友達2
旅の準備を終えて、俺は一時的にアースから帰還した。
ミーミル大陸へ遠征するための許可を、地球でも取るためだ。
アースで全部手続きを済ませさせてくれよ。
こんなのは時間の無駄だろう。
変なところで融通が利かないな。
……と愚痴を言ってみたものの、だ。
地球に戻ってこないとやれないことっていうのもある。
たとえば、まだ病院施設に入院している水野のお見舞い、とかな。
「――とまあ、そういったことがあって、俺たちは管理局からの処分を免れたってわけだ」
「そ、そんなことがあったんですか……」
遠征のための書類を作成して学校に提出した俺は、水野のいる病室を訪れた。
地球の時間軸でみると、最後に会ってからまだ1日しか経っていない。
でも、彼女と会うのも久しぶりに感じる。
「龍王という方についてもそうなのですが……一之瀬さんが神様ともお知り合いだったなんて、ビックリしました……」
水野は俺がアースで体験した出来事を、目を真ん丸にして聞き入っていた。
「信じられないか?」
神様とお知り合いですとか、普通の人が聞いたら『なに言ってんだお前』ってなるよな。
だから、たとえ水野が俺の話を信じてくれなくても、ショックではない。
「い、いえ! 一之瀬さんがそんな嘘をつくだなんて、私は思ってません!」
「そ、そっか」
信じてくれるのかよ。
俺のことを信頼してくれてるってことなんだろうが……将来悪い人に騙されたりしやしないか、少し不安になる。
「やっぱり一之瀬さんは凄いです! そんな方たちともお知り合いなんですから!」
「ははは……ところで、水野はあとどれくらい入院していないといけないんだ?」
話題を変えようと思い、俺は水野に訊ねた。
彼女が入院しなくてはならなくなったのは、俺のせいだ。
早く良くなってほしいが、精神的なショックは、場合によっては肉体の怪我よりも性質が悪い。
俺は彼女が無事に退院するまで、ここに通い詰める気でいる。
「あ、その件でしたら心配いりませんよ。『明日になったら退院していいよ』ってお医者様が言ってました」
……と思っていたけど、どうやら大したことはなかったみたいだ。
なんだ。
明日になったら退院していいって、逆に肩透かしだな。
でもまあ、それだけ彼女が元気であるという証拠とも言えるわけだから、素直に喜んでおこう。
「……それよりも、私は一之瀬さんのほうが心配です」
「え? 俺?」
「はい」
水野の退院時期が思いのほか早いことを知ってホッと息をつく間もなく、俺はキョトンとした表情で首を傾げた。
俺のなにが心配だっていうんだろうか。
「さっきまでのお話を聞く限りでは、一之瀬さんは今度、ミーミル大陸に行くんですよね?」
「あ、ああ、そうだが」
「……あまり無理はしないでくださいね? その……一之瀬さんが危ない目に遭うのは私も嫌ですし」
そっか。
水野は俺の身を案じてくれているんだな。
ミーミル大陸なんて、彼女にとっては外国のような場所という認識なんだろう。
けれど、俺はもう何度かその大陸に足を踏み入れている。
それで気を抜くわけじゃないけど、そこまで危険な遠征というわけじゃない。
「ちゃんと……帰ってきてくださいね。私、また一之瀬さんのお話……聞きたいですし」
「……うん、わかった。今度会うときは、もう少し面白そうな話題を持ってくるから、期待しててくれ」
「! は、はい!」
俺は病室のベッドに座る水野の頭を優しく撫でた。
すると、彼女は満面の笑みを俺に向け、元気よく頷いた。
この様子なら医者の診察通り、すぐにでも退院できそうだな。
本当に良かった。
「あ、あと……一之瀬さん」
「ん? なんだ、水野?」
水野がモジモジしながら俺を上目遣いで見つめてきた。
彼女の顔は若干朱色に染まっている。
「わ、私の胸ならいつでもお貸ししますので、辛いときは遠慮なく言ってくださいね!」
「…………」
……この前会ったときの話の続きか。
胸を貸すとか……そのままの意味なんだろう。
水野の前で泣いたあのときの俺は、あんまり意識してなかったけど、水野の胸に抱かれていた状態だったからな。
さすがに、もう俺はあのときのような醜態を晒さないぞ。
小学生の胸のなかで慰めてもらうほど、俺は子どもじゃない。
とはいえ、水野の善意を完全に否定するというのも気が引ける。
ここは……そう、次があるかもしれないくらいのニュアンスで、やんわりといこう。
「き……機会があったらな……」
「はい!」
恥ずかしさで微妙に引きつった笑みを浮かべる俺に対し、水野の表情は明るく眩しかった。
すごい、いい子だ……。
水野との会話を終えた俺は、学園内にあるお気に入りのベンチに座り、1人の同級生と会っていた。
アースでは『ユミ』とうキャラネームで活動している、橘弦義だ。
こいつとは寮の部屋が同じだから、そこで話をしてもいいんだが、今日は外で話したい気分だったから、来てもらった。
「じゃあ、次にアースへ行ったら、またしばらく会えなくなっちゃうね」
「そうなるな」
弦義が寂しそうに呟き、俺はそれに相槌を打つ。
ミーミル大陸へ遠征をするという話が持ち上がった際、一部の地球人にも動きがあった。
それは、遠征をする俺たちのグループへの同行を志願してきた、というものだ。
志願して、遠征組に加わることになった地球人の数は、およそ30人。
高校生組と大学生組が主なメンバーだ。
そのなかに、弦義や氷室といった1年生が所属しているギルド【流星会】のメンバーは含まれていない。
なんでも、今回は2年生や3年生が多く遠征に志願したため、1年生の遠征志願が却下されたのだとか。
俺やミナたち1年生メンバーが最初から遠征組に入っているせいで、そういう措置が取られた、という面もあるのだろう。
志願したメンバー全員で行くっていう選択肢もあるけど、まあ、あんまり大勢でミーミル大陸にお邪魔するというのも、迷惑だろうしな。
遠征人数を制限して、なおかつ多方面からの不平不満をできるだけ少なくしようとした、管理局の措置ってことだ。
ちなみに、社会人組は、どうやら地下迷宮最深部の開通工事のほうを進めるために忙しいようだ。
理由は、マジモンの神様(まあ、クロスのことなんだが)が出てきたことで、これ以上の地下迷宮攻略の遅延は許されないと判断された結果らしい。
この辺はケンゴからの又聞きだから、俺も詳しくない。
「僕は行けないけど、真衣は行くっていうから、ちょっと心配だよ。真衣が危ないことをしそうだったら、遠慮なく叱ってあげてね」
「お前は真衣の保護者か」
たしか、弦義って真衣の弟だったよな?
双子だから、あんまりそういうのは気にしてないらしいけど、どっちかというと弦義のほうが兄みたいな雰囲気だ。
やんちゃな妹に手を焼く優しいお兄さん、みたいな。
「……うん、やっぱり真君、以前より雰囲気が優しくなったね」
「は?」
な、なにいきなりわけわかんないこと言ってんだ。
優しくなっただとか、男にそんなことを言われても反応に困る。
「正確に言うと、昔の調子が戻ってきたって感じだね」
「昔の……?」
「そうだよ」
「……かもしれないな」
まあ、弦義の言い分も、多少は合っているといえないこともないだろう。
少し前までの俺は、できるだけ人を寄せ付けないよう、そっけない態度を取っていたからな。
ルームメイトである弦義とすらも、今日久々に会話を交わしたくらいだ。
「ミーミル大陸から戻ってきたら、また一緒にパーティーとか組んだりしようね」
「ああ、そうだな」
俺は弦義の言葉に頷きを返した。
その頷きにぎこちなさはなく、自然に出すことができた。
以前の俺なら、こうはいかなかった。
これは多分、俺にとっては良いことなんだろう。
「君たちが出かけている間、僕たちは君たちが帰ってくる場所を守るよ」
「よろしく頼むな、弦義」
そうして俺たちは笑みを交し、寮に戻ろうとしてベンチから立ち上がった。
「…………?」
――ふと、誰かの視線を感じたので、俺は後ろを振り返った。
「…………」
「…………」
白崎がいた。
白崎はなぜか2リットルサイズのペットボトルの入ったビニール袋を手に持ち、俺たちをジッと見ていた。
あいつ、なんでこんなとこにいるんだ?
俺と同じく、職員室で遠征のための手続きをしていたみたいだから、学園の敷地内にいることは不思議じゃないんだが。
……ああ、そっか。
よく見てみれば、あいつが今手にぶら下げてるビニール袋って、この近くにあるコンビニのやつじゃん。
ただ単純に、コンビニに買い出しに来てたんだな。
「…………フンッ!」
「ふぁっ!?」
俺が1人でこの状況を冷静に分析していると、白崎は突然、こちらに向かってペットボトルをブン投げてきた。
あぶねーよ!
2リットルサイズはあぶねーよ!
普通に避けられるけどさぁ!
いきなりなにすんだ!
「見せつけてんじゃねーよ! ばーか!!!」
戸惑う俺と弦義を無視して、白崎はそう言い残して走り去っていった。
だから、いったいなんなんだよあいつはぁ!