新米冒険者教育クエスト
ある日、俺は早川先生に呼び出され、始まりの町『ミレイユ』内に設置されている地球人の教師専用宿舎に来た。
ここは地球人の実質的な本部なので、『大使館』なんて呼ばれ方も一部ではされている。
「みんな、よく来てくれた」
呼び出されたのは俺だけではなかったようだ。
3年のアギトとねこにゃん、それに2年のクロードが、俺の横に並んで立っている。
「……やはり白崎君は来ていないか」
早川先生は俺たちを一瞥するなり、ここにいない1人の生徒の名を口にしていた。
白崎って誰だ。
少なくとも、1年2組にはいない名字だな。
「まあいい。とりあえず、この場にいる4人にだけ話をしよう」
どうやら早川先生は、その白崎っていう生徒も呼び出していたようだな。
俺たちは中高の地球人のなかでもトップクラスの実力者だと言えるが、そいつは俺たちと同格扱いだということか。
「今日は君たちに仕事の依頼をするため、ここに召集させてもらった」
「仕事の依頼……調査員としてですか?」
俺が早川先生に問いかけると、彼女は『そうだ』と言い、話を進めた。
「今回の仕事は、長期的かつ高難度なものになる。ゆえに、仕事を受ける生徒には十分な力量が求められる」
「それが僕たちというわけですね? しかも、わざわざ戦闘面に特化した男子生徒のみを集めたところから、そのお仕事からは荒事の匂いがしますよ」
クロードの口調には、確信めいた響きがある。
確かに、早川先生の持ってきた仕事からは、聞く前から大変そうな気配を感じる。
「荒事といえば荒事だな。我々の話し合いで、女子生徒にも任せてみるかという案は出ていたのだが、今回は諸々の事情を加味して、男子生徒のみに依頼するということになった」
「それで……俺たちに依頼するという仕事の内容とは?」
ねこにゃんが早川先生へ静かに訊ねた。
俺も、そろそろ本題を聞きたいと思っていたところだ。
「君たちに依頼する仕事は……一言で表すなら、子守りだ」
「……は? 子守りですか?」
「そうだ、子守りだ」
この人は一体なにを言っているんだ。
俺は口をポカンと開けるも、早川先生から詳しい話を聞く姿勢を取り直す。
「具体的に言うと、アース人の新米冒険者が一人前になるまで見守るという仕事を、君たちには行ってもらいたい」
「新米冒険者……」
よくわからない仕事だな。
そんなことが、なんで俺たちの仕事なのだろうか。
「納得いきませんね。そんなくだらないことをさせるために、先生は我々を召集したのですか? 俺も暇ではありませんよ」
今まで沈黙を貫いていたアギトが、露骨に嫌そうな顔をしながら早川先生につっかかった。
アギトの心境は、俺とそこまで変わるものではないだろう。
「君ならそう言うと思っていた。だからこそ、我々は君にも仕事を依頼したと言える」
「……どういうことですか?」
「見たところ、君はアース人に対して偏見の目を持っているようだったからな。これを機会にして、アース人のことをよく知るといい」
確かに早川先生の言うとおり、アギトはアース人に対して友好的でない面がある。
初めてアギトと会ったとき、パワーレべリングが問題視されてアース人と対立した場合は徹底抗戦をするという様子を見せていた。
俺たちは身内と認定しているようだが、アース人は違う人種、違う民族として警戒しているんだろう。
「……そんなのは必要ありません。アース人と友好関係を築くなどということは時間の無駄。その時間をレべリングに回したほうが、よほど建設的というものです」
「なるほど。これは重症だ。やはり、君を今回の仕事に加えるという我々の判断は間違っていなかったようだ」
早川先生は若干トゲがあるアギトの発言を軽く受け流した。
この人も結構タフだな。
アギトの眼力はすさまじいっていうのに、一歩も引いた様子を見せない
「中高生を代表するギルド【黒龍団】のギルドマスターである君が、そのような思想を持っていたのでは我々としても困る」
「しかし――」
「アース人としばらく行動を共にすれば、彼らが我々となにも変わらないのだと君にもわかる。いや、わかってもらわなければならない」
「ぐ……」
アギトがひるんでいる。
どうやら、この場は早川先生の勝ちみたいだ。
「僕はその仕事を引き受けてもいいですけど、その前に、一体どういう流れでそんな仕事が舞い込んできたのか、詳しくお聞かせ願えます?」
すると、クロードがすかさず話に割り込みをかけてきた。
話が脱線していたからな。
軌道修正を図ったんだろう。
クロードがやらなかったら俺がするところだった。
「今回の仕事は、龍宮寺君に先ほど話した内容と同じだが、アース人との親睦を深めることが目的だ」
「親睦……ですか」
「そうだ」
早川先生は、俺たちに説明を始めた。
「我々地球人は、これまでアース人との交流を深めることに尽力してきたが、それでもまだ我々を敵視するアース人は多く存在する。そのなかでも、とりわけ『冒険者』という職種に就くアース人からはウケが悪い」
「……確かに、そうですね」
俺たちは基本的に強い。
それゆえに警戒される面もあるけれど、モンスターの駆除を積極的に行うことから、戦闘を好まないタイプのアース人からはそこそこ評判がいい。
しかし、その逆に、戦闘能力のあるアース人、主に冒険者から毛嫌いされる傾向が強かったりする。
自分たちの仕事がよそ者に奪われているのだから、快く思われなくても仕方のないことだ。
「我々は、彼らとの溝を埋める努力を惜しまなかったが、依然としてその溝は埋まらない。そんななか、我々は新米冒険者のほうに目を付けた」
「ふむふむ……なるほど。僕にも先生方の魂胆が読めてきましたよ」
クロードは、なにかを察したらしい。
俺も、薄々ではあるが、教師陣がなにをしようとしているのかわかってきた。
「言わずとも理解しているだろうが、我々地球人とアース人の時間軸は大きくズレている。我々が地球で1月過ごせば、アース人は2年の時を過ごすことになる。そこを利用させてもらう」
「……つまり、俺たちが今の新米冒険者にコナをかけておけば、その者がいずれ熟練の冒険者になったとき、地球人と友好的な関係を築こうと動きだす。これはそういった目論見を持った、いわば工作活動ということですか」
「表現の仕方が悪いが、まあ龍宮寺君の言っていることで、おおむね正しい。また、友好関係を築くという観点から見ても、君たちが最もこの仕事に向いていると言っていい」
アギトの言うとおり、これは冒険者へコナをかける仕事だ。
まあ、それで冒険者との仲を良くできるのなら、悪い話でもないだろう。
「戦闘能力に長けた君たちがパーティーに加わることで新米冒険者は助かり、冒険者が抱く地球人への印象を良い方向に持っていくことができる。これはお互いにメリットのある仕事だ」
WINWINの関係って奴だな。
誰も損をしないのであれば、これはとても良い仕事と言える。
「それに、この仕事は冒険者ギルド公認だ」
「冒険者ギルドが?」
「新米冒険者の生存率が上がるなら、あちら側にとっても望ましいのだろう」
なるほど。
確かに、俺たちと新米冒険者を比較すると、生存率が段違いだ。
俺たちがすぐに強くなるから、という理由もあるけれど、下準備をどれだけ行えるか、という点でも大きな差がある。
通常、新米の冒険者は金がなく、識字率も高くない。
よって、武器や防具などもマトモに揃えないまま、モンスターの生態についてきちんと学ばないまま、初の戦闘を行うらしい。
それに対し、俺たちは最初からそれなりの装備と軍資金が配られているうえに、教師陣監修のもとでモンスターと戦うノウハウを身に着ける(俺は違ったけど)。
新米冒険者はアース人であるため、冒険者になる以前からモンスターと接する機会が多く、経験則でなんとかなる場合も多いだろう。
でも、やはり未熟な人間が経験則で戦って生き残る確率よりも、十分なセーフティーネットが敷かれた状態で最初からシステマチックに狩りをする俺たちのほうが生き残りやすいというのに間違いはないはずだ。
「しかし、こんな重要そうな仕事を、俺なんかに任せていいのでしょうか」
と、そこでねこにゃんが、早川先生に不安の言葉を吐露した。
自信がないのだろうか。
この人のことは俺もあんまり知らないけど、実力は相当あるはずなんだけどな。
「君の力はみんなが認めている。謙遜する必要はない」
「ですが――」
「それに、今回の仕事で君には協調性を育んでもらいたいというのもある。いつまでもソロで活動できるほど、アースは甘い世界ではない」
「う……」
ねこにゃんの顔がひきつった。
痛い箇所をつつかれたようだな。
というか、この人はなんで今もソロなんだろう。
地下40階層のレイド戦に参加して、みんなから頼られてたんだから、どこかのギルドから勧誘されていてもおかしくないはずなんだけど。
ソロに特別なこだわりでもあるのだろうか。
「先生方にどう思われようとも……俺はソロを貫く――」
「いい加減、自分の名前を恥ずかしがるのはやめなさい。みんなにキャラネームをからかわれて君が傷ついたのは私も知っているが、そろそろ水に流してもいい頃合いだろう」
「べ、べべべ別に! そんなことでソロを続けているわけじゃありません! 俺は好きでソロをやっているんです! 勘違いしないでください!」
……俺が他人についてとやかく言える性質ではないけど、この人も、なかなかくだらないことにこだわる性質のようだ。
傍から見たら、俺の悩みもこの人と似たようなものだと思われているんだろうなぁ。
「まあ、この話は脇に置いておこう。それと今回の仕事は、もちろん手を抜いて良い物ではないが、そこまで肩に力を入れる必要もない」
早川先生はねこにゃんに向ける視線を俺たちに戻し、説明を続けた。
「我々はこんな小細工を弄しただけで冒険者との溝を埋めきることもできないだろうと思っている。冒険者ギルドも、そう簡単に我々の目論見は達成できないと踏んでいるから了承したのかもしれない。一度に関われる新米冒険者の人数もたかが知れているし、大勢に影響を与えるレベルになる確率は相当低いだろう」
「? それじゃあ、なんでこんなことをするんですか?」
「焼け石に水程度といえど、やらないより、やったほうが幾分は良い結果になる可能性があるからだ」
ふむ。
どうやら、早川先生たちは今回の仕事にそこまで大きな期待を抱いているわけじゃないようだな。
過度な期待をされても、俺たちには負担にしかならないから、これでいいんだろう。
「アースに来て間もないころに我々が君たちへ施したことを、今度は君たちがアース人の冒険者にしてあげればいい」
君たちに施したことを、か。
俺は最初から早川先生たちと別行動をしていたからよくわからないけど、まあやるだけやってみるか。
「わかりました。引き受けます、その仕事」
「やってくれるか、一之瀬君」
「はい」
冒険者と友好関係を築くことは、誰かがやらなくてはならない。
そして、今回の仕事は、引き受ける側に大きな技量が要求されるものだ。
俺を含めた、ここに集められた4人のメンバーは、その技量を持ち合わせている。
しかし、逆に言えば、それだけの技量を持った人材が、それくらいしかいなかったという見方もできる。
なら、やるしかないだろう。
タダで引き受けるというわけでもないし、最近は俺も少し思うところがあったから、今回の仕事はちょうどいい。
せっかくギルドに入ったのに、すぐにこんなことをしてギルメンと別行動をとるハメになるというのには、ちょっとばかり寂しいものがあるけど、それはしょうがないか。
「俺もやります。団体行動は苦手ですが、先生方の頼みを無下にはできません」
「もちろん僕もやりますよ。これを機会にして、アース人の女性とお近づきになれるかもしれませんし」
ねこにゃん、クロードの2人も、この仕事を引き受けるようだ。
クロードの発言がいちいちソッチ方面に向いているけど、それはスルーしよう。
「龍宮寺君はどうする?」
「……ここで俺だけが引き受けないわけにはいかないでしょう。ギルドに話を通す必要がありますので、今すぐにとはいきませんが」
アギトも、俺たちと同様の選択をしたか。
これで4人全員が今回の仕事を引き受けることになったわけだ。
「全員引き受けてくれて私は嬉しいぞ。では、この仕事『新米冒険者教育クエスト』を君たち4人に依頼することとする。次に、詳細についてを説明するが――」
早川先生は、俺たちに今回の仕事の内容を詳しく語り始めた。
色々メンドウそうな仕事だけど、引き受けたからにはしっかりやろう。
と、その前に、俺も自分の所属するギルドのメンバーに話を通しておかないとだな。




