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13話:ふん!次を楽しみにしていると良いですわ!

『セルディア』の一角にある、自警団専用の訓練施設。その中心に位置する広大なシミュレータールームは、かつてない熱気に包まれていた。

 ずらりと並んだ最新型のシミュレーター筐体の周囲には、非番の団員まで含めた十数名が集まり、固唾を呑んで中央のメインモニターを見つめている。


「あーっ! もう! 負けましたーっ!」


 筐体のハッチが開き、金髪ショートの少女――ステシア・リニンが、頭を抱えながら飛び出してきた。

 直後、天井のモニターに大きく戦闘結果が表示される。


【WINNER:RETARIA ARDENIUM / TIME:16.74s】


 わずか十六秒。

 自警団の中でも決して低くない実力を持つステシアが、手も足も出ずに敗北した事実に、周囲からざわめきが漏れた。


「だって速すぎですもん! 索敵範囲に入ったと思って一発撃った瞬間、もう目の前に拳が迫ってるんですから! 避けられるわけないですわー!」

「ですわ、ではないわよ。口調が移っていますわ」


 続いて筐体から降りてきたのは、ダークパープルの長い髪を揺らし、少しだけ額に汗を浮かべたレタリア・アーデニアムだった。彼女はミレアから支給されたタイトなパイロットスーツに身を包んでいる。最初はあんなに恥ずかしがっていたというのに、一度機体に乗ればその集中力は凄まじい。


「ふふん、わたくしに勝とうなど、百年早いですわ! 今の『アーデン』の機動、わたくしの感覚にぴったり馴染んでいますの」


 レタリアは誇らしげに胸を張る。ミレアの手によって強化されたアーデンのレスポンスは、彼女の『直感』が捉える「最適解」を、コンマ数秒の遅れもなく鋼鉄の挙動へと変換していた。


「みっともないわよ、ステシア。これでも栄えある自警団の一員なの?」


 呆れたような声が響き、観衆の中から一人の女性が歩み出た。

 赤髪のミディアムヘア。少し垂れ目気味だが、その瞳には鋭い理知の光が宿っている。


「だってメリーせんぱいぃ~、本当におかしいんですよ、あのお嬢様の動き!」

「……レタリア、さんね。次は私が相手をさせてもらっても構わないかしら?」


 メリーと呼ばれた女性は、レタリアの前に立つと静かに挑戦状を叩きつけた。彼女は自警団きっての狙撃の名手、メリー・ファーナだ。

 レタリアは不敵な笑みを浮かべ、ダークパープルの前髪をかき上げる。


「かまいませんわよ! 今日のわたくし、とっても調子が良いみたいですの。どなたが来ても、返り討ちにして差し上げますわ!」


 二人が再びシミュレーターへと潜り込むと、ルーム内の照明が落ち、仮想空間のバトルフィールドが展開された。

 今回の地形は、巨大な小惑星の残骸が漂う『デブリ帯』。障害物が多く、一瞬の視線の切り合いが勝敗を分ける。


「私はね、あなたの戦う姿を直接見ていないの。だから、そのまま信用するのは難しいわ」


 通信回線から聞こえるメリーの声は冷徹だった。

 彼女の駆るマキナ『ブレイカーライン』は、ベース機『ルード』を極限まで遠距離火力特化に改修した重装甲機だ。


「さあ、見せてもらうわよ。その『幸運』が本物かどうかを!」


 ブレイカーラインの右肩にマウントされた大口径キャノンが火を噴いた。

 高出力の光学弾が、真空を切り裂いてレタリアへと突き進む。


「大砲!? ……いえ、怖くありませんわ!」


 レタリアの脳裏に、数瞬先の未来が「気配」として弾ける。

 彼女はアーデンのスラスターを瞬時に吹かし、機体を横へとスライドさせた。至近距離を光の筋が通り抜け、背後のデブリを粉砕する。


「避けた!? なら、これはどうかしら!」


 メリーはレタリアの回避先を完璧に予測し、次なる手を打っていた。

 ブレイカーラインの両肩、そして脚部コンテナから一斉にマルチミサイルが射出される。

 本来は対複数機を想定した弾幕。しかし今、そのすべてが唯一つの獲物――レタリアへと牙を剥いた。


「なんですのその砲弾は! しつこいですわよー!」


 全方位から迫るホーミング弾の群れ。普通であれば、ここで防御姿勢を取り、被害を最小限に抑えるのがセオリーだ。だが、レタリアにそんな常識は通用しない。


「右、上、左下……そこですわ!」


 レタリアには見えていた。ミサイルの網の目にある、唯一の「安全な隙間」が。

 アーデンが狂ったように滑る。急加速、急停止、そして物理法則を無視したような鋭角ターン。

 シミュレーター内ゆえにパイロットへの直接的なGは軽減されているものの、画面越しに見ている団員たちは、その異常な映像に酔いそうになっていた。


「うそっ!? 直角に曲がった……!?」


 メリーが絶句する。全方位弾幕。回避不能とされた彼女の必勝パターンを、レタリアは滅茶苦茶な軌道で回避し続けた。


「もらいましたわよー!」


 爆煙を突き抜け、アーデンがブレイカーラインの懐へと飛び込む。

 レタリアの意志を受け、機械の脚がしなやかに、かつ力強く跳ね上がった。


「っ……させな――!」


 メリーが防御マニピュレーターを展開しようとしたが、それよりも速かった。

 アーデンの重い蹴撃が、ブレイカーラインの頭部センサーユニットを正確に捉え、粉砕する。


【LOST CRITICAL UNIT:SYSTEM DOWN】


 モニターに赤い警告が走り、戦闘終了を告げる。


「おいおい……マジかよ。メリーまであっさりか」

「あの弾幕をノーダメージで突破するなんて、人間業じゃねえ……」


 ざわめきが波のように広がる。

 筐体から出てきたメリーは、しばし呆然と自分の手を見つめていたが、やがて真っ直ぐにレタリアの元へ歩み寄った。

 その無表情な顔に、レタリアは「怒らせてしまいましたかしら……」と少したじろぐ。


「……疑ってすみませんでした。レタリアさん、あなたは本物だわ」


 メリーは深く、清々しいほど素直に頭を下げた。

 その潔さに、レタリアは毒気を抜かれたように瞬きをする。


「ええ、ま、まあ、いいですわよ。わたくしの実力を理解できたのなら、それでよろしくてよ」


 頬を赤らめながら、精一杯の「令嬢的寛容」を見せるレタリア。

 これを機に、訓練室の空気は一変した。

「次は俺だ!」「私とお願いします!」と、腕に覚えのある自警団員たちが、次々と名乗りを上げ始めたのだ。


 それからの暫くは、まさにレタリアの独壇場だった。


 自警団が使用するマキナは、シンセ・フィブラ社製の最新モデル『ルード』をベースにしている。この機体は出力、拡張性ともに極めて高く、各団員が自分の戦術に合わせてカスタムを施していた。

 性能なら『アーデン』のベースである『クラフィド』の比ではない高性能機だ。

 高機動近接型、盾を構えた重装甲型、電子戦特化型。

 多種多様な『ルード』がレタリアに挑んだが、彼女はそのすべてを正面から、あるいは虚を突く機動で打ち破っていった。


「すごいな……なんであのタイミングで攻撃が読めるんだ?」

「トレースモードって、あんなに正確に動かせるものなのかよ」

「あの戦闘記録、マジでフェイクじゃなかったんだな……」


 もはや彼女を「ただの面白衣装の少女」と見る者は一人もいなかった。


「いや、参った。強いよ。暴走令嬢の名は伊達じゃないな」


 数分前までレタリアと激しい接戦を繰り広げていた団員、レッタ・バールが清々しい顔で声をかける。

 彼は盾を駆使してレタリアの格闘を二度まで防ぎきった。しかし、反撃に転じようとした刹那、レタリアは彼の視界から消えた。

 瞬時に背後へ回り込んだアーデンが、レッタの機体を締め上げ、腕部を破壊したのだ。


「い、いえ……あなたの盾の使い方も、お見事でしたわ……」


 レタリアは肩で息をしながら応じた。さすがに十人近い連戦。集中力の消耗は激しく、パイロットスーツの中は汗でじっとりとしている。


「……こうなると、もう曹長しかいないな」


 誰かがポツリと呟いた。

 視線の先には、壁に背を預けて静かに戦況を見守っていた一人の男がいた。

 三十代半ば。隊長のグレインよりも年上で、その体躯からは歴戦の猛者だけが持つ独特の威圧感が漂っている。


「隊長にも勝ち越してる曹長なら、レタリアさんに一矢報いれるだろう」


 周囲の期待のこもった声に、男は「やれやれ」と困ったように頭をかき、シミュレーターへと歩き出した。


「はぁ、はぁ……えーと、次は、曹長様? よろしくお願い致しますわ」


 レタリアは乱れた息を整えながら、彼を見上げる。


「ああ……俺はイーサン・ブローっていうんだ。周りが勝手に曹長って呼んでるだけだ。昔の階級だよ」


 自警団に階級はない。だが、元軍属として確かな技術を持つ彼への敬意を込め、仲間たちは彼をそう呼んでいる。


「そうなのですわね。では、イーサン様……よろしくお願い致しますわ!」


 本日最後となるであろうバトルが開始された。

 イーサンの駆るマキナ『リバスト』は、一見すると地味なカスタムだが、関節部の補強とスラスター配置が極めて緻密に計算されている。


(これまでの中で、彼女のクセは見させてもらった)


 イーサンは冷静だった。

 速い。先が読める。そして格闘戦に持ち込む。

 レタリアの勝利パターンはその三点に集約される。ならば、その前提を崩せばいい。


 戦闘開始と同時に、イーサンはフォトンライフルを高出力モードで放った。

 牽制。だが、レタリアにとっては死角からの狙撃。

 当然、レタリアはそれを察知し、紙一重で回避する。


(当たらないのは分かっている。だが――これで君の『逃げ道』は固定された)


 イーサンは次々と射撃を行い、レタリアの回避ルートを特定の方向へと誘導していく。

 レタリアのアーデンは確かに速い。しかし、あまりに直感的で、勝利への最短距離を選びすぎるがゆえに、ベテランから見ればその軌道は予測可能だった。


「そこですわー!」


 アーデンが鋭い踏み込みを見せる。

 重厚な金属音が響き渡った。アーデンの拳がリバストの左腕に激突する。

 だが、リバストはそれを完全に受け流し、ダメージを小破損に留めた。


「なっ!? 防がれましたわ!?」


 瞬時に距離を取ろうとするレタリア。しかし、イーサンは逃がさない。

 内蔵型の小型ブレードを振り下ろすリバスト。レタリアは間一髪でそれを避けるが、今までにない圧迫感に背筋が凍る。

 イーサンはわざと隙を作った。確実にレタリアが「ここならいける」と踏み込むであろう、致命的な誘い。


「決めますわよー!」


 その罠に、レタリアの直感が反応する。

 アーデンが正拳突きの構えで突っ込む。

 その瞬間――リバストのマニピュレーターが、まるで最初からそこにあると分かっていたかのように、アーデンの拳をがっしりと掴み取った。


「なっ!? つ、掴まれましたわ!?」


 レタリアの視界が大きく揺れる。

 自由を奪われた恐怖。そして、次に来るであろう破壊の予感が、彼女の全身を駆け巡った。


「くっ! これならどうですの!」


 レタリアはパニックに陥る寸前で、掴まれていない方の腕を振り抜いた。

 その掌から、眩い光の刃が伸びる。


「『ふぉとんせいばー』!」


 ミレアから「格闘馬鹿ならせめてこれくらい使いなさい」と口酸っぱく言われていた、近接エネルギー兵器。

 とっさの行動。しかし、その一撃はリバストの頭部を確実に狙っていた。


 瞬間、光が弾けた。


 凄まじい衝撃波が仮想空間を揺らし、アーデンとリバストは互いに弾き飛ばされる。

 イーサンのリバストもまた、瞬時に同じフォトンセイバーを展開し、レタリアの一撃を防御していたのだ。

 エネルギー同士が反発し、両機は大きく距離を取る形となった。


「し、仕切り直しですわね……!」


 レタリアは震える手で操縦桿を握り直し、再び機体を前進させようとした。

 しかし、その直後。

 ブザー音が鳴り響き、シミュレーターが強制終了を告げた。


「えっ? な、なんですの? まだ終わっていませんわよ!?」


 レタリアが不満げに叫びながら筐体を出ると、イーサンもまた、静かにハッチを開けて降りてきた。


「いや、ここまでにしよう、レタリア嬢。君は肩で息をしている。これ以上の連戦は集中力を削ぐだけだ。休憩が必要だよ」


 イーサンの言葉に、レタリアは自分が酷く激しく息を切らしていることに、ようやく気づいた。汗が頬を伝い、心臓が早鐘を打っている。


「決着はいずれな。今日はいい経験をさせてもらったよ」


 イーサンがふっと微笑むと、周囲の団員たちからも「いい試合だった!」「曹長とあんなにやり合うなんて!」と惜しみない拍手が送られた。

 レタリアは少しだけ悔しそうに、それでもどこか晴れやかな顔でイーサンを見据えた。


「ふん! 次を楽しみにしていると良いですわ! 次は……次は絶対に、わたくしがその鼻をあかして差し上げますの!」


 腰に手を当て、いつもの「傲慢な令嬢」を演じてみせるレタリア。

 だがその顔には、自分を認め、競い合える「仲間」を見つけたことへの、隠しきれない喜びが滲んでいた。

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