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110話:もうっ!!

 シンセ・フィブラ社内、専用のシミュレータールーム。

 その部屋に、レタリアとミレアの二人が立っていた。


「今日はシンセ・フィブラからの指名依頼という形でお受けしましたけれど……」


 不思議そうな顔で首をかしげるレタリアに、ミレアは手元の端末を操作しながら頷いた。


「ええ、公式な業務としてあなたに依頼を出させてもらったわ」


「いつものように、わたくしが個人としてお手伝いするのではダメでしたの?」


「そうね、でも今回は『トレースモードにおける脳波補助機能の精密測定』が目的だから、正式な報酬が発生する依頼の形を取った方が何かと都合が良いのよ。まあ、難しいことは深く考えないでちょうだい」


「……? 分かりましたわ」


 ミレアの言葉に一応の納得をしたレタリアは、素直に指示に従った。


「それで、以前も入ってもらったあのシミュレーターに入ってほしいのだけど、今回は二つの方法で挙動を確認したいの。とりあえずやってみてくれる?」


「ええ、お任せなさい!」


 レタリアは意気揚々とシミュレーターのポッドへと乗り込み、ハッチが静かに閉まった。


「最初は、トレースモードでもマニュアル操縦でも動かない完全に『オフ』の状態のマキナを、あなたの思考だけを使って動かしてみてほしいの」


 コンソールから響くミレアの指示に、レタリアは目を丸くする。


「思考だけで動かす、というのはどういうことですの?」


「うーん……何と言えばいいのかしら。『念じる』という形ね。今まで戦闘中、あなたの強い意思にアーデンが応えてくれた現象を、改めて確認したいのよ」


「分かりましたわ、やってみます!」


 シミュレーター内のコンソールに映るミレアへ頷くと、レタリアは早速意識を集中させ始めた。


 ……しかし、画面の中のマキナはピクリとも動かない。

 レタリアはぎゅっと瞳を閉じ、顔を真っ赤にしながら唸り始めた。


「んんんん~っ! 動いてくださいまし~っ!」


 そこから数分が経過し、沈黙が続く。


「うーん……やっぱり物理的な入力なしでは難しいかもしれないわね……」


 ミレアが一旦テストを打ち切ろうと手を伸ばした、その時だった。


「あ、動きましたわ!」


 レタリアの驚きの声が響いた。

 画面の中のマキナが、ほんの僅かだが、自らの足で一歩、二歩と歩を進めていたのだ。しかし、すぐにエネルギーが途切れたようにピタリと立ち止まってしまった。


「ああ、せっかく動きましたのに、すぐに止まってしまいましたわ……」


 残念そうに肩を落とすレタリア。だが、外部モニターでそのデータ数値を追っていたミレアは、目を見開いていた。


 一瞬の驚愕を飲み込み、少しの休憩を挟んでから、ミレアはシミュレーターのモードを次のテストへと切り替えた。


「……コホン。それじゃあ、次は二つ目のテストを行うわね。条件はさっきと同じ、操縦系統はオフのまま。ただ、目の前から大きな岩が転がってくるから、それを避けてみて」


 ミレアがスイッチを入れると、シミュレーター内の仮想空間に、レタリアがこの世界に来てから見たこともないほど見事な大岩が出現し、猛スピードで転がってきた。


「あわわわわ! し、しみゅれーたーと分かっていても、これは凄く怖いですわよーっ!?」


 レタリアは思わず悲鳴を上げ、ポッドの中で身体を必死によじる。

 トレースモードの設定は入っていないため、当然、機体はプレイヤーの体の動きには反応しないのだが。


 しかし。

 シミュレーター上のマキナは、間一髪で回避行動を取ってみせたのだ。


「ひいいい、ひいいい~っ!」


 ポッドのスピーカーからレタリアのリアルな悲鳴が聞こえてくる。


「もうちょっとだけ頑張ってね」


 申し訳なさそうにも、そうでもなさそうでもあるミレアの声は、パニック状態のレタリアには全く届いていなかった。


 その後も次々と巨大な岩が転がってくる極限状態の中、シミュレーター内のマキナは、たまに直撃を受けながらも半数以上を見事に回避してみせたのだった。


 ◆


 すべてのテストが終了し、シミュレーターからほうほうの体で降りてくるレタリア。


「ぜぇ、ぜぇ……つ、疲れましたわよ……」


 額にうっすらと汗を浮かべ、疲れ切ったレタリアに、ミレアは冷たい飲み物とお菓子を用意した。


「お疲れ様、レタリア」


「全く! 危険がないと分かっていても、あれは心臓に悪いですわよ!」


 カップを受け取り、ぷんぷんと頬を膨らませて抗議するレタリア。


「ごめんなさい。まあまあ、落ち着いてレタリア。どうどう」


 まるで興奮した動物をなだめるように、ミレアが優しくあやす。


「……報酬は弾んでおくから、ね?」


「もうっ……!」


 現金な提示に、レタリアは言葉を詰まらせてさらに口をとがらせた。ミレアは微笑みながら語り掛ける。


「でもね、今回のテストデータは色々と本当に有意義なものになったわ。きっとこれからのあなたの役に立つ、アーデンにとってもね」


 その言葉を聞くと、レタリアの表情がふっと柔らかくなった。


「……そういうことでしたら、まあ、特別に許して差し上げますわ。……ふぅ、神経を使ったからか、なんだかお腹が空いてしまいましたわね。ミレア、一緒に食堂へ行きましょう!」


「ごめんね、私はこれから今取れたデータの解析があるから、今日は無理よ」


「もうっ!!」


 つれないミレアの返答に、レタリアは今日一番の大きな声を出すのだった。

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