変人の集う図書館
アースから地球に帰還してから一日が経過し、土曜日になった。
その日の午前はいつも通り「体育」を行い、午後は自由行動が許されたので、俺は学園施設の一つである図書館へと足を運んだ。
本当はこの時間もアースに行くことができれば最良だったんだが、早川先生から許可が下りなかった。
中間テストの勉強がしたいという理由だけで土日に行くのはやっぱりダメか。
というわけで、俺は地球で土日の二日間を勉強に費やすしかなくなった。
しかし、寮の部屋にいるのではネトゲやアニメなどの誘惑が多いので、静かに勉強ができる環境として図書館にやってきたのだ。
突発的に閃いた案ではあったが、なかなか悪くないんじゃないだろうか。
予想通り、館内は静かだし、参考書類のデータも豊富にある。
明日もここで勉強しよう。
そう思わせるほど、図書館での勉強は捗っていた。
ちなみに、桜はここにいない。
彼女に頼りすぎるというのも、なんか気が引けるからな。
最後の土日くらいは自力で勉強する予定だ。
「……なんだ。お前も来ていたのか」
「ん……?」
だが、そんな静かな時間は3時間ほどで終了した。
ふと、声が頭上から聞こえてきたので、俺は問題集を解くのを中断して顔を上げる。
……学生服を着たアギトがそこにいた。
「ほう……勉強をしていたのか。意外だな」
「……俺が熱心にこんなことをするのはおかしいですか?」
「お前はリアルを蔑ろにしてゲームにのめり込んだ生粋の廃人だと思っていたからな」
「そうですか……」
なかなか失礼なことを言ってくるな。
中学時代はそんな感じだったから、あんまり否定できないけど。
「……それで、龍宮寺先輩も勉強をするためにここへ?」
「俺のことは咢と呼べ。敬語も使うな」
一応、龍宮寺咢は三年生だ。
ゆえに、地球では先輩と呼んだり、敬語を使うことも辞さない。
しかし、どうやらこの男にそんな配慮は不要のようだ。
「俺は土曜のこの時間に毎週来ている。お前に声をかけたのも、今日は見慣れない奴がいるなと思ったからだ」
「ふぅん」
毎週図書館に来てるのか。
なんとも勉強熱心なことで。
いや、もしかしたら紙の本が好きなのか?
咢は推理小説らしき題名が書かれた本を数冊手に持っている。
電子書籍ではなく、わざわざ紙媒体の本を読みに来るあたり、なかなか通と言えるだろう。
「……来週テストだっていうのに、咢は勉強しなくていいのか。その本って、明らかに勉強と関係ないよな?」
「テスト直前に焦って勉強をしなければならないほど俺は切羽詰まっていない。お前と一緒にするな」
「ぐ…………」
あ、焦ってねえよ……
赤点回避はギリギリかもしれないとか思ってるけど、別に焦ってなんてねえよ……
「そこのmol濃度の問題だが、計算が間違っているぞ」
「え?」
「単位が間違っている。問題文をよく確認しろ」
「あ……」
俺が内心で「まだ時間はある頑張れ頑張れやればできる!」と自分を熱血精神モリモリで奮起させていると、咢は突然、電子ノートに書かれた問題の解答に不備があることを突いてきた。
なので、俺はテーブルの上に視線を戻して問題文を読み込んでいく。
すると、確かに咢の言うとおりにしないと答えとして不適当であることがわかった。
わりと簡単なミスだが、咢はノートをチラ見しただけでそのミスに気づいたのか。
なかなか侮れない奴だな。
「次からは気をつけるんだな」
「ああ、ありがとうな、あぎ……と……」
「どうかしたか」
「……いや、なんでもない」
咢は俺の隣の席に座った。
なんで隣に座るんだよ。
空いてる席なら他にもいっぱいあるだろうが。
わざわざ俺の隣に座るなよ。
威圧感凄いんだよお前。
「シン」
「……なんだ」
「他に何かわからないところはあるか」
「いや……今のところは特にないぞ」
「そうか」
「…………」
「…………」
わからないところがあったら何だっていうんだよ。
もしかしてお前が教えてくれるのかよ。
ちょっとやめてくれよ。
威圧感丸出しで親切にするのやめてくれよ。
隣に座られて俺ビビってんだよ。
大して親しくもない上級生に絡まれてビビってんだよ。
「……というか、今の俺はシンじゃない。地球での俺は一之瀬真だ」
しかし、俺はそんな内心を押し隠し、咢の言葉に指摘を加えた。
「そうだったな。なら今度から地球ではお前のことをシンではなく真と呼ぶことにする」
やけに馴れ馴れしいな……
俺もこいつのことは「咢」と呼ぶことにしたわけだけど、それはアースでのキャラネームが「アギト」で、音が同じだったからという理由だ。
しかし、俺の場合は地球だと「真」、アースだと「シン」なので、まったくの別物だ。
正直、こいつに真と呼ばれるのは違和感が半端ない。
ここは一之瀬と呼ぶのが無難だろ。
お前に名前で呼ばれるほど俺たちの関係は仲良くなんてない。
「何か気になる問題でもあったか。顔が引きつっているぞ」
「……別に」
だが、咢のほうは気にならないようだ。
なんていうか、こいつとはどうも距離感がつかめないな。
相変わらず目つき怖いし、メガネクイックイッさせてるし。
傍から見たら「この人怒ってんじゃないの?」って雰囲気だ。
「俺はこう見えて頭がいい。以前通っていた学校では学年一位の成績だった」
そんな情報を聞かされた俺はどうしろと。
「頭良いんですね、先輩!」とでも言えばいいのか。
「しかも、俺はこの学園の生徒会長だ。ゆえに、生徒の見本となるよう、学業で困っている生徒に救いの手を差し伸べることもやぶさかではない」
さらにそんな情報もプラスされてどう反応しろと。
「頼りになりますね、先輩!」とでも言えばいいのか。
「あー……そんな気を遣わなくていい。お前に助けを求めるほど切羽詰まってるわけじゃないから」
とりあえず俺は咢にお引き取り願うことにした。
特に親しくもない上級生の咢から勉強を教わるのは気が引けるし、何より集中できない。
多分、親切心からの行為であると思うんだが、もうちょっと立場的な配慮をしてもらいたいものだ。
「……そうか、なら連絡先だけでも教えておこう」
咢は俺に無断でノートにさらさらと記号の羅列を書いていった。
それはどうやらメールアドレスと電話番号のようだ。
……フリーメールのアドレスじゃなくて本アドのほうかよ。
いや、特に理由があるわけじゃないんだろうけどさ。
「困ったときは連絡しろ」
「……まあ……困ったらな」
そうして咢は席から立ち上がり、俺のもとから去っていった。
「はぁ……」
俺は咢の姿が完全に見えなくなったのを見計らい、その場で大きくため息をついた。
一応、悪い奴じゃないと思うんだが、一緒にいると疲れるな。
「龍宮寺先輩に気に入られているなんて凄いねぇ、君」
「…………?」
肩から力を抜いてリラックスをし始めた俺に声をかけてくる人がいた。
なので俺は、その声の主がいる方向に目をやる。
知らない女性がそこに立っていた。
「流石は決闘大会で優勝した子だ、ということかな。しかし、今のやりとりは私も目を疑ったよ。普段の龍宮寺先輩なら、他人に対して自分から積極的に動くことなんてないのに」
目の前にいるショートヘアの女性はどことなく凛々しい表情をしたまま言葉を続け、さっきまで咢が座っていた椅子にスッと腰を下ろした。
この人も俺に用があるのか?
でも面識がない。
一体何者なんだ。
決闘大会の話を持ち出したということは、少なくともこの女性はアースにいける立場にいる生徒なのだろう。
つまりは1組か2組に在籍する生徒だ。
加えて、制服のリボンが緑色であることから、この人は二年生であることが推測できる。
咢に続いてまた先輩か。
「……へぇ、近くで見ると、君って結構可愛い顔をしているんだねぇ」
「可愛い顔って……」
いきなり何言い出してんだこの人は。
確かに俺は童顔だけど、可愛いなんて言われるほどでもないし、侮辱にしか聞こえない。
もしかして喧嘩を売りに来たのだろうか。
「君、ちょっと私とエッチなことをしてみない?」
「ぶっ!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
「いやいやいやいや……」
驚くだろ、普通。
「エッチなことをしてみない?」とか、初対面の相手に言うことではないぞ。
わけがわからない。
「エッチなお姉さんは嫌いかな?」
「いや……フィクションなら好きですが、リアルで会ったらビビりますよ」
「ふむ、残念だ」
残念だとか言われてもな……
俺をおちょくっているのか、それとも真正の痴女なのか。
冗談なのかマジなのか、全然読めない。
「……というか、あなたは一体誰なんですか」
「ん? それは私への質問かい?」
「そうに決まってるでしょう。あなたは俺を知っているのかもしれませんが、俺はあなたのことを知りません」
「ふむ、なるほど。つまり君は私に興味が湧いたということだね?」
「まあ……そうですよ」
「ふっふっふ、私も罪な女だな。また一人、いたいけで純朴な少年を愛の奴隷に仕立てあげてしまった」
「いやそういうことじゃねえよ!?」
この人さっきからホントなんなの!?
言動にツッコミどころが多いぞ!
「えっ、私に気があるんじゃないの?」
「ねえよ!」
「そっか……」
「…………」
なんでそこでシュンとしてんだよ。
なんでこの人いきなりフラれたみたいな感じ出してんだよ。
ちょっと悪いことしちゃったかもとか思っちゃうだろうが。
「あ、それはそうとシン君。図書館で大きな声を出すのはマナー違反だよ」
と思ったら、すぐさま表情をケロっとさせて注意を促してきた。
俺はそれを聞き、自分が今大声を出したことに気づいた。
周りに身を向けると、いくつもの厳しい視線が突き刺さってくる。
なので俺は軽く頭を下げ、ふざけた言動をする女性を睨みつけた。
「……で、本当にあなたは誰なんですか。あと、俺をからかいに来たんならやめてください。勉強の邪魔です」
咢が来たあたりから全然勉強に手がついていない。
中間テストまでの時間は残り少ないっていうのに、こんなんじゃ本当に赤点を取ってしまいかねないぞ。
「ああ、ゴメンゴメン。私も悪気があったわけじゃないんだよ。ただ、君が思いの外からかい……話しやすかったからつい、ね」
なにが「つい、ね」だよ。
今「からかいがいがある」的な言動が垣間見えたぞ。
悪気はなくても悪戯心はあるってことか。
「そんなに怒らないでくれ。君は怒った顔より笑った顔のほうが似合う」
うるさい。
お前がいつ俺の笑顔を拝んだっていうんだ。
俺は眉間にしわを寄せたまま、謎の上級生に無言の圧力をかけた。
「……おっと。それじゃあ私はそろそろ退散しよう」
すると彼女は席を立ち上がった。
もしかして、今の俺の抗議が伝わったのだろうか。
「自己紹介はまた今度しよう。地下迷宮40階層攻略戦では君を頼りにするつもりだから、勉強頑張って。≪ビルドエラー≫君」
謎の上級生は俺にそう言い残し、そそくさとその場をあとにした。
よくわからない人だったな。
だけど、地下迷宮40階層攻略戦、か。
あえてそれを口にしたということは、あの人も参加するつもりなのだろう。
なら、中高生としてはそれなりに上位の地球人≪プレイヤー≫であるはずだ。
決闘大会では見かけなかったんだけどなぁ。
まあ、あの大会に出ていない強者がいても不思議ってわけではないけど。
「おや? そこにいるのは≪ビルドエラー≫じゃないか。こんなところで何をしているのかな?」
「勉強ですよ。ですがもう寮に戻ります。これ以上変な人に話しかけられるのは御免なので」
「あれ!? 僕変な人扱いされてる!?」
謎の上級生が去ったと思ったら、次に【Noah's Ark】のクロードがやってきた。
いきなり変な人扱いをするのは失礼な行為だが、こいつなら別にいいだろう。
実際変な人だし。今日は変な人によく会う日だなぁ。
こうして俺は変人が集まる図書館から脱出し、静かに学習ができる場所を求めて寮へと戻ったのだった。




