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初戦闘

「よし、それじゃあ今日はここで狩りをするぞ」


 冒険者クエスト『薬草採取』をこなした俺たち5人は、翌日、町の外にある沼地エリアへとやってきた。


 ここは俺が初めて狩りをした場所なので、ちょっと感慨深いとか思ってしまう。

 今日も大きなカエルさんが元気にピョンピョン飛び跳ねていらっしゃる。


「あ、あれを相手にするんですの?」

「そうだ。お前たちにはあのカエルと戦ってもらう」


 今日は戦闘面でのキィスたちを見るため、冒険者のクエストとしてオーソドックスな『魔物討伐』を行う。

 そのつもりで俺はここに足を運んだ。


 大型カエルモンスター『ビッグフロッグ』は群れることをしないため、一匹ずつ戦うということがしやすい。

 最初の頃は俺に挑発タウントスキルがなく、その代用として回復魔法が十分役立つということも知らなかったから、ここでミナと一緒に狩りをしたんだっけか。

 もう大分昔の出来事のように感じられるな。


「でも、倒すなら他の魔物にしたほうがいいんじゃねーのか? 『あれは近づきさえしなければ襲ってこないから問題ない』って前に父ちゃん言ってたぜ」


 キィスに怖気づいた様子はない。

 しかし、どうやらビッグフロッグより先に倒すべきモンスターがいると思っているようだ。

 冒険者稼業をただの仕事として捉えているわけではなく、使命感めいたものを抱いているのかもしれないな。

 悪くない志だ。が、そういったものを抱くにはまだ早すぎる。


「町の害になるような手ごわいモンスターは新人が相手にできるような強さじゃない。それに、ビッグフロッグだって絶対に襲ってこないというわけでもないぞ」


 まあ、ビッグフロッグが襲ってくるとしたらMPKモンスタープレイヤーキルの類か、あるいは気分が高ぶっている状態だったりと、パターンは大体決まっている。

 けれど、こうして駆け出しの冒険者がたまに駆除をしないと、すぐに繁殖してしまうらしい。


 数が多くなり過ぎると、食料を求めて町や村の作物にまで手を出そうとする。

 なので、ここで狩りをするのに、意味がないわけではないのだ。


「それに、ビッグフロッグは1匹持って帰れば50ゴールド、F級魔石を持って帰れば30ゴールドに換金できる。冒険者として食っていく気があるなら、好き嫌いせず戦え」

「別に選り好みしてるわけじゃねーけど、わかった。そんじゃ、気分を変えて狩りすっか!」


 キィスはそこで考えを改めたのか、頬を両手でパンパンと叩いた後、腰に差していた片手剣を引き抜いた。


「……なかなか良い剣だな、それ」


 鞘に入っている状態ではわからなかったけど、キィスの所持していた剣は結構な業物のように見えた。

 大分使い込まれていそうな様子だし、誰かのおさがりなのだろうか。


「これは俺が冒険者になるって決めた日に父ちゃんがくれた剣なんだ。だからそんな目で見てもあげないぜ!」

「いや、ほしかったわけじゃない」


 戦士職なら剣を使ってもよかったんだが、僧侶職は刃物系の使用に大きなマイナス補正が働いてしまう。

 つまり、俺が装備しても、その剣が持つ本来の力は発揮できない。

 そもそも、俺は人の武器を物欲しそうに見たりなんてしないぞ。


「でも、防具はやっぱりそれだけか」

「あー……まあ金がないからな。しょうがねーぜ」


 剣は立派だが、身を守る防具のほうは関節を守る簡素なプロテクターだけだった。


 基本的に剣士は軽装だ。

 けれど、だからといって上着とズボンがただの布でいいわけでもない。


「その服とプロテクター、刻印ルーンは入ってないよな?」

「入ってるわけないじゃん」

「だよなぁ……」


 俺たちが身に着ける装備品は、装備した当人の力を底上げする不思議な力があるものと、ないものに分類される。

 不思議な力があるものは、鎧の裏側だったり、普段は柄のなかにある剣のなかご部分だったりに刻印ルーンが刻まれている。

 装備品そのものの材質や製作過程にもされるが、この刻印の出来栄えで性能が大きく変化するのだ。


 キィスが着ている服にその刻印はないため、ただの布きれ程度の防御力しか見込めない。

 防具と言っていいのかすら怪しい。

 プロテクターも同様だ。


「おーっほっほっほっ! 人に冒険者の心構えを説く前に、まずは自分の身を整えることをするべきではありませんの? キィス?」

「む……」


 リアナに煽られてキィスが眉をしかめだした。


 確かに、冒険者をやろうとするなら、それなりの武器と防具は欠かせない。

 その点でいうなら、リアナは4人のなかで一番準備が整っている。

 金に物を言わせた結果っぽいけど。


「けっ、お前のは金に物を言わせただけじゃねーか」

「し、失礼ですわね! 財力も実力の内ですわ!」


 俺とまんま同じことを思っていたらしいキィスがストレートに文句を言うと、リアナは顔を真っ赤にして怒り出した。

 この2人は隙あらばすぐ言い合いを始めるな。


「いちゃつくのもいいが、今はその辺にしておけ。ここは町の外なんだぞ」

「い、いちゃついてなんていませんわ!」

「そ、そうだそうだ! こんなブスといちゃつくほど俺は趣味悪くねーぜ!」

「誰がブスですって!? キィス! あなたちょっとそこに直りなさいな! ぶっとばしてさしあげますから!」


 どうもキィスとリアナの相性はよくないみたいだ。

 すぐ喧嘩をするというのでは、この先のパーティープレイに支障をきたしかねない。


「キィス君……女の子にブスとか言っちゃ駄目よ……ちゃんと謝りなさい……」

「う……わ、わかったよ……ごめんな、アナ。ちょっと言い過ぎた」

「いまだに私の呼び方が直ってないのが引っかかりますわね……まあ謝るのなら、さっきの発言は聞かなかったことにしてあげますわ」


 と思っていたら、キィスたちは勝手に仲直りをし始めていた。

 仲が悪いのか、それとも良いのか、よくわからないな。

 喧嘩をするほど仲が良いとでも捉えておこう。


 あとリアナはブスではない。

 目が若干吊り上っていて、いかにも強気という顔つきだが、それでも美少女の類に入るように見える。


「……ん、ああ、そうだな。魔物がこっちくるみたいだから今度こそ気を張れ」


 クーリが俺の鎧にスッと触れてきた。

 どうやら、モンスターが近づいていることを知らせてくれたようだ。


 そんなことをされずとも、モンスターの配置は横目できちんと常に把握しているし、カエルがこっちに近づいてきているのも知っている。

 しかし、クーリの行動は冒険者として非常に正しい。

 4人の新人冒険者のなかでは一番冷静だ。


「……それと、言い忘れていたが、俺に回復魔法は不要だ。必要なときは自分で回復するから、ヒールなんてかけるなよ、リアナ」

「あら、そうですの? まあ、教官がそうおっしゃるのでしたら、そうしますわ」


 ヒールを一発くらったくらいでどうなるということもないけど、これはあらかじめ言っておかないとメンドウだからな。


 ちなみに、リアナは俺のことを教官と呼ぶ。

 教官だなんて呼ばれるのはむずがゆいから普通にシンでいいだが、一番言いやすい呼び方でいいと言った手前、それを否定するのもはばかられる。


 それはともかくとしてだ。

 戦闘開始前にポジション確認だけは再度しておこう。


「俺がタンク……盾役を務めて敵の攻撃を防ぐから、お前たちはその間にガンガン攻撃を放て。キィスは前衛、リアナは中衛、エマとクーリは後衛の位置になるよう常に気を配れ」

「おう! わかったぜ! シンにぃ!」

「わかりました……」

「私の超絶光魔法を見せてやりますわ!」

「…………」


 俺の呼びかけに4人はそれぞれの反応を示し、モンスターへと目を向けた。


 こうして俺たちはパーティでの初戦闘を行った。






「はぁ……はぁ……ど、どんなもんだぜい!」

「ま、まあ私たちにかかればこんなもんですわ! ……はぁ……はぁ」


 それなりに長い時間をかけ、俺たちはビッグフロッグを1匹倒した。

 俺は攻撃に一切加わらず、ひたすら防御に専念するだけだったが、新米冒険者4人の攻撃だけでも一応モンスターを倒すことができた。


 しかし、やはり俺たち地球人と比べると弱いな。

 ミナと2人で組んでいたときのほうが殲滅速度も速かったぞ。


「……で、これをどうやって冒険者ギルドのほうに持って帰ればいいんですの? 結構な重量がありますわよ?」


 また、ビッグフロッグの死骸をどのように運搬するかについても問題となった。


 俺たち地球人の場合は、全員アイテムボックスが使えるため、そこまで気にならなかった。

 けれど、新米冒険者でアイテムボックスを使える者がいることは珍しい。


 冒険者は、戦闘を専門とするパーティーメンバーのほかに運びポーターを同行させるらしい。

 運び屋という仕事は、魔法『アイテムボックス』を使用できる人間が高額で請け負ったりするし、冒険者の仕事を覚えるために新米冒険者がクエストとして引き受けることもあるようだ。


 今回は俺がアイテムボックスを使用できるから、目の前にあるビッグフロッグを回収してもいいんだが……。


「肉を捌くのなら俺に任せろ! こういうことは村にいた頃もよく手伝わされてたから、要領はなんとなくわかるぜ!」


 キィスが率先してビッグフロッグの解体を始めた。


 ここは俺の出る幕じゃないな。

 効率を最優先するなら、俺がアイテムボックスを使って持つのが最良だ。

 けれど、俺が受けた仕事は、新米冒険者の成長を促すことにある。

 常にアイテムボックスが使える環境でないこいつらに、荷物の運搬という点で楽をさせるのは良いことじゃない。

 いずれは俺抜きで冒険者家業をしなくちゃならなくなるんだから、今のうちに慣れさせておいたほうが良いだろう。


 そんなことを思いながら、俺はキィスとエマ、それにクーリの3人が共同でビッグフロッグを解体するのを眺め続けた。


「う……き、気持ち悪いですわ……」


 ちなみに、その作業にリアナは参加しなかった。


 やはり、貴族階級では、こういった仕事をした経験がないのだろう。

 本当は参加させるべきなんだが、彼女は青い顔をしながら口元を押さえている。

 吐かれても困るし、今日のところは見学だけということにさせておこう。


 とはいえ、いずれは慣れてもらわなくちゃ困るな。

 金持ちの道楽かなにかなのかはわからないけど、彼女も俺たちと同じ、冒険者になったわけなのだから。


「ふぅ……いい仕事したぜ!」


 村でよく仕込まれていたのだろう。

 キィスは手際良くビッグフロッグを解体し、必要な肉の部位だけを袋に詰めた。


 俺もアースでの授業で一通りの作業は教えられたし、自主的に実践もよくしているから腕には自信があるけど、キィスほど上手くはない。

 こういう点では、日頃の習慣として行っているアース人のほうに軍配が上がるか。

 地球では、肉の解体に慣れている子どもなんて滅多にいないからな。


「……まあ、よくやったと褒めてあげますわ!」

「そりゃどうも。アナも逃げずによく見続けられたな。偉いぜ」

「べ、別に、そんなことで褒められても嬉しくなんてありませんわ!」


 キィスの言うとおり、嫌そうな顔をしつつも目を背けることなく解体作業を見続けたのリアナは偉い。

 これが自分もやらなくてはいけない仕事の1つなんだと理解しているってことなんだからな。


「……それと、疲れているでしょうから特別に回復魔法を唱えてあげますわ。『ヒール』」


 しかも、自分だけ楽をしていたことについても負い目を感じていたらしい。

 リアナはキィスたちへ順番にヒールをかけていった。


「気が利くぜ! あんがとな!」

「おかげで楽になりました……ありがとうございます……」

「…………」


 キィスとエマは感謝の言葉を、クーリは軽く頭を縦に振って会釈をした。


 本当はMPを無駄遣いしないほうが良いんだが、今回は見逃そう。

 このヒールは彼女の善意なんだからな。


「……一応、平等にかけるべきですわよね」


 そして、リアナは俺に向かってヒールをかけようとするモーションをとった。



 俺は一瞬でリアナの腕を取り、背後に回って彼女を組み伏せた。



「ふぎゃっ!?」


 ……しまった。

 回復魔法をかけられると思って、ついやってしまった。

 もはや反射的にここまでできるようになった自分に拍手を送りたいところだが、なんの罪もない少女を地面にキスさせてしまったのは反省しなければならないだろう。


「ぎゃああああああああ! れ、レイプ! レイプされますわ! 私レイプされちゃいますわあああああああああああああああ!」

「うるさい。人聞きの悪いことを言うな」


 だが、リアナの自意識過剰な発言を耳にし、俺はやっぱ謝るのよそうかなと思ったりした。

 けれど、結局俺は事情を説明し、軽く謝罪することでこの場を収めた。


「うぅ……私、殿方に汚されちゃいましたわ……」

「だから人聞きの悪いことを言うな。服が少し汚れただけだろ」


 これまでのやり取りで、彼女は傲慢貴族様というわけではなく、人を労う優しさを持っていることも理解した。

 でも、やることなすことがポンコツじみていて、非常に世話の焼けるお嬢様だと評価せざるを得ない。

 俺は泣きべそをかくリアナを見ながら、心の内でそう思った。


 そんなこんなで、俺たちはこの日、パーティーでの初戦闘をこなしたのだった。

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