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ダークネスカイザー

更新再開。

また、活動報告にて書籍版『ビルドエラーの盾僧侶』のカバーイラストとキャラデザ絵を公開し始めておりますので、そちらも是非ご覧くださいませ。

 その少年は、くすぶっていた。


(はぁ……これからどうしよっかなぁ……)


 とある町の冒険者ギルドが経営する建物のなかで、メッセージ機能で受け取った『さっさと帰ってこい。あたしの手を煩わすんじゃねー』という文面を見ながら、少年は仮面の裏側で深いため息をついていた。


 決闘大会中高生部門の本戦に出場した、この少年ことアース名『ダークネスカイザー』は、決闘大会で自分が優勝し、みんなの注目を集めるつもりだった。

 みんなとは、自分が在籍している学校の生徒全員のことを指す。

 少年は、誰よりも目立ちたがり屋であった。


 けれど、少年が決闘大会で活躍することはなかった。

 なぜなら、意気揚々と決闘大会一回戦に出ようとした矢先、謎の人間の手によって気絶させられてしまったからである。


 一体なにが起こったのか、当時の少年にはよく理解できなかった。

 理解できなかったが、何者かが自分のかわりに決闘大会の一回戦を突破し、二回戦の途中で逃走したということと、自分が決闘大会に出場できるタイミングが失われたということだけはわかった。


 つまり、自分は目立つことができるタイミングを失ったのだ。

 そこまで思考がいきついた少年は、ヘソを曲げてしまった。


 俺を除け者にして、みんなだけで盛り上がるなんてズルい。

 そう思った結果、少年は異世界であるアースでプチ家出を敢行することにした。

 地球で家出をすると、自身が異能者アビリティストであるという関係上、シャレにならないくらいの迷惑を周囲にかけると知っていたため、アースで家出をすることにしたのだ。


 しかし、そんなことをして少年を追いかけてくる人間はいなかった。

 少年には、自分を心配してくれる友達がいなかったのだ。


 そんなこんなで、少年は心のなかでちょっぴり寂しさを抱えつつも、あてのない旅を続けていた。


 本来なら、アースにおける子どもの1人旅など自殺行為に等しい。

 けれど、この少年にとっては、そうでもなかった。

 だからこそ、保護者同然の教師から今まで放任されていたと言っても過言ではない。


「おいおい! ここは乳臭いガキが来ていい所じゃねえぜ!」

「…………」


 冒険者ギルドの隅に設置された椅子に腰かけていた少年の耳に、男の声が入ってきた。


(ガラの悪そうな声だな)


 少年はナイーブになっていた自分の意識を切り替え、ダークネスカイザーという仮面を被る。


「……ふぅ、やれやれ。今の言葉は、もしかして俺に言ったのかな?」


 ダークネスカイザーは冒険者の男に対し、なんでもないという様子で、そう訊ねた。


 冒険者の男は別の方向を向いていた。


(……俺に絡んできたわけじゃなかったのか)


 ここは俺に絡んでこいよ。空気読めよ。

 ダークネスカイザーは心の中で1人ごちた。


「見たカンジ、どっかの村から来たばっかの新人ニュービーだろ?」

「そ、そうですが……な、なにか……?」


 男は冒険者ギルドの入り口でオロオロしている子どもに声をかけていた。


 ダークネスカイザーは、仮面のなかで羨ましそうな表情を浮かべながら、そのやり取りを観察する。


「だったらさっさと故郷に帰りな! ここはお前みたいにひ弱そうなガキが来るとこじゃねえんだよ!」

「ひ、ひぃ……」


 男冒険者の言い分はもっともだ、とダークネスカイザーは思った。

 このようなオイシイ場面に出くわしたにも関わらず、男冒険者相手にビビった様子を見せるようでは三流もいいとこである。


(ここはビビるところじゃなくて、絡んできたチンピラ冒険者をクールに撃退する場面だろ。そんなこともわからないのか。このニワカめ)


 小さな村から出てきたばかりである子どもの立ち居振る舞いを見て、ダークネスカイザーはため息をつく。

 ダークネスカイザーの思考は、どこかズレていた。


 年齢的に中二病と高二病の境目という気難しい時期に、なまじ異能という特殊な力を得てしまったがゆえの、若き日の過ちであった。


(でも……あの子、本気で怖がってそうだなぁ)


 とはいえ、ダークネスカイザーも1人の地球人プレイヤーとして、必要最低限の常識はあった。

 子どもが大人に泣かされそうになっている様子を見たら、それを助けにいこうか悩むくらいの良心も持ち合わせていた。


(どうしようか。ここで颯爽と助けにいくというのも、パターン的にはアリか?)


 しかも、この場面を自分が活躍する良い機会なのではないかとすら考えている。

 ダークネスカイザーは常に自らの活躍を渇望しているのであった。


(見たところ、子どもを助けに行きそうな素振りを見せている奴もいないな)


 そして、ダークネスカイザーは周囲をさりげなく見回し、誰かが横やりを入れていくという懸念を払拭する。


(……いや、ちょっと待った。子どもが困っているとはいえ、俺が助けにいってもいいものなのだろうか)


 だが、そこで少し冷静になったダークネスカイザーは、自分がアースでは地球人という微妙な立場であることを思いだし、ふと我に返っていた。


 『自己防衛の場合を除き、アース人との衝突は極力控えるべし』

 学校が配布した手引書には、そのような内容が記されていた。


 これは、アースにおいて今もなお微妙な立場である地球人が絶対に守らなくてはならない、いわば、法のようなものである。

 特に、1年1組に在籍する者にとっては、とあるクラスメイトたちが冒険者ギルドで騒ぎを起こして処罰されたというような出来事を知っているため、そういったことを自分たちが起こさないよう、極力自制していた。

 ダークネスカイザーも、そんな1年1組生徒の一員である。


(ん~……。あの子には悪いけど、ここは見なかったことにさせてもらおうかな。刃傷沙汰ってわけでもないし、これが賢明な判断だろう)


 そうした思考の末、ダークネスカイザーは子どもを助けないという選択肢を視野に入れた。


(俺は正義の味方でもなければ、おまわりさんというわけでもない。俺はただの地球人。一般人なんだ) 


 ダークネスカイザーは、子どもと男冒険者を見ながら、そう結論付けた。



 ゆえに、ダークネスカイザーは動き出す。



「おい、お前。子ども相手に、少し大人げないんじゃないか?」

「あぁ? 誰だお前?」

「ここで名乗る名などない。通りすがりの一般人だ」


 ダークネスカイザー、もとい一般人は、男冒険者に声をかけていた。

 地球人としてではなく、ただの一般人としてなら、この騒動に割り込めると判断したためである。

 顔には仮面をつけており、一目見ただけでは地球人と断定できない姿をしていたのも後押しとなっている。


「この子の顔を見てみろ。今にも泣きそうになってるじゃないか」

「だからどうしたっていうんだよ」

「弱い者いじめをするなと言っているんだ。そんなことも察せられないのか。このマヌケめ」


 一般人は男冒険者を挑発し始めた。

 それにより、男冒険者の視線は、しだいに険しくなっていく。


「……お前も新参か? なにも知らない奴が口を挟むんじゃねえ」

「なんだと?」

「周りを見てみろよ」

「…………?」


 男冒険者の言葉に従い、一般人は周りを見回した。

 そこには、冒険者ギルド内にいるほぼすべてと言っていい人間の視線があった。


「脅し役っつぅんだよ、俺みたいなのは。力のなさそうな奴が冒険者として命を粗末にしねえようにしてんだ。これは俺たち冒険者にとっちゃ常識だぜ?」

「…………」


 誰も子どもを助ける素振りがなかったのは、そのためか。

 一般人は己の浅はかさを恥じ、仮面の奥で唇をかむ。


(なんてことだ……冒険者ギルドでのお約束……チンピラ冒険者が絡んでくるという通過儀礼が……きちんとした合意のもとに行われていたなんて……)


 一般人にとって、この事実は世界の常識をひっくり返すだけの衝撃を持っていた。

 チンピラ冒険者が新人冒険者に絡んでくるのは、ただの嫌がらせなのだろうと決めつけていたのである。

 しかも、この絡み行為が冒険者ギルド公認で行われているなどとは、考えもしていなかった。


(くそっ……ただのやられ役だと思ってたのに……この人……良い人だ……)


 形勢は逆転した。

 冒険者ギルドに所属する人間にとって、仮面を被った黒ずくめの一般人は空気の読めない子同然であった。


(やだ……すごく恥ずかしい……)


 周囲から『空気読めよ』というような視線が一般人に飛んでくる。

 それを受け、一般人は次第に耐えられなくなり、今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られていった。


「か……仮面のお兄ちゃん……」 

「!」


 しかし、そこで一般人は、すがるような子どもの声を聞き、ハッと思い直した。


(……たとえこれが冒険者ギルドの総意であっても……この子にとってはそうじゃない。この子にとっては絡んできたチンピラが悪なんだ)


 この場におけるやり方は、戦う力や意思が貧弱な冒険者候補と新人冒険者の命をいくつも救ったのだろう。

 けれど、ここで小さい子どもの心に傷を負わせて良いわけでもない。


 そして、独特な風貌の一般人は、子どもにとって救いのヒーローだった。


(俺は正義の味方でもなければ、おまわりさんというわけでもない……でも、ここでこの子を見捨てるようなマネはできない!)


 ゆえに一般人は、ここで引き下がることなく、男冒険者を仮面越しに睨みつけた。 


「お前たちのルールなど知ったことではない」

「なに?」

「この子が怖がっている。さっさと失せろ、チンカスヤロウ」


 助ける素振りをした以上、ここで引き下がるようなマネはしない。

 一般人は男冒険者から子どもを庇うようにして立ち、あくまで自分の道を突き進んだ。


(今のは決まった……俺史上トップ5くらいに残るな)


 小さな子どもを庇ってチンピラと対峙する。

 一般人にとって、これは気分を高揚させるに十分な燃えシチュエーションであった。


 子どもを助けつつも、一般人は自分のあり方にブレることもなかった。


「上等だ……表出ろや。冒険者ギルドのルールってもんを、俺が叩き込んでやる」


 男冒険者は、そんな一般人に怒りを抱く。


 一度足を踏み入れたら、なかなか足を洗えない。今ならまだ引き返せる。

 せっかく自分たちがこの業界の厳しさを教えてやっているのに、下手に擁護する奴がいたのでは悪戯に犠牲者を生むだけだ。

 俺たちは、力のない奴がどういう末路をたどるのかを痛いほど理解している。


 そういった思いがあるゆえに、男冒険者は怒っていた。


 一般人と男冒険者。

 お互いに譲れないものを心に秘めていた。



「フッハッハッハッハッ! 話は聞かせてもらったぞ! なにやら面白そうなことをしているではないか!」

「…………」

「…………」



 そんなところに、1人の女の子がドヤ顔の高笑いをしながら、冒険者ギルドの外からやってきた。


「面白そうなところを嗅ぎつける嗅覚は天下一品ですね! さすがは姉者!」

「面白そうなら他人の喧嘩にまで首を突っ込むなんて、さすがは姉者!」

「つい先ほど来たばかりなのに訳知り顔を装うなんて! さすがは姉者!」

「馬鹿なこと言ってないで彼女をとめましょうよ皆さん! こんなところで油を売らず、早く『ミレイユ』に行きましょう! 勇者さまが待っているんですから!」


 さらに、3人の男と1人の女の声が冒険者ギルドの建物内に響き渡る。

 その4人は、ドヤ顔少女の後ろについていた。


「……誰だ」


 一般人が呟いた。


「我の名を知らぬとは不勉強もいい所だな。しかし、誰かと問われるならば教えてやらんこともない!」


 すると、ドヤ顔少女は機嫌良くそれに答えた。


「我は八大王者の1人としてアース中に名を轟かせる、『死霊王』クレール・ディス・カバリアだああああああああああああああああああああ!!! フッハッハッハッハッ!!!!!」

「…………」

「…………」

「…………」


 冒険者、および冒険者ギルドの職員は、クレールを見ながら頭を悩ませた。

 その視線は、残念な子を見る際のソレであった。

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