ギルドメンバーとの話し合い
早川先生から仕事の依頼をされた俺は、その足で今度はギルド【流星会】のメンバーたちのもとを訪れていた。
「え、お前、ギルドやめちゃうの?」
「いやいやいやいや、そういうことじゃないぞ」
いつもの宿のとある一室で、カラジマから不安そうな色の混じった問いかけをされてしまったが、俺はそれを即座に否定した。
「シンくん! 私を置いてどこいっちゃうの!? 私たちはこの身が朽ち果てる最後の時まで共にあると誓い合った仲なのに!」
「いやだからしばらくギルドを離れるってだけで、どこかにいなくなるってわけじゃないぞ。あと、俺はそんな約束を交わした覚えもないぞ」
サクヤも取り乱し気味で、変なことを口走っている。
俺のした説明は、そんなに誤解を招くものだったのだろうか。
「要約すると、つまりシンくんは早川先生の頼みで、しばらくの間、アース人の冒険者と一緒に行動することになったってわけだよね?」
「端的に言えばそうなる」
よかった。
少なくとも、ユミにはちゃんと伝わっていたらしい。
ちょっとだけ自分の国語力に疑念を抱きかけたけど、これなら問題あるまい。
「でも、先生たちはどういう基準で依頼するメンバーを選出したのかしら。単に戦闘能力の高いメンバーを選んだっていうなら、決闘大会の結果的に、私やフィルちゃんのところにも話が来ていいと思うのに」
ミナがそこで疑問の声を上げた。
確かに、決闘大会でねこにゃんと同じ、あるいはそれ以上の成績を出したミナとフィルは、戦闘能力的に今回の仕事を受けるに値する実力を秘めていると見ていいはずだ。
「冒険者のなかに放り込むのなら、男のほうが問題も少ないんだろう。早川先生も、この仕事は荒事だから女子を選ばなかったって素振りだった」
「なるほどねぇ……」
俺の説明を聞くと、ミナは納得の声を、やや不満そうに上げた。
もしかして彼女は、この仕事を受けてみたかったとか思っているのだろうか。
戦闘能力がいくら高かろうとも、これは女の子がやるのには不安の残る仕事だ。
先生たちの配慮は正解だと、俺は思う。
「……だとすると、白崎っていう奴は男なわけか」
ふと、そこで俺は、早川先生の招集に応じなかった『白崎』という生徒のことを思い出した。
そいつが誰なのか全然知らないけど、少なくとも男なのは確定だな。
どうでもいい情報だけど。
「……白崎? お前、白崎を知ってたのか?」
カラジマが『白崎』という言葉に反応して、俺に訊ねてきた。
「ん? カラジマはそいつのことを知っているのか?」
「シンの言う『白崎』と同じ奴か知らないが、その名字の奴なら俺のクラスにいるな」
マジか。
カラジマと同じクラスっていうことは、1年1組ってことだよな。
でも、誰だそいつは。
名字じゃなくてキャラネームを教えてくれないと、誰なのか全然わからない。
「そいつのキャラネームは?」
「ダークネスカイザー」
「ああー……」
カラジマは『白崎』のキャラネームを『ダークネスカイザー』と答えた。
ダークネスカイザー。
そいつは、かつて決闘大会中高生部門で俺と戦う予定だった奴のキャラネームだ。
「ちなみに、そいつって強いのか?」
「まあ、超強いな。俺が束になっても勝てる気しねえ」
なんと。
カラジマにここまで言わせるとは、ダークネスカイザーって本当は物凄く強かったんだな。
ネタネーム勢は強いという風潮があるけど、それはここでも当てはまるということか。
「ああ、でも俺が言う強いっていうのは異能が強力っていう意味だ。プレイヤースキルについては俺もよくわからん」
「そうなのか?」
「だって俺、あいつとパーティー組んだことねえし。異能だって、アースに来て最初の頃に一度見ただけなんだよ」
うーん……。
カラジマの話だけでは、ダークネスカイザーの強さがイマイチ計れないな。
クロクロをゲーム配信直後から始めようとするほどのゲーマーなのか、あるいはナチュラルにそんなネタネームを使っているのか、判別がつかない。
やっぱり、直接戦ってみないことには強さなんてわからないな。
「それで、ダークネスカイザーの異能って、どんな――」
「今はそんなことよりシンくんについてだよ!」
「……っと、そうだったな」
話が脱線していた。
この場ではダークネスカイザーのことじゃなく、俺についての話をギルメンに伝えることが最優先だ。
「俺はこれからしばらくの間、冒険者と行動する。だからその間、ギルドの活動には参加できない」
今回引き受けた仕事は、新米冒険者が一人前になるまで見守ることが主になる。
ギルド活動の片手間にできるような仕事じゃない。
「シンくん……ついこの前、やっとギルドに入ったのに……」
「まあ、そう言うな、サクヤ。この仕事が終わったら、俺はまた戻ってくるから」
仕事中はギルドの活動に参加できないというだけで、なにも俺はギルドを脱退するわけじゃあない。
サクヤは過剰な反応を見せているけど、これはそこまで大したことじゃないのだ。
「……その仕事が終わるのって、いつぐらいになるの?」
「ざっと見積もって、早くとも半年」
「長いよ!? 半年って、すんごい長いよ!?」
「いや、待て、落ち着けサクヤ。あと顔が近いから少し離れろ」
俺のすぐ目の前にサクヤの顔が近づいてくる。
もうこのままキスでもしてしまいそうなくらいに近い。
少し焦るぞ。
「半年といってもだな。それはあくまでアース時間軸での話だ。俺たちは半年ほどアースで冒険者と一緒に暮らすことになるけど、LSS(生命維持装置)を使うから、地球では一週間程度しか経過しない。長くなっても二週間程度だ」
サクヤの顔を前に押しながらも、俺はみんなに向けて、そう説明した。
「でも……私たちだってその間もアースに来るんだよ? LSSは使わないけど、体感時間で一か月以上は離ればなれになっちゃうんだよ? クレールさんは……最近よくわんないけど、フィルちゃんはきっと寂しがるよ?」
クレールは最近、なぜか俺たちの前に姿を現さなくなった。
俺たちのほうから墓地のほうへ行ってみても、彼女は不在だった。
ただ、姿を消す少し前から、彼女は俺たちに内緒でなにかをしていた。
当時はそのことを訊ねると、『なにをしているかは秘密だ』と言って、教えてくれなかった。
彼女は俺たちなんかよりよっぽど強いから、身の心配をする必要はないと思う。
けど、黙っていなくなられたのでは、こちらとしても少し気になる。
連絡の取りようもない。
なので、ひとまず俺たちは、彼女についてを保留にしている。
また、フィルのほうは、おそらく問題ないだろう。
俺がギルドに入ったのと時を同じくして、彼女もギルドに入った。
それも、中学生連中が新設した、新しいギルドにだ。
彼女はそこで、頼りがいのある中学生の星として、みんなから慕われているんだそうな。
この辺りの話は、フィルと同級生のアヤから聞いた。
ちなみに、そのギルドを立ち上げたのはキョウヤなのだとか。
宝箱を見つけたら仲間の注意も聞かずに飛びつき、仲間との連携を考えずにモンスターへ特攻していたあのキョウヤがギルドマスターをしているっていうんだから、先行きが不安になる。
……まあ、この話も今はどうでもいいな。
「クレールはアースにいればいずれ会えるだろうし、フィルはギルドのほうで今大変らしい」
「でも……」
「それに、【流星会】はこれから地下迷宮の攻略を再開するんだろ? しばらくは俺も始まりの町にいるつもりだから、会いたくなったらいつでも会える。サクヤも寂しくなったらいつでも会いに来ていいから」
ギルドを一時離れるとはいえ、ミーミル大陸に飛ばされたときのように離ればなれとなるわけではない。
俺たちは会おうと思えばすぐ会える距離にいるのだ。
「俺がいない間、みんなと地下迷宮の攻略ついでにレべリングをしていれば、半年なんてあっという間だ」
戦闘系ギルドメンバーのレベルも、この前行ったレベル上げ目的の遠征で、大分高くなった。
さすがにレベル60は無理だったけど、サクヤやミナは50レベル後半まで到達しているし、ユミやマイたちだって55くらいにまでなった。
しかし、俺は相変わらず、全然レベルが上がらない。
未だにレベル65だ。
レベル的に、あともう少しで、みんなが俺に追いついてくれる。
だから、こんなじれったい思いをするのもあともう少しの辛抱だ。
とはいえ、その辛抱も、もうしばらくかかる。
なので、俺は今回の仕事を引き受けた、という面があった。
俺が雑用をこなしている間に、みんなが俺のレベルに追いつくのを期待しているわけだ。
「できれば、俺がギルドに戻って来るまで、地下50階層のレイドボスは残しておいてもらえると嬉しい」
「シンくん……」
アギトやクロードも不在の状況で地下迷宮のレイドボス戦をおっぱじめる可能性は低い。
けど、万が一にも俺たち抜きでレイドボスを倒そうと動き出されたら困る。
レイドボス戦は通常の狩りと比べて危険度が段違いだからな。
みんなには死んでほしくない。
でも、そんなことは俺の口からじゃ恥ずかしくて言えないので、あくまで俺抜きでレイドボスと戦うのはズルいというニュアンスで、やんわりと釘を刺した。
「……うん、わかった。それじゃあ私たちは、地下49階層まで攻略しておくよ。シンくんが帰ってきて、すぐにレイドボス戦ができるように」
どうやら、サクヤもわかってくれたみたいだ。
たまに意固地になることもあるけど、彼女は基本的に物わかりが良い。
今回の件も、彼女なりに納得してくれたようだな。
「あ、あとそれと、私たちの目がないからってハメを外しちゃダメだからね?」
「わかってる。地球人として恥ずかしくない行動を心がけるから、心配するな」
「これ以上女の子を惚れさせるのもダメだからね? 私たちもすでに結構許容してるけど、だからといって知らない子をいきなり連れてくるのは絶対エヌジーだからね?」
「わ、わかってる。そんなこと、いちいち言われなくても……ちゃんとわかってるから……」
サクヤの目がちょっと怖い。
俺って恋愛絡みだと全然信用されてないんだよな。
信用されなくっても、まあしょうがないわけだけど。
だけど、俺がホイホイと女の子を連れてくると思われるのは心外だな。
『惚れさせるなとか、どないせい言うんや!』ってカンジだし、それにそもそも、俺は自分がモテるだなんて思っていない。
サクヤもフィルもクレールも、俺の人生においては特例中の特例だったんだ。
「……シンくんは普段ボケっとしてるけど、カッコイイときは凄くカッコイイんだから、注意してね?」
「ああ……えーと……うん……わかった……」
カッコイイとか。
サクヤやフィルにしか言われたことなんてない。
自分が本当にカッコイイのか、はなはだ疑問だ。
また、こうも真剣な目でカッコイイと言われるのは、慣れてないせいでかなり恥ずかしい。
言われて嬉しくないわけじゃないけど、頬が赤くなるのを見られるのは嫌だから、そういうことは言わないでくれると助かる。
「はいはい、お熱いことで。でも、ここにはあなたたち以外の人間がいることも忘れないように」
「……悪い」
ミナの忠告を耳にした俺は、周りにいるギルメンから生温かな視線を浴びせられていることに気づき、みんなに軽く頭を下げた。
なんというか、恥ずかしさがさらに上乗せされた。
穴があったら入りたい気分だ。ベッドの上で足をジタバタさせたい気分だ。
「私たちが熱々なのはいつも通りだから、なにも問題はないよ!」
「いや、問題あるだろ。サクヤも少しは恥ずかしがれよ」
「シンくんが私に恥ずかしいことをしてくれれば、私も喜んで恥ずかしがるよ!」
「喜んで恥ずかしがるな」
サクヤの羞恥心、もとい常識は、やっぱりどこか微妙にズレている。
俺はサクヤの相変わらずな言動を聞きながら、みんなと一緒にため息をついたのだった。