第四話 お母様は偉大なり
[私はね、人の心が読めるのよ]
「なッ」
その発言に、俺は言葉を失う。
心が読めるだって?
じゃあ、今の考えも分かっているのか!
そんな力が、こんな蝶にあって良いのだろうか。
強すぎる気が……。
[そんな事無いわよ]
蝶は、俺の考えを否定する。
どんどん話すが、いいのか?いや、俺は別にその方がありがたい。
[聞きたくのない声が、無限に聞こえる。嫌な事この上ないわ]
蝶の表情は理解できないが、この声からはひどい悲しみが感じられた。
そういえば、アイツも同じ事を言っていた。
聞きたくない事なんてたくさん聞いた、ほんと嫌になるって。
[アイツ?]
「あ!いや。何でも無いよ」
[そう、ならいいわ。せいぜい私の機嫌を損ねない事ね。オンオフを切り替えられるから、安心してね。]
蝶は、そう言って詮索をやめ、向こうを向いてしまった。
彼女なりの優しさの表れかもしれない。
きっとそうだろう。
ここでふざけるような性格ではない。
その後、俺は最近できていなかった素振りを行った。やはり。木剣はずっしりと重かった。
虫取りはもう終わったので、明日からは安定してできるだろう。しっかりと剣術も鍛えなくてはいけないからな。
俺から血を抜くことはできないのだから。
一通り木剣振って部屋に戻ると、蝶は羽を揺らしながら寝ていた。
こうやって見ると、何の変哲のない虫にしか見えないのだが、銀の装飾がキラキラと光り、それを否定する。どう見ても虫ではないな。
見た目と言い、謎の力と言い。
彼女は──普通ではない。
見ていて、少し心が落ち着く。まるで、旧友に会ったような気持ちだ。
俺は、蝶を見て癒やされつつ、眠りにつくのだった。
☆☆☆
「で、なんでこうなるんだ?」
俺は、鳥かごの中で小さくなっている(ように見える)蝶を問いただす。
この事件に関しては、はっきりとした方が良いだろう。
その方が、みんないいだろう。
俺も、コイツも、母さんも。というか、実はこれの一番の被害者は母さんの可能性もある。
[だ、だって。こうなるとは思って無くて]
蝶は、申し訳なさそうな声でそう言った。
どうやら、このことに関して反省はしているようだ。演技だという可能性は今回の場合頭の中から消しておく。
蝶の色鮮やかさが少し落ちた気がする。
感情の変化によって変わるのだろうか。
[そうよ!申し訳ないと思っているから許しなさい!]
前言撤回だ。
どうやら、このことに関して全く反省していないようだ。せっかく演技の可能性について根回ししておいたのに。
演技ではなく、素でこの反応らしい。
ん?そっちの方が問題なのでは!?
[どうしてよ!どうしてこうなったの!]
そうだな、話が長くなってきたので整理しようか。
そう、それは大体30分ぐらい前(だった気がする)。
☆☆☆
チュンチュンという小鳥のさえずりで、俺は目を覚ます。
朝は弱くなかったのだが、最近の生活のせいで目覚めの時間がだんだんと遅くなっているのが気がかりだったりする。
あまり良い事じゃないので、直さなくては。
なんてことを思いながら、俺はベッドから起き上がる。
俺の寝起きは良い方だ。冬の場合は別だ。あの季節は俺の永遠の敵である。
しかし、カーテンが閉まっていて部屋の中がよく見えないが、なんだか違和感を覚える。
何だろう?木の香りだろうか?
最近は部屋の掃除もしていないので、違和感なんて覚える事なんて無いと思うのだが。
前世の石壁の部屋ではないからだろうか?
朝日を入れるため、俺はカーテンを開ける。
そして、部屋の中の光景に俺は絶句する。
「なんじゃこりゃゃゃゃ!!!!」
部屋のそこら中に大きな刃物で切りつけたような痕があり、家具などがボロボロになっている。
高くはないが決して安いものではない鏡も粉々に割れていた。あれ結構探すの大変だったのに……。
「だ、誰が……」
強盗でも入ったのだろうか?だとしたら、母さんは─────
母さんを探しに部屋から出ようとすると、俺は鳥かごの中にいる蝶が目にとまる。
こいつも部屋にいたんだ、何か知っていても良いんじゃないか。
「おい、この部屋どうしてこんなになったんだ?」
ビクッと、蝶が動く。
何か知っているなら教えてほしいのだが。ここまでの状況だ、少しぐらいの異変にもコイツも気づいていてもおか──
ん?
返事がない。
昨日なら、心を読んで返事をするのに。今は、オフ状態なのだろうか?
いや、今の俺は口頭で聞いている。
例えオフの状態でも関係ないよな。
「おい、どうして黙るんだよ」
そういえば、強盗が入ったのならどうして俺は無事なんだ?
普通寝ている奴なんて、殺すか縛っておくだろう。
それにしても、なんでこいつはしゃべらないんだ?
起きているはずだろ。
「なあ、なんか言えよ」
俺は、鳥かごを持ち上げ蝶と目を合わせる。
蝶の目には、恐怖のようなものが感じられた。そんなに、恐ろしい強盗──!!!
鳥かごを見て、俺はなんとなくこの事件の犯人に見当が付いた。
「なあ、どうしてこうなったんだ?」
[こ、これは……その……]
どうやら当たりのようだ。
前世で教育係をやっていたときにも、こんな感じの奴がいた。
問いただされて黙ってしまうタイプの奴だ。
「で、なんでこうなるんだ?」
☆☆☆
このような感じで、話は先ほどの状況になった。
長く時間が経っていると思っていたが、そこまで経っていなかったな。精々数分だ。
「まあ、どうしてこうなったかだけ教えてくれ」
こいつから、事の経緯を聞くだけで勘弁してやるか。
このまま脅し続けたら、なにも言わなくなってしまいそうだ。
[わ、私が気持ちよく寝ていたところにね、奴が来たのよ]
奴とは、誰の事だろうか?
母さんでも部屋に入ってきたのか?
しかし、母さんは勝手に部屋に入ってくるほど野暮な人ではない。
[奴が、あの蜘蛛が!!!]
いや、そんなに感嘆符つけられても。
田舎なんだから、蜘蛛の一匹や二匹いても良いと思うんだが。
[嫌よ!気持ち悪い。あんなのが体を這ってみなさい。私は、この家ごと消えるわ]
「ふざけんな」
どれだけ嫌いなんだよ。
森で生活してた割に虫への耐性がなさ過ぎる。
てか、お前自体虫だし。
[虫は平気なのよ。ただ、蜘蛛みたいな見た目の奴が無理なだけ]
蜘蛛だけの耐性がないのか。
「虫のくせに(ボソッ)」
[あ?]
「なんでもないっす」
しかし、どうしようか。
この部屋をどうやって母さんに説明しよう。まあ、隠し通せばいいのだが、多分あっという間にばれるだろ。
[ごめんなさいっていえば良いのよ]
「お前がやったんだよ!」
何で俺が、こいつの尻拭いをしなくちゃいけないんだか。
ほんとに面倒しか持ってこない。
「いいだろう。この罪は俺が代わりに背負ってやるよ。その代わり」
[その代わりなによ。私に変な事させる気!]
なに言ってんだ、こいつ。
自意識過剰もほどほどにしてほしい。
「貸し一つだ。いつか返して貰うからな」
こいつに貸しを作っておいて、悪い事はないだろう。
なんなら、これである程度雑に扱っても許される。
[貸し?面白いわね。この私に貸しを作らせるなんて]
この圧倒的自信をいつかへし折ってやる日を夢見て、俺は部屋を出た。
その顔は、とても清々しかった。
☆☆☆
「ぐッ……ひッぐ……」
[ねえ、そろそろ泣き止んでよ。なんだか凄く申し訳なくなってくるからさ]
結果から言うとすごく怒られた。
それはもう、オーラだけで人を殺しそうなものを放っていた。母子の関係の恐ろしさを感じた。優しさを感じなかったよ!!!
それで泣いているのだが、子供ならまだしも大の大人(今は見た目は子供だが)だ。
そんな大人が泣いているという事実に、さらに悲しくなってきてさらに泣きやめずにいる。
おまけに、こいつに心配されるという。
命の危機を感じるほどのオーラとは、かなり怒らせてしまったらしい。
二度とこのような事が起きない事を祈ろう。
「申し訳ない、もう大丈夫だ」
蝶にお礼を言い、俺は立ち上がる。
お礼って、言ってから思ったがコイツのせいでこうなっているのでは?お礼ではなく、俺はコイツを叱咤するべきではないのか。
[ほんとに申し訳ないと思っているわ。でも、机の下に隠れて泣くのはやめて、みっともないわ]
「おい!言わなきゃ読者には分からなかっただろ!なんで言うんだよ!」
[ハッ!いいざまね]
こいつはほんとに申し訳ないと思ってるのだろうか?
実際の所、微塵も思っていないのではなかろうか。
「はあ、まあいいや。とりあえず今日は、ナールの所までお前を見せに行くから」
[あの、もう一人の子供の事?]
「ああ、そうだ」
どうやら、ナールの事は覚えているようだ。
あんな大暴れしていた中でも、周囲の事は見ていたようだ。
「俺は、朝食を食べてくるから。じゃあな」
俺は、さっさと部屋を出ようとする。
[ちょっと待ちなさいよ。私のご飯は?]
そう言って、俺を引き留める。
少しぐらい我慢してもらいたいのだが、こいつじゃ無理か。
「家を出るときに野菜を詰めてやるから、それまで待っててくれ」
[えっ、そんなにがま───ちょっと!まちな─────]
こいつに付き合う気はないので、話の途中で部屋を出る。
ついさっき怒らせたばかりの人とご飯なんて、なにも喉を通らないと思うがしょうがない。
下に降りた俺を待っていたのは、殺気を放った母さん───ではなく、いつも通りの母さんだった。
先ほどの事をそこまで気にしていない───なんてことは無いので、冷静になっているだけだろう。
俺は、母さんの前の席に座り、朝食を食べ始める。
今すぐ食べ終わって、ナールの家に向かいたい衝動を抑え、スープを飲む。
ああ、美味しい。
いつもと変わらず、とても美味し─────
「アイン」
!!!
きた。来てしまった。
二度目のお叱りだ。
「な、何でしょうか。お母様」
緊張で言葉が勝手にかしこまってしまう。
「お、お母様!?アイン、そんなに怒ってないから!大丈夫だから、変な呼び方しないで!」
ピリついた雰囲気が、一気にいつも通りのほんわかした雰囲気になる。
そんなに、おかしかっただろうか。
「もう、アインのせいでなんだかどうでも良くなってきたわ」
俺的には、そのままどうでも良くなってほしいのだが。
母さんは、手でパタパタと顔を扇ぎながらそう言った。
暖かいはずのスープがとても冷めているように感じられる。
今だの先ほどのオーラのせいか感覚が戻っていない。
「とりあえず、しばらくはあの部屋で暮らしてね。そのうち修理を頼むから」
「うん、分かった。それと母さん」
ナールの所に行く事を今のうちに話しておこう。
報告は、早いほうが良いからな。
「今日、この後ナールの家に行ってくるよ。昼には、帰ってくるから」
「分かったわ。道中には気を付けてね」
「うん。大丈夫だよ」
俺はどっかの誰かのように、暴れたりしないからな。
自信を持って良い子だと言えよう。
「はぁ」
えっ、何のため息ですか、お母様!!!
その後、朝食を食べ終わった俺は蝶を連れてナールの家に向かう。
途中で形の悪い野菜を頂戴し、鳥かごに入れる。あまりこの畑からの食料調達も長くできないので次の策を考えなくては。
野菜はあいかわらず不評だが、野菜を黙々と食べる蝶を連れて俺は、ナールの家へと急いで向かうのだった。
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