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非テンプレ的な、驚くほど王道的な

「じゃあな」

「ああ。月曜日に学校で」

 すっかりと長居をしてしまった図書館の自動ドアを潜ると、荒帯天は同級生の女の子とそんな簡素な挨拶だけを交わして、互いに背を向けて歩き出した。図書館の下に造られた駐輪場へと続く階段を下りて行く少女の足音が、天の耳にはやけに響いて聴こえた。

 一度だけ、その音が途絶えたが、天は特に気にする風もなく自身の足を進める。二〇〇センチ近い巨体、日本人離れしているコンパスの広さ、そして生来の短気さから、天の足は速い。再び刻み始めた少女の足音よりも早く、天は図書館の敷地を出た。

 図書館を出ると、直ぐにこの市の名を冠した一級河川に突き当たる。川幅は一〇〇メートルを越えてはいるが、水深は浅く五〇センチにも満たない。その為に川の流れは非常に穏やかだ。

 夏になればバーベキューを楽しむ子供づれや、地元民には知名度の低い化石掘り等の人間でそれなりに込む河原なのだが、時間と直の影響で人の影は少ない。

 少ない。

 つまりは零ではないと言う意味であるのだが、もっと正確に言えば一人しか河原には人がいなかった。犬の散歩をしているおばさんでもなく、キャッチボールする少年でもなく、河川敷唯一の人間は、黒いスウェットを来た男だった。

 勿論、天にとって河川敷に人がいようがいまいが、どうでも良いことである。裸の美女が倒れているのならば、一も二もなく走って駆け付けるのだが、残念ながら倒れているのは男だった。

 そう。男は河川敷にうつ伏せに倒れていた。酔っているのか、それとも単純に寝ているのか、はたまた変な奴か。様々な可能性を考えながらも、まるで腹痛を訴えるように腹部を抑えて倒れていることに気が付く。

 天は左手の武骨で傷だらけな腕時計を見て時刻を確認し、嫌そうな表情で土手を駆け下りて行く。

 もしかしたら、何か病気だろうか? そんな可能性を見つけてしまうと、天は見過ごすことができなかった。損な性格だ。彼は自嘲し、口元を皮肉気に歪める。

 スウェットの男は小柄でこそあったが、天よりもやや年上、大学生と考えるのが自然に思えた。無精髭を生やす顔は健康そのものの血色の良さで、特別何か病気で苦しんでいる風には見えない。呼吸も正確に行われている。

「おい。兄ちゃん」

 七割の馬鹿馬鹿しさと、三割の警戒心を持ちながら、天は男の横に膝をつき、右手で男の右肩を揺する。

 一度、二度と揺すり、声をかけること三度目。まどろんでいるかのように何のアクションも返さなかったスウェットの男が動いた。身体の下に隠していた右手を素早く引き抜く。その右手に握られているのは、虫除けの物にも見える小型のスプレー缶。男がボタンを押すと、勢い良く刺激臭を放つ赤色をした霧が噴き出した。

「っく!」

 天の反応は素早かった。手の中に何かを握っているのを見ると同時に、後ろに跳び、両手を顔の前で交差させて攻撃に備える。あまりにも整い過ぎた不自然な呼吸から、男が狸寝入りをしている可能性を考え、三割の警戒心として残しておいて正解だったようだ。

 が、正解ではあっても完璧ではない。ナイフのような武器を想定していた。しかし蓋を開けてみれば、スプレーガスによる攻撃。単純に距離を取ったのは良かったが、気体であるガスを完全に防ぐことは困難だ。

 恐らくは科学的な薬品だったのだろう、僅かに吸い込んだ口や鼻に刺激が走る。眼からは意志と関係なく涙が溢れてまともに開けていることも難しい。しかし命まで取るような物ではなかったようで、天は立ち上がると足を前後に広げ、両手を広げたまま胸の前で小さく構えた。

「狙いは何だ? 通り魔ってわけでもないんだろう?」

 変に甘い感覚と共に痺れる舌を何とか動かし、天がスウェットの男に訊ねる。目は暫く役に立ちそうにないと言うのに、その視線は確かに男のことを捉えていた。

「ブジョウコヤテンリュウ。アラオビタカシダナ?」

 スウェットの男が立ち上がり、片言の日本語で問うた。その気配を感じ取りながら、天は小さく頷く。天が収める武丈荒治天流は、『空』を読むことを基礎とし、奥義とする流派である。多少視界が塞がれようが戦闘能力が落ちるようなことはあり得ない。

「普通。攻撃する前に訊ねないか?」

「ソノトキハ、アヤマルダケダ」

 普通に警察沙汰だろう。男のあんまりな物言いに、天は思わず肩を竦めたくなる。勿論、危険人物と対峙した状態でそんな隙を晒すことはできない。

代わりに、後ろに下げた左足で大地を蹴り、天は男へと迫った。

 理由は見当も付かないが、喧嘩を売ったのは向こう。天はその喧嘩を買った。

 だから遠慮も躊躇もない。相手の心を折るまで徹底的に叩きのめす。

 それが、天が魂に刻み込んだ戦いの流儀だ。

 目を堅く閉じながら迫る天に、スウェットの男は再び右手のスプレー缶を向ける。幾ら筋肉を鍛えようと、痛みに対する訓練を行おうと、人間の生理的な反射までは堪えることはできないのが道理。

 しかしそれは悪手としか言いようがないだろう。腕を伸ばすと言うことは、自ら武丈荒治天流の間合いに入ることに等しい。

「遅い!」

 気合と共に左腕を突き出し、天は男の右手をスプレーごと掴み取る。

『武丈荒治天流』

 荒々しい名前とは裏腹に、非情に地味な流派として、裏の世界では地味に名前が知られていた。しかし地味と言うのは、決して弱さを表す言葉ではない。

 空を読む、と先に説明したが、その根本と真髄は『相手の気持ち』を考えることにある。勿論、他人に優しくする為ではない。肉体を殺すよりも、心を折る方が簡単だからだ。

 どんな生物よりも、人間は痛がり屋である。大抵の人間は骨の一本でも折れれば、戦うことはおろか、まともに逃げることすらできない。

 その理念を根底に置くかの流派には、驚くべきことに拳を握る型は一つも存在していない。拳で人間の骨を折るのは困難であるし、そもそも指と言うもっとも折れやすい部位を乱暴に攻撃に使うなんて、有り得ないことだ。

最小限の破壊で相手の心を砕き、勝利することを目的とした武丈荒治天流は、省エネ武術の走りであると言えるだろう。

 今回の様に、相手の端部を握り締めるのは、最も基本的な型であり、即ちそれは最も効果的で理想的な動きであった。

 狙いはスプレーのボタンにかかった人差し指。天は掴んだ相手の手を自分の方に引っ張るようにして捩じり上げる。

 と。

 ごき。

 意外な程に軽い音が響く。それは人差し指が根元から折れる音であり、戦意を砕く音でもあった。

「――ッ!」

 流石に、悲鳴を上げるような情けない真似はしなかったが、男の目尻に涙が浮かぶ。燃え上がるような痛みが、全身を這うように脈打っていることだろう。この痛みは決して一時的な物ではない。今後スウェットの男は身を動かす度に折れた人差し指の痛みに耐えながらの行動を強制させられる。鉛の重りのように、それは男の行動を縛るだろう。

 が、それだけでは天の攻撃は終わらない。握った右手を力任せに引き寄せる。痛みに表情を歪める男は身体を崩し、容易く無防備を晒す。

 天が狙うのは伸び切った右腕の肘。左手で相手の手を握ったまま、右手の掌を男の肘へとぶつける。逞しい腕から放たれた掌底は、テコの原理を利用した僅かな力で、易々と本来であれば曲がることがない方向に肘をへし曲げる。

「っがぁあああ!」

 流石に。

 流石に短時間二か所の骨折は経験のない痛みだったのだろう。男の絶叫が河川敷に響く。

 おまけだと、更にもう一度折れた肘へと掌底を追加すると、更にその声は大きくなり、男は女々しくもその場に座り込んでしまう。

 これが、武丈荒治天流の戦い方。

 何も、命を取るほどのことではない生命維持に関わるわけでもない、たった数本の骨が折れただけで、人は戦えなくなる。脆弱な生き物の特性を利用した、最小限の暴力で相手を制圧する、残酷なまでに平和主義な格闘術であった。

 いや。人の弱さを嘆くよりも、強さを讃えるべきだろうか?

 視界を塞がれていようとも、人一人を軽々と戦闘不能に追い込む戦闘能力。

 武丈荒治天流中伝。荒帯天一七歳の実力を褒め、恐ろしさに震えあがるべき場面なのかもしれない。

「念を入れとくか」

 唾を吐き捨てながら、天は痛みに悶える男の左手を取る。多少の抵抗はあったが、既に立つことも難しい相手に膂力で負けるわけもない。花を摘むように親指を握り締め躊躇なくそれを折る。親指は五本ある指の中でも代わりが効きにくい指だ。小指や薬指がなくとも困ることは少ないが、親指がなければ物を握ることすら困難になってしまう。

「――――!」

 これで、何かしらの暗器の類を持っていたとしても、まず使えまい。苦痛の漏らし方と呼吸から、口に何かを含んでいる可能性もない。

 完全に制圧したと考えて問題ないだろう。

 が、天は更に油断なく男の背後に回ると、その背中を蹴り飛ばす。両手を地面につくことすらできないスウェットの男は顎から地面へとぶつかり、小さな悲鳴を上げる。が、別に気を使う相手でもない。そのまま天は明らかに軍用と思われる分厚いブーツの底を使って男の顔を踏み潰す。こう言う場合、首を左右どちらかに向けさせるのは基本である。正面を向いていない。それだけで人間の身体は自由を大幅に失ってしまし、顎の関節を壊しやすい。

 それに、顔を踏むと言うのはただ殴りつけるよりも人の自尊心を大きく削り、精神的にも相手を追い込むのに便利である。

 最初に刺激物のスプレーを喰らったことを除けば、天の行動は武丈荒治天流として十二分に及第点の行動であり、眼を閉じたままと言う点を考慮すれば、彼の師である祖父が罰則を与えることもないだろう。

 それが、不味かった。完璧な対応が、僅かな慢心を産み、油断が生じる。

「!?」

 何の兆候もなく、天の側頭部に衝撃が走った。首が吹き飛ぶような激しいエネルギーと同時に、顔に生温かい赤色の液体が広がる。一〇〇キロを超える巨体が宙を舞い、そして少し遅れて複数の銃声が耳朶を打つ。

「っが!」

 意識の外からの攻撃を受けた天の巨体が河川敷に転がる。と、同時に彼は素早く立ち上がり、衝撃を受けたこめかみを触りながら、攻撃の発生した方角に顔を向け、瞼を堅く閉じたまま睨みつける。

 そして素早く現状を理解しようと頭を回転させる。

 銃声が聞こえたと言うことは、銃撃に間違いがない。が、それは衝撃の後に聴こえて来た。つまり、音と弾丸が離れてしまう程、遠くから狙撃されたと言うことだ。最低でも一キロを超える遠方からの狙撃。当たったのは一発のようだが、銃声は少なくとも三発は聴こえていた。

 なんとか二発は咄嗟に回避できたが、一発は貰ってしまった。何故、頭を撃たれて生きていられるのか? 答えは簡単だ、実弾ではなく、ペイント弾のような特殊弾丸だった。

 そもそも、武丈荒治天流に遠距離攻撃は通用しない。空を読むことに長けた彼等は、弾丸や矢よりも早く放たれる『殺気』を感じ取ることにより、飛び道具の一切を避けることができるからだ。

 しかしそれは逆に言えば殺気のない攻撃は回避できないと言うことである。

先程のスプレーや、今回の様な殺傷能力のない特殊弾丸は、当たり前だが殺気は乗らない。無論、攻撃する以上その気配を完全に隠しきることは難しいのだが、今回は人間の限界を明らかに超えた遠距離狙撃、流石の天を持ってしても射程圏外であった。

「し、くじった、か?」

 それでも、せめて眼が開いていれば、鼻がまともならば、舌に違和感がなければ、天は続く二発目三発目を回避することができたかもしれない。

 ただ、悲しいかな。それは所詮、たられば。

 三方向から音速を超えて放たれた特殊弾丸は、天の身体を狙い撃っていく。その度に血のように赤い液体が弾け、天とその周囲を怪我していく。

 銃弾自体は、耐えられない痛みではない。しかしこれ以上の痛みであれば、敵意や殺意から軌道を読むことができただろう。判別不可能なギリギリのラインに抑えられた、巧みな痛みであった。

 スウェットの男が倒れていたことに始まる一連の流れは、完全に荒帯天を無力化する為だけに練られた『天殺し』だったようだ。青年には成す術がない。

 そして五発目の弾丸が鳩尾を捉えると同時に、『天殺し』は完成する。

 全身を染め上げるグロテスクな赤色がまるで鼓動のように脈動し、その色を僅かに変化させる。粘度の高いその液体は、まるでアメーバのように形を変え、幾何学的な紋様が天を中心とした空間上に描き上げられる。

「魔法!?」

 三次元的な物理法則とは違う法に則った異次元の解の名を、天は叫ぶ。

 実の所、魔法と言うのは秘匿されてはいるが、珍しい物ではない。科学的に説明されていることの幾らかが、常人にも理解しやすいように科学とされているだけで、最先端家電に魔法が組み込まれていると言うのは裏の社会を生きるプレイヤーには半ば常識である。

 今回の攻撃も、ライフルから放たれた弾丸の運動エネルギーを術式に組み込んだ物であり、そこまで珍しい類の物ではない。

 問題は、籠められた魔力の量と質だ。

 天の修める武丈荒治天流は、その性質上、修行の過程であらゆる痛みを体験する。相手の気持ちを考える為にも、心が折れてしまう痛みに対する耐性を付ける為にも、決して避けては通れない過酷な修行である。

 当然のように天はあらゆる痛みを経験しており、主要な攻撃魔法や精神魔法も経験済みだ。が、その知識とも体験とも呼ぶべき物の中に、自らを取り囲む魔法の正体を看破する物はなかった。

 全ての魔法を知っているわけではないが、その量は膨大。だからこそ、逆説的に魔法の正体を想像することはできる。

真っ先に思い浮かべるのは、触れれば即死を意味する危険度の高い魔法。一撃で魂や肉体を葬り去る魔法は、当然だが体験したことはない。

 が、確実に人を殺せるような魔法を放つのであれば、天は絶対に察することができたはずだ。回避不可能な魔法を避けたり、広範囲の殲滅魔法を防いだりは勿論不可能だが、単純なライフルによる狙撃を喰らう道理はない。

 故に、即死級の威力を持った攻撃魔法はあり得ない。そもそも、今こうして生きていることがそれを証明している。

 残された可能性は、睡眠や麻痺を呼ぶような状態異常付与系統の魔法や、特定の命令を与える洗脳系の魔法である可能性が高いのだが、どうもそれにしては籠められた魔力が多過ぎた。

 わからない。

 そもそも、何故自分が今、攻撃されているのかすら、天は分からなかった。

 永劫の如く永く感じられた、しかし実際は数秒にも満たない時間が過ぎると、遂に魔法が完成してしまう。すっかりと固化した真っ赤な粘体は、天を囲う幾何学的で奇妙な魔法陣となり、燃えるように強く輝く。堅く閉じていても侵入してくる暴力的な光は、一瞬だけ全てを焼き尽くすように燃え上がり、何事もなかったように消えた。

 その場に残っていたのは、手の指と肘を折られたスウェット男だけであった。











「っぱぁ」

 眩い輝きが終わると、天は肺の中に溜めこんでおいた空気を一気に吐き出し、瞼を開ける。スプレーガスによる涙は、射撃された魔法触媒の液体によって流されてしまったのか、涙は止まり、何故か口や鼻の違和感も随分と和らいでいた。

「何処だ? ここ」

 呼吸を整え、五感を巡らせながら周囲を見渡す。

 薄暗い廊下であった。それも、大型トラックが擦れ違うことができそうな幅の、レッドカーペットが敷かれた煉瓦造りの廊下だ。窓はないが代わりに一定間隔でたいまつが壁にかけられており、揺らぐ炎が不気味に廊下に光を与えている。

 その様子に真っ先に思い浮かべるのは西洋の城だ。一度だけドイツの古城を訪れたことがある天は、似たような雰囲気を現在の廊下に感じ取っていた。

 ならば、あの魔法は空間転移系の魔法だったのだろうか? 確かに、それであれば殺意や敵意は最小限に抑えられる。が、わざわざ何処かの城に飛ばしておいて、伏兵も何もないと言うのも奇妙だ。

 観光地宜しく、イミテーションの電気仕掛け等ではなく、本物のたいまつを灯しているのも妙な話だ。換気が行き届いているのか、息苦しさは感じないが、窓のないこんな場所でたいまつを使うなんて事故の元としか思えない。

 そのたいまつの一つを壁から抜き取り、全裸(衣類は全てなくなっていた。が、天は基本裸族なので大きな問題ではない)の青年は最初に向いていた方へと廊下を歩き始めた。根拠のない行動ではなく、微かな動く気配への前進であった。

「『自ら飛びこむ方がいい。手をこまねき待つよりは』」

 敵性の存在の可能性も考慮しつつ、踝まで埋まってしまうレッドカーペットを慎重に進んで行く。

 よくよく観察してみれば、廊下の隅には空き缶やビニール袋、古そうなクルセイダーソードや錆ついたトカレフ、見たこともない奇怪なオブジェや人骨が転がっていることに気が付く。どれも年代はバラバラで、隣り合う者同士ですら共通性が感じられない。

 その中の一つ。ボロボロの週刊誌の様な物を見つけ、天は左手でそれを取る。雑誌を燃やさないように、たいまつと顔と雑誌の位置を模索しながら、週刊雑誌の表紙を眺める。不安定なたいまつの灯りでは詳細を読むことは難しかったが、何とかタイトルは確認できた。

「『闇の蝶々』第百二十八号。天魔開闢一〇周年記念…………二〇二五年四月号?」

 寡聞にして知らないタイトルに、一〇年後の発売日。天は背中に冷たい物を覚え、破かんばかりにその内容に目を通す。

「『二〇一五年』……『天魔開闢』……『救世主リヒト』『魔道王ナイン』…………『なるようにならない最悪』…………『大日本皇国』『国際企業連合』…………『ハーフオルフェウス』『第三次世界大戦』……『這い寄る混沌』」

 大袈裟な見出しと共に描かれたそれらの単語の意味を理解することもなく、天は雑誌の記事に没頭する。読むのに熱中しすぎ、髪の毛が少し焦げ、異臭を放ったが、気にしている場合ではない。

 その安っぽい雑誌の記事には、まるで預言書の如く精密に一〇年間の歴史が書かれているのだ。極めつけには、最後のページにでかでかと乗せられた女性の写真だ。

 何処か見覚えのあるその顔の横には、先程分かれた同級生の少女の名前と共に、常識的でない金額がと『生死問わず』の一文が記されているのだから。

「何が、どうなってやがるんだ?」

 たっぷりと時間をかけて雑誌を読み終え、天には珍しく諦観にも似た溜め息を漏らす。

 突然の襲撃に、狙撃。一瞬で場所が変わったかと思えば、推定古城の中。がらくたの中に混じった雑誌には、未来予知。

 何の統合性もない現実に、これは夢ではないかと疑い始めた頃。

「ほーほーほー。生きた御客人とは珍しいほー」

 低く野太い声が暗がりの廊下に響いた。最初に感じた気配だったのだろう。あまりにも突然の声に、全裸の天は慌てずに立ち上がり、声の方へと身体を向けた。

 全てを解かしてしまいそうな闇の奥から現れたのは、天の腰辺りまでの身長しかない小男だった。

「は?」

 その男を見て、天は眼を丸くし、苦笑する。

「流石に、冗談がきついぜ…………」

 男の顔は丸型で、毛ではなく薄い灰色の羽毛で覆われている。二つの瞳はまん丸で愛嬌があるが、黄色く鋭い嘴は非常に攻撃的に感じられ、近寄りがたい。服装は執事服とでもいうのだろうか? 青色の蝶ネクタイと、サスペンダーが可愛らしく、妙に似合っている。ただ、服の袖から伸びる腕に指はなく、完全に羽根となっている為にどうやって服を身に着けたかは謎だ。まさか、足のかぎづめでできるわけもないだろう。

「…………ミミズクが立って喋ってやがる」

 驚きもするだろう。天の目の前に現れたのは、猛禽の頭をもった人間だったのだから。

 怒涛の展開である。もはや世界観がわからない。

 どうやら運命の荒波はまだ、天を試している途中のようだ。

「ノン! 私はワライフクロウの信夫ですほー。お見知り置きをほー」

 語尾があざとい。現実逃避に天はそんなことを思った。

「ご丁寧にありがとうございます…………。自分は荒帯天と言います」

 自分の現実対応力の高さに驚きを隠せない天はぺこりと頭を下げる。

「ほーほーほー。全裸の癖に礼儀正しいほー」

「あの、それで信夫さん。少しお聞きしたいんですが、よろしいですか?」

 何故、自分は鳥頭に下手に出ているんだろうか?

 わからないことが雪だるま式に増える現実に歯止めをかけようと質問を提案したわけだが、そもそもこの行為自体が謎過ぎる。

「問題ないほー。私も話し相手ができて嬉しいほー」

 どうでも良いが、天はペットに猫を飼っているが、話しかけたりはしないタイプの飼い主である。

「では、その、ここは何処でしょうか?」

 他にも訊きたいことは無数にあったが、最初に訊ねたのは、まずそれだった。

 明らかに現実と隔離されたこの空間。未来の日付の物と、古の物が並ぶ奇妙な廊下。

 一体、ここは何処なんだ?

「ほー。ここは忘れられたことすら忘れられた場所。あらゆる因果を結ぶ無秩序なる秩序の回廊。忘却の存在を示す城。終わった場所。『異界:エルドバースト』だほー」

「はい?」

「要するに、捨てられた記憶の博物館ほー。集合的無意識が無意識的に造り出した、存在の破棄所ほー」

 まったく要点が掴めないことを言って、信夫は胸を張る。元々が猛禽なだけあって、執事服の下の胸がはげしく盛り上がり、凄まじい自己主張をしている。これが普通の人間で女の子なら最高なのに、と言いたい気持ちをぐっとこらえ、天は今の説明を整理する。

 何やら小難しいと言うか、小恥ずかしいことを言っていたが、重要なのは『異界:エルドバースト』と言う単語だ。

『異界』

 異なる界。

 何処と?

 二〇一五年。天が生きていた世界とは違う世界?

「つまり、それは、もしかして、ここは『異世界』ってことか?」

Exactlyそのとおりでございますほー

 羽根塗れの顔を歪めて笑顔らしい物を作ると、信夫は翼を打ち合わせて拍手もどきをしてくれた。

 天は全裸のまま、天を仰ぐようにして皮肉気な笑みをつくる。


「はは。どうやら、異世界転移をしちまったらしい…………」


 お付き合い頂き、ありがとうございました。

 裏話的な話しになってしまいますが、この最後の話しには二種類の解釈ができるようにと、構想して書きました。

 が、あまりにも一人称視点がお粗末(三人称はまだマシだと思いたい)なので、もしかしたら意味不明な小説になっているかもしれません。

 なので、もう一度書きます。

 最後の話しには二種類の解釈ができるようにと、構想して書きました。

 お楽しみいただけたら幸いです。

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