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4: 対決する

 抜けないのなら、抜かなければいい。

 鞘に入れたまま、腰に吊るしたベルトを回して、剣を振る。

 死人の顔面を殴打した。

 ぶちゅ、と潰れるような手応えに寒気がする。

 仰け反ったまま振り下ろされた腕が、鞘を叩いた。

 ほぼ同時にファスが死人を咬み、咬み切らずに首を振って投げ飛ばす。

 くるくると、壊れた人形のように手足を投げ出して、闇に消えた。


「なんなんだ、あれは!」


 けっ、けっ、とファスが唾を吐くようにクシャミをする。ばっちいモンくわえちまったもんな。

 ミルシエーラは怯えたように俺の袖をつかんで、首を振る。


「ダメ、ダメです、いけません。あれは、あれが、山に棲む"死"です、死人(ディエド)です」

「なんだと?」


 驚いてミルシエーラを見る。

 彼女はうつむいていた。だだっ子のように首を振りながら、祈るように俺の袖をきつく握る。


「あれは、不死身の肉体だけが、死してなお、生きているのです。あれを殺す術はありません。既に死んでいるものを、どうして殺せるというのですか」


 くそ、と歯噛みする。

 そもそもどうして、あんな化け物がここにいるのか。死した不死者とは、どういうことか。

 考えなければならないことは、たくさんある。


 微かな明かりに照らされて、草を踏んで立ち上がっているディエドが見える。


「逃げるぞ」


 ミルシエーラを押し返して、ファスに乗るよう促す。ファスはすぐに察して体を伏せた。

 ミルシエーラがするすると(また)がり、俺の手を掴む。


「忠志様、急いで!」

「ああ」


 (あぶみ)に足を掛けて、(くら)に手を掛け、なんとか体を持ち上げようとする。


「早く!」


 ミルシエーラが悲鳴のように叫んだ。

 懸命に登ろうと足をあげる。

 剣の柄が引っ掛かった。バランスを崩し、持ち上がりかけた体が落ちる。


「くっ」

「忠志様!」


 鐙がぐらぐらと揺れて、まず体勢を整えなければならなかった。

 ふんす、というか、はふ、というか、そんな呼気の音が鳴る。ふわりと鐙が浮いて、ファスが走り出した。


「ファス!?」


 単語が理解できたほうが不思議なほどの、ミルシエーラの悲鳴を背に、ファスは駆ける。走り出したあとになって、俺の鼻も死臭を嗅ぎ取った。

 しかし、次にファスの力強い後足が、地面を蹴った瞬間。

 俺の指が鞍から滑る。圧し固めた革の感触が、離れた。

 ほんの一瞬だけ宙の足場になっていた鐙は、するりと抜けるように、消えてなくなる。

 目を見開いて間抜けに口を開けたミルシエーラの顔が、目に焼き付いた。


 空気に包まれるような奇妙な浮遊感。

 空を掻いた腕は、落着の受け身として、体と前後して地面に叩きつけられる。

 土と草の青臭く湿った臭い。

 濡れた赤土と折れた草が頬と手首を撫でる。


「くそ」


 立ち上がる。右肩が痛い。

 揺らめいた焚き火の明かりを背に、ディエドが走ってきていた。見た目に似合わぬ、アスリートのような躍動的な動きだ。


 剣。本当に抜けないのか。

 柄に手を掛けて引っ張っても、なにかにつっかえたように動かない。

 柄を強く捻ると、噛み合うように固まっていた鯉口が、剥がれるように動いた。引き抜ける。


「くそ面倒臭い造りにしやがって!」


 鞘走りして勝手に抜けないよう工夫した職人技を呪う。時期が来るまで抜けない、的な何かですら無かったのか。

 引き抜かれた剣は、やはり魔法のように、(ほの)かに反射して輝いている。

 月明かりもない闇で、光源と言えば焚き火くらいしかないにもかかわらず。


「っのやろ!」


 馬鹿のようにただ突っ込んできたディエドに、バットのフルスイングで刃を叩きつける。

 重い肉の塊を殴り付けたような感触だ。手首の芯を、弦を弾くような痛みが走る。


「勇者ぁ、死ねぇぁ」


 吐息に無理に言葉を混ぜたような、かすれた声。

 ディエド喋れたのか、と思いながら、振り上げられた腕に気づく。

 反射的に体を翻した。

 身を引きながら、体をかばうように肩を向ける。


 単に殴られたのだと思った。

 衝撃に押し退けられ、よろめいた。じわりと染み込む鈍痛がする。

 慌てて走って距離を取り、腕の肌が張り付くような感触と共に空気が刺さるようで痛む。

 掻かれた。


「……ああもう」


 傷に気づいたとたん、じくじくと痛み始める。

 キズだけに。

 アホなことを考えたら少し落ち着いた。右腕をかばいつつ剣を構える。


 ディエドは腕を振り回すようにして追撃に迫っている。

 その顔面に、剣尖を突き刺した。

 ずぼり、ともろくなった木を潰すように、剣が頭の半ばほどまでディエドの顔面を貫く。

 ぐるり、と白く濁った瞳を回し、ディエドはもう一度俺に焦点を合わせる。

 鼻頭から剣を生やしたまま動く姿に、完全に気勢を折られた。

 おぞましい。


 己の頭から異物を掻き出そうとするように、ディエドは剣を引っ掻く。

 思わず剣を捨てて離れようと、


「忠志様っ」


 ミルシエーラの叫び声が聞こえ、慌てて剣を握り直す。

 ディエドを蹴り飛ばして、剣を引き抜いた。粘液がずるりと糸を引く。怖気が走る。


「おああああ」


 奇声をあげて仰け反ったディエドを、ファスがたくましい前肢で踏みつけた。


「がぁ……ははぁーはぁーっ!」


 かすれた声で笑う。

 その顔を直視したミルシエーラは白い顔になって、こちらを振り返る。

 その姿を見て、驚いた。胸のペンダントが強く輝いていたのだ。懐中電灯というか、星をルビーに閉じ込めたかのようだ。


「忠志様、急いで!」


 剣を納めて、慌てて飛び付く。

 今度は遠慮もくそもなく、髪を掴んで引きずる勢いで、ミルシエーラは登ろうともがく俺の体を引き上げた。


「ファス!」


 ずしゃ、と押さえつけたディエドを、地面ですりつぶすようにして横に投げ出す。

 踵を返してファスは体をうねらせ、魚が泳ぐように滑らかに走り出した。


「飛ばします、もっとしっかり捕まって!」

「お、おう!?」


 ミルシエーラは言ったくせに少しも待たず、体を伏せて、ファスの手綱を打った。

 即応して、ファスはまるで飛ぶように疾駆する。早くも振り落とされそうになり、頭が真っ白になりながら、とにかく手綱を何を強く持つ。


 ガスの抜けるような音。

 ミルシエーラが息を飲んだのが、背中越しに感じ取れた。


「嘘だろ……」


 ディエドが、本気のファスに並走している。


 腕を不気味に引き延ばし、鞭のようにしならせて、地面を駆けているのだ。

 動きはウサギやチーターに似ているが、骨格が違いすぎて真似できるほうがおかしい。

 またガスの抜けるような音が流れていく。ディエドが大笑いしているのだ。


「こっちだ!」


 声がした。

 凛々しくもやや高い声は中性的だが、男の声だ。

 見れば篝火を掲げて、鹿にまたがった男が駆けてきている。赤黒く棚引く炎は、まるで旗か流星のようだ。


 ディエドの姿を確認した男は、篝火を高く放り投げる。

 回転し、握りにも引火したその篝火は、正確にディエドの進路を塞ぐように落下し、砕けた。

 飛び散った火に巻かれるディエドは、体をかきむしるように火の粉をかき消す。

 そのわずかに走りが緩んだ一瞬。


 鋭く細い影が空を駆ける。

 雨粒が水平に飛んだかのような。


 いつの間に弓をつがえたものか、男の放った矢は、ディエドの右足を完璧に射止めた。

 縫い止められた足を軸に、転倒して地面に叩きつけられ、それでも解消できなかった運動エネルギーが、矢をへし折ってディエドを吹き飛ばす。


 見たことがある。そう、あれだ。

 F1レースの車両事故。

 軽い車体が速すぎる勢いと衝撃に煽られ、地面を弾み、軽々と空を舞う。


 足があらぬ方向に曲がっているのが見えたのを最後に、ファスの駿足はディエドを置き去りにしていく。


「さあ、今のうちに巻いてしまおう」


 男は笑い、鹿に声を掛けて足を早めた。

 げ、と声が漏れる。

 男が角を握っている鹿は、裸だ。鞍も鐙も何もない。

 あんなもんに平気で座ってファスと並走するとは、普通ではない。


「どうしましょう」


 ミルシエーラが少し振り返って、肩越しに尋ねてきた。


「助けてもらったんだ。それも、あのディエドを相手にだぞ。無視するのも失礼だろう」

「そう、ですね」


 小さくうなずいて、ファスは男と鹿を追いかけて駆ける。

 ややもすると、地平の先に火が焚かれている明かりが見えた。

 近づくにつれて建物がひっそりと寄り添っている小さな村が見えてくる。だが、じきにそれは間違いだと発覚した。


「さあ、ここならなんとか落ち着いて休めるだろう」


 鹿の足を止めて、男が笑う。

 門扉の篝火に照らされて、息を荒くした鹿の垂らす唾液がやけに目立った。


 門の中は、なにかひとつひとつ丁寧に巨大な手が押し潰したような、崩壊した家々が押し込められている。

 それはいわゆる、ひとつの村、誰かの故郷のなれの果て。

 廃墟だった。




「私の名前はレテル。きみたちは?」


 男が、最初に口にしたのはそんな言葉だった。

 まるで我が家のように村に入り、風避けになりそうな壁の残骸のそばに腰を下ろして、廃材で焚き火を起こした直後だ。

 種火から徐々に火勢が強まる焚き火を挟んだ対面から、簡単に自己紹介を返す。見れば見るほど奇妙なレテルの風体を見た。


 襟足に触りそうな長さの金髪をバンドで留め、整った眉や澄んだ青い瞳は優しげに細められている。

 軽装の狩人というイメージを想起させる服装をしており、そのたくましい肩幅や鍛えられた体は、まるで誰かの美男像が息吹を持って動き出したかのようだ。


 名前しか言わなかったが、レテルは詳しく聞き出そうとはせず、鹿に水をやりに行くと言って行ってしまった。


「忠志様」


 ミルシエーラが水袋を持って、俺のとなりに膝をついた。


「腕を見せてください。治療いたします」

「ああ……すまん、頼む」


 ファスから振り落とされないよう無理をしたせいか、痛みは麻痺している。ただ傷口の裏に熱した鉄の延べ棒でも入っているかのような、嫌になりそうなほどのひどい熱を帯びているだけだった。

 裂けたジャケットの袖から見える傷は、幸い、出血のわりに大きくも深くもない。生地が傷に触れないよう、裂け目を開いて押さえる。

 片手で器用に、生地の整っていそうな布を四つ折りにして、小瓶の少しべとつく水、おそらく消毒液、を染み込ませた。

 とても手際がいい。


「失礼します」


 ミルシエーラは意を決したように告げて、一気に腕に水をかける。


「――いっ、ぎ!」


 声を噛み殺す。

 傷口は避けたはずなのに、指で直接触れたような痛みが走り、流されたそばから空気が刺すように痛む。

 素早く当て布を傷口に添えて、手早く包帯を巻き付けた。

 ミルシエーラの細い指が、包帯をほどけないよう縛る。そのために引っ張られた包帯が、わずか強く傷口を押さえるだけで痛む。


 処置を終えた包帯をしばらく見つめて、ようやく作業が終わったと気づいたように、ミルシエーラは肩の力を抜いて微笑んだ。


「終わりました」

「ありがとう」


 いえ、とミルシエーラは治療用具を背嚢に片付けながら笑う。


「やあ。怪我はもういいのかい?」

「ああ、お陰さまで大丈夫そうだ」


 そりゃよかった、と言いながら、レテルが対面に腰を下ろした。

 傷は早くも痺れるような痛みを残して、あとはほとんど引いていた。

 俺は早いうちにと頭を下げる。


「さっきは、助けてくれてありがとう」

「気にしないでいいよ、行きずりに手を出して、たまたま対処できただけだから」


 レテルは人の良さそうな笑顔で言う。

 俺は笑い返して、レテルが背負う矢筒を指差した。


「さっき射たのは、矢じゃなかったろ。なんなんだ?」

「よく見てるねえ。これはもみの枝だよ」


 レテルは矢筒から一本引き抜いて、指でくるくると回す。なんの変哲もない、三十センチほどのもみの枝だ。


「もみの木……生命の象徴か」


 そんなものでディエドの足を貫き、かつ転倒させるほど折れずにいた。

 俺の剣はなんの効果もなかったというのに。

 単純な使い方の問題……いや、やはり違うな。もみの枝に矢じりはない。

 死の象徴に生命の象徴を打ち込み、対抗させる。二項対立? 物質的な手段では解決できないのか?

 ……いや、仮に物理的な手段で解決出来るとしても、意味がないな。使い手が俺では。


「忠志様?」


 ミルシエーラに腕を引かれて我に返った。

 レテルが少し困ったように笑っている。


「あ、ああ、すまない。考え込んでいた。なんの話だ?」

「いや、きみたちは、なぜディエドみたいなやつに襲われていたんだ?」

「こっちが聞きたい、と言いたいところだが、たぶん、俺が勇者だからなんだろうな」


 勇者死ね、とか言われたしね。

 シネだけに。

 無理があるか。


「へぇ、きみが勇者なんだ。じゃあそっちの娘は神子だね。それで灯火のペンダントを使っていたのか」

「灯火の、なんだって?」

「灯火のペンダント。これです」


 ミルシエーラが答え、胸のルビーをつまんで見せた。


「神子だけが、これに灯りを点せます。それ以外には、ただの安いペンダントですけれど」


 言って、ミルシエーラは小さく笑った。手を離されて胸元に戻るペンダントは、日中に見たときより、少し内側が白く濁っている。


「それ、そんなに濁ってたか?」

「え? ……あれ?」


 ミルシエーラが不思議そうに、不気味そうにペンダントを見つめる。

 その姿を眺めつつ、思う。闇夜において、灯火を持つ意義は大きい。包含する意味としては、道標や加護か。神子が伴人である必要性が見えてきそうだ。


「なあ、改めて聞いておきたい。魔王って、何者だ?」


 レテルの顔が微笑みを形作った。


「そういうのは神子に聞けばいいんじゃない? 僕が答えるようなことは知っているんじゃないかな」

「いや。ディエドに対して対処法を知っているレテルにも聞いておきたい」

「あれでディエドを倒せるわけじゃない。買い被りすぎだよ」

「足止めに過ぎなかったとしても、手も足も出なかった俺とは雲泥の差だ。だいたい、本当に何も知らず行き合っただけなら、ディエドがあんなところにいると予想できないだろうし、もみの枝なんて持ち歩いているわけがない」


 やれやれ、とレテルは肩をすくめて、ミルシエーラに笑みを向けた。君からもなにか言ってやって、と目で訴えている。

 ミルシエーラは静かな表情でレテルを見つめ、そっと頭を下げる。


「私からもお願いします」


 レテルは意外そうな表情を作り、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。


「僕が知っているのは、魔王に形はなく、命を持たず、意思を持たず、理想を持たず、ただ己のあるがゆえに、世界を滅ぼす――という詩歌の一節だけだね」


 形も命も意思もない?

 これが本当なら、少なくとも、生物的な存在ではない。己のあるがゆえ、というのも、非常に機械的、機能側面的な存在だと感じさせる。

 すなわち一般に、王と言われるような「統治者としての権力を持った何者か」ではない?

 考え込む俺に苦笑して、レテルはおどけるように言葉を付け足した。


「少なくとも、切って死ぬような相手じゃないんじゃないかな? だって、形がないんだから」

「そんなはずは!」


 ミルシエーラが声を上げた。


「そんなはずは、ありません。必ず、聖剣によって魔王を滅ぼすことができる、と伝えられています」

「はは。まあ、言い伝えひとつのことじゃないか。そう怒らないでくれよ。あの塔が現れて今まで、変わったことがあったわけじゃないんだ。世界が滅ぶと決まったわけじゃない。だろう?」


 レテルは笑う。

 それは……そうかもしれない。すべては杞憂であったと、それもあり得ない話ではない。

 しかし、

 ミルシエーラが勢い込んで前のめりになりながら否定する。


「それは違いますっ。それは、」


 それ以上の言葉を拒否するように、レテルは手のひらを向けた。

 そして、今の話をひとまず覚えようとしている俺を見る。


「きみも、勇者だか知らないけれど、命を粗末にしちゃあいけないよ。世界がどうなるにせよ、それが一番大事なんだからね」

「お聞きください!」


 レテルは苦笑して立ち上がった。


「さて、僕には僕の用事もある。ちょっとした薬草を探していてね。夜明け前になるととてもよく薫るんだ。だから、そろそろ行かせてもらう」

「薬草?」

「そう。トキナ草って言ってね、万病に効くってやつさ」


 覚えておくと役に立つかもね、と笑った。

 その笑みに底知れないきな臭さを感じて、顔をしかめる。

 なにか気軽にコンビニにでも行くような足取りで、松明ひとつを持って、レテルは鹿にまたがって闇夜に駆け出していった。


 ぱちぱち、と焚き火が爆ぜる。

 まったく得体の知れない男だった。

 まるですべて見透かしているかのようで、レテルの言葉には考えさせられるものがあった。


「どう思う?」

「あんな人だとは思いませんでした」


 ミルシエーラはへそを曲げたような顔で答える。


「世界が滅びないかもしれない、なんて。あの塔を見てそんなことが言えるなんて、あの人はなにも知らないのでしょうか」


 そういうことを聞きたかったのではないのだが、いや、まあ、いいか。


「じゃあどういう人だと思ってたんだ?」

「それは」


 そこでミルシエーラがハッとした顔で俺を見た。顔を赤らめて、あたふたと狼狽している。

 別に変に面白がっている声は出てなかったと思ったのだが、残念だ。しかしこれはこれで、面白いものが見れたと思う。


「いえ、あのっ。た、忠志様、お怪我の具合はっ?」

「大丈夫。痛みも大分引いたぞ」


 ここまで慌てなかったら、もう少し脈絡に沿った切り返しをしていれば、まだ分からなかったのにな。

 確かに、レテルは男の俺から見ても色男ではあった。やや優男にすぎ、もう少し男らしいほうがモテそうな気はする。

 だがまあ、体は鍛えられているし、知識も度胸もあって、助けてくれるほど頼りになる。実のところ、無理のない話だろう。


「なあ、ミルシエーラ」

「な、なんでしょう」

「また会えるといいな」

「っ、えっごほっ! えほっ!」


 なにがどこに入ったのか、ミルシエーラが本気でむせた。

 生理的にも顔を赤くして、熟れたリンゴのような顔になっている。言葉にならず、必死に訴えかけるように潤んだ目を向けてくる。

 思わず、声をあげて笑った。


 ああ、そうだ。

 そりゃあもちろん、ミルシエーラは今までも、これからも、たぶん少なくとも旅の間は、そばにいるであろう身近な存在だ。それが知らぬ男に恋焦がれていると言うのは、なんとも居心地が悪く、疎外感に近い座りの悪さを感じさせる。

 応援するとも、嫉妬するとも、やっかむともつかぬ、たいへん微妙な心持ちになる。

 しかし、それでも。


 正直、安心した。


 ミルシエーラは、筋書きのための舞台装置ではないと。

 生きて、人生を歩んできた一個の存在なのだと。

 そう、確信できた気がして。

 とても安心できた。

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