第二次カラヤ村防衛戦(5)
「草木の友たる大地の精霊、その長き手を以て彼の者を戒めよ!【根の束縛】!」
左手から地面に亀裂が走り、その先で植物の根が噴き上がる。絡め捕られたゴブリンが次々と兵士の槍先にかかる。騎士団を洞窟の中と外から挟撃しようとしていた彼らは、後ろからの急襲に慌てふためいた。
「母なる大地の精霊、欠片となりて彼の者を撃て!【石礫】!」
周囲から無数の小石や岩の欠片が浮き上がり、風を裂いて降り注ぐ。
奇襲とはいえこちらは実質2人だ、それに気づかれないよう派手な魔術で攪乱する必要がある。この【石礫】は土埃を巻き上げ激しい音が出るものの、相手に致命傷を与えるほどでは・・・
石礫の雨を浴びたゴブリン達は阿鼻叫喚の有様だった。血まみれの顔を押さえてうずくまる者、腕があらぬ方向に曲がった者、頭を抱えて逃げだす者。
「あれ・・・?」
おかしい。出力の調整に失敗しただろうか?私の魔術はこれほどの威力ではなかったはずだ。
思い描いた倍以上の木の根がわさわさと揺れ動いているし、石礫だって指先くらいの小石を飛ばすのが精々だったはずだ。人里離れた山地ゆえ大地の精霊力が強いのだろうか?
「俺だって!」
ロット君が左右のゴブリンを続けざまに斬り捨てた。上位種たるホブゴブリンとも互角以上に渡り合うどころか、相手が逃げ腰と見るや一方的に攻め立てる。苦し紛れの横薙ぎを冷静に盾で受け流し、太い首筋に刃を滑らせた。
試合では両手持ちの長剣を使っていたが、盾と片手剣も立派に使いこなしている。1年前の彼は剣術を少しかじった少年でしかなかったが、もはや一端の剣士と言って良いだろう。
戦いは一方的なものだった。洞窟の入口で槍先を揃えられ、後背から魔術で急襲され、さらに洞窟の中から討伐隊の主力が戻ってきては勝負にならない。生き残ったゴブリンも散り散りに逃げ去っていく。
「お前が大将だな?逃がすかよ!」
ロット君はひときわ立派な武具を身に着けたゴブリンに斬りつけた。だが上質な盾に阻まれ、上等な小剣で牽制されて少し苛立ったようだ。身を翻して逃げるところを追いすがり、背後から一太刀を浴びせたものの今度は立派な鎧に阻まれた。ちっ、と舌打ちの音が聞こえるようだ。
「待ってロット、そいつは逃がしてやろう!」
「何だって!?」
「ユイさん、あいつの短剣に掛けた【位置特定】はまだ有効だよね?」
「うん。解除しない限りは」
「よし、じゃああいつに黒幕の所まで案内してもらおう」
「どうしてそんなのがいるって分かるんだよ」
「魔術を使えるゴブリンがいなかったから、だよね?」
「そう」
「だから、わかんねえって!」
こうなれば慌てる必要はない。騎士団の隊長さんに状況を伝えてから、ゴブリン王を3人でゆっくり追跡することにした。道中でカミーユ君は私と・・・主にロット君に説明してくれた。
「騎士団が南の巣に向かったあと、すぐに西の巣からゴブリンが出てきたよね?巣から直接村が見えるわけでもないのに、こちらの動きを掴むのが早すぎる。内通者がいるか、相手方に魔術を使える者がいるか、どちらかだと思った」
「ただ内通者という線は考えにくい。こちらの動きを伝えるには何らかの合図が必要になる。騎士団にしても村にしても、警戒している中で怪しい動きをすればすぐに見つかってしまう」
「さらに彼らは、守りを固めた村ではなく、村の防衛に戦力を割いて手薄になった騎士団の方を狙った。これはこちらの情報が洩れていることを意味する。だから僕は考えた。『どちらか』ではない、『魔術を使える内通者がいる』って」
「そして彼ら———さっきのゴブリン達の中に魔術を使える者はいなかった。なら、内通者はどこかに潜んでいるか、高みの見物を決め込んでいるか。ゴブリンとはいえ、仮にも王なら居場所を知っているさ」
なるほど、とロット君は頷いた。別に彼の頭が悪いわけではない、カミーユ君の思慮が深いのだと思う。
それなら、と私が口を挟んだ。
「それならあいつが行く先には、少なくとも【位置特定】か【使い魔】が使える魔術師がいるって事だよね?」
「そうなるね。まあ様子を見て、僕らだけで無理そうなら村に戻るさ。しばらくは騎士団だっているんだ」
付かず離れず気付かれず、の距離を保って追跡したゴブリン王は、今朝がた出てきた西の洞窟に戻っていった。
「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明】」
それぞれの剣の鞘に【照明】の魔術を掛けて辺りを照らしたのだが、やはりおかしい。私の【照明】は手元の本が読める程度の光だったのに、今日のこれは大型のランプよりも明るい。
首をひねる私の様子には気づかなかったか、カミーユ君が指示を出して真ん中に割り込んだ。
「主力は出払っただろうから、中に残っているゴブリンは少ないと思うけど。戻ってくる奴がいるかもしれないから気をつけて」
「肉体労働はよろしく、って言ってるよ。ロット君」
「わかってるよ!」
ロット君を先頭にカミーユ君、私の順で進んでいく。入口付近は広いだけの空間で、奥に通じる通路が1つだけあった。【位置特定】の反応はその奥を示している。
洞窟の奥の方は鍾乳石でできているようで、至るところで上下から乳白色の柱が突き出ている。それらが【照明】の青白い光に照らし出されて光り輝き、このような場合でもなければ感嘆の声を上げたところだ。代わりに私は事務的な声を上げた。
「もう少し先・・・30歩くらいかな」
「いたぞ。さっきのゴブリン王と、もう一人」
はるか下の地底湖に架かる人工の橋、その上で2つの人影が揺れている。
私達は足音を消すような技術は持っていないし、何より【照明】の光がある。当然あちらも気づいたことだろう。
悲鳴が上がった。
ゴブリン王の身体が橋から転げ落ち、数瞬の後、重々しい水音が響いた。
血濡れた長剣を片手に、細身の青年がゆっくりと近づいてくる。
「カラヤ村の方ですか?いやあ、助かりましたよ。こんな所に迷い込んで、ゴブリンに出くわしてしまって」
「僕達にそれを信じろと・・・?」
カミーユ君の声が珍しく震えた。
何だろうこの・・・悪寒?瘴気?威圧感?適当な言葉が見当たらない。私は膝の震えを必死に押し隠していた。




