ケンゴVSシン?
魔王の座を賭けて、ニーズと先代魔王が戦った。
その結果、先代魔王がワンパンでニーズを下し、魔王としての権威を取り戻した。
俺は、そんな2人の戦いを、すぐ近くで見ていた。
「…………」
先代魔王、ニドルク・フィヨルドは、確かに強いと感じた。
俺ですら目で追うのがやっとだったニーズの動きに対応して、顔面に渾身の一撃を食らわしたんだからな。
強くない、なんて言えるわけがない。
しかし……。
「……帰ったら、おしおきが必要ですね……あの子には」
アースが不愉快そうな表情で呟いた。
多分、こいつも察してるんだろう。
今戦ったニーズは……ほんのわずかにだが、手を抜いているような気配があった。
前に魔王城で見た動きよりも、鋭さがなかった。
相手が自分の父親だからか、それとも、あえてこの場でわざと負けるよう動いたのか、どちらなのかはわからない。
しかし……ニーズの敗北は、魔族にとって望ましい結果であったことには違いないだろう。
だから俺は、ニーズはわざと負けたんだと思っている。
わざとであれば、手を抜いていたように見えたことも、ニドルクに向かって真っ直ぐ突進した理由もわかる。
決闘前に戦う気マンマンでいたのも、ニーズの演技だったってわけだ。
ちょっと驚いたな。
あの戦闘狂じみたニーズが、魔族や他の種族の目の前で敗北という醜態を晒す道を選ぶだなんて。
これで、周りから見たニーズの格は大きく下がっただろう。
それでもニーズは、魔族の未来を選んだんだ。
ただ単に、このままアースの操り人形にされるのが、負けを晒すこと以上に我慢ならなかっただけかもしれないが。
「我が愛すべき同胞諸君! これが儂の力だ!」
ニドルクが両腕を広げ、魔族の兵たちに高らかに告げる。
「儂は第127代目魔王、ニドルク・フィヨルド! 今も変わらず、魔族の王である!」
「!」
すると、魔族の兵たちはニドルクにひれ伏し、その場で頭を垂れ始めた。
……こうしてみると、魔王という存在が魔族にとってどれだけの権威を持つか、よくわかるな。
数万という規模の魔族が一斉にひれ伏す様子は圧巻の一言だ。
「……シン」
と、俺がそんなことを思っていたら、突然アースに声をかけられた。
なにか、イヤな予感がする。
この状況は魔族にとって願ったり叶ったりであるだろうが、こいつにとっては都合が悪いだけだからな。
「あの男……ニドルク・フィヨルドを始末なさい」
……やっぱりそうきたか。
アースは、ウルズ大陸への侵攻を諦めていない。
たとえ魔族から反感を買っても、ニドルクを始末してニーズに軍の指揮を取らせるつもりだ。
そして、俺はそれを阻止することができない。
いったいどうすれば――。
「おっと、そうはさせねえぜ」
俺がアースの命令に頭を悩ませていると、ケンゴがそう言って前に出てきた。
「ケンゴ……」
「なんだよ、シン、泣きそうなツラしやがって。てめえらしくねえなあ」
「う、うるさいな」
少し、心が弱くなっていたのかもしれないな。
表情を引き締めよう。
本当は、今すぐにでもケンゴたちのほうに立ちたい。
だが、アースの呪いがある以上、俺にはそれができない。
もどかしいな。
……そういえば、ニドルクはアースの呪いを受けていなかったのか?
こうして表立ってアースと敵対しているのに、苦しそうな様子が一切見受けられない。
「私の計画の邪魔をするというのでしたら……あなたから始末してもいいのですよ……」
ニドルクの様子に気を割いていると、アースはケンゴに鋭い視線を向け出した。
「シン……邪魔する相手はすべて始末なさい……それと、ニーズのように手を抜くことは禁止ですよ……」
「ぐ……」
こいつ……ニドルクだけじゃなく、ケンゴまで俺に倒させる気か。
現状、アースの手駒は俺とカルアしかいない。
魔族の兵はアースの言うことなんて聞かないし、そいつらを動かせるニーズは、はるか後方だ。
もしかしたら、他に手駒を持っていたりするのかもしれない。
が、俺の知る限りでは、それもないように見える。
おそらく、アースの扱う呪いには、多くの人物へ同時に使うことができないような欠点があるんだろう。
「どうしましたか……シン……早くいきなさい……」
……考える時間もここまでか。
体中に鈍い痛みが広がってきている。
「しょうがねえなあ。んじゃ、やりあってみっか、シン」
「え?」
ケンゴが剣を抜いて、俺のほうへと歩き出した。
まさか、ケンゴは俺と戦う気なのか?
「てめえがどんな状態なのかは、俺にもわかる。魔女の命令に逆らえないんだろ?」
「あ、ああ……その通りだが……」
「だったら、俺とやり合うしかねえよな」
いや、それはそうなんだが……。
本気で言ってるのか?
「け……ケンゴさん!」
ケンゴの様子を見てか、待機していたフィルが大声を上げた。
しかし、彼女は近くにいたセレナたちに抑えられ、その場から動けずにいた。
多分、俺の身を案じてくれているのだろう。
「大丈夫大丈夫。俺に任せとけって……フィル以外の奴らも、俺が合図するまでは動くんじゃねえぞ」
ケンゴはそう言って、剣を持っていないほうの手を軽くヒラヒラさせた。
その手首には、死霊の腕輪が装着されている。
どうやら、俺と戦うことを初めから想定していたようだな。
『未来予知』で見ていたのか、勘によるものかはわからないが、用意周到な奴だ。
「……さて……まさか、こんな形でてめえとガチバトルをするとは思ってなかったが――覚悟はいいか?」
「っ」
ケンゴは……本気で俺と戦う気だ。
身に纏う気配が違う。
思えば、アースでこいつと本気の戦いをする機会は、今までなかった。
戦うときは、なにかしらのルールや縛りがあって、互いに最大の力を発揮したとはいえなかったからな。
「……ケンゴがそのつもりなら、俺も本気でいかせてもらう」
「おう、そのつもりでこい」
ケンゴが今、なにを考えているのか、俺にはわからない。
俺に後ろに控えている人物が魔女と呼ばれる存在であることは、キィスたちから聞いているはずだ。
もしかしたら、ケンゴは俺よりこの世界の平和を優先するのかもしれない。
魔女の軍門に下った俺を倒したあとで、クレールという依り代を得た魔女をも倒そうとしているのかもしれない。
だったら、俺はここで手を抜くわけにはいかない。
アースに手を抜くことを禁じられているから、もとより本気でいくしかないわけではあるんだが。
「まあ……先手は俺が取らせてもらうけどな!」
「!」
ケンゴが俺に向かって走り出した。
まだ距離はあるものの、うだうだと待っていたら、すぐに詰められるだろう。
そう思った俺もまた、当たり負けしないよう、ケンゴに向かって走り出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うらああああああああああああああああああああああああああああ!」
そして……俺の大盾とケンゴの剣が、激しい金属音を立ててぶつかり合った。
流石はケンゴの太刀筋といったところか。
素直でいて、非常に重い。
少しでも力を抜いたら、そのまま押し切られてしまいそうだ。
「おらあ! まだまだいくぜえ!」
勢いに任せて、ケンゴは積極的に攻めてくる。
それは、俺に反撃をする暇を与えないほどの連撃だった。
「ぐっ!」
……一応、こっちは『時間暴走』も使ってるっていうのに、なんて速度だ。
これがケンゴの本気かよ。
どうする?
『時間暴走』の出力をもっと上げるか?
たとえ上げたとしても、ケンゴはそれに対応してみせるかもしれないし、そもそも、速度を上げてケンゴを倒せたとして、俺になんの意味があるのか疑問ではあるが。
こういった迷いが、戦いにおいては決定的な差をつけてしまうっていうのに……。
ケンゴが俺を倒す意味はある。
しかし、その逆はない。
俺がケンゴに勝ったとしても、それは現状維持にしかならない。
この戦いに、俺の意思は乗っていないのだ。
「守ってばっかじゃジリ貧だぜ! シン!」
「!」
いまだ俺に迷いがあるのを悟ってか、ケンゴは一際重い一撃を大盾に叩き込んできた。
さらには、ケンゴは自分の足元を力強く踏みつけ、地面に凹凸を作り出した。
あれは……まさか。
「ぐっ!?」
ケンゴが剣スキルの『スラッシュ』を放ってきた。
しかも、それは限界まで予備動作が隠され、なおかつ、放った後の硬直時間がゼロというものだった。
通常、対人戦においてスキルの不用意な発動は命取りになる。
スキルの予備動作から、その後の動きを読まれることと、スキル発動後の硬直時間を狙われる危険があるからだ。
特に、それはケンゴたちのような近接戦闘において、より慎重さが求められる。
けれど、スキルによって放つ攻撃は、通常の攻撃よりも強烈だ。
敵に当てることができて、なおかつ、硬直時間などを狙われないような工夫ができるなら、対人戦においても強力な武器となる。
そして、ケンゴはそんな隙のないスキルの発動が大の得意だ。
スキルの動作をワザと狂わせて隙をなくすその技術に、かつてケンゴと決闘大会で戦ったときの俺は舌を巻いたが、そこではまだ未完成と呼べるものだった。
だが、現在は違う。
あれからも修練を積み続けたんだろう。
ケンゴは、比較的初動の隙が少ない『スラッシュ』であれば、まったくのノーリスクで放つことができるようにまでなっていた。
『スラッシュ』はクールタイムが非常に短く、また、剣スキルにおいて基本中の基本、初歩の初歩と言えるものだ。
が、ケンゴが放つこれは、初歩だなんて呼べる代物じゃない。
言ってしまえば……もはや奥義と言える域だ。
それだけ言う価値が、この技術にはある。
少なくとも、こんな芸当を実戦レベルで扱える奴を、俺はケンゴ以外に見たことがない。
「どうした! シン! 俺の攻撃に手も足もでないってか!」
スキルを連発しながら、ケンゴが俺を煽ってくる。
普通の攻撃でさえもかなり重いのに、スキルの威力が上乗せされている。
正直、守るだけで手一杯だ。
反撃のしようがない。
「く…………うらっ!」
けん制の意味を込めて、俺は『クロス』の先端をケンゴに向けて突きだす。
しかし、そんな苦し紛れ同然の攻撃がケンゴに当たるはずもなく、あっさりと回避されてしまった。
「おっとぉ!」
「?」
が、どういうわけかケンゴは、そのタイミングで俺から数メートル距離を取った。
勢いはケンゴのほうにあったはずなのに、これはいったいどういうことか。
「…………!」
と思った瞬間。
ケンゴは手に持っていた剣、神器『ラグナロク』を掲げ、その直後、その剣から直視できないほどの強烈な光があふれ出てきた。
まさか……アレを撃つ気か?
ミーミル大陸で見せた、あの一撃必殺の斬撃を――。
「ぐぅっ!」
この斬撃に触れたら死ぬ。
どのような防御を行っても、まったくの無意味。
大盾ですらも真っ二つに切り裂く。
直感でそう断定した俺は、全力で横っ飛びをした。
「くらえ――これが俺の全力だ」
そして、雲を突き刺すかのような光の刀身が現れ、ケンゴはそれを振り下ろした。
――俺が回避運動をした、その先へ。
「…………え?」
そのとき、俺は違和感を抱いた。
ケンゴなら、こんな大技を放つとしても、それは必中のタイミングを狙うはずだ。
なのに、今回はかなり不確実なタイミングで放ってきた。
案の定というべきか、俺はその剣技の餌食にならなかった。
というより、回避にもわりと余裕があったように思う。
なんだこれは。
どういうことなんだ。
ケンゴは、どういった意図で、こんな大技を――。
「…………!!!」
俺は、ケンゴが振り下ろした剣の先に誰がいたのか、そこでやっと気づいた。
「うふふ……まさか、戦いの最中に私を直接狙ってくるとは……大胆な子ですね……」
アースは頭上から迫る光の刀身を掴みながら、不気味な笑い声を上げた。