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勉強会お色気編

「シン殿、また眠りそうになっているぞ」

「……ふがっ」


 中間テスト期間までの猶予が残り3日ほどになった。

 そして、アースから地球に戻らなくてはならない時刻まであと8時間といった頃、俺は今日も今日とてテスト勉強に精を出していた。


 アースから地球に戻ったら、あとは金曜日の夜と土曜の午後、それに日曜まるまる一日くらいしか時間がない。

 なので、俺は多少無茶をすることにして、寝ずの勉強会を行っていた。


 寝不足でつらいものの、このつらさは地球にある俺の体にまで影響しない。

 まあ、テストが終わってアースに戻ってきたとき、酷い睡魔が俺を襲うことになるだろうけど、そのときはグッスリ眠ればいいだろう。


 今は一時間でも多く勉強をするべきだ。

 赤点を取ったら補習を受けさせられ、アースでの活動時間が減ってしまう。

 それだけはなんとしても回避せねば。


「うーん……? サクヤ、これってどうすれば解けるんだ?」

「それはちょっと式が複雑でわかりづらいけど、この公式の応用だよ」

「え……あー、ホントだ」


 隣にいるサクヤから助言を貰って数式を整理した俺は納得の声を漏らした。


 サクヤには頭が上がらないな。

 つきっきりで俺の面倒を見てくれるし、どんな問題でも彼女の説明ですぐに解けてしまう。


「……シン殿、我にも何かできることはないか?」

「とくにないからお前は静かにしていろ」

「ぐむむむむ……」


 だが、クレールがここにいる意味は不明だ。

 アース人である彼女は魔法とかそういうのには詳しく、数学や科学的知識もそこそこ身に着けている。

 しかし、人に教える能力は乏しいようで、勉強会の役には立っていない。


 なのにクレールがこの場にいるというのは、ただ単に彼女がそうしたいからというだけの理由でしかない。

 別にいてもいいけど、構ってほしいのか「何かできることはないか?」と時々聞いてくるので少々鬱陶しい。


「……くぁ……あぁ……ねむ……」


 そんなことを思いつつ、俺は口を開けて大きな欠伸をした。


 ……あ、そうだ。

 さっきクレールにコーヒーを持ってきてもらったけど、もう一回持ってきてもらおうか。

 何もせずジッとしているのは彼女も退屈だろう。


「クレール、悪いんだが――」

「えいっ」

「…………」


 左手に何か柔らかいものが当たった。

 俺は咄嗟のことで頭が回らず、つい指に力を込めてしまう。


「ひゃぅっ」

「…………!!!」


 指はクレールの豊満な胸に沈み込んだ。


「な……なぁ……! 何してんだよコラ!」


 自分が何を掴んでいたのか理解した俺は、すぐさま手を引っ込めてクレールに詰問した。


 今のは完全に不可抗力だ。

 クレールは俺の手を取って胸を触らせてきたのだ。

 いったいどういう話の流れでこうなった。


「シン殿の手つき……ちょっといやらしかったぞ」

「うるさい! いきなりや、柔らかいもの……を触ったら誰だって力を込めるぞ! ……それより、なんでこんなことしたんだ?」

「眠気覚ましにと思ってな。その様子だと効き目は抜群だったみたいだが?」

「あ……」


 ……確かに、今の俺は完全に目が覚めている。

 さっきまで欠伸が絶えなかったというのに、クレールの胸を触るという刺激は俺にとって強烈だったようだ。


「ふっふっふ……また眠たくなったら触らせてやろう」


 クレールは若干頬を赤く染めつつ、俺に向かってそんな宣告をしてきた。


 触らせるって、胸のことだよな。

 女の子がそんなホイホイおっぱい触らせちゃいかんだろ。


 いや、まあ目は覚めたけどさ。

 それに柔らかかったけどさ。

 また触りたいと思うくらい色々凄かったけどさ……


 ……て、さっきから何でクレールの胸の感触ばっかり思い出してんだよ。

 勉強に集中しろ、俺。


「し、シンくん……も、もしアレだったら私のも……あ、いや、何でもないです……はい……」

「…………」


 そしてサクヤは自信なさげに下を俯いた。


 落ち込んだ理由は、なんとなく察せられる。

 サクヤの胸とクレールの胸を比較すると、絶対に越えられない壁が存在するからな。

 いつものノリなら「じゃあ私の胸も触って!」くらい言いそうなものだが、今回は女として劣等感を抱いてしまったのだろう。


「あー、サクヤ? 胸の大きさなんて、あんまり気にすることでもないからな?」

「でも……シンくんって巨乳好きだし……」

「う……」


 そういえば、サクヤは俺の性癖をかなり知ってるんだよな。

 俺が巨乳党だということを知られているのも今更だ。


 しかし、こんな理由で彼女を落ち込ませたままにしておくというのも据わりが悪い。

 確かに俺は巨乳好きだが、それ以上に優先されるものがあるということを教えておくべきだろう。


「……サクヤ、次に俺が寝そうになったら、お前の胸を触らせてくれ」


 なので俺は少し恥ずかしがりながらも、そんな発言をサクヤに向けて行った。


「でも、私の胸なんて触っても……」


 ここで「なんで私の胸を触るのか?」という疑問を出さないとは、流石サクヤだ。

 問わないでくれたほうが俺の羞恥心的にはいいんだけど。


「俺がサクヤの胸を触ったら、たぶんクレールのときと同じくらい、一気に目が覚めると思うぞ」

「そうなの? でも、私の胸は小さいよ?」

「……こういうのは大きいとか小さいとかの問題じゃなくて……その……誰の胸なのかが重要なんだよ」

「シンくん……」


 どうやら俺の言いたいことがちゃんと伝わったらしく、サクヤは顔を紅潮させて笑顔を向けてきた。


 変なやりとりだが、これが俺たち流のやりとりだ。

 一応、今の言葉に偽りはないし、サクヤもこれで元気を出してくれたようだから俺に後悔はない。

 ……凄く恥ずかしいけど。


「うん! それじゃあシンくんが寝そうになってたらそうするね!」


 そしてサクヤは元気いっぱいの返事をしてきた。


 まあ、俺が朝までちゃんと意識を保っていれば、今の話はなかったことになるわけだがな。

 ついさっき滅茶苦茶な発言をしたが、普段の俺は「眠くなったから胸を触らせろ」などという横暴な態度を取るような男ではない。

 これはサクヤの機嫌を良くするための方便である。

 実際に彼女の胸を触ったりなんてしない。

 俺は紳士なのだ。


「さて、それじゃあ勉強を再開するか」


 クレールとの一件ですっかり目が覚めた俺は、目の前にある数式を解く作業に戻っていった。


「…………」

「…………」


 ……しかし、さっきまでとは違って、どうも隣から熱い視線が向けられているような気がする。


 何をそんな期待しているんだよ、サクヤ。

 すごい気になるから笑顔で俺を凝視するな。


「シンくん、眠くなってない?」

「いや、眠くなってない」

「え、そう?」


 そう? と訊ねられてもな……

 勉強を再開してまだ五分も経ってないんだから、眠くなるわけがないというのに。


「シンくん、眠くなってない?」

「…………」


 さらに数分経過した頃、サクヤは再び俺に訊ねてきた。


 もしかして、このやりとりは俺が眠くなるまでずっと続くのか。

 だとしたら勉強の妨げも甚だしいぞ。

 なかなか集中できない。


 さっき変なことを言ったのが悪かったのか。

 意識してなかったけど、多分俺の思考能力は寝不足で鈍ってたんだろう。

 これまでのサクヤの突拍子もない行動を鑑みれば、こうなることは気づきそうなものだったというのに。


「返事がない……これはつまり眠いってことだよね! しょうがないなあもう! シンくんにだけ特別だよ!」

「いやサクヤ、俺は別に眠くなんて――てぇっ!?」


 考えごとをしていたのがまずかった。

 サクヤは数秒間無言でい続けた俺の様子から眠いのだと判断したらしく……その場で突然上着を脱ぎ始めた。


「ちょ、サクヤ、ストップストップ! なんでいきなり脱ぎだしてんの!?」

「え? だってこうしたほうがシンくんも嬉しいでしょ?」


 いや……嬉しいか嬉しくないかでいうなら嬉しいけどさ。

 サクヤの素肌を見て何とも思わないなんてことはないけどさ。


 というか……サクヤって結構可愛い下着つけてんのね。

 アースにもそんな白いフリフリのついたブラが存在していたとは。

 胸も……よく見るとそこそこあるな……

 もしかして、着やせするタイプだったのか?


「……とりあえず服を着ろ。なんていうかその……目に毒だ」

「そう言いつつ視線がおっぱいのほうにいってるね。私のでもシンくんは気にしちゃうんだ」

「ぐ…………」


 ちょっと視線を逸らすのが遅すぎた。

 女の子の素肌に不躾な視線を送るべきではないというのに。


「シン殿、惑わされてはいかんぞ」

「? 惑わす?」


 そんな俺たちのところにクレールが割って入り、彼女はおもむろにサクヤの胸とブラの間に手を入れた。

 するとそこから白い何かが二つ、ポトンと落ちた。

 

 ……あれって……いわゆる一つの……胸パッドか。


「ぎゃああああああああああああ!  シンくん見ないでえええええええええええ!!!」

「お、おう……」


 サクヤは慌てた様子で胸パッドを拾い、俺に背を向けつつクレールを睨みつけた。


「そんな目で見るな。これは胸の大きさを偽ったサクヤが悪いのだ」

「でも……でも……」

「それに、今の流れでシン殿が胸を触ったらすぐにばれることではないか」

「ぐぬぬ……」


 珍しい光景だな。

 サクヤがクレールに言い負かされている。


 確かに、もしも俺がサクヤの胸を触ったら、パッドの影響で違和感を覚えたかもしれない。

 だからここでサクヤが取り乱す意味なんてないだろう。


「胸でシン殿を誘惑していいのは我だけなのだ。ふっはっはっはっは!」

「むぅ……クレールさんのいじわる」


 クレールは上機嫌に高笑いを始め、サクヤは怒ったのか頬を膨らましている。


 深夜なのに元気だなこいつらは。

 お隣さんに怒られちゃうぞ。


「……こんなことで喧嘩とかするんじゃないぞ?」

「わかってるよ。でもクレールさんには一個仕返ししないと収まらないかなっと!」

「ふひゃぁっ!?」


 俺が二人の様子を見て軽くため息をついていると、サクヤは突然クレールの胸を揉みしだき始めた。


「うりうり! こんなにあるなら少しくらい分けてよ!」

「そ、そう言ってわ、分けられるものでもないだろうってひゃっあっダメっそんな……強くしちゃ、ダメぇ……」

「…………」


 なんていうか……非常に目の毒だ。

 上半身が下着だけのサクヤはクレールの弱点である胸を執拗に攻めている。


 女の子同士がイチャイチャしている光景はいつ見ても素晴らしいけど、眠気とは別の理由で勉強の妨げになるな。


「それ以上騒ぐなら部屋から出ていけ。勉強の邪魔だから」

「はい、すいません」


 サクヤは聞き分け良く頷き、服を着て俺の隣に座りなおした。

 なんだかんだで俺に勉強をさせないとまずいということは彼女も重々理解しているんだろう。

 それにしてはおふざけが過ぎるが。


「はぁ……はぁ……さ……サクヤは容赦がないな……」


 そしてクレールは荒い息をつきながら床に寝転がっている。

 上気した顔でいそいそと服を整えている様子がなんかいやらしい。


「シンくん。視線がノートから外れてる」

「おっと……」


 俺はサクヤの指摘を受け、目を机の上に戻す。

 煩悩退散煩悩退散。


 こんなちょっとしたハプニングがあったものの、俺はその後のアースに居られる時間をすべて勉強に費やした。

 それによって俺の学力は、付け焼刃であるものの、なんとか高校レベルに上げることができた……と思う。


 ちなみにサクヤの胸は小ぶりながらも柔らかかった。

 途中で俺が本当に眠りそうになってしまい、サクヤはそのタイミングを逃さなかった。


 「しまった」と思う俺をよそにして、サクヤは「勝った」というような最高の笑みを顔に浮かばせていた。

 何の戦いだよこれ。

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