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悪魔

 アースが不気味な笑みを浮かべながら、ニドルクと海王の繰り出したパンチを素手で受け止めた。

 それを見て、俺は驚きのあまり、大きく目を見開いた。


 さっきまで、アースはケンゴたちに一方的な攻撃を受けていた。

 これにより、あと少しでやられてしまうのではないか、というところまでボロボロになった。


 なのに、今はその傷も完全に癒えている。

 回復速度が尋常じゃない。


 加えて、魔王と海王の攻撃を素手で止めたことも驚愕だ。

 以前、アースがニーズの拳を止めたことがあったが、今回はその比じゃない。

 倍以上の威力はあったはずなのに、アースはさして問題ではないというような表情を浮かべている。


「うっ…………あ、がぁっ!?」 

「…………ぬ……ぅ……!」


 ニドルクと海王がうめき声を上げ、その場で膝をついた。


 アースがなにかをしたのだろう。

 しかし、どのような危害を加えたのか、俺には全然わからない。


「うふふ……無骨な手で私に触ろうとするからですよ……」


 アースが2人を見下すように呟いた。


 ……力の差が圧倒的過ぎる。

 八大王者と呼ばれる屈強な男が2人がかりで攻めたのに……まるで歯が立たないなんて。


「まだだ! こうなりゃ、トコトンやってやるぜ!」

「ガルガル!」


 ケンゴとガルディアが、再びアースに襲い掛かる。

 魔王と海王がやられても、ケンゴたちは攻める気概を失っていない。


「いいえ……あなたたちにも、そこで静かにしていてもらいましょう……」

「ガルッ!?」

「なっ!?」


 それに対するアースは、ケンゴたちのほうへと手を広げ、魔法のようなものを発動させた。


 アースの足元から、黒い触手のような物が出現し、ケンゴたちに向かって伸びていく。

 その触手は俊敏で、ケンゴたちをあっという間に拘束した。


「クソッ! 放しやがれ!」

「無駄ですよ……その束縛を解くことは……人の身では不可能な芸当です……」


 ケンゴとガルディアは、触手による束縛のなかで、必死にもがいている。

 しかし、アースの言う通り、束縛が解ける様子はまるでない。


「ぐ……せめて、『未来予知』で動きを予測できりゃあ、こんなのに捕まらねえってのに……」


 ……やっぱり、アースにはケンゴの『未来予知』が効かないのか。

 ここまでのやりとりを見る限り、そうじゃないかとは思っていたんだが……知りたくなかった情報だ。


「うふふ……残念でしたね……それは私が1000年も昔に攻略した力です……」


 かつてアースは、神であるクロスたちと戦っていた。 

 多分、そのときに『未来予知』の対策を編み出したんだろう。


「さて……次は、この煩わしい結界を作り出している子の排除でもしましょうか……」

「!」


 アースの視線が、いまだ聖魔法の発動を維持している法王に向かう。

 それと同時に、法王のすぐ近くの空間が突然歪みだし、そこから黒い杭のようなものが1本飛び出してきた。


「さ、させないわよ! アース!」


 黒い杭が法王の眉間に突き刺さるかに見えた、そのとき。

 法王の前方に虹色の膜が出現し、杭を止めた。


 今の膜は、精霊王が張ったのだろう。

 ケンゴたちの上空に現れたやつと同じだ。


「アリアスですか……また同じことをされても面倒です……あなたから始末してあげましょう……」

「!?」


 アースが精霊王を睨む。

 すると――今度は数十本にもおよぶ黒い杭が、精霊王に向かって飛んでいった。


「くっ……!」


 精霊王は法王にやったときと同じように膜を張る。


 しかし……。



「…………ああああああああああぁぁぁ!!!!!」



 ……その膜は、黒い杭の集中砲火に耐えられなかった。


 杭が膜を破り、精霊王の体へ次々に突き刺さっていく。


「やめろおおおおおおおおおお!!!」


 龍化していた火焔が叫んだ。

 そして、口から炎を吐こうとするも……寸でのところで中断した。


 よく見ると、さっき精霊王がみんなの上空に張った膜が消えている。

 この状態で火焔が炎を吐いたら、周りにいる奴らを巻き込んでしまう。

 だから今、攻撃を躊躇ったのか。


「うふふ……火焔……あなたの優しさは……誰も幸せにできませんよ……」

「ガアァァッ!?」


 火焔のほうにも杭が飛んでいく。


 ……体が大きい今の火焔では、それを避けることができない。

 これでは良い的だ。


「う……ぐ……おのれ……アースぅ……」


 火焔が龍化を解いた。

 それによって、体に打ち付けられた杭がボトボトと地面に落ちていく。


 けれど……人の姿になっても、火焔の身はボロボロだった。

 体中から赤い血を流している。

 もう瀕死の状態だ。


 見た感じ、再生しているようにも見えない。

 火焔は桁外れの再生能力を有していたはずなのに……いったいどうしたんだよ……。


「く……『エクスハイヒーリング』!」


 法王が聖魔法を中断し、火焔たちに回復魔法をかけた。

 が、それでも彼女たちの傷が癒えることはなかった。


「うふふふふ……無駄なことを……」


 アースが法王を見て笑っている。

 口元を歪ませ笑うその様は、とても愉快そうに見えた。


「あなたたちには特別な杭をプレゼントしました……回復魔法では癒せず、再生能力も極端に落ちる術理が練り込まれています……」

「な……」


 おい……。

 それは……かつてクロスたちがアースにやったっていう攻撃じゃないか……。

 アースはもう、そんなことまでできるのかよ……。


「そんな……馬鹿な……私の回復魔法が効かないなんて……」

「おい! 火焔! アリアス! しっかりしろ!」

「ガルルルルルッ!」


 ケンゴとガルディアは火焔たちのところへ行こうと触手の中でもがいている。

 しかし、それでもアースによる束縛は振りほどけない。


 ……ついさっきまでケンゴたちが優勢だったのに……あっという間に覆された。


 ケンゴとガルディアは身動きが取れず、精霊王と火焔は重症。

 ニドルクと海王はダメージらしいものを受けていないものの、その場に(うずくま)ったまま、立ち上がれずにいる。

 形勢は……完全に逆転した。


「そんな……八大王者でも歯が立たないなんて……」

「これが……魔女の力……」


 火焔たちの戦いを見ていた連中がざわめきだした。

 みんな、この結果にショックを受けているように見える。


 無理もない。

 龍王、精霊王、魔王、海王、剣王、法王、そして獣王の代理。

 八大王者と呼ばれていた、ほぼすべての強者たちが、アース1人に圧倒されてしまったのだから。


 もはや、アースを止められる者は、誰もいない。

 そういう雰囲気が、この場を支配している。


「うふふふふふふふ…………これが私の力です……私に抗うことが、どれだけ無意味なものか……これでわかったでしょう?


 アースが愉快そうに笑っている。

 だが、俺たちは誰もその笑みを止められない。


 この場には、ありとあらゆる強者が集まっている。

 にもかかわらず、アース1人には勝つことができない。

 そんな馬鹿げた現実が、八大王者の完全敗北によって濃厚となってしまった。


「うふふふ……ふぅ……ですが、流石に私もちょっと疲れてしまいました……」


 そんなとき、アースは突然――俺のほうを向いた。


「シン……こんなときこそ、あなたの番ですよ……」 

「……え?」


 声をかけられた。

 その瞬間、俺は嫌な予感がした。


「私に回復魔法をかけなさい……あなたは、そのために生かされているのですからね……」


 アースは俺の体に巻きついたツタを手刀で切り裂き――予想通り、回復魔法を要求してきた。


「だ、誰がするものか……」


 俺はアースの要求を拒む。

 要求を呑んだら最後、もう誰もこいつを止められなくなると思ったがゆえに。


「強がるのも、そこまでにしておきなさい……でなければ、あなたも死んでしまいますよ……?」

「ぐ……」


 全身に激痛が走った。

 アースの命令に逆らったことによる、呪いの効果だ。


 これに逆らい続けたら、俺はトウマのように死んでしまうのだろうか。

 それは……嫌だな……。


 ……でも。


「俺は……お前の命令なんか……聞かない……」


 死ぬのは嫌だ。

 でも……こいつの命令を聞くのは、もっと嫌だ。


 どうせ、ここで俺が死んだところで、失うのは記憶だけだ。

 それは俺にとって非常につらいことだが……この世界の人々を危機に晒すような真似と比べたら、些細なことだ。


「たとえ死ぬことになっても…………俺はお前の思い通りになんて動かない!」


 アースをダメージヒールで回復したら、この世界は詰む。

 誰も彼女を倒せなくなる。


 そうなったら最後。

 この世界の住民は、アースのオモチャとして、生と死を弄ばれることになるだろう。

 そして……クロスが以前に語った内容に偽りがなければ……アースは地球にすら危害を加えてくるかもしれない。


 俺の感情が挟める余地など、もはやない。

 ここでアースの言う通りに回復魔法をかけることは、絶対に許されない。


「強情ですね……ニーズと同等の祝福をあなたに集中させているはずなのに……ここまで私の命令を拒絶するとは思いませんでした……」


 俺が啖呵を切ると、アースは目を丸くした。


 苦しい。

 もはや、息をすることすら、ままならなくなっている。


 痛い……苦しい……つらい……。

 まだ意識は保てているが、それも、いつまで続くかわからない……。


「でしたら……私にも考えがあります……」


 と、そこでアースは宙に1本の杭を出現させた。


「今から、あなたのお友達を1人ずつ殺していきます……」

「な…………」

「あなたがいつまで強情でいられるか……試してあげますよ……」


 アースの口元に笑みが戻った。

 それを見ながら、俺は心の底から恐怖を感じていた。


「まずは……そうですね……あの大きなお犬さんからにしましょうか……」

「!」


 いまだ黒い触手に束縛されているガルディアに、アースの視線が向く。

 そこで、ふと思い出したというように『そういえば……』と呟き、アースは口元を歪ませた。


「うふふ……あの子の一族は、馬鹿な子ばかりでしたね……ルヴィたちの言うことに耳を傾けていれば……もっと長生きもできましたのに……」

「なに……? どういう……ことだ……?」


 ガルディアを見ながら、アースがさらに意味深なことを口にした。

 それがどうにも理解できず、俺は恐る恐る問いかけた。


「この子の家族に当たる子たちは……以前、ルヴィたちが仲間になるよう勧誘していたのですよ……」

「勧誘……だと……」

「ええ……ですが、あの子たちは私たちの仲間になることを拒んだのです……だから早死にしたのですよ……私の祝福でね……」

「!?」


 それは……つまり……ガルディアの父と、夫の仇は――。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!」



 突如、ガルディアが暴れ出した。

 その様は鬼気迫っており、体に食い込む触手をものともしていない。


 彼女は、完全に怒っている。

 家族の仇を見て……我を失くしている。


「うふふふふ…………愚かといえば……ニドルク……あなたの一族も……なかなかに愚かでしたよ……」

「な……に……」


 さらにアースは、笑いながらニドルクのほうを向いた。


「あなたの祖先……初代魔王であるニドル・フィヨルドは……『自分がこの世界を制覇したら、魔族には危害を加えないでほしい』、と私に縋りついてきたことがあるんですよ……」

「しょ、初代魔王様が……?」


 ニドルクはアースの言葉に耳を傾けながら、表情をこわばらせている。


 1000年前、アースは自分の魂の欠片が入った器を、どこかに潜ませていた。

 その隠れ場所は、今と同じく魔王のところだったということか……。


「まあ結局、あの子は火焔に殺されてしまいましたけどね……その後も、あなたたちにニドルの悲願を達成させてあげようとしたのですけど……上手くいきませんでした……うふふ……」

「き……貴様…………貴様貴様貴様ァ!!!!!」


 ガルディアに続いて、ニドルクまでもが激怒した。

 しかし、体が思うように動かないのか、その場に這いつくばった状態でアースのほうへ向かおうとしている。


「うふふふふ……この世は上手くいかないことだらけです……なにかをやっても失敗ばかり……まいってしまいますね……」


 アースはニドルクを見下ろしながら、愉快そうに不気味な笑みを浮かべる。

 それを見ながら、俺は――前の前にいる相手が悪魔であると確信した。


 世界の敵。

 排除すべき悪。

 この悪魔は、この世に不幸をもたらす。

 クロスたちが必死になってアースを排除しようとした理由が、今ここに至って、やっとわかった気がする。


「話題が逸れましたね……興が乗ると、つい本題を忘れてしまうが私の悪いところです……」


 悪魔が再び俺を見た。

 邪悪な笑みを浮かべ、人をその辺の石ころ程度にしか見ていないような瞳で、俺を見てきた。


「さあ……回復魔法を使いなさい……さもないと……あなたのお友達が死んでしまいますよ……?」

「う……」


 俺は……詰んだ。

 どうあがいても、その先には地獄しかない。

 悪魔が俺を地獄へと(いざな)おうとしている。



 もはや、俺の心は折れる寸前だった。



「お……おれ……は――」


 俺は口を開く。

 答えなど用意していないその口は、やがて言葉を紡ごうと――。





(小童よ。ずいぶんと苦しんでいるようだな?)





 ――俺の脳裏に何者かの声が聞こえてきた。



「え……?」


 それは、どこかで聞いたことのあるような声だった。

 が、とっさには思い出すことができず、そもそも、なぜそんな声が聞こえてきたのかわからず、俺は頭の中が真っ白になった。


「……? どうしたのです……早く答えを――――!?」


 首を傾げているアースの背後に、巨大な影が現れた。

 その影は、次第に輪郭を露わにしていき――マントを羽織った人骨となった。


「あ……あなたは……」


 アースが前を向いたまま、驚いたというような表情を浮かべている。

 そして……そんなアースの背後には……。



「フッハッハッハッハ! アースよ! 貴様の最も悪いところは、そうやって勝ち誇るとすぐ周りが見えなくなるところだと我は思うぞ!」



 かつて、地下迷宮の奥で出会った死霊族、グレイル・カバリアが立っていた。

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