第十四話 苦悩
大臣の心の中を一言で表わせば『困惑』たったそれだけだった。
なぜこんなにも帝国と関係を持っている者がいるのか、なぜここまでの人数がばれたのか、そしてこの情報を持ってきた彼は何者なのか。
大臣にとっては最後が一番の厄災だった。
どこの誰なのかすら分からない子供に、全ての計画を壊された。
脅しのためにいじめはしたが、ここまで派手な仕返しが来るとは大臣は想像してなかった。
「ヘルメー大臣。本日の話し合いは大変だったようで」
突如、ヘルメー大臣の後ろから男の声がする。
しかし、大臣はその声を聞きながらゆったりと椅子に座っている。
ゆったりと、と言ってもどちらかと言えばぐったりという言葉が合いそうな風貌だった。
仕事帰りで疲れ切って電車で寝ているサラリーマン。今はいるのか知らないが、そんな感じであった。
突然騎士団の投げつけてきた恐ろしい切れ味のナイフが、大臣の喉を掠っていった。
その事実は、大臣は大きく苦しめた。
「大変という一言で片付けられては困りますよ。誰ですか、あれを騎士団員として認めたのは」
「アナタです。昨日、今頃増えたところで変わりませんよ、と笑いながらおっしゃっておりました」
そう言われて、大臣は猛烈に昨日の自分を殴りたい衝動に駆られる。
もし過去に戻れるのなら、彼はあのときの自分を殴り殺しているだろう。それはもう見るも無惨な姿に。
しかし、そんな事は無理だろうという理性が働き、大臣に前を向けて現実を突きつけてくる。
そんな目を逸らしたい現実も、大臣の人生になるのだ。
「で、本当はどうする予定だったんですか」
男は、大臣に今後の本来の予定を聞いてくる。
大臣は愚痴程度には丁度良いか、と本来そうなるはずであった未来を話し出した。もうありえないだろう未来を話し出した。
「本来ならあそこで、騎士団が不安定化してるところに私が手を差し伸べて裏から支配する気だったんですよ。今この国には国民の気持ちを一つにしてくれるものがありません」
「そうですね。今の王族には民の求心力はありません。精々戦争が起きなければ、民は国に従う事は基本的にないでしょう」
今の国民たちが王国で暮らしているのは安全が保証されているからでも、自分たちに優しくしてくれるからでもない。
今まで暮らしていて、色々と物がそろっているからなのだ。
戦争が起これば逃げる者も少なくはないだろうが、今までの生活の壊されるのを恐れて戦ってくれるだろうが、あまり逃げる者が多くても困ると大臣は考えている。
そんな時に民を鼓舞してくれて、多くの民兵を徴兵するには民を集める象徴が必要だ。それを民に最も近い序列第二位の騎士に任せるつもりだった。
「その民の信じる者として立ち上がって貰う手はずだったのに……だったのに……どうしてこうなるんだ! なんだって、あんな頭のおかしい奇才があの騎士団にはいるんだよ!!!」
「知りませんよ、事実として受け入れるしかないでしょう。大変ですね、弟・王国で一二を争う武人・おまけに奇才の将来が末恐ろしい子供。彼女の周りには面白い人材が多いですね」
男は、冗談交じりにそう言った。
その言葉からは、大臣をバカにするような雰囲気を帯びていた。
大臣はその言葉に気分を害すことなく、大きくため息をついた。
その事実を認めて止めたくはないが、もうしょうがないだろうという諦めがこもったため息だ。
「本当に……彼は一体何者でしょう。ただの子供があんなになるとは思えません」
「そうですね。それなりに戦闘もできるようでした。あの腰に差していた武器が一体何なのか気になります」
大臣と男は、互いに子供の興味を持った部分について話し出す。
持っている物から性格、その体までが二人の好奇心をより一層が激しくする。
濁流の如く二人の言葉は止まることを知らず、ぶつかり合う。
そして、互いの満足がいくまで話し合ったところで、大臣が話を変えた。
「しかし、あの子供どこかで見た気がするんですよね」
「あのような平民の子供をですか? 大臣はそのような所に赴いてはいないと思うのですが」
大臣もその通りだと頭を悩ませていた。
平民の子供に会うような場所に入っていないが、あの雰囲気をどこかで浴びた気がしてしょうがないのだ。
空腹状態の時に目の前に美味しそうな食事を置かれたかのように、うずうずが止まらず、首の所まで猛烈なまでの衝動が出かかっているのだ。
「今考えてもしょうがないのでは? 別の事を考えている内に思い出しますよ」
男は、窓辺に近づき外を見ながらそう言った。
確かにそうだろうと、大臣はその意見に賛同し別の事を考えることにした。
「そうだな、考えるべき問題は他にもある」
「そうですよ。で、貴族の襲撃はどうするんですか。襲う貴族に、連れていく証人、他にもその貴族の統治は誰が行うのかとか」
男は外の見ながら右の指を折っていく、ゆっくりと問題を提示しながら。
最終的にそれは左手にも及んだが、大臣はそれに対して大丈夫ですよ、と返答する。
「それならもう考えました。襲う貴族も既に頭に数人の候補が上がっています。あとは彼らの資料を見て、誰が一番利益になるか考えるだけですよ」
「はは、さすが大臣ですね」
予想はしていた、大臣ならそのぐらいもう考えていそうだと、しかし本当に考えていて、かつもう終わっていると聞かされると男は驚愕を禁じ得なかった。
自分が思っている以上に、大臣は怒っているのだと男は感じる。
自分の思うとおりに動かなかった未来はしょうがないと割り切っているが、しかしそれでも、訳の分からない子供の良いようにされたのは彼の誇りを傷つけたのだろうと男は身勝手ながら予想した。
「とりあえず、貴族の資料を持ってきてもらえますか。持ってくるのは─────」
大臣は、矢継ぎ早に貴族の名前を挙げていく。
一瞬の揺らぎもなく、次々に彼の口から名前が出てきた。
「かしこまりました。すぐに」
返事をしてすぐに、男の気配は背後から消える。
そして、大臣は再び大きなため息をついた。それは疲れを少しでも紛らわせようとする苦し紛れのため息だ。
「うーむ、あの少年やはりどこかで……」
大臣の小さな一言は、部屋の片隅へと消えていく。
それはまるで、河口で川という存在が消えるかのように自然と─────。
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