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不気味の実験  作者: 橘泉


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第一話 或る男

S駅から少し歩いたメインアーケード街には大手ハンバーガーチェーン店Mがある。

商店街の一番集客力があるだろう場所に構えている大型店だ。


大通りに面したガラス張りのカウンター席が4つ、

入口から向かって左側の壁側にもカウンター席が4つある。

いつも焼きたてパティの匂いが漂い、来店客で賑わい、朝から繁盛している。


私はこの店の大通りに面したカウンター席が好きだ。

人間観察するのにちょうど良く、実に見晴らしが良い。


商店街を歩く人はどこか忙しなく、無関心に足早に通り過ぎていく。

この無関心さを眺めていると、人間は生まれついて他人に無関心な生き物なのだと実感できとても心地良い。


私は午前中に来店しこのカウンター席に腰かけ、ブレンドコーヒーをゆっくりと時間をかけて飲むのが習慣になっている。


今日は、入店する前にこの店の前に財布を一つ落とした。

正確には、わざと()()()()()

中身はもちろん何も入っていない。


茶色い本革製で、細かい皺がたくさん刻まれた二つ折りの財布。

こんな財布を持っている人はアンティークが好きな人か、もしくは親の形見として大切に使っている優しい人間かもしれない。

使いこまれた財布は角に丸みを帯び、大切にされてきた記憶が漂う。


なぜこの財布を置いたのかというと、私は道行く人々がそれを見つけた時の目線やリアクションを観察するのが好きなのだ。

道の片隅に置いてある財布の存在にそもそも気づかない、などという人は意外にも少ない。


ー 気まずそうに目線だけやって素通りする人。

ー 手にとって中身を素早く見、空なのを確認してから元の場所に戻す人。

ー まるでゴミでも見るように一瞥もくれず素通りする人。

ー 子どもが拾おうとしたら汚いからやめなさいと言って通り過ぎる親子連れ。


様々な人間がいて、面白い。

それらを観察していると、まるで自分が神にでもなった気分を味わえるのだ。

まさに愉悦を味わえる。


そして私は待っているのだ。

財布を手に取り、中の金額を確認もせずに一目散に慌てて交番に届けて行ってやろうとする善良な人間を。


そういう人間がいると、後を着いて行きたくなる。

そしてその人間の善意の限界がどこにあるのか、次の難題を突きつけて実験したくて堪らなくなる。



おや、今まさに、30代と思われる女がやってきて財布を見て驚き慌てた様子で交番へ持っていくようだ。

シンプルで清潔感のある身なりは、彼女の飾らない人間性をそのまま表したように洗練されている。


この後私は彼女と入れ替わるように交番に行き、財布を落とした相談をしに現れることにしよう。

アレは祖父から譲り受けた形見なのだと。

そして感謝したいからと言ってあの女に何か贈り物をして関係性を縮めていこう。


今後の展望に胸の高鳴りが止まらない。

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