十一封印目 均衡
一球目。内角低めのストレート。
写楽はバットをひょろっと振り、空振り。炎山からしてみれば、馬鹿にされたような気分だろう。
「……そのスイングは何だ。馬鹿にしているのか?」
「まさかな。タイミングを計っただけだ」
写楽のその言葉は、言い訳じみた言葉にも聞こえたが……。
確かにタイミングは合っていた。
「これは……脅しね。あのスイングで下手に当たればほぼ凡打決定。つまり、あのバッターには最初から当たらないことが分かっていたのよ」
監督は我にメッセージを送る。監督に超能力がある訳ではない。帽子を両手で触る監督のサインを受け、我が心読をしているのだ。
神妙な顔だった。凛々しい。だから思わず言ってしまった。
「我も己のバットが監督には使えないことくらい分かっていますよ」
我は陰陽師メール送信術で、思いを監督の心に送る。
殴るわよ! これは心読ではなく、ジェスチャーである。
などと我らがコントをしているうちに、カウントはいつの間にやらスリーボールツーストライク。
背中を預けられているのに緊張感の無い自分をちょっと反省する。
追い込まれたのは写楽か、炎山か……。
「炎山。お前の球は確かに速い。だが、それだけだ。コントロールも変化球も、配球も狩崎には及ばねぇ!」
「……なら僕は、速いだけの直球で君を打ち取る」
「へ。球種をばらしたのは駆け引きに持ち込みたいからか? ……来い!」
炎山は、速球をど真ん中に投げ込んだ。
――速い。
今まで見た炎山の球の中では最速かも知れない。
だがそれを、写楽のバットは逃すことなく真芯で捉え、
聞き慣れない鈍い音が響く。バットでボールを打った音……か?
……確かにその通りだ。だが、普通ではない。バットが、
「馬鹿な!」
「嘘!?」
「何て球威なんだ!」
「へこんでいるだと……?」
バットがへこんでいる。
炎山の球が、金属で出来た強固な一振りを粉砕したというのか……!
「くそったれ。何て球投げやがる!」
我の守る一塁に走ってきながら、写楽が言う。
一方のボールはセンター前。ふわりふわりと落ちていく。
「馬鹿な、僕の最高の球を、バットをへこまされて尚、ヒットにするなんて……!」
ランナーはホームイン。……とうとう、一点を許してしまった。
次の打者は難なく三振に仕留めた炎山だったが、その表情は浮かない。
「まあ、とりかえそうぜ」
「……すまない。四球で逃げていれば良かった……」
その後悔を、我らはしばらく引きずることとなる。
狩崎の調子は崩れることなく、我々はなかなかランナーを出せずにいた。
八回表。我々は零対一で負けている。狩崎はノーヒットノーランを継続中だ。
我らはまだ、エラーやフォアボールでしかランナーを出せていない……。
「炎山、安部。一つ言ってやるわ」
大国天先輩が言った。
「レギュラーとか控えとか考えているうちはな、自分に自信がないゆーこっちゃ。誰が相手でも全身全霊で臨む。それが威圧感となり、勝利を呼び込む」
先輩の背中は、いつもより貫禄があった。
「そこで見とれ。最高にかっこいいワイの背中をな!」
◇
「雨が降り出したね。……さん、傘は要るかい?」
「……一本しか無いんでしょ? 私は濡れても良いから、久遠君が差すべきだと思う」
彼女は、少し久遠から遠ざかって歩いた。相合傘が嫌というより、雨に濡れることを楽しむような、穏やかな表情を浮かべて。
「……ねえ久遠くん。どうして今日、野球部の練習試合を見ようって言い出したの?」
彼女は知っていた。久遠と安部晴明が、自分をめぐって対立していることを。
……何故、彼はわざわざ敵に塩を送るような真似を……。
「一応、僕は自分では鈍くないタイプだと思っているんだけどな。……知っているのさ。君が、あいつに惹かれていることくらいは……」
それは、悔しそうで辛そうな、言葉に出来ない表情だった。
「コマンダー常盤君……」
「どこの陰陽師の空耳だよ、それ。……しかし、雨がキツイな。この調子じゃあ、僕たちが到着する前にコールドになるかもな……」