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十二封印目 先輩の背中

 打順は一番の大国天先輩。

 バッターボックスに向かう先輩の背中には、闘志がみなぎっている……ように見えた。


「よっしゃ一発かましたらぁ! うらこいやぁ!」


 吠える先輩。並の選手なら物怖じしそうな勢いだが、狩崎は余裕の笑みを浮かべている。


「三打席あって、エラーの出塁しか出来なかった男が何を今更。宣言しよう。アンタはこの打席、三振する」

 


 三振宣言……。狩崎の表情は、自信に満ちていた。どこか歪んだ陰が、その表情を不気味にする。


 本気だ。

 今の狩崎はおそらく、ダイヤモンドの近くにおいてあるベンツのある駐車場に転がっているタバコの燃えカスよりも燃えている。


 一球目。狩崎が腕をしならせ、ボールを投げる。


 ――内角低めのストレート。……いや、ツーシームだろうか。先輩はその球を見送る。

 際どいコースだが、判定はストライクだった。


「惜しいわね。審判次第ではボールだったはずよ」


 監督が言う。横顔が凛々しい。おっと、試合を見なければ。

 あれだけ際どい球に手を出さなかった先輩が凄いのか、それだけのコントロールを有する狩崎が凄いのか……。

 何にせよ、この勝負のレベルが高いのは間違いない。


「何や、入っとるんかい今の」


 先輩の目は、やや笑っていた。だが、その笑みからは気迫が感じ取れる。

 我は唾を飲もうとして危うく体に封印したダークデーモンを吐きだしてしまいそうになってしまった。


「ぐ、ダークデーモンめ、我の一瞬の隙をつくとは……うぉぉああ!」

「安部晴明!? だ、大丈夫?」


 桃咲さんが慌て過ぎて我の首を絞める。


「ぎゃあああああ」

「マネージャー、落ち着いて!」


 数人のチームメイトが桃咲さんを止めようとして、夢中になって我を蹴り飛ばしたり踏んだり……。



 気付いた時、我は森の中にいた。


「……ここは天国か?」

「ようこそ、ここは君の心の中だ」


 そこに現れたのは、我と同じ顔の男……。


「だ、誰なのだお主は」

「我が名は安倍晴明……。汝の名の、本来の持ち主である」

「本来の持ち主だと?」

「然り。安部晴明は汝の本来の名ではない。汝の名は……」



 そこで目が覚めた。


「せ、先輩、大丈夫ですか」


 後輩一号の一ノ瀬が、心配そうに我に手を伸ばす。


「し、試合はどうなっておる」

「まだ大国天先輩の打席です。安部先輩は五秒くらいしか倒れていませんでしたよ」

「……そうか」


 一体、さっきのは何だったのだ?


 ……安倍晴明……。あれは、只の夢なのであろうか。


「ぼやっとしてないで試合展開を見なさい、安部。キャプテンでしょ」


 監督が言う。

 あれからまだ一球も投げられていないらしく、カウントはノーボールワンストライクのままだった。


「この間は捕手の写楽君の作戦かしらね……。大国天君はせっかちな面がある。ああして時間を取ることで、苛立たせているのかも」

「……ともかく、何かが起きるであろうな」

「そうね。二人とも凄く集中してる」


 狩崎の腕から、二球目が放たれる。

 外角へのストレート。

 さっきと同じくらいの際どいコース。

 だが、大国天先輩は微動だにしない。判定はボールだ。


「……打つ気がないのか、アンタ」

「さあ、……どうやろな」


 二人とも笑っている。それはどこか威圧的であり、両者とも自信を持っていることが分かる。


「……来る」


 遅刻多めの無口なクールガイ榎本が、静かに呟いた。


「来るとは?」

「分からない……。ただ、この一球が、物凄く重要な役目を持ってる……。そんな様子を見た。私は」


 囁くような小さな声。一人称が私というのが、怪しい占い師のように見えた。


「これで……チェックメイト!」


 ――三球目。狩崎の腕から一筋の白い跡が走り、消える。

 さしずめ新幹線。といったところか。


「――王手や」


 快音が響く。

 金属バット……いや、その存在はもはや孫悟空の如意棒と同等と言っても過言ではない先輩のバットが、ボールを完璧に捉えた音だ。


「――な」


 狩崎が、マウンドで硬直した。

 ボールは高く、高く上がり……。


「……あれ、ちょ、これってまさか……」


 ベンチがざわめく。

 守備についている花梨桃高校の選手達が固まる。


 そして、町をうろつく妖怪の気配が消える。

 銀河をさまようどこかの星が、消えてなくなった気がした。

 我の心が高ぶる高ぶる高ぶる……おっと、興奮し過ぎて狂ってしまうところだった。



 スタンドへと吸い込まれていくボール。

 ダイヤモンドを優雅に駆ける先輩。


「……俺の全力を……ホームランだと?」


 がっくりと肩を落とす狩崎。だがその目には、先程よりも濃い陰が感じられた。


「ふざけんな……ふざけんなよ!」


 動揺するグラウンドの選手達と、対象的にどんちゃん騒ぎの我らがベンチ。


「よっしゃぁぁぁぁぁ! 先輩が打ったぁぁぁ!」

「よくあんなに飛ばせるもんだにゃー」

「オレ一生あの人に着いていくっす!」

「帰ってきたら胴上げをしようではないか……と、何やら向こうの捕手と喋っておるな」


 陰陽師奥義、スーパーキコエール! 聴力を一時的に有り得ないくらいあげる技だ。


「あん、駄目よアナタ……」


 おっと、上げ過ぎて隣の県のカップルの声まで聞いてしまったぜ。……羨ましい。

 気を取り直し……。


「……大国天さん、じゃったかのぅ。なしてウチの狩崎の切り札を、あんな簡単に打てたんじゃ?」

「何や自分、変わった喋り方しよんな」

「これが素じゃ。訛りがきついと笑われるけぇ、普段はこのように標準後で喋っていますが」

「だいぶ雰囲気変わるな。……なかなかの実力者やろ、お前」

「ささやき戦術には使えるがのぅ。今日は狩崎の為の試合じゃったけぇ口出しはせんかった。そんなことよりバッティングじゃ。打てた理由」


 大国天先輩は軽く笑い、言った。


「満足そうな顔をしていた。せやからストレートが来ることは予測出来たんや。速いスライダーかとも思ったが、変化球を投げる時には、コントロールや変化量にごっつ集中力を使うみたいやから、あんなに笑うことは出来ん」


「……笑ぅたか? あいつ」

「経験不足やな、写楽君。次会う時までには、相方の表情くらいは分かるようになっとけや」


 ベンチに歩いてくる先輩を待ちうけていたのは、胴上げをしようと焦って飛びかかる我らだった。


「ぎゃああああああああ! 来んなああああああ!」

「うるせぇぇぇ! 胴上げさせろおおおおおおお!」

「ちょ、待て待て! どうせならワイは監督にイイコトをしてもらいたい」

「あら、胴上げはイイコトでしょ」


 甲子園で優勝したみたいな大騒ぎ。向こうの選手が呆れるまで騒ぎまくって、気付いた時には日が暮れていた。


 ソロホームラン。だが、この試合初めての貴重な得点だ。狩崎のペースを乱したことも大きい。

 ……だが、まだ同点だ。我らが勝つためには、さらに点を取らなければならない。


 ナイターが始まった。


「この月明かりに誓う。オイラこと神風虎太は、この打席でホームランを打つにゃ!」


 だが、後続の選手達はあっさりと凡退。気のせいか、狩崎の球威が強くなっている気がする。


「にゃーの扱いが適当にゃ」


 ツーアウト走者無し。バッターは四番の我だ。


「もう誰にも打たせないぜ。もちろんお前にもな。……安部!」

「馬鹿を抜かすでない! 我は決めるぞ。何故なら我はここの主将、そして四番であり、何より陰陽師であるからな!」


 あっという間にツーストライクまで追い込まれた。


「くぅ……我としたことが、こんなに簡単に……」

「四番の分析を念入りに行うのは常識だ。お前のスタイルは全て把握済みなんだよ!」


 なるほど……。というか、考えてみればウチの高校は、相手の四番写楽やエースである狩崎のことを大して調べてなかったような。


「……何ということでしょう。我はもう、ヒットを打つことさえ敵わないというのか……」


 ――いや、待てよ。


 読まれているのは、あくまで普段の我のスタイルだけであるぞ。


「……ならば」

「何か思い付いたようだが、無駄だぜ。所詮お前の野球はアマチュア止まりなんだよ!」


 我は正直、こんなやり方は苦手だ。苦手だしあまり好きではない。しかし、

 チームのためには、これが最善なのだ!

 ボールを見極め、バットを差し出す。……バントだ。セーフティバント。


「な、嘘だろ!? 仮にも四番がそんな……」

「固定概念に囚われるでない! 可能性を捨てない我の勝利……」


 普通にアウトにされた。


「ツーストライクで四番がセーフティって……。とらえ所のない男だ、君は」


 穏やかな表情で、炎山が言う。


「誉めているのであるか?」

「いや、単純にそう思っただけさ。……フルスイングで勝負しなかったこと、悔やんではいないのかい?」

「まさかな」


 あの一瞬の出来事を思い返す。……確かに我のスタイルではなかった。だが……。


「策というものは、相手に読まれない為にするものであろう。あの状況でのバントが有り得ないことならば、我はその選択をするしかない」


 ともあれ、延長無しの練習試合。我らの勝利は一旦お預けとなってしまった。

 引き分けか逆転負けか……。いよいよ、この試合最後の戦いが始まる。

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