新米冒険者
俺は今、新米冒険者たちの面倒を見るというクエストを遂行するため、冒険者ギルドミレイユ支部に来ていた。
今回引き受けた仕事は、俺たちが新米冒険者のパーティーに混ざり、そいつらをサポートする、というものである。
アギトたちも今頃、別の町で俺と同じような活動を行い始めているはずだ。
1パーティーは、冒険者も大体5人前後の構成となるので、俺たちが一度に関われるのは合計で精々20人前後ほどでしかない。
このクエストはまだ手探りの段階であるという言い訳もできるけれど、早川先生の言うとおり、これは焼け石に水程度の効果しか期待できないかもしれない。
しかし、こういった小さなことからコツコツと積み重ねていくことによって、地球人とアース人の友好関係正常化につながっていくんだろう。
人間関係についてなんて俺にはよくわかんないけど。
「……どんな奴が出てくるのやらだ」
とりあえず、これからパーティーを組む冒険者のことだけを今は考えればいい。
そう思い直し、俺は冒険者ギルドの保有する建物のなかへ足を踏み入れた。
「ここはテメエみてえな青くせぇガキがくるところじゃねえんだよ! さっさと故郷に帰んな!」
その直後、俺の耳に、野太い男の怒鳴り声が響いてきた。
極まれに見る、冒険者ギルドの恒例行事だな。
最初の頃は俺もビックリしたけど、クラスメイトたちから集めた情報を整理し、早川先生にも訊ねてみたりしたことがあるから、もう驚かない。
俺たち地球人には恒例行事をしてくれないスタンスみたいなので、気づくのにも時間がかかった。
また、こういった文化をふとしたところで知ると、なかなか面白いと感じたりする。
異文化に触れることに楽しみを見出すなんて俺らしくないな。
「うっせえ! 俺がどこにいようと俺の勝手だろ! お前みたいなのに指図される筋合いはないぜ!」
どうやら、今回冒険者ギルドの洗礼を受けている新人は、なかなか骨のある奴であるようだ。
荒くれ者が集うこの場所で、こうもまっすぐ言い返せるのだから、将来有望と言わざるを得ない。
「き、キィス君……ダメよ……そんな大声出しちゃ……みんな私たちを見てる……」
「でも! 初対面のヤツにナメられるなんて俺の性分じゃないぜ! エマ!」
建物の入り口付近には、大柄の男が1人と少年少女の2人組が対峙していた。
見たところ、ここでの騒動はあの3人が起こしたもののようだ。
にしても、キィスとエマか。
「それに! 俺らもれっきとした冒険者なんだぜ! このカードが見えないのかよ! オッサン!」
キィスという名の少年は、1枚のカードを懐から取り出し、大柄の男の目の前に突き出した。
あれは……冒険者カードか。
自らの身分を証明する、魔法の刻印で個人情報が記入されたそのカードは、当然俺たちも所有している一品だ。
「なんだぁ? デカい口叩いてる癖に、まだGランクじゃねえか。そういうモンを人に見せびらかしたかったら、最低でもあと2つはランクを上げてからにしねえと笑われちまうぞ」
「う、うっせえ! しょうがねえだろ! 俺たちは冒険者になって日が浅いんだから!」
冒険者連中から笑い声が出始めた。
しかしそいつらは、なにか微笑ましいものを見るような目をしている。
おそらく、昔の自分たちをキィスに重ねて見ているんだろう。
……と、いつまでも見ているわけにはいかないな。
「あー、ちょっといいか」
「? なんだ、俺たちに用でもあんのか、ガキ」
「なあ、そうだな。俺はその2人に用がある。だから、その辺にしておいてくれないか?」
俺は大柄の男に話しかけ、キィスとエマを引き取ろうとした。
「地球人か……チッ、あんま俺らの目障りになるようなことはすんじゃねえぞ」
すると、すぐに男は引き下がり、建物の外へと歩いていった。
滅茶苦茶聞き分けがいいな。
もしかしたら、俺たちがこれからやろうとしていることが、冒険者たちにもある程度知らされていたりするのかもしれない。
自分たちは自分たちのことで精いっぱいだから、こんな恒例行事くらいでしか新人に構えない。
なので、俺たちが新米冒険者の面倒を見ようとする試みについては、冒険者たちもそこそこ好意的なのだろう。
「あの……ええっと……助けていただき……ありがとうございました……」
俺が建物の入り口付近に視線を向けていると、エマという少女が俺に感謝の言葉を述べてきた。
頬のソバカスと三つ編みの赤髪がチャーミングな、小学生から中学生くらいの背格好をした少女だ。
「ほら……キィス君も、ちゃんとお礼言わないと駄目よ……」
「うぐ……俺は助けてとか一言も言ってねえけど……助けてくれてあんがとな」
キィスという少年のほうも、渋々といった様子だが、俺に頭を下げてきた。
こっちもエマと同じくらいの年齢で、表情豊かな顔の頬に切りキズのようなものがあるのが特徴的な金髪の少年だ。
「いや、礼はいい。それより、お前たちが最近冒険者になったっていう、キィスとエマで合ってるか?」
「? は、はい……そうですが…………あっ……もしかして……あなたが……?」
「多分、その『もしかして』で合ってるな」
エマのほうは、俺が誰だか察したみたいだな。
冒険者ギルドのほうから俺に関する情報の通達はあっただろうから、この反応も当然か。
「なんだ? エマの知り合い? いや違うか……なんだよ、誰なのかもったいぶらずに教えてほしいぜ」
しかし、キィスのほうは少し察しが悪そうだ。
教える側としては不安になるレベルだな。
「俺の名前はシン。地球人だ。これでお前にもわかるだろう?」
「シン……地球人…………あ! もしかしてお前が俺らとパーティー組むっていう例のヤツか!」
キィスは俺の顔に向けて指差ししてきた。
「き、キィス君! 人に指差ししちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
「ご……ごめんなさい」
なんというか、キィスはエマに頭が上がらないようだ。
まだ子どもだっていうのに、すっかり尻に敷かれている。
「……! ゴホッゴホッ!」
「え、エマ!? ……お前も大声出しちゃダメだろ」
「うん……ごめんなさい」
エマが突然咳き込み、キィスは彼女の背中を優しく撫で始めた。
風邪か、もしくは元から体が弱いのか。
キィスの対応を見た様子では、おそらく後者だな。
「……もう……大丈夫……」
「そ、そうか?」
「うん……ありがとう」
エマは呼吸を整え、ゆっくりと俺のほうを向いた。
「初めまして……シンさん。ご存じだと思いますが……私の名前はエマと言います。で……この子がキィス……」
「あ、ああ。初めまして」
この場面できちんと挨拶をし直すとは、なかなか礼儀正しい子だな。
村育ちらしいが、親がちゃんとしつけていたのだろう。
「ええっと……それでなのですが……あなたが私たちとパーティーを組んでくれるっていう地球人の方……という認識で合っていますでしょうか……?」
「その認識で合っている」
今回、俺がパーティーを組むよう命じられたメンバーは4人。
そのうちの2人がキィスとエマという名前の少年少女だという情報は、早川先生から事前に仕入れていた。
だから俺は、建物のなかに入ってすぐ聞こえてきた2人の名前に反応したというわけだ。
今はここにいないけど、アギトたちも別の町で、俺のように新米冒険者と組むことになる。
あいつらは、どんなヤツと組むことになるんだろうな。
「それで、他の2人は一緒じゃないのか?」
キィスとエマ、その2人とは別にして、パーティーを組む予定となっているもう2人の所在を俺は訊ねた。
「あ……はい……私たちは……ここで待ち合わせていますので……」
どうやら、その2人とは行動を共にしているわけじゃないみたいだな。
早川先生いわく、俺と組む予定のアース人は全員、冒険者になってまだ数日しか経っていない。
また、冒険者登録を行った際、地球人とパーティーを組むという特別クエストが課されたその4人は、一時待機を命じられている。
そして今日、冒険者ギルドに集合ということになっているから、他の2人もここで待っていれば来るだろう。
「……ん?」
俺がそう思っていると、建物の奥にいた少年と目が合った。
すると少年は、俺たちのほうへ、スッと近づいてきた。
「……もしかして、お前はクーリって名前の新米冒険者か?」
「…………」
俺が名前を訊ねると、少年は無言のままコクコクと首を縦に振った。
見た目的にキィスたちと同じくらいの年齢でボサボサの少し長い茶髪頭、手には木製の弓が握られていて、初期のユミを思い出させる服装をしていたことから推測したけど、この様子を見る限りでは当たりのようだ。
「初めまして。俺の名前はシン。地球人だ。これからよろしく」
「…………」
少年は、俺の自己紹介を受けて軽く頭を下げてきた。
なんか、無口だな。
さっきから一言も喋ってないぞ。
「……もしかして、喋れないのか?」
「口数が少ないってだけで、クーは一応喋れないわけじゃないぜ、シン」
クーリへ向けた疑問に、キィスが答えた。
ただ口数が少ないってだけで、喋れないこともない、か。
なら問題はない。
弓兵が声を出せないなんていうのは、前衛の立場として少し怖い。
しかし、弓を飛ばすタイミングだけでも声を出してくれれば、多少コミュニケーションに難があっても俺は気にしない。
というか、キィスはクーリのことを『クー』って呼んでるのか。
キィスとエマは村出身でクーリは孤児院出身らしいが、こいつらだけで挨拶は以前に行っていたのだろう。
「こら……キィス君……年上の人を呼び捨てしちゃダメよ……」
エマがキィスに注意を飛ばした。
今度はちゃんと声のトーンを抑えている。
そういえば、キィスは今、俺を呼び捨てにしていたな。
これについても俺は気にしないけど、エマ的にはアウトだったか。
「えーと……そんじゃあ、シンさん?」
「お前が呼びやすいと思う呼び方でいい」
「そっか、ならシンにぃって呼ばせてもらうぜ!」
シンにぃ、か。
さん付けよりは砕けた呼び方だ。
キィスは敬語とか苦手そうだし、こういう呼び方のほうが楽なんだろう。
「私は……シンさんと呼ばせて頂きます……」
「ああ、わかった」
エマは予想通り、さん付けだ。
「クーリは……まあ、好きに呼べ」
「…………」
そしてクーリはなにも喋らず、ただ首を縦に振るだけだった。
「……話を戻す。とりあえずこの場に集まったのは俺を含めて4人。あと1人はどうしたんだ?」
「リアナさんですね……まだここには来ていないようですが……」
キィス、エマ、クーリ、それにリアナ。
その4人が俺の担当する新米冒険者の名前だ。
ちなみに、キィスは剣士見習い、エマは魔術師見習い、クーリは弓兵見習い、リアナは僧侶見習いということで、冒険者ギルドには登録されている。
俺は盾役をやることになるから、パーティーとしてはそこそこバランスの良い構成だ。
にしても、集合の時間はもう数分ほど過ぎているぞ。
初日から遅刻するとは、リアナって子はなかなか図太い神経をしていそうだな。
キィスとは別の意味で大物だ。
「あ……どうやら来たようです……」
「ん? そうなのか?」
「はい……耳を澄ましてみてください……」
「?」
エマの言うとおり、俺は周囲の音を意識して拾い始めた。
だが、俺の耳に入ってくるのは、冒険者の発する声や足音、金属音、それに馬車が近づいてくるような音しかなかった。
どれをどう聞き分ければいいのか、よくわからない。
「……馬車の音ですよ……この辺りを馬車が通るなら……多分あの子です……」
あの子。
それはつまり、リアナのことを言っているんだろう。
リアナは冒険者ギルドに馬車で来ているのか。
それはちょっとズレていらっしゃるな。
「……馬車……ギルドの前で止まったようですね……」
「そうみたいだな」
大地を駆ける車輪の音がしなくなった。
これは、エマの言っていることで間違いなさそうだ。
「まあなんにせよ、初日から遅刻したことについてはきっちり――」
俺がリアナの処遇を決めていると、ギルドの入り口である扉がバァン! と勢いよく開け放たれた。
「おーっほっほっほっほっ! 予定よりちょっぴり遅れてしまいましたが、リアナ・ディス・フレイア、ただいま見参ですわ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そして、やけにテンションの高い銀髪のお嬢様が俺たちの前に姿を現した。