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十三封印目 ツワモノ

「……いよいよであるな」


 1点対1点。同点のまま、試合は八回の裏を迎えた。

 相手の攻撃。おそらく、この回でコールド……。負けないためには我らがこの回を無失点に抑えることが条件となる。

 だが、炎山は辛そうな表情を浮かべ、肩で息をするように体を揺らしている。


「大丈夫であるか?」

「ああ……。少し、肩が疲れただけだよ……」


 ……炎山の肩は、一度壊れたはずであるぞ。

 これ以上投げるのは、正直危険なのではないか……?


 そんな我を見て軽く笑うと、炎山は自分の肩を撫でて見せる。


「そんな顔をしないでくれ。大丈夫だから、さ……」

「……そうであるか」


 少し迷ったが、我は炎山の言葉を信じて自分の守備のことに頭を切り替える。

 雨と暗が、視界を遮る。何故、こんな時間まで試合をやっている。何故、我らはこんなに頑張っている……?


「負けない為じゃああああああ!」


 しかし、炎山は投げる前に、肩を押さえてうずくまった。


「全然大丈夫じゃねぇじゃん!」


 ガビーンという効果音が口から放出されそうになってすぐに飲み込む。


「え、炎山! 大丈夫か? ガビーン! あ、結局言ってしもうた」

「安部先輩、ふざけている場合ではないでしょう! 大丈夫ですか炎山先輩!」

「……く……安部……白鳳……。僕の肩は……限界だ」


 こうして炎山はそっと息を引き取り、


「死んではないんだけど……」

「な、何だと……!」


 誤診……!? この我が? まさかそんな……。


「そんな三文芝居よりも、問題はこの後、誰が投手をするかですよ。うちは深刻な投手不足ですからね。というか部員もかなり少ないですけど……」


 白鳳がまともな意見を言う。このようなことを言うのも何だが、こいつは色んな意味で我と出会うべきじゃなかったような気がするな。まじめそうだし。


「投手か……。なら、我が投げるぞ」


「……は?」


 マウンドの周囲に集まっていた全員が、呆気にとられたような顔で我を見る。……照れるなぁ。


「君、投手の経験はあるんだっけ……?」

 炎山が困惑したように言う。

「少なくとも肩は強いぞよ」

「……まあ、そう……だけど」

「だから、ゆっくりと一塁で休んでおけ」

「分かったよ」

「いや分ったらあかんて」


 いかにも文句あります! と言わんばかりの態度で、大国天先輩が口を挟む。


「炎山、お前は知らんやろうけどなぁ。去年、こいつはフォアボールで三十二失点っちゅう犯罪紛いの失点をしとるんや。他の奴の方がまだアテになる」


 ……確かにそれは事実であるが……。だが、我は投手をするのが実は夢だったのだ。

 既に四番。あとはエースになればモテモテのはずだ。

 それを……邪魔しようというのかぁぁぁああああ!


「先輩……いや、邪魔者! 今日という今日は容赦せぬぞ!」

「フ……やってみろや。ワイの関西流"やで"ビームを喰らって立ち上がった男はおらへん」


 こうして聖戦が始まろうとしていた。かつて、ラグナ何とかという神とか何かの戦いがあったらしいが、我らは今まさに、


「……あの、僕、投手出来ます」


 囁くように、榎本が言った。


「……え」

「経験あるんです。……タマの握り方、使い方……。把握しています」


 何か最後の方はちょっと(ピー)な表現だったが。

 結局、投手は当たり前のように榎本が務めることになった。

 我の夢……"モテモテ天使晴明くん"への夢が……遠ざかってしまった。


 もはや試合とかどうでもいい……。

 先頭打者が九番の狩崎とか、どうでも……。


 狩崎?


「うおおおお! 最後のイニングにお主とは、何と言う数奇な運命なのだ!」

「うるせぇ! 何でただのしがないファーストが一番目立つ声で実況してんだ! 投手に喋らせてやれよ!」

「何なのだ、その何か逆に辛い気遣いは! 無口キャラが余計に定着してしまうではないか!」


「……うるさい」


 と、榎本の口元が動いた瞬間、我も狩崎もパッと静かになった。榎本にはどこか、男には出せないような威圧感というか、そういったものがある。声さえ使わず我らを黙らせるとは、こやつ……やりおるな!


「……この投手なら、勝てるぞよ!」


 榎本が左足を上げ、投球動作に入る。

 上半身を潜り込ませるような動作から、飛び出すようにしなる右腕。


「アンダースローだと!? というかこれが初見ってことは、投球練習してないってことなんだが!?」


 その細い腕から投げられた球は、一瞬、揺れた……ような気がした。


「まさか……ナックルなのか?」


 しかし、次の球は極端に遅いスローボール。先程の揺れは、風と闇と雨と光と我が目の起こした錯覚だろうか。

 そして、三球目。……伸びるスライダー。……って。


「クソッタレ、三振なんかしねぇよ!」


 何とか当てた、という感じで、狩崎が球をファールゾーンへと運ぶ。

 ……驚いた。我も、おそらく狩崎や捕手の白鳳も。


「……上手いこと言えんが……全ての球が、まるで別人のもののようだ」

「ナックル、スローカーブ、高速スライダー。……読めねえ。次は一体何が来るんだ……?」


 四球目……シンカー!


「いや、当てて見せる!」


 狩崎がバットを振り抜く。やや詰まった、掌を軽く殴ったような音。

 だが雨と暗闇のせいで守備が上手くいかず、ボールはゆっくりと三塁と遊撃手、左翼の炎山の間に落ちる。

 このようなヒットのことを、テキサスヒットという。陰陽師の世界では「パッパラパー」と呼ぶが。嘘だが。


「よし……ざまぁみやがれ……!」


 二塁まで進む狩崎。動揺したのか榎本のコントロールが乱れ始め、一番打者にはフォアボール。続く二番三番は凡打に仕留めたものの、


「さて……決めさせてもらうとするかねぇ」


 あの男が出てきた。……これは、ピンチだ。


 出てきたのは四番打者、写楽だ。





 というのは実は嘘で、本当は、


 ――最強の忍者として名高いあの男、服部半蔵が、我らを窮地に叩きつける。


「――初めましてだな、安倍晴明」

「……なんだその目は! その目で我を見るでない!」

「フ、強がっていられるのも今のうち」

「うるさい、陰陽師ビーム!」


 次回、陰陽師伝説ファルコン最終回。




「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアルコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!」





 というのはやっぱり嘘で、出てきたのはやっぱり四番打者、写楽だ。

 おそらくこの打席が、この試合を決める最後の勝負になるであろう。


「……二塁三塁、か。まあ、確実にヒット狙いじゃろうな」

「打たせない」

「女みたいな奴か……。確かに球種は多いが、本当に使いこなせている球は少ない。頼みのストレートは棒球じゃ。悪いが詰んだな」


「……僕は、男だ!」


 放たれる一球目。


 ――初球打ち!?

 外野に飛んで行く打球。よく見えないが、左翼というかレフト……榎本と交替していた炎山の元へと飛んでゆく。


「……取ってくれぇぇぇ!」

「落ちろぉぉぉぉぉぉ!」



 ――まさかそのタイミングで強い風が吹くなんて、一体誰が想像出来ただろう。

 フゥズイマァジットゥ? ……いや、なんちゃって英語なのでこうなるのも仕方が無いのである。



「……取れない……!」


 ボールは地面に落下。雨のせいであまりバウンドしないボールを、炎山は素手でキャッチ。

 ランナーの狩崎は三塁を回ろうとしている。このままでは、サヨナラの一点に……。


「――待て、投げるな!」


 炎山が今投げたら、肩がいよいよ再起不能になってしまう!

 試合の結末と仲間の肩なら、我は仲間の肩の方が大事だ。やめてくれ。投げるんじゃない。



「――負けたくないんだ。僕の腕……頼む!」

「炎……ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 矢、いや、光のような返球。ジャイロ回転が掛かっている……かも知れない。速い。


 間に合うか、間に合わないか、どっちだ……!



「白鳳ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「狩崎ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「コマンダー常盤ぁぁぁぁ!」


 ボールを取る白鳳。タッチしようと手を伸ばすが、狩崎がスライディングして……。







 ゴツン。


 そんな嫌な音が、雨によってかき消された。


 陰陽師の我にだけ聞こえた。






 ――肉の音。





 ――痛々しい、生と死の音だ。

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