2章 1
「本部長。今日も泊まりですか?」
田川主任が訊ねた。丸い黒縁の眼鏡をかけている。
「今日は検査があってね。残念だが帰れそうにないよ」
本部長は疲れを取るように、肩を叩きながらコーヒーを啜った。いくら肩を叩いても疲れは取れなかった。
「例の……ですか?」
「ああ、完全な完成も目前だからな。会社も他には遅れまいと躍起になっている」
田川主任は遠慮がちに訊ねた。
「お子さんとは連絡取ってるんですか?」
本部長は田川主任の質問には答えず、逆に質問を返した。
「……田川君は、子どもはいるのか?」
「はい。まだ二歳ですが……」
「二歳か……。まだそばにいたい時期だろう」
「そうですね」
「辞めたいとは思わないのか?」
田川主任は誇らしげに言った。
「いえ、僕はこのプロジェクトに参加出来て光栄に思っています」
本部長は口元に笑みを浮かべた。
「そうか…。俺はもうこんな仕事は辞めたいよ」
田川主任は呆気にとられた。本部長は続けて言った。
「軽い冗談だ。さて、続きに取り掛かるとしよう」
「あ、はい」
田川主任は本部長の言葉に驚いていた。
本部長は本当に辞めたいと思っているんだろうか。考えたけれど、田川主任は思考することをやめた。
上司の言葉に振り回されても仕方がない。田川主任は自分の出来ることを考えた。思考した結果、田川主任が出した答えは。このプロジェクトを成功させることだった。
田川主任はその答えを持ち、飲み終えた缶コーヒーを捨てて、室内に戻っていった。