出発
地球での手続きを終えた俺は、次の日の朝、さっそくアースへとログインした。
そして、始まりの町の外にある平原へとやってきた。
ここが、ミーミル大陸遠征組の集合場所だ。
周囲を見渡すと、見覚えのあるメンツが何人もいる
「グッモーニンッ、《ビルドエラー》。今日は絶好の遠征日和だね!」
俺に声をかけてくる2年の先輩がいた。
先輩というか、クロードだ。
この人が俺に話しかけてくるなんて最近はなかったことなんだが、珍しいな。
「遠征日和……確かにそうだな。天候、気温、湿度、どれを見ても完璧だ」
クロードに相槌を打とうかと思っていたところに、さらにもう1人の先輩――アギトが現れた。
なんなんだ、2人して。
ほぼ同じタイミングで俺のところにくるとか、仲良しさんか。
というか、この2人がここにいるということは、つまり……。
「お前たちも遠征組なのか?」
「フフフ、その通りさ! ……あれ、知らなかったのかな?」
「全然知らなかった」
2年と3年の何人かが遠征に付き合うという話しは漏れ聞いていたが、誰がついて来るのかまでは把握していなかった。
そうか。
クロードとアギトが一緒についてくるのか。
2人とも、高校生組の地球人では屈指の実力者だ。
一緒に来てくれるというなら、心強いことこの上ない。
だが……。
「クロードは別にいいんだろうが、アギトのほうはギルドをほったらかしにしていいのか?」
アギトは3年生ギルド【黒龍団】のギルドマスターだ。
ギルマスがギルドから離れて長期遠征をするのは、いかがなものか。
「ギルドなら、後のことはセツナたちにちゃんと任せてある。それに、俺のギルドは頼れる仲間が多い。問題ないだろう」
……そういうもんか?
まあ、アギトのところのギルドは結束力が強いみたいだから、心配するのも余計なお世話か。
「……あっ! こんなところにいたっ! やっほーっ、シン君っ! おっはよーっ!」
俺たち3人が輪になって会話をしていると、そこにマイの元気な声が響いてきた。
「来たか。おはよう、みんな」
マイの声がした方向を振り向くと、そこにはマイのほかに、ミナ、サクヤ、それにフィルといったメンツもいることが確認できた。
多分、町のなかで合流してから、ここに来たんだろう。
彼女たちも全員、今回の遠征組のメンバーに入っている。
「サクヤさん……みんなから噂は聞いていたけど、どうやら本当に復活したみたいだね」
クロードがサクヤを見ながら、そんな呟きをしていた。
記憶を失ってからのサクヤは、アースに来ることを控えていた。
だから、詳しい事情を知らない人間からしてみたら、サクヤが復活したように見えるのか。
「復活といっても、記憶のほうは欠けたままですけどね」
サクヤはそう言って、クロードのことを『誰?』と言いたそうな視線を俺に向けてきた。
「そうか……まあ、君も大変だと思うけど、頑張って。つらいときは、いつでもこの僕が支えになってあげるから!」
しかし、クロードはそんなサクヤの様子を気にすることなく、バッと両手を広げて『僕の胸に飛び込んでごらん!』みたいなポーズを取った。
「は、はぁ……お気持ちだけいただいておきます」
サクヤの返答はそっけないものだった。
そりゃ、知らない男からこんなことを言われても、反応に困るよな。
というか、もしかしてクロードって、まだサクヤのことを諦めてなかったりするのか?
だとしたら、ちょっと警戒しておく必要があるかもしない。
今のサクヤは昔と違って、男とも普通に会話するからな。
「ん? どうしたの、一之瀬くん」
「いや、なんでもない」
サクヤが近づいてきて、上目づかいで俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ。私は自分の記憶が元に戻るまで、誰かのものになったりなんてしないから」
「べ、別に、そんな心配なんてしてないぞ!」
なんでサクヤは俺の考えてることがわかるんだよ!
ときどき怖いくらい当ててくるからビビるわ!
「お、オレは……シンさんの女……ですよ?」
「う……ふぃ、フィル……そう言ってくれるのは嬉しいんだが、今はそういうこと言わなくていいからな?」
サクヤに対抗してか、今度はフィルが俺の傍に寄ってきた。
俺の近くにいる女子の数が増えるにつれ、周囲から向けられる視線がトゲトゲしいものになっている気がする。
クロードやアギトが集まってきたときは、なにもなかったのに。
なんというか……いたたまれない。
「あなたたちのやり取りって……なにがどうなってもそんな変わらないわね……」
「でも、いいんじゃないかなっ! 私はシン君たちのやり取り、好きだよっ!」
ミナとマイが俺たちを見ながらそれぞれの感想を言いあっている。
おう。
俺たちは見せ物じゃないぞ。
金とるぞ、金。
「…………ん?」
そんなこんなで輪になって会話を続ける俺たちを見る視線の1つに、最近よく出くわす奴のものがまざっていることに気づいた。
白崎だ。
なんか……すっごい鬼の形相で俺たちを睨んでいる。
「おい、一之瀬っち」
白崎が俺のほうへと近づき、声をかけてきた。
相変わらず俺のことを『一之瀬っち』と呼ぶのが、ちょっと気になる。
「……なんだ、白崎?」
「この前の地下迷宮攻略を手伝ったことについての見返りだが、あれ、ナシにしてやってもいいぞ」
「へ? なんでだ?」
なにを考えてるんだ?
地下迷宮攻略の一件以来、こいつがなにも見返りを求めてこなかったのを、ちょっと不気味に思ってたんだが。
「なんでだ、じゃない。俺がそう決めたんだ」
「そ、そうか」
「ただし、1つ条件がある」
「条件?」
やっぱりなにか要求することがあるんじゃないか。
いったいどんな条件を出してくるつもりだ?
「ミーミル大陸にいる間、俺をお前のパーティーに入れろ」
「…………」
俺は白崎の出した条件を聞き、無駄に力の入っていた肩をガクッと落とした。
「そんなことでいいのか?」
「そんなこととはなんだ! 俺のこと馬鹿にしてんのか!」
なに、いきなり怒ってんだよ!
どこに怒る要素があったんだよ!
「……とにかく、俺をパーティーに入れるのか、入れないのか、どっちなんだ!」
「もちろん入れる。というか、もともとお前はパーティーに入れるつもりだったし」
「え」
こんなことは、俺にとって条件でもなんでもない。
肩透かしもいいとこだ。
「頼りにしてるからな、白崎。これからもよろしく」
「へぁ…………そ、そうか! うん、まあいいだろう! そこまでいうなら、頼ってもらってもいいぞ! ったく、しょうがねぇなぁ! やれやれ!」
俺が本心を伝えると、白崎はとたんに上機嫌になった。
ここまで喜ばれるというのは予想外だったな……。
頼りにしているというのは本当なんだが、別に言わなくてもよかったか?
「……うっし、全員揃ったみてえだな。みんな、ちょっと静かにしてくれー!」
白崎が不気味なくらいに機嫌をよくしているのを冷めた目で見ていると、唐突にケンゴの声が聞こえてきた。
それに反応して、俺は声がしたほうを振り向く。
すると、そこにはケンゴとセレス、カタール、それにクレールと火焔の姿が目に映った。
火焔は会議室での一件があった後も、ずっとこの町に滞在していたのだろう。
俺たちに手を貸すために。
クロスを含めた神様たちを助けるため、といったほうが正しいか。
というか、カタールの姿まであるんだな。
まだ俺たちに手を貸してくれるってことか。
見返りを求めてくる奴ではあるが、仲間として同行してくれるのであれば、頼もしい。
ウルズ大陸の地下迷宮攻略時も、あいつにはとても助けられた。
「あー、事前に聞いていると思うが、俺は今回の遠征組の指揮を任されたケンゴだ。全員、俺のことは知ってるだろうから、自己紹介は省くぜ」
ケンゴは俺たち遠征班に向かって軽い挨拶をした。
ウルズ大陸出の地球人なら、ケンゴのことを知らない奴はまずいない。
遠征班のメンバーは全員、静かにケンゴの話に耳を傾けている。
「そして、こいつはアースで龍王とか呼ばれてる、龍人族の火焔。仲良くしてやってくれ」
……が、ケンゴが火焔を紹介した瞬間、周りがザワザワとし始めた。
一応、龍王っていったらすんごい偉いっていうのに。
仲良くしてやってくれとか、クラスに新しい転入生が来ましたよ的なノリで言われてもって感じだ。
みんな、明らかに戸惑ってるぞ。
「そう委縮すんなって。ちなみに、こいつが俺らをミーミル大陸にある始まりの町『フルール』へ運んでくれるんだとさ。みんな、こいつに感謝しろよ?」
「は、はい!」
「あ、ありがとうございます、龍王様!」
薄く笑う火焔に向かって、遠征組のメンバーが次々と深くお辞儀をしだした。
火焔がなにも言わずに笑っているから、ますます恐ろしく見えるんだろう。
実際はそこまで怖い奴でもないんだけどなぁ。
「ついでに紹介しておくと、火焔の横にいるちんまいのは『死霊王』……えーっと、クレール・ディスト・バリアー……だっけ?」
「クレール・ディス・カバリアだ! 貴様! 我の名前を適当に覚えていたな!?」
「わりいわりい。声に出すのも久しぶりだから、忘れちまってたぜ」
続いて、ケンゴはクレールのことも紹介し始めた。
だが、その紹介があまりにも適当過ぎたせいで、クレールがプンスカ怒りだしている。
「なに……『死霊王』だって……?」
「え、あの子って始まりの町のマスコットだろ?」
「でもケンゴさんがそう言ってるし……」
「あれでしょ、クレールちゃんのいつもの冗談にケンゴさんが乗っかってるんでしょ」
「ああ……そっか。まったく、ケンゴさんも悪乗りが過ぎるぜ……」
「クレールちゃん! また私たちと一緒にケーキ食べに行こうね!」
対する遠征組の反応は、なんともまあヘンテコなものだった。
確かにクレールは、始まりの町ではマスコット的な存在として可愛がられている。
でも、クレール自身が、自分は死霊王だって何度も喧伝しているにもかかわらず、この反応とは……。
「わ、我は死霊王だぞう! 本当なんだぞう! 嘘じゃないんだぞう!」
「あーはいはい、ケンゴの話が進まなくなるから、クレールはこっち来て大人しくしていようねー」
半泣きになったクレールを回収し、俺は再びケンゴたちに視線を向けて、先を促した。
「ケンゴよ、話は向こうでもできるだろう? そろそろ開けるぞ?」
「ああ、そうだな。じゃあ、やっちゃってくれ」
「承知した」
ケンゴと短い会話を交わすと、火焔はおもむろに両手を前へと出し、スゥッとゆっくり目を瞑った。
どうやら、まどろっこしい話はあとに回して、先に移動を済ませるつもりみたいだ。
数秒後、火焔の目の前に大きな空間の裂け目ができた。
おそらく、『空間接続』で、こことフルールの町を繋げたんだろう。
「この術は、精々1分程度しかもたぬ。フルールに行きたいのであれば、早く通るといい」
「うおっ、1分しかもたねえのかよ! こうしちゃいられねえ! 行くぜ野郎ども!」
「ええ!?」
先陣を切って、ケンゴがその空間の裂け目に飛び込んだ。
早速行くのかよ。
多分、この場にいる人間のほとんどが、まだ心の準備できてないっぽいぞ。
なかには驚きの声をあげてる奴もいるし。
「さあ、早くこのなかに飛び込むでござるよ!」
「この裂け目があるうちに入らないと、ミレイユの町に取り残されますわよ!」
カタールとセレスが焦り気味に遠征組の誘導を行っている。
リーダーが勝手だと、周りの人間が苦労するっていう典型だな。
「私たちも急ご」
「そうだな。よし、行こう!」
サクヤの一言を合図にして、俺たち高校生組も走り出して、空間の裂け目に飛び込んだ。
そうして俺たちは、ウルズ大陸を離れ、ミーミル大陸へと旅立った。




