淑女への道
翌朝から早速、レティシアによる本格的な礼法指導が始まった。
一昨日の付け焼き刃の指導とは、比べものにならないほど厳しいものだった。
あれは所詮、その場しのぎでしかなかったのだ。
リアは今、それを身をもって実感していた。
「そこの壁際から、こちらまで歩いてみてくださる?」
朝食後に始まった歩き方の練習を、リアは軽く考えていた。
ただゆっくり、優雅に歩けばいいのだと思っていたのだ。
「……歩幅が広すぎますわ」
「背筋が曲がっていますわ。前をしっかり見なさい」
「足元ばかり気にしすぎですわ」
リアは小さく頷いた。
少しでも気を抜けば、すぐにレティシアの叱責が飛んでくる。
歩き方ひとつにしても、頭の先から指先まで、油断することはできない。
長く平民として生活してきたリアには、それが難しかった。
歩き方など、今まで意識したことすらない。
額には汗が滲んでいた。
家では父の仕立て仕事を手伝い、忙しいときは店の中をせかせかと動き回っていたのだ。
「……私の反応を気にしながら歩かないでくださる?もっと堂々となさい」
レティシアは、リアの歩みをじっと見つめた。
「あなたが不安そうな顔をしていたら、周囲の者まで不安になりますでしょう」
レティシアは、少しだけ声を低くした。
「殿下に恥をかかせるおつもり?」
レティシアの言葉に、リアははっとした。
(……そうだ。私はもう、ただの町娘じゃない)
(レイ様の隣に立つのなら、ちゃんとしなくちゃ。辛くても、逃げちゃだめ。レイ様に恥をかかせるようなことだけは、したくない)
「はい」
リアは、今度は力強く返事をした。
「……その意気ですわ」
レティシアは短く頷いた。
「では、もう一度」
リアは背筋を伸ばし、今度は足元を見ないようにして歩き出した。
「先ほどより良くなりましたわね。その調子ですわ」
些細な一言だったが、リアの表情が少しだけ明るくなる。
「歩行のコツはつかめてきましたわね。そのままカーテシーの練習もしましょう」
「王宮内では、誰と出会うか分かりませんわ。挨拶ひとつで、その人の印象は変わります。しっかり覚えてくださいませ」
「相手に敬意を表すときほど深く。普段の挨拶は、そこまで深くする必要はありませんわ」
「私に続いてやってみてくださる?」
そう言って、レティシアはドレスの裾を軽くつまみ上げ、膝を曲げて優雅に腰を落とした。
完璧なカーテシーだった。
リアも見よう見まねでお辞儀をする。
「……浅すぎですわ」
「もう少し深く。けれど、腰を折るのではありません。背筋は伸ばしたままですわ」
レティシアの動きを思い出しながら、リアはもう一度カーテシーをする。
「まだ少し硬いですわ……もっと自然に」
それから何度も繰り返し、レティシアが納得するまで練習は続いた。
そうしているうちに、いつの間にか昼になっていた。
「レティシア様、リア様。昼食のご用意ができました」
侍女が声をかけに来たとき、リアはやっと休めると思った。
食卓に着くなり、リアは椅子に深く腰を下ろし、ほっと息を吐いた。
「……座り方がなっていませんわ」
レティシアの声に、リアはびくりと肩を震わせた。
「人前で気を抜くことは許されませんのよ」
「……ごめんなさいっ」
(さっき、ちゃんとしようって思ったばかりなのに……私、だめだなぁ……)
リアは自分が不甲斐なく感じ、俯いた。
「謝ることではありませんわ。次から気をつけてくださいませ」
レティシアはそう言ってから、リアを見つめた。
「もう一度、お立ちになって」
言われるまま、リアは椅子から立ち上がる。
「椅子を引いてくださった侍女に、軽く会釈を」
リアが会釈をすると、レティシアは頷いた。
「席に着くときは、ドレスの裾を軽くまとめてから、静かに腰を下ろしなさい」
「背もたれに寄りかからず、背筋は真っ直ぐに」
リアは一つひとつ言われた通りに動いた。
今度は、先ほどよりもずっと丁寧に椅子へ腰を下ろす。
「……そう。それでよろしいですわ」
レティシアの言葉に、リアはほっと胸を撫で下ろした。
食前の飲み物として、果実水が運ばれてきた。
前菜を食べている間は、しばらく注意されることもなかった。
メインの肉を切ろうとして、リアはナイフをカチャカチャと皿に当ててしまった。
静かな部屋に小さな音が響いた。
「力を入れすぎですわ」
レティシアがすぐに指摘する。
「ナイフは押しつけるのではなく、刃を滑らせるようにして切るのです」
「先日、教えたはずですわ」
そう言って、レティシアは自らナイフを手に取り、軽やかな手つきで肉を切ってみせた。
リアはその動きをじっと見つめる。
(まだ慣れていないだけなのに……)
わずかな苛立ちが、つい表情に出てしまった。
レティシアは、そんな些細な表情の変化も見逃さなかった。
「……何か言いたいことがありまして?」
「……いえ、何もありません」
リアは小さく息を吐き、平静を装う。
レティシアはしばらくリアを見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、静かに食事を続ける。
まだ半日しか経っていないというのに、リアはすっかり疲弊していた。
時間かかってしまった( ´ 'ω' ` )




