第十七話 その戦場には血が残る
俺が、合図を出すと同時に、俺の後ろから一つ気配が消える。
それは、ダルクの気配だ。
ダルクは、気配を消しただけではなく、その場から完全に消え去っていた。
そこには、ダルクがいた事を表わす足跡だけ残っていた。
「えっ、消えた!?」
それを見て、ゼンは驚愕する。
ゼンには、ダルクが消えたて見えたようだ。
「ゼン。俺たちも動き出すぞ」
しかし、そんなゼンを無視して俺は駆け出す。
ここから裏まで回るのに時間をかけるわけにはいかない。すぐに行動にしてダルクの戦闘とともに侵入できるようにしたい。
「ちょ、ちょっと!ダルクはいいの!?」
「大丈夫だから、早く行くぞ!」
「わ、分かったわよ」
ゼンは、よく分かっていないようだったが、作戦の遂行の方が大切だと思ったようで、俺に付いてくる。
よく見たら分かるんだが、ダルクは作戦開始の同時に走り出しただけである。何か、トリックがあるわけではない。
純粋に、ダルクの脚力が見せた芸当だ。
「アイツって、ほんとに強い奴だったの?」
「最初から、そう言ってるだろ。俺を信じろよ」
「え、アンタを信じるわけないじゃない。」
当たり前かのように人の心をえぐるような言葉を言ってくるんだから、コイツは恐ろしい。
楽しそうに話して、彼女が幸福を感じるように努力してるのにこの言いぐさだ。
「俺は悲しいよ」
「そう?私は嬉しいけど!」
少しだけだが彼女の返事に喜びが混ざっていたように感じた。
俺をいじめて楽しがってないか、コイツ。
そんなやりとりをしてから、俺たちは敵の拠点の裏側へに向かう。
今後の作戦の進行速度は、ダルクにかかっているだろう。
彼が、約束通り要望以上の成果を上げてくれる事を祈ろう。
まあ、彼なら簡単に上げてくるだろうがな。
しかし、ゼンからの質問。
ゼンがどれぐらいの覚悟を持って質問してきたのか俺には理解できていなかった。
自分について他人に聞く、これほどまでに不安を煽る質問はないだろう。
☆☆☆
森の中を、雷を思わせるような速度で走る人影が一つ。
ここが森である事を、見ていて忘れてしまうような軽やかな動きでダルクは、進む。
器用に森の中を走りながら、ダルクはカチューシャをつける。
その真っ赤なカチューシャがダルクの視界を遮っていて前髪を消し去る。
「ハハッ!」
ダルクは、目の前が鮮明見えるのを実感する。
それはただカチューシャによって視界が確保されただけとも考えられるし、この姿になったことによって気持ちに変化が生じたようにも見えた。
ダルクの向かう目標地点は、明るく照らされているのでよく見えるし、迷いもしない。
これ程までに簡単で、興奮する作戦はダルクにとって初めてだった。
いつもは頭で考えると難しい作戦しか言われないので、これほど単純で、これほど分かりやすい指示はとてもありがたかった。
それに、同じ事を言うようだが興奮した。体の奥底から興奮を感じられたのだ。
相手は、ダルクが虫けら同然に考えている存在。
血を浴びる事ができれば十分だろうと、ダルクは考えていた。
そして、木々の間を抜けて、盗賊団の拠点のよく見えるところに立つ。
「俺の名前は、ダルク・オーグ!お前らを倒しに来た!」
ダルクは、大きく声を上げて、注目を集める。
その声量に、見張りは耳を押さえ、周囲の鳥たちは飛び去っていく。
「て、敵襲!」
大声で近くにいた盗賊の一人が、耳を押さえながら敵襲を伝える。
その声を聞いた他の盗賊が、わらわらと集まってくる。
ゆっくりと盗賊に近づくダルクは、あっという間に彼らに包囲されてしまった。
否、包囲をしてもらえるように振る舞った。
「街の兵士か。殺してしまえ!」
この中で一番偉いと思われる男が、ダルクの殺害を他の九人に命じる。
ダルクから少し目を離し、男は部下へと目を向ける。
そして、次の瞬間──
「──────ッ!!!」
そこには頭だけ無い人型の何かが立っていた。
赤い液体を噴出しながら、先ほどまで部下が着ていた服と、同じ物を着ている奇妙なものがそこにはいた。
男は、一瞬思考を停止する。
いや、この場合停止してしまったという方が、正しいだろう。
あまりの情報過多に、男の頭は考えるのをやめてしまった。
目の前で、何が起こっているのか男は少ししてから理解する。
ダルクは、槍に刺さった九つの頭部を丁寧に並べている最中だった。
その顔は、とても楽しそうであった。まさに、おもちゃで遊ぶ子供のような笑みを浮かべていた。
ケタケタと笑いながら、頭部を並べる姿に男は恐怖する。
異常、そうとしか形容できないものが男の視界の前には広がっていた。
「遅いんだよ。そんな動き。もっと速く動いてくれよ」
顔はうれしそうだが、その声にはそんな感情は籠もっていなかった。
心底つまらなさそうに、ダルクは男に向かってそう発言する。
男は、出来事に驚愕して、腰を抜かしてしまう。
何が起こっているのか、理解はしているが男には、ここで何をするのが正しいのか分からなかった。
自分の次すべき行動が、何も浮かんでこなかった。
この場で男がすべき行動、果たして何があるだろうか。
あるなら教えてほしい、俺は指示通りに働くだけだ、と男は心の中で思う。が、思ったところで何も起きないし、起きるわけがない。
「なんだよ。つまらないな」
ダルクは、それだけ言って男の目の前まで一瞬にして距離を詰める。
その動きを、男は捕らえる事ができない。
「い、いやだ。お願いだ。殺さ──」
ダルクは、男の命乞いを無視して、首に槍を刺す。
それは、深々と男の首に刺さり貫通する。
「コッ──コヒュー」
空気が抜けるような音がして、男が倒れる。
バタンッと、水風船が割れたような音を立てながら倒れた。
「ふん、誰か居ないのか?」
「ここに居るぞ」
ダルクの声かけに、誰かが答える。
その声は、低く男である事が容易に予想できた。
ダルクの後ろから、冷めたような声で返事をする。
「お前は、誰だ?名前を教えてくれるかな?」
ダルクは、少しふざけながら振り返る。
すると、答えの代わりと言わんばかりの斬撃が贈られる。
それをダルクは、ひょいと避ける。
最小限の動きかつ、いつでも反撃できる態勢をとる。
ダルクの背後に立っている男に、期待を抱く。
コイツなら、良い戦いができると、男を目視する前にダルクはそう確信する。
「俺の名前は、ウォークライ・ダルマンだ」
後ろからの斬撃が避けられてことに、少し残念がりながらウォークライはダルクの質問に、言葉で答える。
完全に殺す攻撃を避けられたとこに、ウォークライは驚愕と落胆の感情を抱いていた。
「良い斬撃だな。褒めてやろう!」
そんなウォークライに、ダルクは変わらず小馬鹿にするような態度をとる。
ウォークライのイライラが確実にたまっているのを、ダルクは分かっている。しかし、反応が面白くて小馬鹿にしてしまう。
「調子に乗りすぎだぞ、おっさん」
「そうかな、俺は楽しいぜ。それにおっさんと言う単語は、それほどまでに経験があるということだ」
ウォークライの眉が、ピクピクと動く。
苛立っているのが、見て取れる。
もう少し遊んでやるか、とダルクは心の中でウォークライをおもちゃにすることを決める。
しかし、そんなダルクの決定とは裏腹に、ウォークライは戦闘態勢をとる。
ダルクとは、話していても埒があかないと思ったのだ。
「お話は終わりか、つまらないなあ」
そう言って、ダルクは槍を構える。
槍を低く構え、攻撃のタイミングを探る。
そこからは、ピリついた空気が流れる。
互いに一瞬の隙を探して、集中状態に入る。
隙を見つける間に、何人ものウォークライの部下が来た。
しかし、彼らは場の圧に押されてその場を静かに見守ることしかできなかった。
数分の時が流れる。その間に木々がサワサワと揺れ、鳥が飛んでいった。部下の一人の視線がそちらに動いた。
そして、そのときは訪れる。
ダルク槍先が、ほんの少し下がる。
それは、肉眼でも認識できるか怪しいほどの動きだった。
ダルクの我慢強さの無さからきた、わずかな動きだった。この一瞬の油断を狙った戦いにダルクは飽きを感じていた。なので、周囲の環境の微細な変化が僅かな筋肉の緩みに繋がった。
しかし、ウォークライはそれを見逃さなかった。
一瞬にして、ウォークライとダルクの間合いが詰まる。
ウォークライが、横薙ぎに払う。
ダルクは、それを上半身だけ器用反らせて避ける。
その体制から、ダルクは体を起こすのではなく、そのままの勢いで後ろに回転する。
手を使わない、己の運動能力による空中回転だ。
回りながら槍を振り上げる。しかし、それはウォークライの装備した革鎧を掠るだけで、攻撃としては不十分に終わってしまった。
互いの初撃は、特に相手を特に傷つけること無く終わる。
しかし、ダルクはウォークライの先制攻撃によって火が付く。それは、もう、太陽の如く燦々と燃えさかる。
「いいねえ!そう来なくっちゃ!!!!」
ダルクは、開けた間合いを即座に詰める。
その動きには、相手を潰すことしか考えられていない単純な動きだった。
ウォークライは、その動きに少し呆れてしまう。
この男は、戦闘に向いていないと。しかし、それは認識違いだったことを身に染みて思い知らされる。
己の身体能力を過信しているから出る素人の間合いの詰め方だ。
しかし、ダルクには過信できる程の身体能力を持ち合わせていた。
ウォークライの目の前から、ダルクが消える。
一瞬にして目の前から消えたことに、ウォークライは驚く暇も与えられなかった。
「ちゃん敵は目で追わないと!兄ちゃんさあッ!」
その声がした。
そうウォークライが感じたときには、もうダルクはウォークライの懐に潜り込んでいた。
上に向かって、槍を突き上げるようにして攻撃してくる。
ウォークライはそれを避けようと上半身を後ろに曲げる。そして、ダルクがニヤリを笑った姿を目にして、ウォークライは後悔する。
しかし、彼が後悔する頃には全てが終わっていた。
ダルクの足が、ウォークライの足にかけられる。重心がずれたことによって、ウォークライは後ろに倒れてしまう。
倒れたウォークライを逃さないように、ダルクは上に馬乗りになる。
腰に隠してあったナイフで、四肢の布を止め、動けないようにする。
「腕は良いな。だが、剣を使うくせに剣術がなってない。どうやら師に恵まれなかったようだな」
ダルクは、ウォークライの目を見ながらそう言った。
彼との戦闘で、ダルクが感じたことを伝える。経験からくる瞬時の判断。しかし、判断しか頼れないからくる単純な失敗。
それが、ダルクが戦闘をしていて強く現れた。
避けるために行った回避は、生半可な力では速さが足りず敵からの攻撃を食らってしまう。ダルクは持ち前の筋力と、その後の槍での牽制で相手の攻撃の機会を奪っていたのだ。
ダルクは、経験の少なさから来る判断の甘さを戦っていて酷く残念に思った。
もっとうまくなると思ったのだ。
「ああ、その通り。俺は生まれてからずっと盗賊をやってきた。だから、師匠なんていない。全部俺の独学だ」
ダルクは、その発言に驚愕する。
師匠がいないということは、彼は今まで才能と圧倒的なまでの吸収力でここまで上ってきたということなのだ。
一瞬の沈黙。しかし、それがウォークライには十分だった。
「フンッ!」
全身に力を入れ、ナイフの刺さった部分を引きちぎる。
そして、ダルクの拘束からするりと抜けだし、落ちていた剣を握り構える。
ダルクは、その手際の良さに呆気にとられ何もできない。
「は~、速いねぇ。でも、現実は見るべきだ」
そうダルクが言った。
目の前の男がそう言ったと、ウォークライが心の中でも思ったときにはもう───ウォークライの右太ももには槍が刺さっていた。
痛みは感じなかった。
違和感を覚えてそちらに視線をやってみれば、そこには一本の槍が突き刺さっていた。
ウォークライは崩れ落ちる。
膝から崩れ落ち、横を向いて倒れる。意識したことにより痛みが全身を駆け巡ったのだ。激痛のあまり、ウォークライは悶え苦しむ。
ダルクは、ジャリジャリと音を鳴らしながらウォークライに近づく。
ゆっくりと、不安を煽るように、精神を壊すように。
「お前が独学でここまで来れたのは才能かもしれないし、努力かもしれない。だが──自分を見れない奴に───自分自身が認められない奴に強くなる権利はない」
俺は、オレは、おれは。
オレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハ
「俺は……」
ウォークライは口ごもる。
何も言えない。自分を想像しても、何も出てこない。髪の毛の一本すら出てこない。
自分が───思い出せなかった。
自分の姿が、思い出せなかった。己の動かしてきた体が、頭の中に生まれてこなかった。
ウォークライは、自分を見てきた。今を見て、感じてここまで来た。
だからこそ、手に入れたモノがたくさんあった。今までの人生で得たモノしかないとウォークライは信じていた。
自分が、目を背けて。
落としてきたモノを見ないようにして、全てを得てきたのだ、とウォークライは思い出した。己の切り離したモノを思い出した。
「興ざめだな。俺が認めようとした存在がこれほどまでに弱いとは……。お前の師匠が誰だったかは俺には分からないが、お前が記憶から消す程度の存在なのだろうな」
ダルクは、そう吐き捨ててウォークライから離れていく。
ジャリジャリと音を鳴らしながら離れていった。
「お前の動きは独学で使えるモノではない。それは誰かから受け取った信念だ。それを思い出せない奴が、剣を握るな、槍を握るな、弓を絞るな───武器が腐る」
そうダルクが言うと、一本の槍が飛んでくる。
そして、ウォークライの真横に突き刺さった。
「俺の師匠は、気遣いができて、俺よりも強い完璧な人だ。どんなに狂った奴でも従えてしまう。心の奥底から服従させられる」
ダルクは、ウォークライの足に刺さった槍をそのままにして、飛んできた槍を手に収める。
しっかりと手に馴染み、温かみを感じた。
スタスタと、静かにウォークライの見守っていた部下の方へ走る出す。
その速度はドンドン速くなる。
先ほどまで傍観者でいた部下たちにどよめきが広がる。
そして、強靱な人肉の壁に一匹の獰猛な獣が突撃を開始する。
その暑苦しい壁は、崩壊するまでに片手もいらないほどだったと後のダルクは語った。
そして───戦場には血が残った。
否、血以外何も残らなかった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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それではまた次のお話で会いましょう。




