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チャプター26 病室での目覚め

 顔に掛かる陽光が心地よく覚醒を促した。

 陽光の眩しさに幻惑した後に、焦点が合う。金の後光を纏った女神が見える。

 やっぱり女神様はめちゃめちゃ美人だな。

 女神様はボクの方に手を伸ばして抱擁──。


「──い゛っ!」


 見事にその拳を頭頂部に振り下ろした。今目の奥で火花散った。目玉飛び出るかと思ったわ。

 痛みが微睡む思考を吹き飛ばした。


「ここは……」

「ギルドの救護室だ」


 目の間に座っていた咲良さんが静かに答えた。


「ボクは……」

 

 記憶がはっきりとしてくる。

 ボクは死針と戦って勝ったのだ。

 じわりと勝利を喜びが湧き上がる。そんなボクを咲良さんは静かに眺めていた。

 咲良さんの顔は今にも泣き出しそうに見える。強気で豪胆な笑顔はどこにもない。

 そこで気がつくのはとても心配をかけたこと。ボクの勝手な行動が咲良さんをこんな顔にさせてしまったのだ。


「咲良さん。ごめんなさい」

「──死なねぇで、良かったな」


 咲良さんはそう呟くと身を乗り出して、ベッドから半身を起こしているボクを抱きしめた。

 女性特有の甘い香りと僅かに混じるタバコの匂い。嫌な匂いじゃなかった。

 ああ、落ち着くな。

 女の人は不思議だ。潜行士(ダイバー)稼業で引き締まった身体は、一切の無駄を削ぎ落として体脂肪はほとんどないはずなのに、抱きしめられると柔らかい。

 ついでに言えば胸だってほとんど無いはずなのになんでこんなに柔らかく感じ──。


「いったぁっ!」

「おめえ今悪口言ったろ」


 なんで気づかれた!?

 でも二度目の火花を経てボクは実感する。帰って来れたのだと。

 しんみりした雰囲気も見事に吹き飛んだ。咲良さんが整った顔を歪めてニッと笑う。

 そう、咲良さんはそっちの顔の方が似合っている。


「ああ、一緒にいた紅井雪と鉄大吾だがな。どっちも助かったぞ。鉄は一時期やばかったけどな。後方拠点で回復術師がありったけ回復スキル使ったからな。速攻元気になったってよ」

「よ、よかった……」


 咲良さんの話を聞いて肩の力が抜けるようだった。もしかしたらと思って怖くて聞けなかったのだ。

 そうか、助かったのか。良かった。

 自然と口角が上がる。


「グレイトボアの討伐中に賢人から教えられてVR配信を見てみりゃ、死針とタイマン張っているし、あんときゃ焦ったぜ。まあ勝てたからよかったけどよ? ──で、色々乗り越えたのか?」

「はい」


 咲良さんの問いに、ボクは首を縦に振る。

 覚悟はできた、と思う。

 人を傷つけるかもしれない恐怖は消えない。

 おそらく、ずっと付き合っていく怖さなのだと思う。

 だけど、もう人前に立つことから逃げることはやめた。

 このまま進むと決めたのだ。


「いい顔になったじゃねえか」


 咲良さんが破顔してボクの頭を撫でる。

 力強くて、雑な撫で方。

 しかしその手のひらには、暖かさがあった。

 塵界でここまで来れたのは咲良さんのおかげだ。

 師匠が導いてくれたからこそ、今がある。


「ありがとうございます。咲良さんのおかげです」

「関係ねえよ。お前が自分で、スジの通し方を見つけたんだ」


 咲良さんは照れくさそうに手を振ったあと、そういえば、と咲良さんが付け足した。


「VR配信かなり盛り上がったみたいだぞ? アイドル道家凪ってな。なんか、芙美のクソ野郎がノリノリだったな」

「はあ!? なんですかそれ!?」


 咲良さんの予想外の発言に、素っ頓狂な声が出る。

 方向性がおかしい。

 アイドルってなんだ!? あの戦いの中のどこにアイドル要素があったんだ!?

 しかもなんで芙美さんの名前が出てくる!? あの人がノリノリになると碌なことがない気がするんだが!?


「ファンクラブが速攻で立ち上がって、連日ギルドにグッズ販売はまだかと人が押し寄せているらしいぞ? 笑いながら死地に飛び込む頭のネジが吹き飛んだ戦闘狂アイドル、爆誕とか言ってたな」

「なんじゃそりゃあああああ!」


 ボクは頭を抱える。

 見た目のことを忘れていた。

 そういえばボクは女の子になってしまったのだ。

 ロストアビスの渋いイケオジアバターでない。

 だがいくらなんでも、アイドルはないでしょう。アイドルは。

 あんな血みどろで戦うアイドルいないでしょうが。

 これからボクはどんな顔をして、人前に立てばいいんだ。


「お、そうだ。起きたんだから藤十郎呼ばねーとな。あれだけ激しい戦いをしたんだ。診てもらっておけ。あと、安心しろ。次、凪に不埒なことしたらアレ切り落とすって言っといたから」


 咲良さん怖すぎィ!

 黒漆丸でナニを切り落としている様子を想像して、ボクの心のゴールデンボールがひゅんとなる。

 気持ちの上では! 

 軽い足取りで出ていくと黒漆丸の穂先を不知火さんに向けながら戻ってきた。

 完全に下手人扱いだよ。


「咲良。勘弁してくれ。だからあれは誤解だと……いや悪かった無駄口叩かないから、黒漆丸それ以上押し込んだら……っ刺さる刺さるっ!」

「ご無沙汰してます不知火さん」

「この状況で挨拶するかっ!? 師匠も大概だが、弟子も弟子……嘘嘘! ほら凪くん! 眺めてないで君も咲良を説得してくれっ!」


 これ以上煽ると、不知火さんは自身の失言で本当に切り落とされそうなので、取りなすことにした。

 ちっと舌打ちする咲良さんと、安堵の息を吐く不知火さん。もはや上下関係は絶対のようだ。


「健康状態だけど君が気を失っている間にも、咲良の立ち合いの下で一度緊急的に調べてはいるんだ。身体的な回復はすでに回復術師から回復を受けているし、エラー侵蝕率(しんしょくりつ)にしてもゼロだった。だから今こうして意識を回復してまともに話せている時点でもう問題ないだろう」


 不知火さんの太鼓判に疑問が湧く。

 ボクはポーションを使ったのだ。

 ポーションを使えばエラー侵蝕率が上がる。

 飲んだ瞬間に感じた体の中を掻き回されるような違和感はきっとエラー侵蝕率の増加によるものだろう。

 もちろんリスクを理解した上でボクが選んだことだ。

 エラー侵食率(しんしょくりつ)が上がっていることを覚悟していたのだけれど。


「ボク、ポーションを使ったんです。あの時はどうしようもなくて……」


 咲良さんの目が細まる。

 その表情は読み取れない。

 不知火さんが覚悟を決めたように口を開いた。


「そうだね。俺もあの配信は後で見た。その上で言う。君のエラー侵食率はゼロだ」

「そ、そうなんですか……」

「はっきり言って、今まで300年間無かった異常事態だ。この事実が明るみに出れば、整備士(チューナー)たちは君の体をこぞって調べたがる。岩槻外環も黙っちゃいない。なんたって今までゴミだったポーションが宝の山に変わる可能性があるからだ。当然調べるにあたり君の人権よりも全体の利益を優先すべき、と思う人間もたくさんいる」

「……」


 なんかとんでもない事になってしまった。

 咲良さんは俯いて、静かに話を聞いている。 

 不知火さんはいつになく真剣な表情で話を続ける。


「ともかくこの件は3人の秘密だ。君はポーションを飲んだが、奇跡的にエラー侵食率の増加は許容範囲内だったと言うことにする。あと、この前話した、研究の件は考えてくれたかい? 今なら潜行士(ダイバー)をやめて安全な環境下で生活することも可能だ。もちろん君の命を最優先に研究は行うつもりだ」


 そういえば、そんな話もした。


「すみません不知火さん。ありがたいお話でしたが」


 気がつけば即座に断っていた。

 ボクにはやることができた。

 塵界の謎を解き明かす。そして、VR2120に囚われている修と希を助け出すのだ。

 そのためには外環の中でのんびりなどしていられない。

 命の危機があろうと、塵界に出ていく必要がある。


「そうか」


 不知火さんは少し落胆した顔をしたが、すぐに切り替えたようにこちらを向いた。


「では、俺も君の潜行士(ダイバー)としての活動に同行させてくれないか。ソロプレイをするわけじゃないんだろう? 俺のことは何かと便利に使ってくれ」

「いや、でも藤十郎は整備士(チューナー)だろうが。フィールドエリアに危険すぎるだろ」

「言ってなかったっけ? 俺は潜行士(ダイバー)でもあるのさ。活動するのはちょっと久しぶりだけどね」


 咲良さんの指摘に、不知火さんはインベントリから大きな杖──魔杖を出して見せる。

 不知火さんは潜行士(ダイバー)だったのか。

 咲良さんも驚いている様子を見ると、誰にも潜行士(ダイバー)であることを知らせずに整備士(チューナー)として生活していたってことか。


「で、どうだい? 同行していいかい?」

「ボクは構いませんが……」


 不知火さんの押しに負けてボクが頷く。


「俺のことは藤十郎でいい。よろしく頼むよ」


 不知火さんが嬉しそうに握手を求めた時、救護室の入り口に人の気配が現れた。


「あのー、芙美殿からここに咲良師匠がいると聞いてきたのでござるが」


 救護室のドアが空いて、顔を出したのは一人の少女だ。

 その姿にボクは思わず見惚れる。

 濡れているような美しいロングストレートの黒髪を持った美少女。

 その美貌は大和撫子を体現したかのようだ。

 多分歳はボクと同じくらいの年齢。

 脇には日本刀を挿しているが、服装は真っ白なシャツの上に革製の胸当てと膝上丈のプリーツスカート、そしてニーハイブーツといういで立ち。

 これがAR抜きの現実なら実用性ゼロの防具だが、実用品とし成立してしまうのはロストアビスがゲームだったからだ。

 その少女は咲良さんを見ると、喜色を浮かべて近寄ってきた。

 歩く姿さえ凛とした百合のようだ。所作の一つ一つが美しい。


「おお咲良師匠! お久しぶりでござる! 鋭華葵(せんかあおい)ただいま戻ったでござるよ。ちと深くダイブしておったら、世はグレイトボアの群れの出現に沸き立っていたそうでござるな。咲良師範も大層なご活躍されたそうで、こうして祝いの酒を持ってきたでござるよ!」


 ああ! とってつけたような武士言葉が全てを台無しにしている気がする!

 見た目の美しさとのちぐはぐさに、違和感がすごい。


「葵か! わりいな!。あたしもちったぁ金が入ったし、今日は祝杯あげよーぜ!」


 しかし咲良さんは、特に気にする様子もなくニカっと笑うと、豪快に鋭華さんをハグする。

 つまりこの口調は、通常通りということなのだろう。

 そう思いながら、葵さんの美しい横顔を眺めていると、彼女の視線がこちらを向いた。

 目が合う。


「あ、そうだ。こいつはあたしの新しい舎弟で、道家凪ってんだ。お前の弟分になる。何かあったら面倒みてやってくれ」」


 咲良さんの説明に、葵さんの大きな目が優しく弧を描いた。


「鋭華葵と言うでござる。拙者のことは葵と呼んでくだされ。つたない姉弟子であるが、よろしく頼むでござるよ」


 これが葵さんとの出会いだった。


最終ステータス

□□□□□□□□□□

道家凪

種族:人間

第一職業:道化師(クラウン)    第二職業:設定不可

Lv:1 【レベル固定】

HP:10/10        MP:0/0

EXP:0

【装備】

[衣装の服:防具:防御力+0:制限なし:特殊効果なし]

[衣装の靴:靴:防御力+0:制限なし:特殊効果なし]

[ただのナイフ:武器:攻撃力+1:制限なし:特殊効果なし]

【パラメータ】

筋力:3 (STR:5.6)

体力:2 (VIT:7.3)

知力:2 (INT:7.0)  

器用:2 (DEX:14.2) 

速度:2 (AGI:9.2)

運:10

【パッシブスキル】

  〈運の気配(ラックサイン)〉

【アクティブスキル】

  〈黙劇(パントマイム)〉

【エクストラスキル】

  〈嘲笑の的(フール)〉

【アビリティ】

  持久走(D) 基礎体力(C)

  ヴァルデリア国軍式:格闘術(B)、ナイフ術(B)、総合近接戦闘術(A)

  示現無双流:初伝【流転】(SSS)

【称号】

  〈不撓不屈〉

【賞罰】

□□□□□□□□□□

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ここまでで、この物語はいったん一区切りです。

物語自体はまだ続きますが、作品としては一度「完結」とさせていただきます。


今後も、物語の一区切りごとにいったん「完結」とし、次のまとまりへ続けていく予定です。

この作品の続きだけでなく、別の物語も投稿していきます。


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この物語の続き、そして次の作品でもお会いできれば幸いです。

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