた文明の跡地とも、あるいは呪われた地とも囁かれる、物理法則の死角である。
グレインは無言のまま、ポケットの中にあるデータチップを、静かに、だが力強く握りしめた。




