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第五話 残した傷跡

 ゼンの心情把握の位置情報を手がかりに、俺たちは森の中を駆ける。

 ナールとの接触を止められないにしても、ナールなら少しぐらいの時間稼ぎはずだ。


 それに致命傷を食らってない限り、ゼンの治癒能力で治してもらえる。

 なので、俺たちが間に合うまでナールが時間稼ぎをできていればそれで充分だ。


 しかし、ナールに稼いでもらう時間の長さが問題だ。

 ナールはかなり遠くにいるのだが、熊は恐ろしい速さでナールに近づいており、おそらくだがもうナールの所にいてもおかしくない。


 と言うか、ゼンが言うにはもうすぐ着くようだ。

 今から時間を稼いでもらうとしたら、最低でも5分はあの凶暴な熊と戦ってもらわなくてはならない。


 それが問題だ。ナールの力で5分も熊から時間を稼げるだろうか。

 ナールはダルクとは違う。戦闘経験も無ければ、まず丸腰だ。全て回避しなくてはいけない。


 おそらく、というか確実にそれは無理だ。

これに関しては、奇跡がなんていう問題ではなく、間違いなくそうなる現実だ。


 逃れることができない。

 俺が常に頭のなかで、それを意識して動かなくてはいけない。


 そう頭の中で思案している俺に、ゼンから新たな報告がされる。


「熊がナールと接触したわ!ここからはもう、運に頼むしかないわね!!」


 ゼンが、少しやけくそ気味にそう言う。

 ゼン自身、この状況のやばさには気づいているだろう。それは、俺の焦る具合からではなく、熊の凶暴さからだ。


 ゼンの戦闘能力は直接的な表現は少ないかもしてないが、人を軽く凌駕している。

 まあ、全力で戦ってないにしても自分の少しでも負けそうになったという事実を他人の押しつけるのではなく、敵の強さとして──己の弱さとして認識しているから。


 彼女は、焦りを見せているのだ。


 自分の内面を表に出しているのだ。


「ここから何分かかる!?」


「死ぬ気で全力を使えば3分……でも……」


「でも、なんだ?」


 何かいい解決策のようなものでもあるのだろうか。

 この状況をどうにかできる術が。


「私がアンタをまほ──んっ、不思議な力でいけば30───いや、10でいけるわ」


 不思議な力……?

 それこそ運のようなものじゃあないか。そんなモノに頼れと言っているのか。


「そうよね。ごめんなさい、いくらなんでもふざけ──────」


「面白い!いいだろう、やってくれ!」


 ゼンが何か言おうとしていたが、俺はそれを遮ってそう言う。


「やらないんじゃないの?」


「なんのことだ。確かに運なんてモノは信じないが、ゼンがやるならそれは偶然ではなく、必然として起こるだろう。そうだろ?」


 俺は、ゼンの顔を見て少し笑みを浮かべながらそう返す。

 ゼンが言うのなら、どんな奇跡的な事でも成功すると俺は思っている。


「そうね。じゃあ、準備するからそこに立って」


 俺は、ゼンの指を指したあたりに立ち、またもや不思議な呪文を聞く。

 治癒能力の時も聞いたが、俺には何を言っているのか理解することはできない。わざわざ、理解しようとも思わないがな。


 静かにその呪文を聞いて、ゼンはおもむろに俺の両足を掴む。

 なぜか、俺は両足を掴まれる。


「ゼンさん、何をするおつもりで?」


 心の底から不思議に思って(不安に思ったと言っても過言ではない)素直に聞く。

 この次の行動が、全く予想できない。


「何って、投げるのよ」


「な、何を?」


「アンタを」


「俺を!?」


「そう、俺を」


 突然、俺はゼンから死刑宣告のようなものをされる。

 ゼンにぶん投げられるって!死んじゃうよ!ナールの所に行く前に、ベチュって!地面にベチュって!!


「気持ちの悪い擬音使わないでもらえる?本当にそうなるわよ」


「なっちゃうの!?」


 シリアスな雰囲気が台無しだが、いくら何でもナールを助ける事もできずに死ぬわけにはいかない。

 多少のおふざけのようは雰囲気を許してくれ。


「嘘よ。ほら行くわよ」


「えっ、ちょっ」


 俺が、ゼンに静止をお願いする前に。ゼンは、俺の事を持ち上げて自分を軸にして回り始める。

 イメージとしては、コマでも想像してもらえれば結構だ。


 ゼンが、真ん中に伸びているあの軸だ。

 そして、俺がコマの軸の周りについている出っ張りだ(正式な名称は存じ上げない)。


 ゼンの圧倒的なパワーによる回転で、俺はぐるぐると体を振り回される。

 ほとんど同じモノだとすると、ジャイアントスイングの方がイメージしやすいかもしれない。


 そして、俺はそのまま2回・3回と回転して、


「行くわよ!」


「あ─────」


「しゃべらないでね、舌かむから」


 止めようとするが、ゼンにそう注意されて黙ってしまう。

 本当に止めたいならしゃべってみせろや、と思うかもしれないが舌を噛んだら場合によっては、死んでしまう。なので、黙ってしまう俺をゼンは理解しているはずなのに、無慈悲に言葉を投げかけてくる。


「ほんとに行くわよ!せーのッッ!!」


 そう言って、ゼンは遠心力を全力で使って俺をぶん投げる。

 俺は、抵抗もできずにそうあることが自然かのよう飛ばされる。


 ゼンが、投げたので向きは合っているはずだが、もし合っていなかったら、俺はぶん投げられただけになる。

 そのときは、俺は無事森で迷子だ。最悪だね。


 そんな事を思いながら、俺はとっさに閉じていた目を開く。

 俺の目の前には、青空や優雅に飛ぶ鳥でも、ましてや純白に輝く雲でも無い──木々が飛び込んできた。


「えっ、低くない?」


 俺は、思った事が口にでる。

 こればかりはしょうが無いだろう。だって、本当に俺の高度はありえないほど低いところを飛んでいて、地面すれすれと言っても過言ではないからだ。


 アイツ、もしや失敗したのか。

 そんな考えが、俺の脳裏をよぎる。俺は、やっぱりゼンなんて信用するべきじゃなかったのかと、ゼンに対する信頼的なそれがすべて壊れているように感じる。


 そうして俺は無事、地面にぶつかる。

 死んだと確信する。あんな速度で地面にぶつかって生き残れるわけがない。


 ああ、最悪な人生だった。

 俺は、またもやみんなを助けることができずに死んでしまうのか……。


 …………。


 おふざけはこれ位だ。

 地面に着地した俺は、ゆっくりと体を起こし周囲を探る。


 というは、わざわざ探らなくとも分かっている。

 ひしひしと、視線を感じるからな。


 俺は今、ナールと熊の間に着地したのだ。

 右手にはナールが、左手には俺に対して唸っている熊が。


 ナールは気を失っているようだが、目立った出血はない。

 失血死をする可能性は限りなく低いが、内蔵の方に異常があるかもしれない。


「それにしても……楽しんでくれたみたいじゃないか」


「グルルルルゥ」


「お支払いはその命で──────」


 隙は与えない。僅かな呼吸をする間すら不要だ。

 対価を支払うのに、なぜ相手に猶予を与える意味がある。


 今までの何倍も強く、速く、全力で。

 俺は間合いを詰める。


 ゼンに治療された傷口が開いた。

 激しい痛みが俺を襲うが、それすら打ち消せるほどに俺は怒り浸透している。


 瞬きをしたときには、もう熊の目の前にいる。

 そして、次の瞬きをする前に俺は抜刀して、切り裂く。


 隙も無く、油断もなく、余裕もない斬撃を熊に食らわせる。

 止まることのない斬撃に熊は、防御の姿勢を取ることすらできない。手を上げようとするならば手を斬り、顔を動かそうとすれば顔を斬る。


 熊の体を動かす権利を与えない。

 幾千もの刃が熊の肉体に切り裂き、血を流させる。熊の鮮血がバラのように咲き誇る。


 熊の体はもちろんだが、俺の体も悲鳴を上げている。

 無理に動かして体のあちこちが痛み、血が溢れている


 無理な手首の方向転回、まだ重さの残る刃を振り上げる、視界にある情報を一瞬で読み取り理解する。

 今の体からしたら、どれもかなりの負担となる行為だ。俺の体は、前世のような鍛えられたものはない。


 どちらかと言えば、知識ばかり入った肉塊でしかない。

 そんな俺の行動は、すべてそれこそ奇跡のようなものだろう。


 だが、俺はどこまでも信じない。そんなものは信じない。

 だから、今からやることは全て俺の───過去の俺のやったことの賜だ。


「柊流───一破秘剣いっぱひっけん!!!」


 右半身を回しながら後ろ引き、突きの構えを取る。


 それを隙と思った熊が、口を大きく開けうなり声を上げながら反撃に出ようとする。

 ただ、俺の準備が終わった状態では、それはいらない行動だったな。後ろに引いた方が、俺の攻撃が決まらず本当の隙ができただろう。


 まあ、反撃に出ると思って俺は技を使ったのだがな。


「グオオオォォォォォォォォォ!!!!」


「ハアァァァァァァァァ!!!!」


 俺は、理由は分からないが変形している鼻ではなく、大きく開けられている口に向けて刃を通す。

 派手な爆発音も激しい興奮もないが、静かにグシャという音とカタナが戻されるような気持ちの悪い感覚を覚える。


 あまり首に剣を刺すような経験はないので、すごく気持ち悪く感じる。

 しかし、熊はまだ死んでいない。俺は、トドメと言わんばかりに刺したカタナをそのまま振るう。


 小さくパキッと音がしたので、骨に当たったかも知れない。

 が、熊の全身からは確実に死ねる量の血が流れ落ちている。いくらこの熊が常軌を逸していたと言っても、さすがにこの量は死ぬだろう。


 案の定、熊は弱々しく声を上げてからバタリと横に倒れる。

 死ぬ最後まで熊の目は血走っており、どこか自我のようなものを感じることができなかった。


 まるで木偶の坊のようだ。

 はっきり言ってしまえば、存在自体が気持ち悪い。


 先ほどの喉にカタナを刺した感覚とは違い、肌をなめられるような気持ち悪さを、俺は感じ取る。


 そんな事思っていた俺の所にゼンがやってきた。

 もう少し時間がかかると思っていたが、案外速く着いたようだ。


 ちなみに解説しておくと、ゼンの最高速度は俺のよりも速いのであの5分は俺の速度に合わせたときの時間だ。

 なので、ゼン一人で動いたのでもっと速く着いているのだ。


 それでも想像していたよりも速かったがな。


「終わったの?速かったわね」


「ああ。それより、ナールの方を見てくれ。容体は分からないが、さっさと治してやってくれ」


 俺は、熊の確認ではなくナールの方はゼンにお願いする。

 出血の量を見ている感じ死ぬほどの量ではなさそうだが、痛々しい親友の姿を見てあまりいい気はしない。


「ふーん。このぐらいの怪我なら数秒くれればいいわ」


 そう言ってゼンは、先ほどと同じように高速で呪文を言い、ナールに手をかざす。

 ナールは、白く暖かい光を全身に帯び始める。そして、全身の血が蒸発していき、傷が塞がっていく。


 されているときは何も感じなかったが、端から見るとなんだか変な感じだな。

 すごい速さで人の傷が塞がっているのを見るのは、少し──と言うかなり違和感を覚える。


「じゃあ、戻るか。ここに居てもあれだしな」


「そうね。でも、この熊どうするの?こんなのどうやって処理するのよ?」


 ナールの治療を終えたゼンが俺に聞いてくる。

 見た感じ外傷は取り除けたようだ。


 熊の処理方法についてだが、個人的には放置でいいと思う。

 どうせ、この森にはまだ肉食はいるだろうし、その辺の動物たちが処理してくれるだろう。


 それに、ナールも目を覚まさないので、ナールを連れていかなければいけない。


「簡単にまとめて」


「めんどくさい」


「よろしい」


 簡単にまとめるとその通りなので、俺は包み隠さず打ち明ける。

 めんどくさい、今から熊の処理とかしたくない。ベッドに倒れ込みたい。


 そんな自己中的な考えの元、今の俺はここに立っている。

 しょうがないよね、戦って疲れたもん。


「だから、ナールの方はよろしく頼んだ」


「うーん。なぜナールの世話を私がすることになったのか気になるけど、今回は承諾してあげる」


「おう、任せた」


 そう言葉にすると、ゼンはナールを背負って歩き始める。

 その歩きは俺に合わせる気は全くなく、あくまで自分のペースでの帰宅のようだ。


 どんどんとゼンは、森の中を進んでいく。

 いや、戻っていくと言うべきだろうか。


 そんな事を考えている俺は、先を歩くゼンの背中を見ながら、ゆっくりとむち打った体と共に歩き始める。

 足取りは気持ち的なものではなく、身体的なもののせいで重い。


 重い足とカタナを持って、俺はまた血に濡れて家に帰るのだ。

 俺の帰宅は、これからも血に濡れている方が多い。そんな気がする一日──いや、半日だった。



               ☆☆☆



 馬に揺られながら、彼女は団員と共に道を駆ける。

 その馬たちの出す重低音に、多くの人々が驚き、動物のほとんどは驚愕のあまりその場から逃げ出してしまう。


 その光景を彼女らは、顔色一つ変えずに無視して進む。

 周囲への影響を全く考えていない前進──進軍とも言えよう。


「団長、そろそろ目的地のクリークです」


 一人の男が団長と言いながら彼女の元にやってくる。

 今回彼女たちがここに出向いた理由は、王から直々にいただいた命令である『クリークの近郊にて発見された盗賊団の残骸の調査』のためなのだ。


 名前だけ聞いたら後始末のような名称だが、この国で1・2を争う盗賊団がクリークで壊滅した可能性があるのだ。

 なので、最近仕事が少なくなっていた団員たち、それに彼女自身もかなりやる気になっている。


 この気持ちが馬に伝わっているのか、馬がいつもより速く走っているようにすら感じられている


「了解した。聞いたか!もうまもなく到着だ!準備しておけ!」


「「イエッサー!!」」


「私は女だ!」


 彼女は、頭を抱えながら団員たちの返事のそう怒る。

 この団の一種のお決まりのネタのようなものだ。彼女自身。このおふざけにはあまりいい気はしないがなんだか最近はどうでも良くなっている。


「ご子息の監督の方は任せたぞ」


「はい。かしこまりました」


 目的地について報告しに来た副団長はそう返事をして、彼女のそばから離れていく。

 伯爵家のご子息が、今回の作戦では社会見学のようなもので付いてきている。彼に傷があってはいけないので副団長を付けて対応している。


 戦闘の予定はないので、今回はあまり無理のない範囲でご子息を行動させてあげようと、彼女は思っている。

 戦闘がある場合は基本後方に居てもらうが、非戦闘の作戦ならある程度の経験もさせていいと彼女は考えているのだ。


 なので、今回は伯爵の方からもそれなりにお礼を弾んでもらおうと、画策する。

 資金源の貴族にあまり好かれていないので団の資金は常にそこを尽き続けている。それを今回のご子息の同行で少しでも軽くしたい。


 そんな事を考えていると、報告通り視界に大きな城壁が目に入ってきた。

 彼女は、馬の速度をさらに速めてクリークへと向かう。


 しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に今回の作戦は世界を───1人の男をさらに混沌へと落とす序章を飾るのだった。


 ここまで見ていただきありがとうございました。

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 もちろん、感想等も送っていただければ自分が大変喜びます!!


 それではまた次のお話で会いましょう。

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