一人前
キィスたちを育て始めてから、6ヶ月が経過した。
すなわち、早川先生から請け負った新米冒険者育成クエストの期限がやってきた、ということでもある。
6ヵ月なんて結構長いと思っていた。
けど、実際はあっという間の6ヵ月だった。
これは、キィスたちと一緒にいるのが、思いのほか楽しく感じていたからなのだろう。
けれど、そんな楽しい時間にも終わりはやってくる。
いつまでも、このままではいられない。
新米冒険者育成クエスト最終日。
俺、キィス、エマ、クーリ、リアナ、リオの7人は、始まりの町『ミレイユ』の冒険者ギルド前へと戻ってきた。
さっきまでクレールも一緒に行動していたのだが、ついさっき別れた。
彼女はサクヤたちのところに行って、無断での長期の不在を謝らないといけないからな。
ちなみに俺も、こちらの用事が全部済み次第、サクヤたちのところへ向かうつもりだ。
「ミレイユの冒険者ギルドも久しぶりに来たなー!」
ギルドのなかに入るなり、開口一番にキィスが快活な声を上げた。
「だから、どうして君はいつも落ち着きがないんだ」
すると、いつも通り、リオのツッコミが入ることとなった。
こうしたやり取りも、今日で一旦の見納めか。
少し寂しく感じるな。
「おお? なんだなんだぁ? てめえら、冒険者か?」
俺がそう思っていると、見知らぬ冒険者の男が俺たちに声をかけてきた。
ここへも久しぶりに来た。
また、ギルド内の顔ぶれにも変化がある。
なので、俺たちを知らない奴がいるのは仕方ないし、絡まれるのも仕方ない。
半年経って、キィスたちもそこそこ成長したと思うけど、見た目はまだまだ子どもだからな。
「その通り! 俺らは一人前の冒険者だぜ!」
男の問いにキィスが答えた。
すると、男は怪訝そうな顔つきで、キィスたちをジロジロ見始めた。
「はぁ? 一人前ぇ? おいおい、冗談言っちゃいけねぇよ。冒険者を名乗るのは百歩譲っていいとして、一人前を名乗りてぇなら、最低でもEランクは――」
「ほら、Eランクだぜ!」
キィスは懐から冒険者カードを取り出し、それを男に向けてつきだす。
「……マジでEランクじゃねぇか」
男はキィスの冒険者カードを見て、表情を引き締めだした。
「Eランク以上なら、一人前の冒険者って認めてくれんだろ!」
「……チッ、わあったよ。てめぇらも俺らと同じ、1人の冒険者として扱ってやる」
どうやらこの男は、キィスたちが子どもだと思って、甘く見ていたようだな。
でも、Eランク冒険者であることを証明したから、もう絡んでくることはないだろう。
それは、この冒険者ギルド内にいるすべての冒険者全員に当てはまる。
キィスたちは、もうEランク冒険者。すなわち、一人前の冒険者として見られる立場なんだ。
舐められることがないかわりに、気をかけてもらえることもなくなるという、一番危ない時期であるとも言えるな。
「ほら、お喋りはそれくらいにして、早く換金を済ませるぞ」
「おっと……わりぃ! シンにぃ!」
……もう少し、キィスたちを見守りたいっていうのが俺の本音だ。
しかし、いつまでも俺が傍にいてはいけない。
俺というセーフティーがない状態で、こいつらは生きていかなくちゃならないんだから。
冒険者ギルドで、ミレイユまで戻るまでに得た物資を売り払い、俺たちは早川先生たちがいる『大使館』へとやってきた。
「ふむ。どうやら全員、Eランク冒険者になったようだな」
早川先生は俺たちを見て、「ほう……」と息をついた。
俺、アギト、ねこにゃん、クロード。
それに、俺たちが今まで育ててきた冒険者たち。
全員が大使館の広場に集まっていた。
キィスたちはごく最近Eランクに上がった。
また、アギトたちが育てていた冒険者たちも、俺たちに負けず、1人も欠けることなくEランク冒険者になっていたようだ。
「通常、新米の冒険者がEランクに昇格するには1年以上かかるそうだ」
早川先生は1年と言うが、それは『早ければ』という但し書きが付く。
実際のアース人冒険者のEランク昇格速度平均は2年から3年なのだとか。
しかも、Eランクになれずに廃業、あるいは死亡する冒険者は6割いるとのことだ。
そう考えると、俺たちが育てた冒険者たちの成果は凄まじい。
6割の壁を全員が乗り越え、なおかつ通常の4分の1、6分の1という期間でEランク冒険者になったんだからな。
「君たちは普通の冒険者と比べ物にならない速度でEランクになった。しかしそれは、地球人による養殖の結果ではなく、君たち自身がEランク冒険者として認められる力を得たからだと、私は見ている」
早川先生は、キィスたちに語る。
新米冒険者育成クエストの概要を説明された初めのとき、『養殖……つまりパワーレべリングに該当するような行為はできるだけ避け、新米冒険者たちが自身の手で道を切り開ける力を身につけさせてほしい』というようなことも言われていた。
つまり、俺たちがいなくても成長し続けられる冒険者に育て上げてほしいってことだ。
その条件は、このクエストの本質的に正しい。
異能開発局と冒険者ギルドは、キィスたちがいずれ、一流の冒険者になってくれることを望んでいるわけだからな。
「そして、この場にいる26人の冒険者が全員無事にEランクとなったことについて、私は君たちに感謝する」
早川先生は俺たちのほうを向き、謝意を伝えてきた。
俺たちが育てることになった冒険者たちは、1人の脱落者も出すことなく、Eランクに昇格した。
この結果は、早川先生たちから見ても喜ばしいだろう。
冒険者育成クエストの1回目が成功したんだ。
これなら、近いうちに2回目クエストを企画できる。
まあ、それについては、俺もよくは知らないけど。
俺がそんなことを思っている間も、早川先生のお話は続いていく。
「本日を以って、冒険者諸君と地球人諸君はパーティーを解散する。だが、いずれまた手を組む機会もあるだろう。ゆえに、それまで諸君らには精進を怠ることがなきよう、日々を過ごしてほしい」
早川先生のお話は長かったので、半分くらいは聞き流していた。
でも、最後の締めとして語った言葉は、なんとなく耳に残り、俺も心中で同意していた。
キィスたちとはここで別れるけど、またどこかで再会して、一緒に狩りをしたいな。
そのとき、あいつらはどれくらい強くなっているだろうか。
楽しみだ。
早川先生のお話が終了し、とうとう、俺たちに別れのときがやってきた。
周囲は、なんというか、卒業式的なムードだ。
「うおおおおぉぉん! クロードのアニキいぃぃぃ!」
「いままで、本当にお世話になりやしたあぁぁぁぁ!」
「スラム街でくすぶってた自分らが冒険者として認められるようになったのは、全部アニキのおかげです!」
「アニキとの日々は一生忘れやせん!」
クロードパーティーの男連中が号泣している。
なんか、アニキとか呼ばれてるし。
全員、別れを惜しんでいる様子だ。
クロードのやつ、ずいぶん慕われてたんだな。
こいつらの間でどんなときめきストーリーが紡がれたのかは知らないし、知る気もないけど、良かったな、クロードよ。
「ハハハ……まあ、いろいろあったけど、僕も君たちと過ごした日々は忘れないと思う。これからは一人前の冒険者として、頑張るんだよ」
「あ……アニキいいぃぃぃぃぃ!」
「ぐぅ……」
男冒険者の連中は泣いているものの、クロードのほうは苦笑いを浮かべている。
一応、クロードも男連中と別れるのを惜しんでいるようだが、暑苦しい別れは望んでないようだな。
俺はクロードが涙目の野郎連中に抱きつかれている姿から目を離し、ねこにゃんたちのほうを向いた。
「これでお別れなんて……私……イヤよぉ……」
「結局、ねこちゃんは私たちに手を出してくれなかったし~……」
「女としての自信、なくしちゃうわよねぇ……」
「いやいや……俺と君たちは仲間だが、そういう関係ではないだろう……」
ねこにゃんはねこにゃんで困り顔をしている。
こっちもいろいろ大変そうだな。
あんまり苛めてやるなよ、お姉様方。
「気が向いたら、私たち全員でお相手してあげるから、遠慮なく言ってねぇ」
「そういうお仕事はもう辞めたんだけど、ねこちゃんにだけはト・ク・ベ・ツ」
「たっぷりご奉仕しちゃう~」
「き、気が向いたらな……」
ねこにゃんの顔は真っ赤に染まっている。
モテモテだな、色男。
「ぐぐぐ……」
……クロードが羨ましそうに見てる気がするけど、気のせいだろう。
男同士の抱擁は暑苦しいので、あんまりそっちを見たくない。
「貴様たちは今日、俺の指揮下から外れることになる! 俺のシゴキによくぞ耐えきった! 褒めてやる!」
そのとき突然、アギトの大声が聞こえてきた。
こっちもこっちで、別れの言葉を交わしているところか。
「半年という短い期間ではあったが、貴様たちにはできる限りの訓練を施した! それも、地球のスポーツ医学に基づいた、完璧な訓練をだ!」
アギトのやつ、何気に緻密な訓練メニューを作っていたようだな。
ずっと走らせていたから、根性論タイプなのかと思ってたぞ。
「この半年で貴様たちに叩き込んだ知識と経験は、今後の鍛練の道しるべとして活用しろ! わかったか!」
「サー! イエッサー!」
相変わらずアギトパーティーの返事は、なんかおかしい。
冒険者じゃなくて軍隊でも育てていたのか、アギト。
まあ、口汚い言葉で罵る鬼軍曹的なことはしてなさそうだから、別にいいんだけどさ。
……って、今は周りの連中を観察しているときじゃないか。
「…………」
もしかしたら、俺があちこちに目を向けていたのは、現実逃避の一種だったのかもしれない。
だけど、いつまでもキィスたちから目を背けてちゃ、いけないよな。
後ろを振り返る。
そこには、キィス、エマ、クーリ、リアナ、リオの5人が立っていた。
「すぅ…………よし」
俺は息を整え、ゆっくりと口を開く。
こうして、俺たちも別れの言葉を交わし始めた。