友達のいない戦士
「あー……もう勉強するのやだぁ……」
日曜日になった。
もはやテスト開始まで残り一日という状況だ。
しかし、俺は今まで勉強漬けだったためにストレスが溜まり、寮にあるベッドの上で駄々をこねていた。
「そんなこと言わずに、あともうちょっと頑張ろう、真君」
すると近くにいたユミこと弦義から励ましの言葉を贈られた。
あともうちょっとか。
確かに、こんな辛い日々もあともうちょっとで終わる。
テスト期間が過ぎれば俺は自由の身となり、アースに行くこともゲームをすることもできるのだ。
まあ、最近はアースばっかり言っているせいで、あんまりゲームはできていないんだけど。
上位プレイヤーに名を連ねていたネトゲもあったというのに、数か月も間が空いてしまったら最前線に追いつくのも一苦労だろう。
あ、なんか無性にログインしたくなってきた。
「ゲームはダメだよ。やるならテスト期間が過ぎてからにしようね」
「わ、わかってる」
弦義からの警告に俺は大きく頷いた。
ここでもしネトゲにログインしたら、ちょっとだけのつもりが丸一日潰してしまいましたとなりかねない。
テスト前日にそれは非常にマズイことくらい、俺でもちゃんとわかってる。
「まったく……一之瀬が赤点を取るのは勝手だが、それで迷惑するのは地下迷宮攻略をしている俺たちなんだぞ。もっとしっかりしてくれ」
弦義とは対照的に、氷室が厳しい口調で叱りつけてきた。
「それもわかってる。今のは勉強ばっかでちょっと愚痴っただけだ」
ベッドの上でヤダヤダと言ったものの、ここでテストを放棄したわけではない。
さっきまでのはただのストレス発散の一環にすぎないのだ。
というか、何気に氷室は俺が赤点を取りやしないかと心配しているのか。
俺が迷宮攻略にいないと心細いようだな。
しょうがない奴だ。
「なんだその顔は」
「いや、別に。それじゃあ勉強再開といくかな」
何か訝しむような目つきで見てくる氷室をスルーし、俺は部屋に取り付けてある勉強机のほうへと戻っていった。
30階層攻略は俺が始まりの町にいない僅かな期間に行われたので参加できなかったが、40階層攻略のレイド戦には絶対参加するつもりだ。
なので、俺は補習などにかまけてなどいられない。
残りの時間を全力で戦おう。
そして俺は戦場(机の上)にある武器(電子ノート)を手にして戦闘(勉強)を行い始めた。
「……ん? ちょっとごめんね。知り合いから電話がきちゃった」
と、そんなタイミングで弦義の携帯端末から軽快な電子音が鳴り響いた。
誰からだろう。
弦義に連絡をしてきたというだけなら真衣である可能性が一番高いが、だとしたら「知り合い」なんて言い方はしないはずだ。
俺や氷室の知らない相手が電話をかけてきたということだろうか。
何気に弦義って交友関係が広いからな。
そういう可能性も十分にある。
「ああ、はい、わかりました……真君。電話代わって」
「え? 俺?」
そう思っていたら、弦義は携帯端末を俺に手渡してきた。
電話の相手は俺に用があったということか。
一体何の用なのかわからないけど、ひとまず電話に出てみよう。
「あー……もしもし?」
『もしもし、1年2組の一之瀬君でしょうか?』
「…………はい、そうですが」
『私、3年1組の遠見刹那です。名前のほうには聞き覚えがありますよね?』
端末から聞こえてきた声は【黒龍団】に所属しているセツナの声だった。
この人って弦義と知り合いだったのか。
まあ、多分アレ繋がりでよく連絡を取っていたりするのだろう。
「それで、俺に何の用ですか? 今回はこの前のように何となく、というわけではないんでしょう?」
『うふふ、こっち(地球)ではちゃんと敬語を使っているんですね、偉いですよ』
一応学校敷地内では先輩と後輩という立場だからな。
咢には使うなと言われたが、上級生相手に敬語を使うのは当然だ。
なんだかんだで俺も常識知らずってわけではない。
「って、そんなことはどうでもいいでしょう。早く用件を言ってください」
俺はそこで話が逸れそうになったのを戻し、電話越しでセツナに問いかけた。
『ええ、そうですね。今回はちゃんと用事があって連絡しました』
今回は俺にちゃんと用があったのか。
特に理由はありませんよ? と言われていたら即切っているところだった。
『昨日、どこかで咢さんに会いませんでしたか?』
「? 図書館で会いましたが」
『その時はどのようなやり取りを?』
セツナの問いを受けた俺は、昨日の出来事を簡単に説明した。
すると彼女は「あぁ、なるほど」と、何かに納得するような声を上げだした。
『一之瀬君。悪いんですけど、咢さんに何かメールを出してあげてくれませんか?』
「へ? メール?」
『はい』
どういうことだ?
確かに昨日、咢から「いつでも連絡しろ」みたいなことは言われたけど……
『今日の咢さんはどうも上の空なんですよね。それでも一応生徒会業務をテキパキこなしているのですが、頻繁に端末を見たりしていて集中に欠けている様子なのです』
「そのことと俺がメールをすることにどんな関係があるっていうんですか?」
『私が思うに、咢さんはあなたからのメールを待っているんだと思いますよ』
俺からのメールをって、なんじゃそら。
恋する乙女じゃあるまいし。
大の男がすることじゃないだろ。
「ただの勘違いなんじゃないですか?」
『さっきから咢さん、まだかまだかとブツブツ言っているので、おそらく間違いないでしょう』
おいおい。
どんだけ俺がメールするのを待ち望んでいるんだよ。
「……でも、俺ではなく、別の人物の連絡を待っているという可能性も否定しきれないのでは?」
『どうでしょう。咢さんって一之瀬君以外に友達いないですからね』
「えぇ……」
俺以外に友達いないとか……
どんだけ交友関係狭いんだよ生徒会長ぉ……
……しかし、あいつってあんまり友達いないのか。
中学時代の俺もそうだったから、ちょっぴり親近感が湧くな。
なので、俺みたいな奴でよければ友達になることもやぶさかではない。
「というか、なんで俺が友達認定されてるんですか」
『あれ? 違うんですか? 前に決闘大会で戦ったあと、咢さんにまた遊ぼうって言ったらしいですけど』
それだけで友達認定されたのか。
だったら俺友達100人いるわ。
「……それと、セツ……遠見先輩は龍宮寺先輩の友達じゃないんですか?」
『あ、私と咢さんはそんな関係じゃありませんので』
そんな関係じゃないとか悲しいこと言うなよ。
なんか咢が無性に可哀想になってきた。
……いや、待て。
今のは友達ではなく、たとえば恋人の関係、とかいう解釈もできなくはないな。
まあ、その辺に関して深く聞くのはよそう。
あんまり興味ないし。
『とにかく、内容は何でもいいので、一度咢さんにメールをしてみてください。それで多分咢さんの様子も落ち着くと思いますから』
「……わかりました。じゃあ適当に何かメールしてみます」
こうして俺は、セツナに自分のメールアドレス(安定のフリーメールアドレスである)を教えてもらってから通話を切り、端末を弦義に返した。
そして今度は俺自身が所持している携帯端末を取り出し、昨日咢から貰ったアドレスを打ち込んでいく。
本文に書く内容は……ちょうどついさっき躓いて投げ出していた数学Aの問題に関する相談でいいだろう。
「……よし、送信っと」
俺は問題の画像データを添えて咢にメールを出した。
2分後、咢からメールが届いた。
「ちょっと早すぎんだろ……」
メールが返ってくるスピードに俺は軽く引きつつ、その内容を読んでいった。
『答えは7/32だ。今説明するから少し待て』
そんな内容のメールが届いてからおよそ5分後。
今度は問題の詳しい解説がズラッと書かれた文章が送られてきた。
色々言いたいこともあったが、とりあえずその解説はわかりやすくて非常に参考になった。
なので俺は感謝のメールを咢に送った。
すると1分後『他にわからないことがあれば何でも訊け』という、なんとも頼りがいのあるメールが返ってきた。
「まあ……悪いことではなかったな……」
咢にメールをしたことにより、問題の解き方がわかって俺はちょっぴり賢くなった。
結果的に見れば、悪いことなど何もない。
「……ん?」
と思っていたら、今度は遠見先輩からメールが届いた。
本文には『ありがとうございました』とだけ書かれている。
つまり、これで良かったのだというわけか。
何が良かったんだって感じだけどな。
咢ももっと友達といえる奴作れよ。
お前を慕う奴ならギルドに沢山いるんだから、友達になりたいって奴くらい簡単に見つか……らないかもしれないな。
あいつって、いつも怒ってそうな雰囲気で近寄りがたいからなぁ。
「はぁ……」
俺は今の微妙な気分を変えるために、桜へメールをすることにした。
内容はさっき咢に送った内容と同じである。
桜からの返信は30秒で返ってきた。
流石だな。
「ふぅ……」
咢より早くメールを返してきた桜の電光石火ぶりに、俺は思わず安らぎを得ていた。
よかった。
少なくとも、桜は咢より上のようだ。
何が上なんだって感じだけど、とにかくよかった。
そうして俺は心の平穏を取り戻し、勉強を再開することにした。
……数分後、桜が男子寮に忍び込もうとしていたところを警備員さんに捕まった。
その際、桜は「放して! 真くんが私の助けを求めてる!」とか言っていたらしい。
さっき来た桜のメールには問題の答えだけしか書いていなかったが、どうやら直接俺に説明をするためにこんなマネをしたようだ。
俺はそれを知り、桜の相変わらずな行動力と無茶苦茶ぶりに圧倒されながらも、「まあ桜なら許す」と認識を改めた。
「なんか、今日の真くん優しいね」
「いつもこんなもんだ」
桜と2人で警備員さんに謝罪し、食堂に移動して勉強会を開いた。
その際、桜は俺の態度が普段と少し違うなどと言っていたが、それは気のせいだろう。
こんなことがあったテスト勉強週間も終わりを迎え、俺たちは魔のテスト週間に突入した。
俺が受けたのは六科目のみだったが、それでも凄まじく疲れた。
ちなみにテストの結果は……今まで散々サボっていたせいもあって酷いものだった。
だが、赤点だけはなんとか回避することに成功し、補習を受ける必要もなかった。
付け焼刃万歳である。